帰還と昇格試験
9月も終盤となったとある日。任務により幹部達が不在にしている星降守護部隊の拠点に1人の男が戻ってきた
彼の姿を見るなり歓喜の表情を浮かべた兵士達にあまり騒ぎにするなと釘を刺し男は目的の場所を目指す
目の前にそびえ立つ重厚な扉を前に立つと自然と背筋が伸びる
扉に手をかけ、開くとその先に待っていたのは椅子に座り何か作業をしている無愛想な老人
「失礼します。柳生楓凛、ただいま戻りました」
上下輪旗祭において幸助相手に腕相撲で敗北し、その後喧嘩を売るもやはりやり返された柳生楓凛
彼が消息を絶ってから実に2ヶ月近くが経過していた
久しぶりに見た彼の姿に若干の驚きを見せるもすぐに平静を取り戻したのは星降守護部隊の部隊長である
「連絡の1つもよこさずよくぬけぬけとその面を晒せたな。転移石はどうした?」
部隊長の低く威厳に満ちた声は狭い室内によく響く。机越しに会話しているというのに目の前で見下ろされているようなプレッシャーが楓凛を押しつぶそうとしていた
「申し訳ございません。任務の後、修行の旅を行うために色々と寄り道をしておりました」
「修行の旅……だと?」
深々と頭を下げた楓凛に部隊長は問う
「はい。今回の任務にて己の未熟さを痛感し一から鍛え直して戻って参りました」
毅然とした態度で謝罪や報告をする楓凛の様を見て部隊長は頬杖をつき深く考え込んでいる
曲者揃いの星降守護部隊幹部の面々の中でこの男が1番騎士としてあるべき姿を体現していると部隊長は思っていた
楓凛は謙遜しているがドクターバッドマッドの捕獲という任務においても迅速な対応にて見事な働きも見せた
そんな彼に対して褒美を与えてやろうということも考えていた
しかしいくら理由があると言えどなんの連絡も無しに長期間消息不明だったことに対しては然るべき罰を受けてもらわねば他の幹部や兵士に示しがつかない
悩んだ末に部隊長は1つチャンスを与えてやることにした
「そうか。ならばその旅とやらでどの程度力を付けたのか試してやろう。昇格試験だ」
部隊長の言葉で楓凛の額から一筋の汗が頬を伝って流れ落ちる
怒られることは予測していたしそれによって罰を受けることも予測済みだった
そのことについて異議を申し立てる気など更々なかった
全ては自分の勝手な行動の末に招いたことなのだから
しかしまさかこのタイミングで昇格試験などというチャンスを与えられることは予測出来なかった
もちろん幹部において1番下の序列である楓凛にとって昇格は喉から手が出るほど望んでいたこと
だが今の楓凛にはそれが不都合となる理由があった
「お待ちください部隊長。そのようなお話を頂けることは光栄なのですが規律を乱すような行動を働いた私に褒美をいただく資格などございません」
「そう自分を卑下するな。それとも出来ない理由でもあるのか?」
本当の理由など言えるはずがなかった
楓凛がそこまで昇格試験を避けようとしている理由
それは現在の楓凛に武器がないからである
幸助との戦いで自慢の剣を真っ二つに折られて以来、楓凛はずっと剣を打ち直してくれる鍛冶屋を探していた
修行の旅?一から鍛え直す?
