下着泥棒を追え
照りつける太陽、鳴り止まないセミ達の鳴き声、どうしようもない暑さ
上下輪旗祭でひと夏の思い出を作った幸助、クロ、優輝の3人とそこに合流した永愛は星降へ向けて旅を続けていた
しかし彼らの夏はまだまだ終わらない。7月が終わり8月を迎え更に夏らしい時期になってきたのだ
「あっちぃ……太陽ぶん殴ったら少しくらい涼しくなるか……?」
「涼しくなるために一体どこまで行く気だい……?」
「優輝のハンマー伸ばせば届くんじゃねぇの……?」
「そんなもん無理に決まってるでしょ……」
「永愛の短剣ぶん投げるとか……」
「私にそんな力あったらあんた達を今すぐ星降までぶん投げてやるわよ……」
上輪旗を出てから2週間が経過していたが特に何事もなくこの暑ささえ無ければ平和と言える日々が続いていた
途中いくつかの村や町に寄ってみたが大して面白い情報もなく次の目的地を決めあぐねていた為、彼らは今漠然と星降に向かって歩くことしか出来なかった
幸助は上輪旗を出た後でクロに現在のハッピーボトルの量を確認したことがあった。最後に確認したのは詩巻を出る時なので実に2ヶ月ぶりくらいの確認である
結果は全体の35パーセント程。あの時から花熊井、名も無き町、上輪旗下輪旗と通って増えたのは20パーセントと考えると少々不満の残る結果ではあったがクロは言っていた
『この20パーセントの内訳だけど祭が圧倒的に占めてるよ。そもそも花熊井なんて幸せが生まれるようなことなかったじゃないか』
言われてみればその通りで花熊井での出来事は幸せとは大分かけ離れた所にあるだろう。永愛と出会った時も幸せと呼べるような出来事はあまりにも小さすぎる。もし上輪旗に寄っていなかったらと考えると夏なのに背筋が凍るような思いだった
しかし幸助は思った。旅に出てから現在4ヶ月程経過してハッピーボトルは35パーセント溜まっている。世界滅亡のリミットまでは残り1年と8ヶ月あると考えると結構余裕で旅が終わってしまうのではないか?
そんなことをクロに話したら鼻で笑われた。子供は単純でいいねーと皮肉まで付けて猫に笑われた
確かに歌輪と出会ったり祭に参加したりその他諸々幸助にしては運が良すぎると思ったがその一方で大怪我で入院したりしているしプラマイゼロくらいなのではないだろうか
それかもう1つ理由があるとすれば両腕に嵌めているこのシルバーのブレスレット
黒猫村を出る時に叔父と叔母からもらった黒猫村の神様の宿った御守りで猫の形をした黒い宝石が埋め込まれている
虎太郎との戦いで小さなヒビが入ってしまったが白猫との激しい戦いでも壊れなかった超丈夫なものだ
やはり神様の力が宿っていて幸助を降りかかる不幸から守ってくれているのではないだろうか
「ミャーオ」
考えた途端にこれだ。災いは忘れた頃にやって来ると言わんばかりに満を持して久しぶりの登場は幸助、クロ、優輝に夏の暑さを忘れる程の衝撃を与えた
「野良猫なんて珍しいわね〜。ほら見て見て?真っ黒でクロそっくり!」
「待てっ!そいつをこっちに近づけるな!」
「何でよー?こんなにカワイイ顔してるのにー」
「いいから離して!どっか逃がして!」
幸助の体質を知らない永愛は何故3人がそこまで嫌がるのか不思議でしょうがなかったが尋常じゃない拒否の仕方だったので渋々下に降ろした
お尻を向けて去っていく黒猫に永愛が手を振っていると3人は深刻な顔をして話を始めた
「久しぶりに来たな……」
「うん、完全に虚を突かれた登場だったね……」
「どうしよう……また熊とか出てくるのかな……?」
黒猫1匹に何をそんなにビビっているのか、大体黒猫ならそこにもいるしとゆーかクロが黒猫にビビってどうするのか
