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ハッピーボトル ~不運な男が世界を救う~  作者: 縞虎
修行とクロの正体
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深夜会合


­­­­­ ­­焼肉の帰り道、明日次はクロに中庭ここへ来るようにコッソリと指示した

 深夜という時間帯にも関わらずクロは一切嫌がる素振りは見せず快諾した

 恐らくクロも明日次が何を言いたくて呼び出したのか分かっていたのだろう


「悪いな。こんな時間に呼び出して」


「別に気にしてないさ。僕も明日次と1度ゆっくり話したいと思ってたからね」


 何気ない会話から始まった2人の深夜会合

 だが互いの腹の内などこの約束を取り付けた時から知れているのだ

 ならば隠す必要などないだろう。明日次は単刀直入に尋ねる


「お前はーーー黒猫なのか?」


 黒猫に向かって『お前は黒猫なのか?』と尋ねる者がどこにいるだろうか

 一見ふざけた質問だが明日次の目は真剣そのものでふざけている様子など微塵も感じられない

 それどころかこの言葉を絞り出すのにどれだけの勇気が必要だっただろうか


 涼しいはずなのに全身からはじんわりと嫌な汗が吹き出してくる


「いやいや、当たり前じゃないか。黒いツヤのある毛並み。このキュートな瞳、凛々しさを感じさせる耳と尻尾。これを黒猫と呼ばずなんと呼ぶんだい?」


 クロはおどけてみせる。だが明日次の表情は変わることなくずっとクロを睨み続けて揺るがない


 それを見てクロもおどけることを止めた。だが口を開く様子を見せない

 自分からベラベラと余計な事は喋らないと言ったとこだろう


「すまない。じゃあ質問の仕方を変えよう」


 明日次がさっきの言葉を言うだけでどれ程苦労したかクロは知っているのだろうか


 それを更に核心に迫るような言い方にさせるとはこの黒猫はやはり普通ではない

 その言葉を言った瞬間に命を取られてもおかしくないのだから


「お前はーーー猫塚忍ねこづかしのぶなのか?」


 その時、そよいでいた風が突然強風に変わり木々から木の葉が飛ばされて天高く舞い上がる

 この風に乗って自分の魂も飛ばされてしまってはいないだろうか


 目は見える、耳も聞こえる、鼻から空気が通り過ぎていくのもわかる


(俺はまだ……生きてる)


