恋するサッカー少年
修行を終え更なる力と自信を身につけた一行は旅の途中で情報を得た次なる目的地である「高苅」を目指していた
月は変わり10月へ突入。あれだけ猛威を振るっていた太陽はすっかり大人しくなり人々にとって心地の良い季節となっていた
(今のところ変わったことはない。明日次はまだ嘉治紀君に何も言ってないのか……?)
深夜会合にて宣戦布告し合ったクロと明日次だったがそれからは何の音沙汰もなく不気味なくらいいつも通りの旅が続いている
あの日見せられた転移石という星降守護部隊の新しい道具
明日次の言っていたことが本当ならば次の日にでも奇襲が掛かってきそうなものだったが今のところ何かが起こる様子はない
考えられるとすれば明日次が報告をしていないのかそれを聞いてもなお部隊長である琴山嘉治紀が動かないのか
(いや、それは有り得ないだろう。嘉治紀君なら僕のことを聞いたら文字通り飛んでくることは間違いない)
妙な胸騒ぎを抱えたまま過ごす日々は心臓にとても悪くそれならばいっそ攻めてきてくれた方が楽になるなどと考えてしまうクロだった
しかし胸騒ぎを抱えているのはクロだけではなかった
ここ最近永愛がどうにも落ち着かない様子なのだ。道を歩いていても何かを警戒するようにキョロキョロと辺りを見回している
「永愛、なんかソワソワしてるみたいだけどどうしたの?」
「へえぇっ!? いきなり話しかけないでよ!」
「いや、普通に話しかけただけじゃん」
情けない声を上げ驚いた永愛に3人は首を傾げる。何をそんなに警戒しているのか彼らには理解出来なかった
「なんでそんなビビってんだよ」
「毎日毎日平和に歩いているとね、そろそろ来るんじゃないかって思うのよ」
「何がだよ?」
「黒猫よ! く・ろ・ね・こ!」
永愛が警戒していたのは幸助の体質である不幸を呼び寄せること。そしてその前触れとして必ず現れる黒猫のこと
話を聞いた当初は全く相手にしていなかったがその日立ち寄った疲労鳥の湯でエライ目にあったことを永愛は忘れていなかった
大した出来事もないまま旅を続けていた一行の前に黒猫は現れた。そして今はその当時と状況が酷似している
あんな思いをするのは二度とゴメンだと永愛は思っていた
「んなもん来ちまったらどうしようもねぇんだ。だったら堂々と構えるしかねぇだろ」
「それでも私は嫌なの! お願い幸助! ちょっと離れてくれる? 10歩くらいでいいから!」
シッシッと動物を追い払うかのような仕草で幸助から距離をとる永愛の頭目掛けて何かが飛んできて、そして命中した
「痛ったぁ!?」
「ハハッ! 人を疫病神扱いしたから天罰だっての!」
不幸の元から離れたはずが不幸が降り掛かってきた。酷い扱いをした罰だと幸助はこれ見よがしに笑ってやるみせる
「笑ってんじゃないわよ! 全く何事よ~」
思いっきりぶつけられ痛みの残る頭を抑えながら永愛は周囲を見回すと衝撃の正体が分かった
「これ、ボールね。いったいどこのどいつの仕業よ」
まだ微かに転がっているボールを拾い上げた永愛は犯人を探す。謝ったところで許さん、と怒りに燃える永愛の姿を大人気ないなと眺めている3人だった
「ごめんなさ~い。こっちにボール来ませんでしたかー?」
遠くから小さな少年が走ってきた。見たところ10歳くらいだろうか
流石にそんな幼い少年を怒鳴りつけるほど永愛も非道ではない
「ほら、これでしょ? 気をつけて遊ぶのよ」
「あ、ありがとうお姉さん!」
少年から向けられた無邪気な笑顔。そして言葉に永愛の怒り顔が一変して輝く
「ちょっと聞いたあんたたち? 『お姉さん』だって!」
「それがどうしたんだよ」
「あんたたち普段私のことお姉さんとか言わないでしょ? もっとこの子みたいに年上の女性への接し方を覚えた方がいいわ!」
その見た目から年上として扱われることの少ない永愛にとって『お姉さん』という呼び方は非常に嬉しいものだ
滅多に言われない言葉に永愛は調子を良くして子供のようにはしゃぐ
(その仕草が子供っぽいんじゃないかなぁ……)
言ったら怒られるだろうと思って優輝は思ったことを飲み込んだ
「だって年上とか思ったことねぇしな。あ、でもこの前の焼肉では大人らしさを感じたぜ!」
「それオッサンとして扱ってたじゃないの!」
せっかく言わなかったのに何故火に油を注いでしまうのだろう、と優輝は呆れながら幸助を見つめる
おかげでまた永愛が怒り出してしまった
「それよりどうしてこんな所でボール遊びなんかしてたの? ここは危ないよ?」