喋る黒猫の方がよっぽどビビるわ
「あんた達、何をそんなに怯えてんの?」
「そうか、永愛は俺の体質を知らないんだったな……」
体質?猫アレルギー……という訳でも無さそうだし何をそんな真剣な顔して語る必要があるのか永愛は全く意味がわからない
「俺はな……黒猫に横切られると災難に襲われるんだよ!」
何を言うかと思えばくだらない。そんなことの為にこの真夏の太陽の下で足を止められたかと思うと腹が立ってくるがこの暑さじゃ怒る気にもならない
ただただアホらしいと思うだけだった
「あーそんな言い伝えあったわねー。でも所詮は言い伝えでしょ?」
「馬鹿にしちゃいけないよ永愛。僕達も最初はそうだったさ……」
「熊が…熊がぁっ!!」
クロは虚ろな目をしているし優輝に至ってはさっきから熊、熊としか言っていない
また祭の時みたいに壊れたかと面倒くさくなってきた永愛は適当に話を切り上げることにした
「はいはい、怖いわねー。そんなことよりさっさと行くわよ。もう暑くて耐えらんないわー」
先陣切って歩き出す永愛の背後で周りを常に警戒しながら付いてくる3人
しかしそんな3人の心配をよそに何事もなく時間は過ぎていく
すると永愛がとある看板を見つけた
「見て見て!この先に温泉宿あるらしいわ!今日はここに泊まるわよ!」
-この先1km『疲労鳥の湯』-
看板には道案内と杖をついた如何にも疲れていそうな鳥の絵が描かれていた
絵の意味はわからないしそんなこと今はどうでもいい
黒猫に横切られた幸助達はこれ以上外にいるのは危険だと判断したので引き続き警戒を怠らず疲労鳥の湯へ向かい体を休めることにした
「特に何も起きなかったね。あれはただの偶然だったのかな?」
「いやそんな筈ねぇ。横切られたらいくら時間が経とうが何かしら起きんだよ」
「もーいつまでそんなこと言ってんのよ。そんなことより温泉よ温泉!」
警戒も虚しく普通に疲労鳥の湯へ到着した一行は宿泊手続きを済ませ、永愛は一目散へ温泉へと向かって行った
一時は心配したもののそれは杞憂だったようで優輝とクロもすっかり温泉へと気を向けている
しかし幸助だけは過去の経験上不安が拭えぬまま難しい顔をしていた
「いつまでもそんな顔してないでさ、あっちに面白そうなのいっぱいあるから行こうよ」
そんな幸助を気遣ってか優輝は遊びに誘う。お土産コーナーやらゲームセンターなど楽しそうな誘惑が彼らに手招きをしていた
「へぇ〜あの看板に描いてあった鳥ってこの温泉のマスコットなんだって」
お土産コーナーに並んでいたのはここのマスコットキャラクターである疲労鳥君である。疲労に効く泉質のここの湯は疲労が取れると有名で疲労取りを捻って疲労鳥の湯と名付けられたららしい
杖をついて白い髭を生やしたお爺さんのような姿がウケて、今密かにブームになりつつあるとかなんとか
「幸助。あっちに卓球台があるよ。運動して汗かけば嫌なことも忘れられるって」
クロに案内された卓球台では既に優輝がラケットを持って待ち構えている
いつまでも暗い顔をしているのも良くないと思った幸助は卓球で少し気を紛らわせることにした
「んーーーさいこーーー!」
横切った黒猫などとっくに忘れ温泉を満喫している永愛。丁度いい湯加減は旅で溜まった疲労を全て溶かしてくれているようだった
惚けた顔で手足を伸ばしきっただらしない格好はとてもじゃないが他人に見せられるようなものではない
しかし偶然にも今この湯船の中にいるのは自分1人だけ
洗い場や他の湯船に人はいるがどうせ湯気でこちらの顔など見えていないだろう
「隣、いいか?」
油断しきっていたところで話しかけられ慌てて緩んでいた表情筋を固め直す
一瞬で直したのでバレてはいない筈だと確信を持った永愛は余裕の微笑みを見せながら
