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桂香の町


 ハサミを構えた日央の攻撃は続く。人を刺すことに対して躊躇がなく当たれば致命傷になるような部位も容赦なく狙ってきた


(実力は大したことねぇ。これなら1発ぶん殴って終わりにしてぇとこだけど……)


 見た目は小さな女の子。感じ取れる殺気や迷いのない一撃から日央が只者ではないことは既に気づいていた幸助だったが反撃に出られない理由があった


(こんな小さい子殴れる訳ねぇじゃん!)


 幸助だって立派な男だ。いくら相手がこちらを殺そうとしていてもか弱い少女を殴るなんて出来るはずがない


 ならば取るべき選択肢は1つ


 幸助の性格的に普段なら絶対に取らないであろう選択だが他に手段が見つからないとなれば流石にこうするしかなかった


「逃げる!! ボール当てて悪かったな!」


 日央の横を素早く通り抜け転がったボールを回収すると振り返ることなく来た道を走って戻って行った


 あまりの素早い動きだったのでその様子を呆然と見つめていた日央は暫く時間が経ってから我に返り逃げられたことに気づく


「久しぶりに故郷の蛍火に帰ってきて散歩してたらボールぶち当てられて……散々です」


 せっかくのいい気分を台無しにされた日央はブツブツと文句を言いながらハサミを懐に仕舞う

 そして自分の体の右側に残る妙な寒気が不愉快で堪らず手で擦りまくった


 体の右側、それはボールを拾おうとした幸助が通り過ぎていった方


「あの人、かなりやるです。久亜くあさん……いや、魚助うおすけさんくらい強いですかね」


 風のように通り過ぎていったあっという間の時間。それでも幸助は日央に強い印象を与えた


「考えてても仕方ないですし桂香に帰るです。せっかくお休みを貰ったのにイライラしてては損です」


 自分に言い聞かせるように日央は気分を入れ替えると故郷だという桂香へと歩き出した


「それにしてもあのボール……どこかで見た気がするです……」




「あっ、幸助。ボールはあったの?」


 走り去った幸助の後をクロはノンビリと追いかけていた

 さっきまで幸助の身に何が起きていたかも知らず呑気に尋ねる


「おう! バッチリだぜ! それよりあいつらと一緒に行かなかったのかよ?」


少年あのこがいると喋ることが出来ないからね。向こうは息苦しいんだ」


「あぁ……なるほどな」


 クロは大きくため息をついた。様々な人と出会うこの旅においてクロが口を開くことは他の3人に比べて圧倒的に少ない

 そのせいもあってかクロは時々かなり饒舌になる。止めないと一晩中話し続ける勢いの時もあった


 のほほんとしているようでそれなりに辛いこともなるんだなと同情を隠せない幸助だった


「そんじゃあゆっくり向かおうぜ」


「でもそれじゃあまた怒られるんじゃないの?」


「ボールは見つかったんだしいいだろ。それにあんだけ怒られたんだ。今更ビビることはねぇよ」


「幸助……そんなに僕のことを考えているくれてるのかい……? 僕は感動したよぉ……」


 幸助の気遣いにクロの目には涙が浮かぶ。あれだけ精神年齢の幼かった幸助の目覚めざましい成長がクロにとってはそれだけ嬉しかったのだ


「そうだな。それが嘘泣きじゃなかったらもっと良かったんだけどな」


「……あれ? バレてたの?」


「当たり前だ! つーかわざとらしい演技しといてよく言うな!」


 突っ込んでくれるのを待っているかのような大根役者ぶりを見せたクロはあっという間に泣き止んだ


「でも嬉しいのは本当さ。出会った頃に比べてキミは成長したと思う」


 かと思えば今度は穏やかな笑みを浮かべる。その急変ぶりに振り回される幸助も満更ではないといった顔をする


「そうだね。精神年齢17歳といったところかな」


「よっしゃ! もう少しで俺の歳に追いつくじゃねぇか!」


「……そこは喜んでいいとこなのかな?」


 少々疑問ではあるが本人が喜んでいるのでそれ以上何も言う気になれないクロだった


 先に行った3人から遅れて幸助とクロも桂香の町に到着する

 上輪旗や羽壱に比べれば小さな町だが奥へ進めば進むほど活気に溢れた町だということがわかった