 明日次の質問に対してクロは黙って月を見上げた


「気づかれちゃったか……一体いつからだい?」


 自分が想像していた展開とは違って目の前の黒猫はとても穏やかに問いかけてきた


「昼間、お前達を呼びに行っただろ?その時のお前の動きを見てな……」


「……あの時か。幸助の相手をするので精一杯だったからね。最近の幸助はどんどん強くなってくよ。近くにいた強者キミに気がつけない程にね」


「お前と毎日戦ってたらそりゃ強くなるだろうな」


 先日感じた幸助への恐怖についてようやく合点がいった。そして同時にその時抱いた不安も現実となってしまったことを悟った


「その話し方だってそうだ。なんで初めて会った時に気づかなかったのか。自分が情けなく思うぜ」


「無理もないさ。まさか死んだと思った人間が猫になってこの世に留まっていたなんて誰も思わないからね」


 正体を知られてもなお淡々とした態度をとるクロ。明日次は胸の中の疑念が晴れて清々しい気分であるが安心するのはまだ早い

 それよりもこれからが本題と言った方が正しいであろう


「……それで?このことを嘉次紀かじき君に報告するのかい?」


「うちの部隊長をそう呼ぶのは過去にも未来にもお前だけだろうな」


 クロが呼んだその名は明日次が所属する星降守護部隊の隊長である琴山きんざん 嘉次紀かじきのことである

  クロ改め猫塚忍と星降守護部隊には何かと因縁があった


「……もちろん報告するさ。猫塚忍が生きていたとなっちゃ部隊長も目の色変えて星降から飛び出してくるだろうよ」


 話は明日次のペースで進んでいく。しかしクロは表情一つ変えることはなくいつか訪れるであろうその時を待っていた


「悪いがこうなっちまった以上俺はお前らの敵だし修行も今日で終わりにさせてもらう。そしたら当然幸助達にも被害が及ぶ。仲間が傷つくのは嫌だろ?」


「だから大人しく投降しろってことかな?」


「……そうだ」


「脅しのつもりなら勘違いも甚だしいね。状況がわかってないみたいだから教えてあげるよ」


「……?何を言ってーーーッ!?」


 明日次を取り囲む空気が一変した。体が石になってしまったかのように自由が効かない


 目は見える。おぞましい化物が写っている

 耳も聞こえる。風は吹いていないはずなのに木々がざわついている

 鼻から空気が通り過ぎていくのがわかる。だが上手く呼吸が出来ずに途切れ途切れだ


 今の明日次は蛇に睨まれた蛙ーーーそんな例えなど優しすぎるくらいだ

 全身をやいばで覆われ1ミリでも体を動かせば瞬時に切り刻まれてしまいそうな感覚


 しかしクロはなんら特別な技を使っているわけではない。単純に威圧しているだけなのだ

 それでも星降守護部隊幹部である明日次が身動き一つ取れなくなる程お互いの持つ力の差は圧倒的だった


「脅す側がどっちなのかこれでよくわかったでしょ?何をしようがキミの勝手だけどその命、いつでも盗れることを忘れないでね」


 その忠告を最後にクロから放たれていた威圧感は消え去った。息苦しさから解放された明日次は大きくむせる


「てっきり今ここで殺される覚悟もあったんだけどな。化猫強盗と呼ばれてたお前がどういう風の吹き回しだ?」


「理由なんてないよ。けれど猫は気まぐれなんだ。僕の気が変わる前にさっさと消えた方が身のためかもね」


 最後にもう1度突き刺すような強い威圧感。笑顔で話すクロの言葉は冗談など一切混じっていない本気の目をしていた


 まだしつこくこの場に居座るようならば間違いなく殺される

 皆を鍛えた日々は楽しかったがそれもここらが潮時だろう


「最後に1つだけ、いいことを教えてやるよ。お前も知らない俺達の新しい道具だ」


 明日次が内ポケットから取り出したのは折りたたまれた世界地図と転移石

 それの使い方を見せつけるようにクロの目の前で広げ、地図上の星降に転移石を置く


「これは転移石って言ってな。簡単に説明すると地図上の所ならどこでも瞬間移動出来る。お前達の前にはこれから続々とうちの幹部が攻めてくるだろうよ」


「わざわざどうも。でもそんな重要なことを僕なんかに教えちゃっていいのかい?」


「お前にじゃねーよ。あいつら3人にはいい思い出をもらったからな。せめてものお返しだ。あいつらには適当に言っておいてくれ」


 その言葉を最後に明日次はその場から一瞬で姿を消した。瞬間移動なんて目を疑いたくなるような光景に多少の驚きを見せるクロだったがその口元は笑っていた


「誰が来ようとも負けないよ。それでも懲りずに向かってくるって言うならーーー」


「僕が殺す。誰にも邪魔はさせないよ」


 不敵な笑みを浮かべクロも闇の中へと消えていった

 幸助達の知らぬ間に行われた深夜会合は互いに宣戦布告という形で幕を閉じた


 そして夜が明けた


「うー……よく寝た」


「うー……頭痛いわ」