ここの近くに町や村は存在しないはず。異端児が蔓延る今の世界ではいつどこで誰に襲われるか分かったもんじゃない
優輝の言う通りそんな状況で人目につかずボール遊びをするなんて自殺行為と言っても過言ではなかった
「それは……その……」
さっきまでハッキリ受け答えの出来ていた少年は突然言葉を詰まらせて一行から目を逸らす
そして少年の頬はなんとなく赤みがかって落ち着かない様子だ
それを見て永愛は閃いた
「はは〜ん。その感じ、さては恋ね!」
何故いきなりそうなるのか、幸助と優輝には全くもって理解出来なかったがそれは図星だったようで少年は更に赤くなりボールで顔を隠した
「お姉さん……なんでわかったの?」
「ふふーん。恋する乙女にとって見破るのなんて朝メシ前よ!」
(怖っ。僕も気をつけなきゃ)
理屈はわからないが見破ったのは確かだ。相手こそ知られていないものの既に好きな女性がいることがバレている優輝にとって永愛の持つ勘は非常に厄介だった
「で? それとボール遊びの何が関係あるのよ~? ほれほれ、白状せんか~」
少年の首に腕を回ししつこく迫る永愛の様子を見ていた3人の考えたことは一緒だった
(オッサンだ)
(オッサンだね)
(オッサンだよ)
永愛のしつこさに負けた少年は小さな声ながらもポツリポツリと語り始めた
「お姉さんの言う通り僕、好きな子がいてね。明後日その子の誕生日なんだ」
「ほほーっ! いいじゃない! 何かプレゼントするの?」
「黙って聞いてろ」
少年の言葉一つ一つにいちいちリアクションをとる永愛に幸助が冷たく言い放つ
「それでね、その日はちょうど僕の入ってるサッカーチームの試合があるんだ」
目を輝かせ鼻息を荒くする永愛はリアクションがとりたくて仕方ないといった雰囲気
しかし幸助が睨みつけているので必死に口を抑えている
「その子も試合見に来てくれるんだ。だから絶対試合に勝って……出来れば僕がゴールを決めたいな~なんて……」
話し続けた少年の顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になってしまった
しかしここまで理由を聞いておいて『そっか頑張れよ』で済ますほど彼らも薄情者ではない
なによりそれを誰かが言い出したところで間違いなく永愛に止められるだろう
「だから人気の無いところでサッカーの秘密特訓してたってこと?」
「うん。そうなんだ」
「なるほど。話はわかった。で、サッカーってなんだ? …………なんで黙ってんだよ」
幸助の言葉で全員が凍りつく。言った本人はあっけらかんとして自分がどれだけ非常識なことを言ったのかに気づいていない
「嘘でしょ……。幸助、ふざけてるんじゃないよね?」
「ふざけてねぇ大真面目だ」
「サッカーを知らないなんて生まれたての赤ん坊くらいだと思ってたわ」
「俺生まれたての生まれたての赤ん坊以下なの!?」
説明しないことにはこれ以上話が進まないのでまずは非常識の幸助にサッカーを説明してあげた
「……なるほど。すげぇ楽しそうだな」
「サッカー知らないってホントにどれだけバカなのよ」
「知らないのとバカなのは関係ねぇだろ!」
「でも本当にビックリだよ。最近じゃあテレビつければよくやってるのに」
「あー…………そういえばテレビとか見た記憶ねぇな」
今でこそ常識の一部として人々に認知されているサッカーだが普及し始めたのはここ数年の出来事
それまではあまり知られていないマイナースポーツだった
しかし現在は毎年大きな大会が開催されるようになり必死に競い合う選手達の姿は世の中の少年少女に夢を与え今では国民的スポーツとして名高い存在
10歳頃から黒猫村に住んでいた幸助が知らないのも当然といえば当然なのである
「でも秘密特訓とはいえこんなとこでやるのはやっぱり危ないわ。あなた家はどこにあるの?」
「あっちの方にある『桂香』って町です」
少年は西の方角を指さした目的地である高苅はここから北の方角にあるがーーーー
「そっか。じゃあ町に戻ろう。僕達が特訓付き合ってあげるから」
「本当ですか! ありがとうございます!」
高苅を目指していた一行にとって目的から逸れてしまうがこの少年を見捨てることもしたくない
優輝の言葉に少年は眩しい笑顔でお礼を言った
「なあ。そのサッカーボール……って言うの? ちょっと蹴ってみてもいいか?」
話を聞いてすっかりサッカーに興味を持ってしまった幸助はソワソワしだす
