元幹部の反逆者
いつかバレるだろうとは思っていたがまさか一瞬でそうなってしまうとは思わなかった。不思議そうに尋ねる玲王を納得されられる言葉は無いだろうか
しかし楓凛に抜かりはない。その言葉なら予め用意していた
「フン!貴様程度に自分の武器を抜くまでもない。これで充分だ」
あからさまに相手を舐め腐った発言は受け取る相手によっては激昴間違いなしだ。特に天里秤辺りならそのまま骨を何本も持っていかれることは確実である
しかし強者との戦いを求める玲王にとってこの言葉はやる気を加速させるスイッチになった
「その自信……やっぱりどっかでコッソリ特訓してたんスね?」
「……は?何を言っている?」
「2ヶ月も留守にするなんてそれしか理由が考えられないッスよ!ずるいッス!俺なんか任務中暇で暇で秤姉さんからかいに行ったりーーー」
異端児の確保、抹消。新しい任務に胸を踊らせ星降を飛び出していったものの実際に相手してみればどれも大したことなくつまらない
いつかのボタンを爆弾に変えたやつの方がよっぽどマシだと思えた程だ
溜まりに溜まっていた鬱憤が楓凛の言葉で溢れ出し凄い勢いで文句を言い出したのだが部隊長の前だと気づくと慌てて口を止めて言葉を飲み込む
「部隊長。失礼しました。今のは聞かなかったことにーーー」
「ならん。サボるとはいい度胸だ。罰として1週間は便所掃除だ」
「んなあっ!?もう!楓凛くんのせいッスからね!」
八つ当たりにも程がある。いつもなら陰でざまあみろと笑ってやるところだが今の楓凛には笑えない
状況が状況なだけに他人のことなど考えている余裕がないのだ
「仕方ない!ならこの戦いだけでも精一杯楽しむッスよ!」
吹っ切れた玲王のスピードはさっきよりもずっと速い。振り下ろされた爪をなんとか避けたがそこにいる玲王は楓凛が今まで知っていた玲王とはまるで別人だった
「この間編み出した必殺技を食らうがいいッス!」
玲王が大きく両腕を振ると楓凛の真横に衝撃波が巻き起こる。舞い上がった砂煙に思わず目を覆ってしまうがその隙に玲王の姿を見失った
その間にも楓凛の周りでは衝撃波が次々と巻き起こるが命中するどころか掠る気配すらない
しかしそれは楓凛に攻撃するためではなく退路を絶つためのものだった
そしてその衝撃波に紛れて玲王が煙の中から突っ込んで来る。回避する余裕などない。だからといってまともに食らうわけにもいかない
楓凛は襲いかかる鋼鉄の爪を練習用の剣で受け止めてしまった
激しい金属音と共に無残にも真っ二つに砕かれた剣の先が飛ばされて地面に落ちると乾いた音が下克上の間に響き渡る
「ありゃ?実戦で使ったのは初めてだけど案外上手くいったッスね」
拍子抜けした様子で玲王は折れた剣を見つめている
「けどこれで楓凛くんも自分の武器を使うしかなくなったッスよ!」
無邪気に意気込む玲王だったが残念なことにそれは叶わない
何故なら楓凛の武器は存在しないのだから
呆然と立ち尽くす楓凛を不思議に思ったのか部隊長が声をかける
「どうした柳生よ。早くその腰の剣を抜かんか」
抜かないのではない。抜けないのだ
この真っ二つに折れた剣を見られるわけにはいかない
「お待ちください部隊長!この折れた剣でも奴に勝利してみせましょう!」
目に見えて焦る楓凛は部隊長の目にとても見苦しく映る。今まではそこまで疑うことなく彼の話を聞いていた部隊長だったがここまでくると流石におかしいと思ったのだろう
「いいから抜け。柳生よ」
「ご心配には及びません!この折れた剣でーーー」
「抜けと言っているのが分からんのかぁっ!!!」
迫力のある部隊長の声が下克上の間に木霊する。無関係なはずの玲王ですら驚いてしまい少し飛び上がってしまった
部隊長の迫力に圧倒された楓凛は諦めて震える手で腰の剣を抜く
すると無残な剣が姿を現した
「えっ!?折れてる……ってどういうことッスか?」
状況が理解出来ぬ玲王はオロオロするだけ。部隊長にとって剣が折れている理由とか2ヶ月も留守にしていた理由とかもうそんなことはどうでもよかった
「もういい中止だ。宍戸よ、下らぬことに付き合わせて済まなかったな。便所掃除の件は撤回する」
酷く失望した顔で部隊長はその場を動き出口へと向かっていく。どうしていいか分からなくなってしまった玲王も仕方なくその後をついていく
「貴様には失望した。クビだ。今日中に荷物をまとめてこの城を去れ」
冷たく言い放たれた言葉は楓凛に届いただろうか
放心状態で小刻みに震える楓凛の姿を見て玲王は同情と同時にとある恐怖も覚えた
自分にもいつかそんな時が訪れてしまうのではないかという恐怖を