「えぇ、どうぞ?」
と答えた
「おお、ありがとな。有栖もこっちこいよー」
「待ってくださいよー。さっさと体洗って行っちゃうんですからー。ここ湯気濃くてどこにいるのか分からなかったですよー」
もう一人友達がいたのか。話し掛けてきた女性は口調からも分かるようにワイルドで男勝りのような女性
対してその友達はおっとりしていて女性らしく、例えるなら小動物のような女の子だった
「悪い悪い。ここの温泉好きだから1秒でも早く浸かりたいんだよなー。お前もそうなんだろ?」
急に話を振られて驚いた
「いや、私はここ初めてなんだけどどうしてそう思ったの?」
「そうなのか?あまりにも気持ちよさそうなアホ面で入ってたから好きなんだと思ってな」
バッチリ見られていたのか。顔を見られたのと余裕ぶって微笑んだことが恥ずかしくて顔が真っ赤になる
「別に恥ずかしがることじゃないだろー?温泉ってそういうもんだしな」
そう言って足を大きく開くワイルドウーマン。あなたはもう少し羞恥心を持った方がいいと言いたかったがその竹を割ったような男らしさは黒猫如きでビビるうちの男共に見習わせてやりたいと思った
(……しかしこの人の胸、デカイわね)
先程から男勝り、男らしいと言っているがこのワイルドウーマンかなりスタイルがいい。こんな女性が歩いていたら男は必ず振り返ってしまうだろう
小動物女子も彼女に負けず劣らず出るとこ出てる。可愛い顔に似合わず強烈な武器を隠し持っているではないか
一方自分の体を見つめ直して見ると非常に平であった。彼女等を山と例えるなら自分は手入れの行き届いた道である
メロンと例えるなら自分は真っ二つに切られたメロンの断面である
何故神はこんなにも不平等なのか。発育の差に叩きのめされる永愛だった
「……ふぅ。あー気持ち良かったですー。じゃあ私先に上がりますねー」
「おー。部屋で待っててなー」
小動物が先に湯船から上がった。火照って紅く染まった頬とか滴り落ちる水滴とかが色気を増幅させ益々自分との差を思い知らされる
ワイルドはすっかり温泉に疲労を溶かされ伸びきっていた
さっきの自分もこんな顔をしていたと思うとまた恥ずかしさが込み上げてくる
「あ、あなたはよくここに来るの?ここの温泉好きって言ってたけど」
恥ずかしくてとりあえず話題を逸らしたかった。ワイルドは表情を一切変えることはなく惚けた顔と間延びした声で答えた
「まーなー。ここの温泉はほんとに気持ちいーんだよなー。仕事で疲れた時によく来るんだよ」
「さっきの子も同じ仕事の仲間なの?」
「そうだぜー。ああ見えてアタシよりも出来るんだよなー」
小動物がワイルドウーマンより仕事が出来るとは……人は見かけに寄らないものだと永愛が感心していると
「たっ、大変です!」
小動物が血相変えて戻ってきた。さっきまで湯船に浸かって温まっていたというのに顔が真っ青だ
「どーしたー?覗きでも出たかー?」
「変態が!変態が出ました!」
「……えっ?」
冗談のつもりで言ったワイルドだったが冗談では済まされなかった。とにかく脱衣所へと急かす小動物に付いていく
周囲の女性客も何事かと急いで脱衣所へ戻って行った
「こ……こいつはなんてことだ……!」
「そうなんですー……ないんですー……」
「「下着が!!!」」
現れたのは下着泥棒のようだ。他の女性客も全員被害に遭っていて見えない恐怖に怯える声が続々と上がる
下着泥棒め許せんと自分の衣類を漁る永愛だがその手に掴んだ物はーーー
「……あれ?私の下着盗られてないんだけど」
確かに今日自分が身につけていた下着だ。色や形は伏せておくが間違いなく永愛のもので間違いない
