強くなるために
「はあ!?星降守護部隊って……?」
「説明しなくてもお前なら知ってるだろ?」
「いや、だって前に会ったときはそんなの一言も……」
驚いてる驚いてる、とかつての自分と同じ反応を見せる幸助の姿に優輝はにやけて止まらない
別に意図的に黙っていた訳ではないが鳩が豆鉄砲食らったような幸助の顔を見るとコレはコレでなかなか良いものが見られた気がして優輝は少しばかり愉快な気持ちになる
「いやいや言ったはずだぞ?……あー、あん時お前気絶してたんだっけか?優輝は知ってるよな?」
思わぬパスに優輝の顔が固まる。『あーそういう事だったのかーアハハー』の笑い話で終わるはずがまさかこっちに話を振ってくるとは思わなかったのだ
と、同時に鬼のような形相でこちらを睨む幸助と目が合ってしまった
「お前ぇ……なんでそんな大事なこと言わなかったんだぁ…?」
「い、いや〜言うタイミングが無かったって言うか〜……痛い痛い痛い!!頭掴まないで!」
「へぇー、存在は知ってたけど星降守護部隊って初めて見たわね」
永愛は永愛で初めて見る星降守護部隊の姿に感心していたが彼女は既に3人の幹部と会っている
しかし当の本人はそんなこと知る由もない
凹んだり感動して泣いたり、また新たな決心をしたりと色々な感情が次々と押し寄せて忙しくなったが最後はいつもの調子でこの場を締めることが出来た
はずだった
「さて、修行は明日からにするとして今日はゆっくり休めよ」
調子は戻ったとは言え3人、特に優輝と永愛は病み上がりである。体調に気を使った明日次なりの配慮だったのだがそんなものは余計なお世話だと示す者が1人
「何言ってんのよ。今から始めるんでしょ?」
永愛だ。病室へ戻ろうと歩き出した時にまさかの発言で全員が立ち止まって永愛の顔を見た
「やる気があるのは結構だけど無理すんなって。自覚はないかもしれないがお前の体はボロボロなんだ。急ぐと却って体を壊すぞ」
明日次の忠告も耳に入れる様子はなく宥めようとする彼に対して目の色を変え挑発的な笑みを送る
しかし小娘からの安い挑発に乗るほど明日次は単純ではない。永愛の目を真っ直ぐ見つめてはいるが両ポケットに手を突っ込み棒立ちしている様からはやる気などまるで感じられない
そんな明日次に構うことなく永愛は飛びだした。病室に置いてきたので武器は持ってない。素手でやる気のようだ
だが明日次はそれでも構える様子はない。正確には構える必要がないといったところだろうか
明日次の思った通り、永愛は走り出して5、6歩というところで派手に転び顔と腹を派手に地面に打ちつけた
「痛ったいわね!なんなのよもう!」
起き上がるやいなや周りを気にせず怒りを散らす永愛の様子を見かねたのか明日次はゆっくりと近づいていく
その姿を見て噛み付こうとした永愛だったが明日次の放った一言で動きを止めた
「焦ってんだろ?」
ただ事の成り行きを見つめるしか出来ない幸助と優輝は明日次の言った言葉の意味が掴めず呆然と立ち尽くすだけ
しかし永愛は図星を突かれたらしく奥歯を噛み締め険しい顔で明日次を睨んだ
「そうよ。大見得切った癖に約束の1つも守れないで、でもあんなに感謝されるなんて悔しいわ恥ずかしいわで自分が情けなくなるわ」
そう言った永愛の声は震えていた。思うことは皆同じなんだと涙を堪える永愛の姿を見て他人事とは思えなくなる幸助も自然と拳に力が入る
「後悔があるのはわかる。俺もそうだからな」
どこか遠くを見つめる明日次の脳裏には花熊井での出来事が流れていた。白猫の力を見誤っていたばかりに無駄な犠牲を出し、仲間が傷付く姿も見た
あの時の光景と降りしきる雨の音は今でも鮮明に思い出せるほど彼にとっては悔やむべき出来事なのだ
「けど焦るな。焦って闇雲に突っ走ってもいい結果にはならない。絶対にだ」
この言葉を永愛がどう受け止めるかは本人次第である。しかしさっきまでのように無闇に食って掛かろうとしないところを見ると少しだけでも永愛の胸に響いてくれたのだろう