「飲みすぎだよ永愛」


 窓から差し込む朝日によって目を覚ました優輝と永愛。昨晩は何杯酒を飲もうが平然としていた永愛だったがやはり体にダメージは残っている


 つまり二日酔いだ


「私今日無理かも……」


「そんなぁ……せっかく今日も頑張ろうと思ったのに……」


 ガッカリする優輝を気にする余裕もなく永愛は頭痛に頭を抱え再び横になろうとする


「心配しなくても今日の修行は無いよ」


 クロが2人の病室の入り口に立っていた


「あ、クロおはよー」


「おはよー……じゃなくて修行が無いってどういうことよ。この1ヶ月で休みなんて無かったじゃない」


 この1ヶ月間、彼らは毎日休むことなく修行に励んだ。それが前日になんの報告もなく、しかもそれをクロが伝えに来たことに違和感を覚える


 明日次ならば絶対に自分の口からそれを伝えにくるはずだ


「今日はって言うよりも昨日で最後って言うべきだね。昨晩明日次から言われたんだ。急用が入ったから星降に帰るって」


「あー、仕事が入っちゃったんだね」


 明日次は自分達の師匠である前に星降守護部隊の幹部である。異端児の件もあるだろうし仕事ならば仕方ないと2人も納得した


「とゆーことで修行も入院生活も終わりさ。午後には準備して出発するからね。じゃあ僕は幸助を起こしてくるよ」


 そしてクロは2人の目の前から去っていった。突然のこともあり慌てて荷物をまとめ始めた優輝と永愛


 そこで永愛は今までずっと手をつけずにいたあるものを取り出した


「ねぇ優輝。せっかくだからこれ着てみない?」


「……そうだね。せっかく作ってもらったんだから着ないと失礼だもんね!」


 永愛が取り出したもの。それは病院生活が始まった日に明日次から手渡された洋服だった

 助けてくれたお礼にと鳳南の人々の思いが詰まった新しい洋服は新しい門出に相応しい


 明日次の納得がいくまで修行を続け、最後にこの服を着て旅立ちたかったという思いもあるが逆に楽しみが増えたというのもある


「次に明日次さんに会うときはこの服を着て、それで強くなったとこを見せつけてやろうよ!」


「そうね。今までやられた分、今度はコテンパンにやり返してやりましょうか」


 息巻く優輝に対して永愛は微笑みながらそう答えた




「そっか……バレちまったんだな」


「不甲斐なくてゴメンね。これからは厳しい戦いが続くことになる」


 場所は変わり幸助の病室

 昨晩の明日次とのやり取りをクロから聞かされた幸助は取り乱すことなく落ち着いていた


「謝んなよ。お前の昔話であいつらとの因縁を聞かされた時から覚悟してたんだ。向こうが本気で来るってんならこっちも本気で相手してやるよ」


 幸助は拳を強く握りしめる。この拳は世界の存続のために、それを邪魔するというのなら誰が相手だろうと容赦することはない

 それが例え瀕死の自分を助けてくれた佐渡明日次だろうとも


「さぁ、優輝と永愛が待ってるはずだ。僕らも行こう」


「ああ!」


 長々とお世話になった病室を後にして2人は優輝と永愛の病室へ向かった


「じゃーん!見てみて似合ってる?」


 合流した幸助とクロを迎えたのは新しい洋服に身を包んだ優輝と永愛だった

 オレンジを基調とし、白のラインが映えるパーカーは優輝の持つ元気を体現している


「どう?この服に秘められた大人の乙女らしさ、わかるかしら?」


 グレーのシャツに白のパンツ。赤いカーディガンを羽織った永愛の服装は落ち着いた大人の女性らしさを感じさせる


「幸助の分もあるから早く着てみてよ!」


 2人に洋服を手渡され幸助は急いで着替えた

 黒いスキニーのパンツは背の高い幸助の足の長さを更に強調し薄いグレーのTシャツの上から黒のジャケットを羽織るとこちらもまた渋い男の雰囲気を醸し出す


「なんか2人とも大人っぽくなってない?僕だけ子供みたいなんだけど?」


 着替えたことにより一気に年の差を感じるようになった優輝。成人している永愛はともかく幸助だって成人だと言っても通用するだろう


「優輝にはそれがお似合いよ」


「それ僕が子供っぽいってこと?」


「褒めてんのよ」


 不服そうな顔だったが永愛の言葉で笑顔を取り戻す優輝はなんとも単純でやはりその服が良く似合っている


「心機一転したところで出発しよっか」


「しかし随分と長居しちまったな」


「てゆーか病院を宿代わりみたいにしてたけど大丈夫だったのかな?」


「そういえばそうね。もうとっくに怪我は治ってたのに」


 その点に関しては明日次が色々と手を回してくれていたが彼らはそんなこと知る由もなく疑問だけが残った


 散々助けてくれた明日次も次会うときは敵になっていることを優輝と永愛はまだ知らない


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