何故永愛の下着だけ………?一同疑問に思ったが本人だけはその理由がよく分かっていた
認めたくはないがそれしか思い当たらないのだ。見渡してみると様々な形で実った果実が沢山あるではないか
それに比べて自分はどうだろうか。実る以前に実を付ける木すら生えていない地面だ
「私は下着にすら価値のない女ってことか!」
「理由はわからねーが動ける奴がいて良かった。このままじゃアタシ等はここから出られねーしアンタだけが頼りだ!」
「でも奪われた下着の行き先なんてわからないわよ?」
「それなら大丈夫だ!有栖!」
「任せてくださーい」
ワイルドに呼ばれると小動物は目を閉じて何かに意識を集中させると呟き始めた
「私が今日付けていた下着に思念を飛ばします……追跡!」
すると小動物の指先から一筋の糸のような光が表れどこかへと伸びていく
「繋がりました!場所は……まだ館内のようです!どこかの部屋にあるので皆さんの下着もそこにあるかと!」
「でかしたぞ有栖!さぁ頼んだぜ!」
「正直何が起こってんのか全く分かんないけど今はそれを信じるしかないようね!任せなさい!」
急いで着替えを済ませ脱衣所を飛び出した永愛の背中には女性達の希望を願う声が託される
いっそ自分の下着も盗まれて『きゃーこわーい』と乙女らしく恥じらってみたかった
散々恥をかかせてくれた姿も分からぬ変態に1秒でも早く鉄槌をくらわせてやらねば気が済まぬ
『通信は無事に機能してるか?アタシ達はここから指示を送るからアンタはその通り動いてくれ!』
「分かったわ!と言ってもこの光の線を追ってればいいのよね!?」
脱衣所を出る前に手渡されたのは通信機だった。耳に嵌めることで音声でのやり取りが可能になる物で指示する側と動く側に役割を別れた完璧な布陣である
『単純に言っちまえばそうだがもしかしたら対象が移動する可能性もある。そうなった場合はこちらから指示を出す』
そこで会話は途切れた。光の糸はまだ動く様子はなく永愛の目にしっかりと映っている
しかし対象が移動するなど有り得るのだろうか。脱衣所にはかなりの女性が集まっていたしその全て(永愛は除く)が奪われたとなれば数もなかなかのものだろう
移動するとすれば犯人がこちらの動きに気づくか足早にずらかるか
大きめの鞄を使えば逃げることも可能だろうか
「……細かいことを考えるのは面倒臭いわね。全くせっかく温泉に立ち寄ったってのにとんだ災難だわ」
ーーー災難?どこかで聞いたような……
自分で言った言葉が喉の奥に引っかかって気持ち悪い。災難、災難と頭の中で何度か繰り返してみる
『災難に襲われるんだよ!』
ふと頭の中をよぎったのは幸助の言葉だった
しかしあれは幸助だけに対してのものではなかったのだろうか。思い出してみれば優輝もクロも怯えたような顔をしていたしーーー
「……まさか他人にも災難が降りかかるって言うの……?」
もしそうだとしたら今すぐにでも幸助の部屋に怒鳴り込んで引きずり回してやりたかったがそんなことをしている場合ではない
自分は今、世の全ての女性のこれからの安心と希望を背負っているのだから
「あの角を曲がれば目的の部屋ね!」
シバキ倒すのは後回し。目標である変態の部屋はすぐそこまで迫っている
『おい!聞こえるか!』
耳の通信機に鼓膜が破れそうになるほどの大声が響き思わず仰け反ってしまった。ワイルドの声だがかなり焦っているように感じる
「……脳が揺れるほどよく聞こえてるわよ。何かしら?」
『ああスマン!最悪の事態だ!対象が動き始めたぞ!』
その報告と同時に永愛は最後の角を曲がったがそんな大荷物を抱えた人間とはすれ違っていない。反対側に逃げたとしてもタイミング的に考えて必ず後ろ姿を目撃するはずなのにそんな怪しい奴は見ていない