部隊長と玲王が去った後の下克上の間は不気味なくらい静かでその中心に佇む楓凛はブツブツと何かを呟き始めた
「どうしてこんなことになった?どうして……どうしてだ……?俺が弱いから?負けたのがいけないのか?なら負けないためにはどうすればいい?強くなるしかない。どうやって?力も地位も失った俺に何が残ったというのだ……?」
自問自答を繰り返す楓凛はある言葉を思い出した
それは人に言われた言葉で当時の自分は戯言として真に受ける気など更々なかったが今となってはその言葉が神からの囁きのようにも思えた
しかしそれは決して神からの囁きなどという綺麗なものではない
深い深い闇に引きずり込もうとする悪魔の誘惑だった
芯の抜けたような体を左右にフラリフラリと揺らしながら楓凛はその言葉をくれた人物を目指して歩く
ここからとても近くて足取りのおぼつかない今の楓凛でも簡単に行ける場所
照明などなく薄暗い、唯一存在する光といえば狭い窓から差し込む陽の光だけ
沢山並ぶ鉄格子の前を何かを探しながら楓凛は進む
牢屋の中から楓凛の姿を見たその男は気味の悪い笑顔を浮かべた
「お待ちしておりましたよ。柳生楓凛」
「『強くなりたいのなら待っている』と言っていたな。その言葉、本当だろうな?」
「もちろんですとも。しかしあなたに捕まってしまった私は大切な道具を全て下輪旗に置いてきてしまった。ここから出られないことには話は始まりませんなぁ~」
悪魔はニヤリと笑う。まるで楓凛がなんと答えるか分かっているかのように
「下がっていろ。折れた剣でも鉄格子程度なら紙切れ同然だ」
幸助に折られた剣を一振りすると鉄格子は本当に紙のように切れ、人が通れるだけのスペースが出来上がった
切れ落ちた鉄の棒が足元の岩にぶつかり大きな音が廊下の端から端まで響き渡る
「ここから私を連れ出すということは重罪に当たります。反逆者として生きる覚悟はおありですか?」
「反逆者……か……。星降守護部隊幹部の肩書きを失った空っぽの俺を埋めるものとしては丁度いい」
「では行きましょうか。そうだ!反逆者として生きるなら何か1つ野望でも掲げてみてはいかがでしょう?」
「…………野望か。そうだなーーー」
暫く考え込んだ後、楓凛が口を開いた瞬間だった
「さっきの金属音は一体何事だーーーや、柳生様!?お勤めご苦労様です!」
先ほどの音を聞きつけて見張りが様子を見に来たようだ。上司に当たる楓凛に対して背筋を伸ばし美しい敬礼を見せる
「そして隣にいるのはーーードクターバッドマッド!?貴様何故ーーー」
「やかましい。黙れ」
折れた剣を素早く振り下ろすと見張りの兵士は大量の血を流して倒れた。それでもなお止まらない出血
数分もすれば出血多量で絶命するだろう
「なんだ?大きな声が聞こえたけど……?」
「さっき1人見張りの奴が行ったはずだが?」
「まさか何かあったのかーーーって柳生様!?お勤めご苦労様です!」
また見張りの兵士が音を聞きつけてゾロゾロとやって来ると楓凛を見るなり気持ちいいくらい同じリアクションをとる
「こんな所に一体何の御用ですかーーーッ!」
兵士は2つのものを目撃し言葉を失った
まず1つは幽閉されているはずのドクターバッドマッドが牢屋から出て楓凛の隣で薄ら笑いを浮かべていること
そして2つ、様子を見に行った兵士が血だまりに沈み変わり果てた姿になってしまったこと
「柳生様……これはどういうことですか……?」
「そこをどけ。どかなければ命の保証はない」
「これは星降に対する反逆行為です!柳生様と言えどこれは部隊長に報告せねば!」
3人のうち2人は武器を構える。楓凛に適うはずないと分かっていても目の前にいる反逆者に成り果てた男を見過ごすことは騎士として出来なかった
残りの1人は踵を返して走り出した。2人が時間を稼いでいる間に応援を呼ぶのだ
自らの命を顧みず騎士としての誇りを最期まで貫き通す姿勢に楓凛とドクターバッドマッド感心する
はずなどなかった
邪魔をするなら殺すだけ。まずは目の前で恐れながらも必死にそれを押さえ込み武器を向ける2人を殺そうと楓凛が剣を振りかぶった時
「ぐわぁっ!!」
悲鳴を聞いて振り返る2人の兵士。その先には走り出したはずの兵士が血を流し倒れている
その代わりに見たこともない人物が立っていた
スラリと細長い全身を真っ白な服に包み猫の仮面を付けている
「甘い、甘いでございますよ。話が通じない相手だと思ったら有無を言わさずに殺すのでございます。行動する隙など与えてはいけないのでございます」
「貴様何者ーーー」
