誇りに思う
10月3日
どこかの小さな女の子がボールをぶつけられ、頭を抱えている頃
場所は違えど同じように頭を抱えている男の姿があった
(ったく、いつまで悩んでんだろーな俺は)
大きくため息をついて空を見上げると雲一つない爽やかな青空が広がっている
こんな快晴の午後に悩みを抱えるなど馬鹿らしくなる
仕事などすっぽかしてこの空を見上げながら仰向けに寝転がれたならどれだけ心地よいだろうか
(あれだけ豪語しておきながら結局部隊長には報告出来ないままだ。そんなことしてたせいで結局任務に戻ってくるハメになっちまった)
男の名は佐渡明日次。先日、不思議な黒猫であるクロの正体を見破りそれが宿敵の猫塚忍だと知った
部隊長に報告する、などと息巻いて星降に戻ってきたのはいいがその時の時間は深夜
一眠りしたら報告に向かおうと思っていたのだが様々な感情が心の中を渦巻き一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった
寝不足からボーッとしていたがそれでも報告には行かねばと思い部隊長の部屋へ1歩踏み出したのだがどうにも上手く足が動いてくれない
まるで進むことを拒否しているかのようだった
それがどういう意味なのかは本人にも分からない
単純に体が休息を求めていたのか。はたまたクロと一緒に行動している3人のことを心配してしまったのか
(どっちにせよ情けない話だ。星降守護部隊の幹部である俺が寝不足で動けない、更には猫塚を見逃そうとしてるんだからな)
結局報告するか否か悩んでいる間に暫く留守にしていた任務先の部下から戻ってきて欲しいとの連絡を受ける
現在明日次は鳳南から近い街である風武で任務に当たっていた
(あの日から2週間か……あいつらは今何してんだろうな)
頭の中に浮かぶのは最近まで修行をつけていた優輝と永愛、そして幸助
明日次の仲間である反越日央に幸助が襲われているとは思いもしないだろう
散々振り回されたりはしたが彼らと一緒に過ごした時間は明日次にとって紛れもなく大切な思い出だ
(情が移っちまったってことなのか……? 全く、神様ってのは残酷な選択を迫るもんだな)
心の中で渦巻く感情は日に日に大きくなり明日次を苦しめる
世界の為にも宿敵の抹消はしなければならない
しかしそうすれば一緒にいる3人にも間違いなく被害が及ぶ
(いかんいかん。私情を挟むな俺! 黒猫が今更何をしようとしてんのか知らないが奴を野放しにしておくのはダメだ)
思い出を振り払うように首を横に何度も振る
そんなことをしても決心がつくわけではないのだが黙って大人しくしているのも気持ちが悪かった
「佐渡様! 待の見回り完了致しました! 本日も異常なしです!」
「おう。ご苦労さん」
1人の騎士が明日次の元へ報告にやって来たので労いの言葉をかける
明日次がこの風武に戻ってきたのは現在噂になっている異端児が理由だった
稀に現れてはその力を振るって街に被害を及ぼそうとするがその力は大したことない
幹部である明日次が戦線に立たなくとも彼の部下達で事足りていた
だが先日ーーーー明日次がここに戻ってきた日である
今までの異端児とはレベルの違う者が現れ騎士達も苦戦を強いられた
そこに登場した明日次が難なく事態を解決に導いたのだがまたこの地を去って同じようなことを繰り返す訳にもいかない
なので明日次はここに留まらざるを得なかったのだ
目の前で背筋を伸ばし敬礼する部下に明日次は質問してみた
「なぁ、ちょっと聞いていいか?」
「はいっ! なんでしょうか!」
「例えばの話なんだけど、お前の家族とか大切な人に凄く悪い犯罪者がいたとしよう」
「犯罪者……ですか?」
部下は困惑した顔を見せる。突然こんな話をされたのだからそんな反応を見せるのも当然だろう