「何ですって!?でもそんな奴見てないわよ!?」
急いで部屋の前へ行くが鍵がかかっている。緊急事態でやむを得ない、扉はクロから授かった短剣で切り刻んだ
中に入るともぬけの殻ーーーかと思いきや机の上に鞄が1つ置いてあった
そして中には女性用の下着がこれでもかというくらいギュウギュウに詰まっていた
「今部屋の中を確認したけど見つけたわ!」
『でかしたぞ!それで線はどうなってる!?』
そうだ。唯一の手掛かりである線はと探してみるとそれは永愛の頭上を通り越し窓の外へと繋がっていた
窓は開けられており部屋へ吹き込む風が静かにカーテンを揺らしていた
「……犯人には逃げられたようね」
『……そうか。ひとまず戻ってきてくれ。有栖の能力がある限り追跡は簡単だ。まずは手に入った分だけでも一般人を解放した方がいいだろう』
犯人は取り逃がしたが盗まれた下着はいくらか取り戻した。喜びと悔しさを味わいながら永愛は脱衣所へと戻ることにした
「悪かったわね。全部は取り返せなかったわ」
「いや、こんだけ持ち帰って来てくれれば充分だよ。ありがとな」
脱衣所へ鞄を持ち帰り盗まれた下着はあるべき場所へと無事に帰ることが出来た
しかしこれで全てではなく安堵する者もいればまだ帰って来ないことに不安を加速させる者もいる
全ての女性を一刻も早く安心させる為に永愛は再び小動物から伸びる細い手掛かりを追いかけ始めた
『変態はどんどん遠くへと離れて行きます。しかもこの感覚だと……空かもしれません』
なんということだろう。標的は空をとべるというのだろうか
走って追いかけるにも限度というものが存在する。このまま遠くの町へでも逃げられたらたまったもんではない
疲労鳥の湯を飛び出し永愛は光の糸を追い続ける
そして全速力で追いかけた先でようやく犯人の正体を突き止めることに成功した
「何あれ!?鳥じゃないのよ!」
お騒がせ下着泥棒の正体はなんと1羽の鳥だった。小さな風呂敷を落とすまいと必死に掴んでおり光の糸はしっかりそこを指している
「何が疲労鳥よ!とんだエロ鳥を飼っていたものね!」
永愛の遥か頭上を飛び続けている鳥に狙いを定めて短剣を投げつける。一直線に飛んでいく短剣はやがて命中し鳥は悲鳴を上げて徐々にその高度を失っていった
落下地点へ急ぎ目標の回収に成功する
「任務完了よ。これから戻るわ」
通信機ごしに向こうで歓声が巻き起こっているのがわかった。お騒がせ犯人の正体が鳥だったとは夢にも思わなかったがこれにて一件落着ーーー
「鳥がいない……?」
おかしい。投げた短剣は確かに鳥に命中したはず
その証拠に風呂敷の側には永愛の短剣が一緒に落ちていたが肝心の犯人の姿がどこにもない
「結構深く刺さったしどこかに逃げられるとは思わないんだけど……」
問題は解決したが疑問の残る後味の悪い結末に永愛は気味が悪く感じる
『どうかしましたかー?』
不意に聞こえた小動物の声でハッとして一旦考えることを止めた。今はこの風呂敷を届けることが第一だし沢山の下着を持ち歩いていると誰かに知られたら変な誤解をされてしまう
「何でもないわ。すぐ戻る」
余計な心配をかけるのも良くないだろう。小動物の問いかけを適当に流して脱衣所へ帰ろうと風呂敷と短剣を拾い上げた時、おかしなことに気がついた
「何かしら……土?」
短剣に土が付着していた。下は地面なので一見おかしくないようにも思えるのだが問題は付着している部分だった
付着していたのは切っ先から刃の中ほどまでで持ち手に近い部分には付着していない
まるで地面に短剣を突き立てたようなーーー
(まさか私が刺したのは鳥じゃなくて土だったって言うの!?でもあの姿は間違いなく鳥だったし羽ばたいてもいた!)