「だからさ、明日からまた頑張ろうな。もう二度と後悔なんてしないようにな」
「……頭撫でてんじゃないわよ」
しゃがみ込んで永愛の頭を優しく撫でた明日次の手は力弱く弾かれた
思っていることを見透かされたり、本音を引き出されたり、励まされたり、終いにはこの歳で頭を撫でられたり
今の永愛にはそれが精一杯の抵抗であり照れ隠しだった
一度は締まったと思ったがそこから話が二転三転、様々な感情が渦巻いた現場は今度こそお開き
永愛の本音も、それに対する明日次の教えと励ましもこれからの糧にして明日からの修行を頑張ろうと強く思った幸助と優輝だった
「幸助。どこへ行くつもりだい?」
「どこって……部屋に帰るんだよ」
戻っていく皆の後ろ姿を追いかけて病室に戻ろうとした幸助をクロが呼び止めた。途中から明日次に出番を盗られてしまったので大人しくしていたようだがまだ何か言いたいことがあるらしい
「君はこのまま修行するに決まってるじゃないか。もう十分休んだでしょ?」
鋭く刺すような冷たい声はまだ変わらない。それよりも気になったのはクロの言い出したこと
「これからって……佐渡はもう行っちまったんだぞ?」
「察しが悪いね。キミの修行をするのは僕さ」
てっきり3人共明日次の修行を受けるものだと思っていた時に得意の売り言葉を混ぜたクロから告げられた驚愕の一言
声も発せない程に驚いた幸助と黙ってそれを見つめるクロをまだまだ現役で頑張り続ける蝉の鬱陶しい鳴き声が包んだ
何も言わず歩き出したクロをとりあえず追いかけている幸助。真夏の昼間ということもあり容赦なく照りつける太陽が幸助の体力を奪い続ける
1歩進む毎に汗が垂れその数は徐々に増していく
そうして連れてこられたのはとある山の入り口
だがこの山に名前がついている訳でもない、登山道や立て看板がある訳でもないし人の手が届いてる感じもない。入り口と呼ぶには粗末過ぎる狭き道だった
「さて、人に見られるのもマズイからさっさと入ろうか」
躊躇せずその道をグングン進んでいくクロの姿に今まで黙って付いてきていた幸助も流石に語気を強めて問いかけた
「おい!いったいどこまで行くんだよ!修行ならこんなとこじゃなくても出来んだろ!?」
幸助の問いかけで漸く足を止めたクロは振り向くことはせず静かに答えた
「これからすることは他の人には見られたくないんだ。キミだって嫌だろう?」
クロの真意はますます掴めない。だが次の一言で暑い中何も教えられずこんな所に連れてこられて溜まっていた幸助の我慢と怒りは限界を超えてしまうことになる
「猫に一方的にボコボコにされる情けなくて恥ずかしい姿を人目に晒すのは」
ここまで言われれば幸助もこれから何をするのか察しがつく。クロが行おうとしている修行というのは戦うこと
そしてここまで言われたら幸助は黙っていられない
「上等じゃねぇか。あの時みたいにいくと思ってんじゃねぇぞ」
ドスの効いた幸助の返事を聞くとクロは何も言わず再び歩き始め木が生い茂る山の中へと進み始めた
そしてその後を幸助も続いていく。体にまとわりついてくる不快な枝を全てへし折りながら
「さて、少し広い場所に出たね」
道と呼べるようなものも無いままひたすら無言で木々を掻き分けて登って行くと何故かそこだけ木の生えていない空間に出た
体の小さなクロにとってはその辺の山を登るのと大差ないが幸助にとってはここまで登ってくるのも一苦労で服や頭には葉っぱがくっついている
「とっととやろうぜ。無駄に歩かされたうえにあそこまで言われてこちとら我慢の限界だ」
「まあそう慌てずに。ただ殴られるだけじゃモチベーション上がんないでしょ?そこで僕から1つご褒美をーーー」
クロが話している最中だが幸助はそれを無視して殴りかかった。完全に隙だらけだったはずのクロだが難なく幸助の拳を躱してみせる
「まだ話してる最中だってのにせっかちだねーキミは」
