子供達
「部隊長!ただいま戻りました!」
重厚な扉を開きその奥の椅子に腰掛ける無愛想な老人に敬礼をした後、騎士達は床に片膝を突きその老人に向け服従を示す
「ふむ、ご苦労」
短い労いの言葉を残すとその老人は騎士達が連れている白衣の老人に視線を移す
腕や体に拘束具を付けられた白衣の老人は騎士達が頭の上がらないその老人に対しても臆することはなく薄ら笑いを浮かべていた
「その男がドクターバッドマッドか。以前から怪しい噂を聞いていたが漸く捕まえることが出来た」
白衣の老人はドクターバッドマッド。上下輪旗祭において柳生楓凛が身柄を拘束した男だ
しかし今回の最大の功労者、肝心の柳生楓凛の姿はそこには無かった
「柳生はどうした」
野太い老人の声に騎士達は肩を1度震わせる。そしてどもったような話し方でその質問に答えた
「柳生様ですが……我々に先に戻るよう指示を出されその後どこへ行かれたかはーーー」
「せっかく褒美をやろうと思ったのにまた勝手に行動しおって。まぁいい、また新しい手柄でも持って来ればな」
春の出来事といい奔放過ぎる部下だと頭を抱えため息をつく老人
しかしそれを責めるようなことはしない。彼にとって部下がどこで何をしようと構わないのだ
問題は敗北すること
柳生楓凛は4月に任務で出掛けた先で顔に傷を作って帰ってきたことがあった
敵は殺したと豪語した楓凛だったが気絶させられたとあればこちらが負けたも同然
この部隊の幹部に弱者は不要だ
だが彼とて1度の失敗で見限る程鬼ではない
また新たな結果を積み上げさえすればそれでいいのだ
楓凛の後も敗北して帰って来た幹部はいたが彼らはその後の任務にてしっかりと結果を残し帰って来ている
相手が相手だっただけに特例で不問にしたこともあったが基本的な彼の精神は変わらない
「しかし幹部不在のままよく戻ってきた。ドクターバッドマッドを地下牢獄に幽閉した後、貴様等は休め」
吉報にも老人の顔が緩むことはない。変わらず無愛想だがその言葉は騎士達にとってもっとも欲しかった一言
今すぐにでも喜びたいがそれはこの部屋を出るまで我慢だと必死に表情を強ばらせる
立ち上がり再度敬礼をすると騎士達は部屋から出ていった
「貴様には聞かねばならないことが山ほどある!拷問は覚悟しておけよ!」
部隊長の前とは打って変わってつよい剣幕でドクターバッドマッドに迫る騎士
ドクターバッドマッドは表情1つ変えることなくひたすら薄ら笑いを浮かべたまま答える
「ええ、どんな拷問でも受けましょう。いずれあの方が私を救い出してくれる時まではね。ヒッヒッヒ」
不気味な男だ、とそれ以上騎士達が彼と口を聞くことはしなかった
誰も言葉を発しないまま地下牢獄へ向かう足音だけが広い廊下に響き渡る
「星降守護部隊……いやはや本当に素晴らしい集団だ。私も尻尾を掴ませぬよう必死に逃げていたつもりだったのですがまさか捕まってしまうとはね」
この言葉に他意はない。ただ純粋に相手への賞賛
騎士達がそれに答えることはなくせっかくの賞賛は独り言として扱われた
やがて地下牢獄へ辿り着く。煌びやかな上階とは違い照明はなくあるのは人ひとりも通れないであろう小さな窓から差し込む日の光だけ
鉄格子の扉を開き無造作にドクターバッドマッドを突き飛ばす
鍵を掛け騎士達が去ろうとした時だった
「皆様これから忙しくなることでしょう。私の子供達は全世界に放たれた。ここ星降でも間もなくーーー」
ドクターバッドマッドの言葉を遮るように場内に響き渡るのは警報
そして間髪入れず放送が響き渡る
『星降の1丁目にて強盗事件が発生!犯人は不思議な力を使って我らの攻撃を凌いでる模様!城内にいるものは直ちに応援へ向かえ!』
放送を聞いた途端、騎士達は慌てて駆け出して行った
1人残されたドクターバッドマッドは密かに口角を上げる
「早速だ。思う存分暴れてくださいよ。子供達………」
「たまにいるんスよね!星降で犯罪起こすバカって!」
「ホントね。大体は自分の力を過信してあたし達に喧嘩売ろうとする奴なんだけどね」
放送を聞いて真っ先に城から飛び出したのは星降守護部隊の宍戸玲王と早乙女乙姫だった
手柄を挙げれば昇進のチャンスだと意気揚々として事件現場に向かって走る
