反省会
目を覚ました時、初めに映ったのは見覚えのない真っ白な天井だった
多少のダルさを感じながらもゆっくりと上体を起こすとここがベッドの上であることがわかった
外からは未だに喧しく鳴き続ける蝉の声が灼熱の夏を思わせるが部屋の中はとても涼しい。どうやら冷房が効いているようだ
周囲を見回して同じ形のベッドが他に3つ確認出来ることからここが病院なのだと理解することができた
「俺は確か鳳南で水を使う変な奴と戦っててイライラが治まんなくてーーーそっから思い出せねぇ」
病院にいることは分かったが何故病院にいるのかが分からない
戦いの行方はどうなったのか。敵はちゃんと倒すことが出来たのか。クロと優輝と永愛はどこにいるのか
混乱する中でなんとか整理をつけたいところだが最後に見た景色から何もかもがガラッと変わっしまっているのでどうすべきなのかが全く分からない
そこに声を掛ける1人の男が現れた
「おっ!目が覚めたか。具合はどうだ?」
「お前ッ!佐渡明日次……!?」
以前、優輝とアルバイトをした時に結果的に命を懸けるまでの事態に発展したことがあった
そのアルバイトに誘った張本人が幸助の目の前にいる男。星降守護部隊の佐渡明日次だった
幸助は意識を失っていた為、ちゃんとした別れの挨拶をせず明日次は姿を消してしまったがそんなことを気にしている様子もなく前と同じようにフレンドリーに接してきた
「2ヶ月ぶりくらいか?鳳南で事件があったって噂を聞いて行ってみりゃお前達が倒れてるんだからビックリしたぜ」
「ビックリしたのはこっちも同じだよ。それよりクロと優輝と永愛はどこだよ?」
「2人とも体に弾丸を受けて大怪我をしてるが治療の甲斐あって無事だ。まだ眠ってるけどな。猫はーーー見てねえな」
状況はまだ飲み込めてないが優輝と永愛の無事だけでも確認できたことは幸助の心を落ち着かせることが出来る大きな報告だった
「ついでに言っておくと鳳南の人達はみんな無事だぞ。今は俺の部下達が後片付けの真っ最中だろうな」
明日次から告げられるもう1つの朗報。過程こそ未だ分からないものの結果として自分達の戦いは無意味ではなかったんだと分かると安心やら嬉しさやら、しかし悔しい気持ちもありとにかく全身の力が抜けた
明日次とその部下が助けてくれたことに感謝すべきだろう。自分達だけでは今回の件を解決することは出来なかったのだから
「そうか……。じゃあお前があいつらぶっ倒してくれたんだな」
「いや、俺は何にもしてないぞ?俺が着いた時には敵は全員倒れてたもんだからてっきりお前達がやったのかとーーー」
キョトンとした顔で明日次は答えた。明日次のその様子に幸助も同じような顔をする
「いやいやちょっと待て。取り巻きは倒したけどボスは倒してねぇぞ?だからお前がやったんじゃねぇのか?」
幸助と明日次の話には食い違う点があるようだ。幸助が意識を失ってから明日次が到着するまでの間に空白の時間が存在している
2人ともそのことについては何も分からないのだ
「とにかく詳しい話はあとの2人が起きてからにしよう。とりあえず今は休め」
そう言って明日次はどこかへ去っていった。目は覚めたが体はまだダルい幸助はもう少しだけ横になって覚えている限りの情報を整理することに決めた
(確かクロと合体して敵をぶっ飛ばしたんだけど水使いの奴が強くてそれでイライラして………ダーメだ。やっぱりそこから思い出せねぇ)
どう頑張っても思い出せる気がしない。寝返りをうつと外から差す明るい日の光を見て幸助はふと今の時間が気になった
部屋の入口に掛かっている時計を見ると8月16日の14時25分を指していた
しかしここで幸助はあることに気づく
現在の時刻は時計で見た通りだ。そして幸助達が鳳南で戦ったのは記憶が正しければ8月14日だったはず
つまり1日以上意識を失ったままだったということになる
「……クソッ!ダッセェな……」
あれだけ大口を叩いたのに結果は意識を失って何も分からずじまいである。幸助はそんな自分に嫌気がさして拳を強く握りベッドを叩こうとした
しかし八つ当たりも良くないと力を込めた手をダラリとベッドの脇に垂らす
胸の中にモヤモヤが出来たまま晴れない。何かをしようにもやる気が湧かない幸助はベッドの上から動かず無駄に時間を潰しそのまま次の日を迎えた
昨日と変わらぬ真夏の日差しに刺激され目は覚めたがやはりなにもする気がおきない
1日1回は明日次が様子を見に来てくれたが話は進展しないまま空白の時間に頭を抱えることが続いていた
そんな無気力な1日を過ごすこと3日間