「ご褒美だぁ?お前をぶっ飛ばせればそれで十分だよ!」
呆れて首を横に振るクロを構わず蹴り飛ばそうとする。だがそれも虚しく空振り風圧で土だけが舞い上がる
「鳳南で何があったか、知りたくないかい?」
怒りに身を任せ獣のように暴れ回っていた幸助の動きがイタズラを目撃された猫のようにピタリと止まった
数日間悩み続けそれでも真相は闇の中だった鳳南での空白の時間。その答えをクロは知っているというのだろうか
「教えろって顔してるね。そこで条件だ。1度だけでいいから僕を捕まえてごらん?そしたら君の知りたかったことを教えてあげるよ」
「お前を動けなくなるまでした後に捕まえてもいいのか?」
「もちろんだとも。時間制限もなし。骨を折ろうが内臓を潰そうが命を奪おうが何でも有りさ」
「その発言、後悔すんじゃねぇぞ!」
幸助は攻撃を再開する。繰り出す拳や脚の1発1発が本気のもので今までに戦った敵に向けてきたものと同等
仲間だからなどという生温い手加減などそこには一切無かった
しかしいくらやろうともクロは涼しい顔して全てを避けてしまう
「そんな単調な攻撃じゃあ僕には当たらないよ!」
ここで漸くクロが反撃に出る。拳を振り切った幸助の顔目掛けて一撃。猫の手から放たれたとは思えない鋭く重いパンチに幸助は堪らずよろける
旅に出る前の幸助なら今の一撃で立てなくなっていただろう
しかし今は倒れることなく、それどころかすぐに反撃を行う程だ
そして今、クロに向かって繰り出されている攻撃もその時に比べると速くて重い
潜ってきた沢山の修羅場が幸助をここまで強くさせたのだ。そんな幸助の成長を直に体験出来ていることに場違いながら喜びを感じるクロ
しかしそれだけでは足りないのだ
成長を後ろから見守るだけではいけない
時には鬼となって目の前に立ち塞がってやることも必要なのだとクロは気づいたのだ
鳳南での戦いにおいて辛く後悔したのは3人だけではない
合体して共に戦いながらも最後は得体の知れない何かに弾き出されそれに恐怖した
まだクロの手で抑えられる力だったから良かったがこれがもし手に負えない程強力だったとしたらどうなっていただろうか
そしてもしこれからの旅でその時がやって来たとしたらどうなるのだろうか
クロが見ていた限り黒いモヤに囲まれている時の幸助には自我が存在しない
ということは最悪敵だけでなく仲間の命まで無差別にその手で奪ってしまう可能性がある
そうなった場合幸助はどうなるか
背負いきれない自責の念に押しつぶされてしまうだろう
そうならないためにも幸助には強くなってもらわないとならない
その為には自分自身が彼の前に立ち塞がらなければならない
そうして悩み続けた末にクロが出した結論
人間が最も強くなる瞬間は追い詰められた時
即ち死を覚悟した時なのだ
大きく飛び退いて距離を取ったクロは戦いの最中とは思えない程慈愛に満ちた声と表情で幸助に言った
「ごめんね幸助。強くなる為に死んでくれ」
言葉の意味を考える間もなく幸助の体には巨大な爪痕が刻まれた。鳳南の町でガルフの命を絶った時と同じことをしたのだ
当然傷口からはとめどなく血が溢れ出しみるみるうちに幸助の体の周りには血溜まりが出来上がっていく
だがまだ幸助の命の炎は消えてはいない。風前の灯というところでまだ息は残っている
殺す気で生かす、そういう一撃を与えたのだ
「さて、まずは血を止めないと。これじゃあ幸助が目を覚ましても出血が酷くて死んでしまうよ」
止血を施そうと倒れた幸助の元に近づいたクロだが突然全身を駆け巡る嫌な予感に思わず距離を取った
すると幸助の体をたちまち黒いモヤが包み込んでいく
出来ることなら杞憂であって欲しかった。しかし嫌な予感程よく当たるとは言ったものだ
あの時恐怖した得体の知れない存在が目の前に現れたのだから
「まさかこんなにも早く再見するとはね。どうやら幸助だけじゃなくて僕も死を覚悟しなきゃ駄目みたいだ」
命の危機に瀕した2人の戦いがいま始まる