快く渡してくれた少年からボールを受け取るとそれを地面に置いて幸助はめいっぱい助走を付ける
桂香に着くまで我慢出来なかった18歳
嫌がる素振りもなく笑顔でボールを渡してくれた推定10歳
(やれやれ。これじゃどっちが子供かわかんないや)
呆れるクロの様子など目に入っていない幸助は止まっているボール目掛けて一直線に走る
「……あれ? ちょっと待って幸助!」
何かに気づいた優輝が慌てて止めようとするも幸助の目に映るのはサッカーボールのみで声など届くはずがなかった
「いっけオラァァァァァアッ!!!」
幸助が蹴ったボールは勢いよく空へと飛んでいく
同じ人間の力とは思えないその強さに少年はド肝を抜かれ開いた口が塞がらない
しかし幸助が蹴り飛ばしたのは東の方角
つまりこれから行こうとしている桂香の町の真逆だった
「ああああああ!! 何やってんのよバカ幸助!」
「うおぉぉぉぉ!! どんなもんだオラァ!」
「オラァ! じゃないよ!ボールどうすんのさ!」
とてつもない飛距離を叩き出した幸助は満足そうに雄叫びをあげるが永愛と優輝に注意され自分がやったことの重大さを少し遅れて知った
「…………やっべ。どうしよう」
「知らないわよ! 先に言ってるから探して来なさいバカ!」
「いや、大丈夫ですよ。ボールはまだ家にあるのでーーーー」
「そういう問題じゃないのよ! 人から借りた物を失くすなんて有り得ないわ! 早く行きなさいバカ!」
幸助を気遣ってフォローを入れようとする少年だったが永愛に気圧されてそれ以上は何も言えなかった
幸助はというと既に全速力でボールの飛んだ方向へと走り去ってしまいもう見えなくなっていた
「……じゃあ僕達も行こうかーーーーってあれ? クロは?」
「あら、いつの間にかいなくなってる。まぁ幸助に付いて行ったんでしょ? 行きましょ」
いなくなった2人を置いといて優輝と永愛、そして少年は桂香の町へと向かった
「ったく! あんなにバカバカ言わなくたっていいのによー。……俺が悪いんだけども」
消えたボールを追って幸助は全力で走り続けている
しかし飛んでいるボールを上回るスピードで走る幸助の脚力ならばすぐに2人に合流出来るだろう
だがそれは何事も起こらなかった場合の話である
「おっ! あったあったーーって誰かいるな。すいませーん! そのボール俺のでーす!」
あっという間にボールを見つけた幸助だがその隣に誰かが頭を抑えてうずくまっている
幸助の声に立ち上がり振り返った人は小さな女の子で先ほどの少年と同じくらいの背丈だった
「あなたですか……日央に思いっきりボールをぶち当ててくれたおバカは……」
日央と名乗る女の子は酷く怒っている。幸助の力で蹴り飛ばされたボールが遥か上空から降ってきたのだ
大の大人でも相当痛がるはずなのだからこんな小さな女の子がぶつかったとなればたまったもんじゃない
(……やっべぇ。こんな小さな子に当たっちまってたのか)
「ゴメンな! どこに当たった? 怪我してないか!?」
慌てて駆け寄った幸助は一通り日央の体を見てみるがどうやら怪我はしてなさそうだった
しかし目に涙を浮かべているのを見ると痛かったのは間違いない
「別に怪我はないです。ただ1つお願いがあるです」
「おっ! なんだ? 何でも言ってみろよ!」
これはチャンスだとばかりに幸助は食い気味に返事をする
お詫びにアイスを買ってほしいとか家までおぶってくれとか子供らしいお願いをされるもんだと思っていた
それで機嫌を直してくれるというならお易い御用、幸助はなんでもしてあげるつもりだった
「じゃあ死んでもらっていいですか?」
「…………え? なんて?」
日央は懐から何かを取り出そうとしているがその前に物騒なことを呟いた気がしたので幸助は思わず聞き返す
しかしその直後、日央が手に握っているものを見てその言葉が気のせいではないことに気がついた
(ハサミ!?)
攻撃される。反射的にそう感じた幸助はすぐに後ろに飛んで距離をとった
虚しくも空振りに終わった日央のハサミは一瞬前まで幸助の腹があった位置にいる
もし避けられなかったとしたらあのハサミは今頃幸助の腹に深く突き刺さっていただろう
「どうしたですか? なんでも言ってみろって言ってたですよね?」
ボールを投げ捨てた日央は躊躇なく幸助へと向かってくる
そこから放たれるのは少女とは思えない程の強い殺気
「言ってみろとは言ったが聞いてやるとは言ってねぇよ」
子供じみた屁理屈で幸助は言い返した