「でも不思議な力って何なのかしらね?そんなのあたし達幹部くらいしか持ってないと思ってたけど」
「世界は広いしそんなのもたまには出てくるッスよ!いつも刃物とか銃とかじゃ張り合いなくて面白くないッスもん!」
楽勝だとは思うが不明な敵の正体に少々不安を覚える乙姫と能天気に笑う玲王
「そういえば他の幹部は何してんスかね?」
「楓凛ちゃんは任務に出てるし秤さんと有栖ちゃんは温泉行くって言ってたわよ?」
「明日次さんもまだ完治してないし……他の人が来る前に片付けるッスよ!」
幹部は任務などで出払っている。これは手柄をものにするチャンスだと意気込み更にスピードを上げる2人
すると問題の事故現場の方から爆発音が響きたちまち黒煙が空へ向かって昇り始めた
微かだが地響きが彼らの所まで伝わって来た。現場までの距離と地響きの大きさを考えると大した強さの爆発ではないようだ
しかし周囲には民間人も沢山いることだろう
爆発によって1度止められた足は現場へ向けてまた動き出した
「ウェーイ!!とんでもなく清々しい気分だ!星降守護部隊の奴らが次々くたばっていきやがる!」
「くそっ!何なんだ奴の力は!?」
「あんな力を持つ奴が幹部以外にもいるというのか!」
「怯むな!攻撃を続けろ!」
ここは通報のあった星降1丁目の事件現場。飲食店や雑貨屋などが並び本来なら買い物をする客で溢れているはずだった
しかし現在、一般人の姿はそこにはなく鎧に身を包んだ騎士達とラフな格好の男が1人立っているだけ
炎と煙に囲まれ高笑いをするのはこれといって特徴がある訳ではない普通の男だった
しかし大きな武力を誇る星降守護部隊を目の前にしても余裕を浮かべ騎士達の攻撃を受けるどころか全てを迎撃している
「オラオラどーした!?星降守護部隊よォ!?テメーらの時代はもう終わりだなぁ!」
騎士達を警戒する様子は皆無で隙だらけだ。怯まずに特攻を仕掛ける騎士だが突然巻き起こる爆発に阻まれ攻撃は疎か犯人へ近づくことさえままならない
「イタズラはそこまでにしておきなさい」
「サクッとぶっ飛ばして部隊長から褒美をもらうッス!」
事件発生から十数分。遅れて現れたのは星降守護部隊幹部の乙姫と玲王だ
凄惨な事件現場に臆することはなく黒煙の中に佇む犯人を睨む
「事故の被害や怪我人は?」
「建物への被害はありますが奇跡的に負傷者はゼロです!しかし奴は不思議な力を使い近づくことが出来ません!」
「あんたらはもう引っ込んでいいッスよー。あとは俺が片付けるッス!」
幹部の登場により騎士達は士気を取り戻す。ここ星降で起きた事件において彼らが到着して解決出来なかった事件など過去に1度足りともなかった
今回も何事もなくあっさりと解決に導いてくれるだろう
それだけの信頼と実績を背負う者が星降守護部隊の患部なのだ
「幹部様のお出ましか!その辺の雑魚じゃ退屈してたんだ!少しは骨があることを望むぜぇ!」
「心配しなくてもすぐに嫌という程の力の差を教えてやるッスよ」
走り出した玲王を見ても男は全く動じない
一直線に向かってくる玲王に男は何かを放り投げるとそれは大きな音を立てて爆発した
「うおっと!危ないッスねー」
それを間一髪のところで横に飛び回避する玲王。再び突撃を繰り返してみるも謎の爆発によって遮られる
「幹部ってのも大したことねーなー!これなら俺1人でお前ら壊滅させるのも簡単だな!仲間なんざ要らねえって!」
「面白い力ッスね。なんスかそれ?」
近づけないながらも玲王は余裕を失うことはない。むしろ初めて相対する不思議な力に目を輝かせ喜んでいる
「聞かれて教える阿呆がいるかぁ?………だけど今の俺は気分がいいから教えてやろう」
上機嫌な男はポケットに手を突っ込むとあるものを取り出した
「……えーっと……ボタンッスか?」
男が取り出して手を広げた。そこに乗っていたのは何の変哲もないボタン。洋服に付いているあのボタンだ
形は様々だがどれもその辺に売っている洋服に付いていそうなボタンで決して特別なものではない
どんな物が飛び出してくるかと期待していた玲王は余りにも普通過ぎる物の登場に肩を落とす
「そうだボタンだ!これが俺の力を使うと……こうだ!」
宙を舞うボタンは放物線を描き玲王の目の前まで飛んでくると男の声に合わせて爆発する