8月20日の朝
ついに優輝と永愛が目を覚ましたという報告を明日次より受けた幸助は2人がいる病室へと向かった
「……お前ら全員無事だったんだから負のオーラ漂わすのやめろ。こっちまで気分が沈むんだよ」
「偉そうなこと言って勝てなかった……」
「約束してたSTREAMの服見つけられなかった……」
「こんなんじゃ英雄になんてなれっこないよ……」
再開して早々に自己嫌悪に陥りため息をつく3人に明日次も思わずため息をついてしまった
「起きたばかりで悪いが少し話を聞かせてくれよ。鳳南で何があったのかを」
「とゆーか誰よアンタ。当たり前のように輪に入ってんじゃないわよ……」
「佐渡明日次さんだよ……その昔、お金をチラつかせて怪しいバイトに誘ったうえに僕らを死にかけさせた人さ」
「間違ってはないが嫌な言い方をするな。あの件は俺だって凹んでるんだからな」
永愛に噛みつかれ、優輝に棘のある紹介をされ、年下の病人に振り回されるがままの明日次。しかし年長者である自分がここで挫けては彼らはきっと更に負のオーラを大きくしてしまうだろう
傷ついた若者の心をケアして上げるのも年長者の務めだと自分に言い聞かせ明日次はなるべく明るく振舞った
「よし!知らない子もいるし改めて自己紹介しよう!俺は佐渡明日次31歳!職業はーーー」
「うるさいのよオッサン」
「なんでテンション上げてんだよ」
「病室では静かにだよ明日次さん」
「お前らそこに並べ。全員ビンタしてやる」
星降守護部隊では割と温厚な方である明日次も我慢の限界だった
場所を病院の中庭に移した4人は丸いテーブルを囲むようにして椅子に腰掛けていた
「痛てぇ」
「怪我人にビンタするなんてどうかと思うよ」
「乙女に手を上げるなんて最低の男ね」
「うるさい。人の気も知らないでグチグチ言うな」
しっかりとお仕置きを受けた3人は頬を抑えてブツブツと文句を言う
しかし事前に警告してからビンタしただけ明日次は優しい方なのだ。星降守護部隊の他の幹部、例えば天里秤なんかは言葉より先に拳が飛んでくるのだから質が悪い
一先ずおふざけはここまで。ここからは真面目な話に移るため全員の顔が自然と険しいものになった
「まずは鳳南で何があったのか教えて欲しい。1つの町が数日であそこまでなるなんて聞いたことないぞ?」
「俺たちが着いた時にはそうなってたんだよ。訳わかんねぇ力を使う奴らが力を持て余してやったんだ」
幸助の証言を聞いて明日次は深く考え込む
「そうか……それでそいつらはどんな力を使ったんだ?」
「俺が見たのは瓦礫から巨人を作り出す奴と水を自由自在に操る奴」
「僕達が戦ったのは銃弾の向きを変える奴だよ」
「正確には空薬莢ね。戦う条件が悪すぎたわ……。相手の有利な状況を作られたのすら気付かず舐めてかかってたわね……」
「その能力持ちを筆頭に武装した荒くれ者が数十人か。タダの不良集団かと思ったら意外にも考えはあったってことか」
ただ単純に実力の差で負けたのだと思っていた。しかしこうして思い返してみればそれ以外にも負ける要素があったのだと気づく
明日次の言葉で3人は大きなため息をついてまた沈み込んでしまった
「あーーーもう!そんな落ち込むなって!とりあえずこれ見てそれでも落ち込むなら勝手にすりゃあいいさ!」
落ち込む3人に若干鬱陶しさを覚えた明日次は淀んだ空気を消し飛ばすかのような大声を上げながら頭を掻きむしり足元に置いていた小包を少々雑に机の上に置いた
「なんだよコレ」
「いいから開けてみろ!中身は知らんけどうちの部下が鳳南の人から預かってきたものだ!」
そう言って明日次は腕を組みそっぽを向いてしまった。3人は顔を見合わせ次は小包に目を落とす。代表で幸助が封を切り蓋を開けてみる
「これ、洋服だね」
「私達の名前が書いてあるわね。子供の字かしら」
ビニール包装された洋服の包みには「こうすけ」「ゆうき」「とあ」と書かれた紙が貼ってあった
そして洋服以外にも1通の手紙が入っている
幸助と優輝が手紙に首を傾げてるなか、真っ先にそれを手に取った永愛が1人で黙々と読み始めた
「あれ?永愛泣いてるの?」
手紙を読み進めていた永愛は手紙で顔を隠したと思うと次は鼻をすする音が聞こえてきた。優輝が尋ねると永愛は黙って手紙を優輝に押し付け俯く
さっぱり意味が分からない優輝はとりあえず押し付けられた手紙を読んでみる
「……おい、どうしたんだよ2人とも。何が書いてあんだよ」
優輝も永愛と同じように泣き出してしまった。何が起きているのか分からない幸助は急かすように優輝から手紙を受け取るとすぐに読み始めた