 幸助とクロがそう思うのもどこからか聞こえる子供たちの熱心な声が理由だろう


「おおっ! あれがサッカーってやつか?」


「そうだね。どうやら試合中みたいだ」


 町の最奥にあったのは四方をネットで囲まれたサッカーグラウンドで中では子供たちが1つのボールを追っかけてあっちへこっちへ走り回っていた


「おおっ! 見ろよクロ、青い服着てる方が押してるぞ!」


 すっかりサッカーに夢中になった幸助はその場に腰を下ろしネットの外側から試合をずっと眺めている


 ゴール前でのせめぎあいに興奮して思わず感嘆の声が漏れる


 惜しくもボールを奪われ攻撃が失敗すると自分のことのように悔しがる


「おっ、これは行けるんじゃないか? 1体1だ!」


 ディフェンスを全て躱した白い服の少年が残されたキーパーとの対決に挑む。どちらを応援しているという訳ではないが幸助は両手を組み祈るように行方を見守る


 勝敗はすぐに決した。キーパーの虚を突いて少年の蹴ったボールはゴールネットを揺らす


 得点を決めた少年は歓喜の声と共にガッツポーズをするとコート内を走り回り仲間がそれを称えるように飛びついていく


 得点を奪われたチームは悔しさからその場に立ち尽くしているがまだ諦める様子はなくすぐに気持ちを切り替えて開始の合図を聞くと攻撃を再開した


「サッカーってメチャクチャ燃えるな! さっきボール蹴った奴も凄かったな!」


「試合を見てた限り彼が1番上手いみたいだね」


 興奮する幸助と冷静に試合を見つめるクロ。その後も試合を見続けしばらくすると試合終了を告げる笛が鳴り響いた


 必死に戦った少年達の勇姿を讃え満足感に満たされた幸助は立ち上がると大きく伸びをする


「いやー、楽しかった楽しかった」


「楽しかったじゃないわよバカ!」


「痛ってぇ!!」


 突然背後からゲンコツを食らった幸助が振り返ると般若のような顔をした永愛が腕を組んで立っていてその後ろでは優輝とあの少年が困り顔で事の顛末を見つめていた


「全然来ないから心配して探して見れば何夢中になってるのよ!」


 時間を忘れて楽しんでいた幸助。気づけば辺りは夕日に照らされ間もなく夜がやって来る


「あっ、悪い。見てるのが楽しくてつい……」


「その気持ちはわからなくもないけど……よりによって敵チームのサッカーに夢中にならなくてもいいのに」


 ため息をついて頭を掻く優輝の言葉に幸助は尋ねる


「敵チームってどういうことだ?」


「さっき言った明後日の試合。あのチームとなんです」


 少年の話を聞いた幸助とクロは驚くと同時に申し訳ない気持ちになった

 知らなかったのだから2人に罪は無いがそれでも敵を応援していたとなるとやっぱりその気持ちは拭えない


「でもあいつらすげぇ強そうだったぞ」


「そうなんです。あのチームは僕達なんかよりずっと強くてーーーー」


「でも試合には勝ちたいのよね?」


 永愛の問いかけに少年は静かに頷いた


「ならば練習あるのみ! 絶対に勝って気になるあの子にプロポーズよ!」


 少年はプロポーズなんて一言も言っていない。恋愛事になると周りが見えなくなる永愛の悪い癖が発揮され人一倍燃え上がっていた


 と言っても子供にとって今はもう遅い時間。明後日の試合に向けて明日はみっちり練習すると約束して一行は少年と別れた


「さてと、僕達もも今日泊まるとこを見つけなきゃね」


「そうよ! 早く寝て明日に備えなきゃ!」


(本番の前日ってあんまり練習無理しない方が良いって上輪旗の町長が言ってたような……結局鬼のようにやらされたけど)


 まるで自分のことのように張り切る永愛に腕相撲大会の練習を思い出した幸助は心配になるが水を差すのも良くないだろうということで言葉を飲み込んだ


 そして早く休むためにその日の宿探しを開始した一行




 その夜、闇に包まれた町に似つかわしい子供の姿が1つ


「試合、明後日ですか……楽しみです」


 すっかり暗くなり子供たちが帰ったサッカーグラウンドを見つめる日央の姿があった


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