難なく避けた玲王はため息をついて男に背を向けた。戦いの最中での意外過ぎる行動に男も若干の動揺を見せる
「なんだ?怖気づいたのか?」
「やめッスよ。やめやめつーまんねー。乙姫姉さんあとお願いするッス」
「アナタ昇進がどうのって息巻いてたじゃない……どういうつもりよ」
玲王の行動は味方でさえ驚く程だった
突然バトンタッチを言い渡された乙姫は自慢の黒髪をかきあげながら玲王の真意を探る
「もっと強い奴かと思ったッスけどガッカリッスね。それにあんなの捕まえたところで昇進に響くかって言われたらなぁ〜」
どうやら単純に飽きただけだった。褒美や昇進を望む身ではあるが玲王がそれ以上に求めるのは強者との戦いでありこの男にその価値を見いだせなかったので乙姫に丸投げしたのだ
乙姫の元まで戻ってきた玲王は乙姫の腕を掴み持ち上げると掌に軽くタッチする
無理矢理バトンタッチ完了である
「後片付けするアタシの身にもなりなさいよ……」
「明日から頑張るッスよー」
何年も働いていない無職のような言い訳をすると乙姫の背後に座り込み力なく手を2、3回振る
「まぁいいわよ。小さくても手柄は手柄だしね」
「なんだ選手交代かよ!別に誰が来ようがぶっ倒すからいいけどよぉ!」
玲王の行動を逃げたと勘違いし男は更に調子づいている
自分が今、哀れみの目で見られているとも知らずに
「楽しそうなとこ悪いけどそんな穴だらけな力であたしを倒せると思っているのかしら?」
乙姫の徴発に男が腹を立てることはない。彼は今勝利を確信しているので相手のどんな言葉も負け惜しみだと感じむしろ心地良さを覚える
「そんならまずはテメーを殺ってやるとするか!くらいやがれ!」
男が投げたボタンは乙姫の目の前で爆発する。四方八方に散らばる炎と黒煙で乙姫の姿はあっという間に見えなくなった
煙が晴れるとそこに乙姫の姿は無く地面に残る焦げ跡を見て男はほくそ笑む
「オイオイまさか一発で木っ端微塵かよ?殺すつもりは無かったんだけどなぁ?」
「安心しなさい。死ぬつもりなんてないわ」
背後から聞こえた声に男は慌てて振り返る。そこに立っていたのは数秒前まで離れた位置にいた乙姫だった
そして男の肩を軽く叩くと彼の顔の前で1本指を立てた
「まず1つ。挙動が大きすぎるわ。そんなんじゃ簡単に相手に接近を許す」
距離をとろうと後ろへ下がる男の肩をしっかりと掴み離さない
「そして2つ。自分に爆発が及ぶ範囲じゃ爆弾は使えない」
男のボタン爆弾は自分に対しては無効などという万能なものではない
爆発を食らえば自分だって怪我をする普通の爆弾なのだ
自分が今喧嘩を売っている相手の本性を漸く理解した男は震え、全身から冷や汗が吹き出す
追い詰められた男は拳を振りかざし乙姫に殴りかかろうとしたが空いていたもう片方の手で軽々と受け止められた
しかしその瞬間、僅かだが肩を掴んでいた手の力が緩んだのだ
身を屈めてポケットに手を突っ込むと中から夥しい数のボタンを地面にばら蒔いた
「テメーに捕まるくらいなら道連れにして死んでやるよぉ!」
足元に散らばったボタンを見たら逃げ出すのが普通の人間の性である
だが男はその余裕すら与えず、自分への被害も顧みず全てを爆発させた
今までとは比にならない大きな爆発と爆音が辺りに響き渡る
上の空で傍観していた玲王は思わず耳を塞ぎ、一瞬で迫り来る爆風に地面を転がされた
「おぉー、随分派手に散ったッスねー」
起き上がった玲王は黒煙に包まれたせいで全身が煤塗れになりながらも最期に見せた男のガッツに感心してしまう
離れていた玲王でさえ被害があるのだから巻き込まれた2人はタダでは済んでいないだろう
死亡、奇跡的に生還したとしても全身大火傷は免れない
「全く……随分大胆なことしてくれたじゃない」
燃え盛る炎の中から何事も無かったかのような顔で乙姫が歩いてきた
炎に焼かれ服は破れ鍛え上げられた肉体が露出していたがその体には傷一つついていなかった
「乙姫姉さん生きてたんスね」
「あの程度で死ぬ訳ないじゃない。彼は跡形もなく消えて失くなっちゃったけどね」
「とゆーかなんスかその服の破れ方……器用な焼け方したッスね」
何故か胸と股間の部分だけ綺麗な状態で服が残っている。そして顔と髪も戦闘前と変わらぬ状態を保っていた