そこに書いてあったのは沢山の感謝の言葉
つまりはお礼の手紙だったのだ
あの日物資を届けてくれたこと
敵の手から守ってくれたこと
出会ったばかりで他人同然の自分達のことを助けようとしてくれたこと
そして1から頑張るのでまた是非鳳南に来て欲しいということ
一行の行動の全てに感謝の言葉が贈られていた
そして手紙に同封された1枚の写真
写っていたのは青空の下で微笑む鳳南の人々の姿だった
町の中で撮影したのだろう。背景は瓦礫やら壊れた家具やらガラスが散乱し荒れ果てていたがそんなものには負けないという確かな信念を人々の笑顔から感じることができた
『鳳南の復興を目指して作り上げた第一号をあなた方に送ります。よろしかったら着てみてください』
最後の一文を読んだ時には涙が止まらなくなってしまった
「絶対にまた行くしこの服も大事に着るよ……」
「小川静悟の服も見つかったのね……」
「みんな頑張ってんのに俺達がいつまでもウジウジしてる訳にはいかねぇよな……」
泣きながら喜びを噛み締める3人の姿を見て明日次は困ったような顔をしながらも微笑む
「その感謝の言葉、手紙なんかじゃなくて直接聞きたかったよね」
温かな雰囲気を切り裂くかのような冷たい声が4人の耳に突き刺さった。そしてどこからか音もなく現れたのはここ数日、一切姿を見せていなかったクロだった
「クロ!お前今までどこにーーー」
「そんな話はどうでもいいのさ」
「……猫が喋ってんぞ……?」
いつもは優しく彼らを見守る立場にいるはずのクロだが今は様子が違う。普段は丸く開いている目が釣り上がり3人を睨みつけていた
黒猫が気配も感じさせず突然現れたこともあるがそれ以上に人間の言葉を話すことに明日次は驚きを隠せない
「戦いの前の日に言ったはずだよ。敗北は死を意味するって。今回はたまたま偶然無事だったみたいだけど次からはそうもいかない。次は間違いなく殺されるよ」
クロが怒っているのは初めて見たかもしれない。普段の態度とのギャップもあり冷たく放たれる言葉は彼らの胸に重くのしかかり同時に今まで感じたことの無い恐怖に鳥肌が立つ
悔しいが何も言い返せない3人は暫し沈黙し時間だけが過ぎていく
「……全くその通りだな。ちょっと質問させてもらうぞ」
ため息をついて沈黙を破ったのは明日次だった。3人の顔を覗き込むようにして話を続ける
「お前達がなんで旅をしてるのかは分からねえ。だがそれを命張ってまでやんなきゃならねえ理由はあるのか?まだ若いんだからもっと他のことしてもいいんじゃねえのか?」
明日次は決して煽っている訳ではない。星降守護部隊にいる若者は別として何も背負う必要がないであろう若い者達が何故そこまで必死になって戦いを続けているのかが純粋に気になったのだ
しかし背負っているものならある。明日次には想像もつかないであろう世界の命運を背負っている少年が1人。そしてその姿に突き動かされた者が2人
返す言葉など決まっていた
「理由ならある。先延ばしになんて出来ねぇーーー今じゃなきゃ出来ねぇ事なんだ。それが終わるまで死ぬつもりはねぇよ」
言い返す幸助と優輝、永愛は強い決意を瞳に秘めて明日次を睨み返す
しかし明日次もその決意を砕くような厳しい現実を突きつけた
「死ぬつもりはなくても向こうは殺すつもり満々だ。これからは気合いだけで乗り切れるほど甘い世界じゃねえんだよ」
星降守護部隊の幹部という重大な立場に身を置き経験を積んできた明日次の言葉には確かな説得力があった
だがいくら厳しい言葉を投げかけても3人が引き下がることは無いだろう
なので明日次は簡単な質問をした
「ならどうすればいいか分かるよな?」
「「「もっと強くなる!!!」」」
迷うことなく3人は答えた
その言葉を待っていたと言わんばかりに明日次はニッと笑い立ち上がる
「よく言った!そんじゃあ強くなるしかねえよな!」
「けど強くなるって言ったってどうすれば……」
「決まってんだろ?強くなるには修行しかないってのが昔からの相場だ。その訛った体、叩き起してやるよ」
「あんた、そんな偉そうなこと言える程強いわけ?」
初対面だというのに生意気な口を聞く奴だと明日次は呆れる。言葉で言って分からないならば実力で示すのが1番早い
ここからは言葉じゃなくて力で話す時間だ
「自己紹介が途中だったんで改めてやらせてもらうぜ」
「星降守護部隊の佐渡明日次。ちなみに幹部だ。よろしくな」
これからの戦いを生き抜くための地獄のような修行が始まろうとしていた