そんなものは真っ赤な嘘である
出来ることならば剣を直してから星降に帰ってくるつもりだったがこの特別な剣を打ち直せる鍛冶屋などそう簡単に見つかるはずなかった
仕方なく星降の鍛冶屋を訪ねることにしたのだがその姿を他の幹部に見つかろうものならばその話はすぐに部隊長の耳に入るだろう
身勝手な行動をとった挙句に敗北、しかも同じ相手に2度もとなれば幹部の地位が危ういどころか部隊から追放されるのは容易に想像がつく
しかしひと段落つけた後に幹部の様子を把握しておけばその隙を見て鍛冶屋に行くことくらい出来ただろう
そのひと段落の内容が部隊長への報告だ。そこで思わぬ事態が発生してしまったために楓凛は今焦っている
だがやるしかない
その辺から適当に剣を調達して昇格試験を乗り越えるのだ
昇格試験とは星降守護部隊幹部に伝わる伝統的な試験
やることはシンプルだ
自分の1つ上の序列を持つ者と戦って勝利するだけ
部隊長の指示によって行われるため双方に拒否権は存在しない
楓凛の序列は12。その1つ上は序列11の宍戸玲王
つまり楓凛がこの窮地を乗り越えるためにはただの剣で玲王に勝つしかないのだ
「宍戸は今席を外しているが心配するな。すぐに呼び戻す」
柄にもなく少し嬉しそうな雰囲気を出している部隊長の善意が痛い
「かしこまりました。私も少し準備をして参ります」
そう言って楓凛は部屋を出た。確か自分の部屋に練習用の剣があったことを思い出し足早に向かう
(クソッ!なんということだ!もう少しで上手くいくとこだったのに!)
苛立ちのあまり口に出そうになった言葉を慌てて飲み込む
部屋に到着した楓凛は練習用の剣を取り折れた剣を部屋に置いていこうとした
しかし1つの想像が頭をよぎりその手を止める
もしこの練習用の剣で玲王倒すことが出来なかったら?
必然的に自分の剣を使わねばならなくなるだろう
しかしそれを部屋に置いてきたと言ったら?
真面目に昇格試験に取り組まなかったと部隊長は激怒するだろう
正に背水の陣
先述した通り楓凛には勝つ以外の選択肢など存在しない
「あっ、来たきた」
準備を整えた楓凛が部隊長の部屋へと戻るとそこには既に玲王が待ち構えていた
楓凛の姿を見るなり部隊長は立ち上がり先陣切って部屋の外へと出ていく
「役者は揃った。では移動するとしようか」
移動した先は城の地下。ドクターバッドマッドも幽閉されている牢屋がある所よりも更に深い位置にある
閉ざされた扉を開くとそこには大きな空間が広がっていた
「懐かしい場所ッスね〜」
目の前に広がる景色を見た玲王は部隊長の前であることを忘れ普段通りの口調で呟く
ここは下克上の間と呼ばれていて昇格試験の際に使用される闘技場だ
設立当初は平に整備された地面だったが何度も何度も踏みしめられ今では至るところに凹凸が目立つ
そびえ立つ石の柱も近づいてみると無数の傷が刻まれている
それだけ歴史の深い場所なのだ
玲王も幹部になる前にはここで当時の幹部と一戦交えその結果現在の地位を勝ち取った思い出深い場所だ
かつて挑戦者だった少年は今、それを受け取る側としてこの場に立っている
所定の位置についた2人は開始の合図を待つ。己の序列を掛けた戦いは部隊長の一言で始まった
「試合開始!」
「いきなり帰ってこいなんて言われたから結構慌てて駆けつけたんスよね〜」
鞘からゆっくりと剣を抜いた玲王は最初から全力を出す
剣は光に包まれ玲王の手へと宿る。すると玲王の両手には鋼鉄の大きな爪が装着されていた
「でもまぁ異端児とかも大したことなくてガッカリだったし楓凛君と戦ってた方がよっぽど楽しいッスよね!」
玲王が走り出すと楓凛も武器を構え戦闘態勢に入る。獅子のように素早く大きな爪に対して練習用の剣がぶつかればそれはいとも簡単に壊れてしまうだろう
鍔迫り合いなど考えてはいけない。相手の隙を見て攻撃を入れてやるのだ
「手加減はしないッスよ~!……って、んん~~~~?」
勢い良く飛び出しておきながら玲王は突然ブレーキをかけて止まってしまった
「楓凛君……それ自分の剣じゃないッスよね?」