「女の命であるところは守ったのよ。戦いの後でも綺麗なままのあたしでいたいじゃない?」
「もう突っ込まないッス……」
いつもなら誰か『お前は男だろ!』とツッコミを入れてくれるのだが自分には理解出来ない乙姫の美学に玲王は呆れて何も言う気にはならなかった
そして中途半端に残った服と煤に汚れた肉体を見てどう見ても汚いと言いたかったが殴られそうだったので飲み込んだ
「さ、街のことは他の騎士達に任せてあたし達は帰って部隊長に報告するとしましょう」
「了解ッス!」
謎の爆発能力を有する男は自身の力を使って死んで行った
街には巨大な爪痕が残され犯人も捕えられぬという後味の悪い結果だけが胸の中で燻っていた
「「失礼しました」」
城へ戻った乙姫と玲王は着替えも済ませず真っ直ぐに部隊長のいる部屋へと向かった
この時ばかりは玲王も普段使う敬語ではなくしっかりとした敬語を使っている
事件の流れを細かく説明し敵が使った爆発能力のことを耳にすると部隊長は難しそうな顔をして顎に手を当てていた
そして部隊長への報告を済ませた2人は部屋を出て締め付けられるような緊張から解放されたのだ
「やっぱり慣れないッスねー。あの空気」
「そうねぇ。もしこれで犯人を捕獲してたらもう少し胸張って報告出来てたかしら」
「弱かったッスけどあんな力ホントに初めて見たッスよ。他にもあんな奴らいんのかなー」
「アタシは1人だけでお腹いっぱいよ。もう少し周りに被害を出さない敵を希望するわ」
存在するかもわからぬまだ見ぬ強者に心踊らせる玲王
初めて対峙してその力の大きさを知った乙姫はもう勘弁だと剥き出しで煤まみれになった腹をさすった
「あー、玲王と乙姫さんじゃないですかー」
「なんだお前ら?めちゃくちゃ汚れてんじゃねえか。特に早乙女、なんだその中途半端に残った服は。なんつーか汚ねぇぞ」
廊下を歩く2人の向かい側から歩いてきたのは温泉に行っていた天里秤と黄羽有栖だ
玲王が言いたくても言えなかった台詞を出会い頭でサラッと言ってしまう秤に男らしさを感じる玲王
しかしこれも口に出すと殴られそうーーーいや、秤は確実に殴られる
「大事な所は守ったんですよ。全裸なんて乙女としてみっともなくてできませんからね」
「だからテメーは男だろうが!つーか今も十分みっともねぇよ!」
そしてこのツッコミだ。求めていたものにしっかりと答えてくれる秤に安心感を覚える玲王
「2人は温泉言ってたんスよね?リラックス出来たッスか?」
「それが少し面倒なことがありましてー」
「面倒なこと?」
有栖は困り顔で持っていたカバンから土の入ったビニール袋を取り出した
普通カバンから出てくるのは有り得ないような物の登場に乙姫と玲王は興味を引かれる
眉間にシワを寄せ軽く舌打ちをすると秤は疲労鳥の湯で経験したことを簡単に説明し始めた
「土で出来た鳥?」
爆発能力の後は土を操る能力と来た。聞いたことのない力をこの短時間で2度も聞くことがあるだろうかと疑問に思った乙姫は聞き間違えたかと確認の意味を込め聞き返す
「そうだ。たまたま一緒にいた女の子に協力してもらったがその子がいなかったらアタシ等はそこから身動き1つ取れなかっただろうな」
「秤姉さんと有栖姉さんがそんなに苦戦するなんて……超強そうじゃないッスか!」
新しい情報にまた玲王が心踊らせてしまった。落ち着きのない犬のようで彼に尻尾が生えていたとしたら今は間違いなく千切れるほど振り回しているだろう
「これから部隊長に報告して犯人探しを再開するつもりですー」
「こっちは報告した帰りよ。星降にも変な奴が出たの」
「ボタンを爆弾にする奴だったッスよ!弱かった上に最後は自分から死んだッスけど 」
「あー、だからお前ら汚れてんのか。ってかなんだソイツ?」
これまた聞いたことのない力に秤は首を傾げる。ボタンが爆弾になるなんて妄想もいいところだと思った
しかし不思議な力は自身が身をもって体験しているので頭ごなしに否定など出来ない
「なんだか面倒なことが増えそうだな。とりあえず部隊長に報告しに行くからお前ら早く着替えろよ。特に早乙女」
非現実的なことの連続で頭の方が疲れてしまった秤は話を切り上げ乙姫、玲王と別れた。乙姫の姿を視界に入れておくのが限界でもあった
そして有栖と秤は部隊長の部屋へ報告を行う為に急いだ