「そうだ。しかも世間を騒がせているようなとびっきり悪いヤツな。でもそいつの正体を知ってるのはお前だけだ」
過程の話はこんなものでいいだろう
本題はここからなのだ
「そんな状況になったら、お前はそいつをどうする?」
騎士は依然として困惑している
しかし部下は明日次の突拍子もない質問にも真面目に向き合い少し考え込んでからキチンと答えを出してくれた
「騎士である身としてやはりそのような輩は放っておけません。いくら大切な人であろうとしっかり罪を償わせます」
予想通り、騎士として模範的な回答だった
彼らは星降守護部隊。星降の治安を守るために存在しているのだ
明日次の前で騎士らしくない回答など出してくれる訳がないと明日次は思い、質問する相手を間違えたとさえ思ってしまった
「しかし……」
だが部下は周りに聞こえないように声を小さくすると、続けてもう1つ答えをくれた
「犯罪者といえど大切な存在であることに変わりはありません。偉そうなことを言いましたが結局は庇ってしまうんでしょうね」
少しだけ恥ずかしそうに語る部下の言葉で明日次の中に1つの答えが生まれた
明日次を前にして不適切だと思いながらもしっかりと自分の意見を述べてくれた
実力でいえば明日次の方が圧倒的に上。戦えば勝負など一瞬でつく
しかしこの騎士の心の強さは今の明日次よりもずっと強く、芯の通ったものだった
「お前……よく俺の前でそんなことが言えたな」
「スッ、スイマセン! 今の話は聞かなかったことにーーーーなんて無理ですよね! 騎士として恥ずかしい! 今ここで腹を切ってお詫び致します!」
己の回答がどれだけ愚かだったか、明日次を怒らせてしまったと思った部下は腰に差した剣を抜いて切腹しようとした
「ちょっ! 待て止めろ! そういう事じゃないんだよ!」
慌てて止めた明日次。部下は泣きそうな顔をしていた
「普通なら最初の答えで終わらせるもんだろ。なんで正直に答えてくれたのか聞きたかったんだよ」
涙を拭いた部下は目を少し赤くしながらも微笑んで答えた
「私は佐渡様の部下であることを誇りに思っております。そんな方を相手に嘘をつけるはずがありません。それにーー」
「……それに?」
「質問をした時の佐渡様はとても悩んでいるように見えました。私なんかがお力になれるとは思っておりませんが質問に答えるくらいならばいくらでも出来ますので……」
謙遜もいいとこだ。この男は明日次に大きな決心させてくれた
部下にここまでされておいて自分がいつまでもウジウジ悩んでいられる訳がない
「そう自分を卑下するな。お前のおかげで楽になったよ。ありがとな!」
そう言って明日次は部下の肩を軽く叩く
そんな些細なことだがそれが部下にとってどれだけ嬉しく、どれだけ誇らしいかは明日次に想像出来る範囲なんか軽く飛び越えてしまっている
何故なら星降守護部隊の幹部というのは所属する騎士からすれば強さと威厳を兼ね備えた憧れの存在なのだから
「……ッ。ありがとうございます!」
今度は嬉し涙が体の底から溢れそうになる
しかし尊敬する上司の前で2度も涙を見せる訳にはいかないとそれをグッと堪えた
「そういうことでちょっと悪いんだが少しだけ風武を任せてもいいか? 星降に用事が出来た」
「はいっ! お任せ下さい!」
精一杯の笑顔と敬礼で部下は答えた
「あ、それとさっきお前が言ってた『部下であることを誇りに思う』ってのだけどーーーー」
世界地図と転移石を用意しながら明日次は言った
「俺もそう思うぜ。お前みたいな素直な奴が部下で良かった、ってな」
その言葉を最後に明日次は部下の前から消えていった
溢れ出す涙を精一杯堪えていたのにそんなことを言われては堪えられるはずがない
周囲に誰もいないことを確認すると部下は声を抑えて嬉し泣いた