「一体どこからーーー」
話を聞くこともなく持っていたナイフで残りの2人も簡単に殺してみせる。この短時間で尊い命が4つも奪われてしまった
「何者だ貴様」
「安心してください。この子は私達の味方になる者でこう呼ばれておりますーーー」
突然現れた人物に驚いたのは兵士達だけではない。全身真っ白の奇抜な服装、ものでも扱うかのように簡単に人の命を奪い更にその力も計り知れない
剣を向けた楓凛をドクターバッドマッドは制止する
「ーーー白猫と」
「ーーーッ!?……こいつが噂の白猫か。なるほど、幹部の奴らが手を焼くのもわかる」
「さぁ、こんな所に長居してる暇はないでございますよ。さっさと外へーーー」
「ま、待ってくれよぉぉぉ……」
逃げ道を考えていた3人に声を掛ける者がいた。声はすぐ近く、別の牢屋から発せられたものだった
牢屋を覗くと薄汚れた衣服に身を包んだ中年の男が鉄格子を掴んで彼らを見ていた
「何か用か?」
「あんたらスゲェんだな。でさ、俺のこともここから出してくれねぇか?頼む!何でも言う事聞くからよ!」
男が必死にせがむとその会話を聞いていた他の牢屋の者達も一斉に声を上げて頼みだした
皆自分も助けてもらおうと必死になって声を張り上げ鉄格子を揺らす
そんな様子ではまた音を聞きつけて誰かが来てしまうかもしれない
「うるさいでございますね。少し静かにしていただけると嬉しいのでございますが」
あれだけうるさかった声が途端に止んだ。理由を確かめようと楓凛が牢屋を覗くとそこには額にナイフが突き刺さり血を吹き出す先ほどの中年男の姿
それだけではない。他のうるさかった牢屋全てが同じ光景になっていた
「貴様……ッ!ここにいる全員を一瞬で……?」
益々底の知れない白猫の力に楓凛は恐ろしさで体が震える。しかし白猫はため息をついて少し悔しそうな素振りを見せる
「残念ながら全員とはいかなかったでございます」
そう言って白猫が指さした牢屋を確認すると壁に突き刺さったナイフ、そして胡座をかいて腕を組み首を横に傾けたガタイのいい男がいた
「全く……無関係の俺にもナイフを投げてくるとはふざけた奴だ。けど面白い話が聞けたな。反逆者……なかなかカッコイイ響きじゃねーか」
ドクターバッドマッドを連れていこうとしただけなのに次から次へと知らない者が現れる
だが白猫もこの男も、見るからに相当な腕前であることは確かだ
「さっきは邪魔されたせいで聞きそびれちまったけどよぉ。あんたの掲げる野望ってのは何なんだ?」
男は楓凛に問う。さっきは見張りのせいで最後まで答えを聞くことが出来なかったことが男の中で引っかかっていた
「大層な野望などはないがどうせならば反逆者らしく大きなことを言ってみるのもいいかもな。例えばーーー」
考え込む楓凛にもう星降守護部隊幹部だった頃の威厳や真面目さなど無くあるのは悪に染まった心と抱えきれないほど大きな憎しみだけだった
「世界を支配する。障害となるものは全て壊しこの世界の頂点に君臨してみせよう」
「ハッハッハ!おんもしれーなあ!俺も連れてってくれよ!この退屈な世の中に飽き飽きしてたとこなんだ!」
男は大声で笑う。黙らせようと白猫がナイフを投げたが避けられ壁にまた新しいナイフが刺さる
聞こえるか聞こえないか程度の小さな舌打ちをした後、白猫はその男の牢屋を破壊した
「野望とか今はどうでもいいでございますよ。まずはここから抜け出すのが先決でございます。私1人なら容易いでございますが他に3人もいるとなると色々作戦を練らないとーーー」
「その心配はいらない。すぐに下輪旗へ運んでやろう」
白猫の言葉を遮って楓凛が取り出したのは世界地図と転移石。ついさっきまで星降守護部隊の幹部であった楓凛なら当然与えられている物
任務の遂行を迅速にと与えられた画期的な道具がが今度は星降に牙を向く脅威となるのだ
「そういえば貴様の名を聞いていなかったな」
「俺の名前は大薙大和。『首切り大和』って昔は有名だったんだぜ?」
大和の自己紹介を聞きながら楓凛は準備を整えた。世界地図を広げ下輪旗の上に転移石を置く
「では行きましょうか」
(俺をコケにしたことを後悔させてやろう。琴山嘉治紀、そして不破幸助!)
柳生楓凛、ドクターバッドマッド、白猫、大薙大和。4人が去った後に残されたのは兵士、囚人総勢21名の死体だけだった
その後、異臭に気づき地下牢に来た兵士が死体を発見
すぐさま報告を受けた部隊長はドクターバッドマッドと大薙大和を脱走者として全国に指名手配し同時に姿を消した柳生楓凛も関わっていると推測した結果同様に指名手配した