そんな魔法のような出来事あるはずないと思いたい永愛だが実際に目の前で起きた現実を認めざるを得ない
鳥だと思っていたものは鳥ではなく土で出来た人形だったとーーー
「土で出来た鳥ぃ?」
「信じ難い話だけどそうとしか思えないのよね。探してみたけど鳥の死体どころか血や羽すら見当たらなかったわ」
「そんな話聞いたことありませんねー。土を鳥の姿に変えて操っていたなんて」
服を着た永愛、ワイルド、小動物の3人は現在ロビーにて話し合いを行っている
不気味な土の正体は後回しにして脱衣所へ戻った永愛。盗まれた下着は全て持ち主の元へと戻り感謝の言葉を受けながら女性客達を見送った
下着泥棒事件は無事に幕を下ろしたが新たな事件が生まれてしまった。そんな不思議な魔法を使える者がこの世にいるとして事件がこの一件だけで済む筈がない
「しょうがねぇ。この件はうちで預からせてもらう」
「そうですねー。一度帰って私の力でしっかり探した方が良さそうですー」
「持ち帰るって変態をこのまま野放しにするつもり?」
「しょうがねーだろ?大した手掛かりもないまま捜索を続けたって徒労に終わっちまうだろーよ」
「私も本気で探すには色々と準備が必要ですー」
乙女の敵を放っておくのは心苦しいが2人の言うことももっともである。今回の事件が無事に終わっただけでも良しとして後は彼女等に任せることにした
最後に付着した土が欲しいと小動物が言ったので受付で小さな袋を貰いそれに土を落として預けた
「……あんた達が何者かは知らないけど悪い奴じゃなさそうなのはなんとなく分かったしよろしく頼むわよ」
「そう言えば自己紹介がまだだったな。アタシは天里秤っていうんだ。これでもちょっと特別な身分なんだよ」
「黄葉有栖ですー。またどこかで会ったら声掛けてくださいねー」
「私は不屈永愛よ。よろしく」
「不屈永愛か……お前のお陰で助かったぜ。ありがとな!」
「ナイスファイトでしたー。さようならー」
遅くなった自己紹介を済ませ天里秤と黄葉有栖は去って行った。せっかく温泉に入ったと言うのにまた汗をかいてしまった永愛は2度目の温泉に浸かるために脱衣所へと戻る
そして疲れを癒した後にすることはたった1つ
今回の元凶であると思われる幸助の元へと向かった
「ん?誰か来たね?」
「どうせ永愛だろ?あいついつまで1人でフラフラしてたんだ?」
卓球やらゲームやらですっかりリフレッシュ出来た幸助達は温泉に浸かった後部屋でまったりとした時間を過ごしていた
そこに部屋の扉をノックする音が聞こえ優輝はノロノロと扉へ向かうのだった
「はーい。あーやっぱり永愛か。どこ行ってたの?」
「………幸助、いる?」
「中にいるけど………」
永愛の様子がなんだかおかしい。こちらの問いかけには答えず虚ろな瞳で部屋の奥を真っ直ぐと見つめている
幸助がいることを知ると優輝など眼中にないようで靴も脱がぬまま部屋の中へと入ってきた
そんな姿に一抹の不安を募らせた優輝はいつの間にか意図せず口に出していた
「幸助!逃げーーー」
「幸助ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
「どーした永愛ー?………永愛っ!?」
いきなり走り出した永愛。手には短剣が握られており幸助目掛けて一直線に向かう
容赦なく振り下ろされた短剣に慌てて身を翻し逃げ出す幸助を永愛は追撃を加える為追いかける
堪らず部屋を飛び出した幸助を追って永愛も部屋を出ていってしまった
嵐が通り過ぎた後のような静けさに包まれた部屋で優輝とクロは目を丸くして2人が出ていった扉を見つめる
「永愛に何があったんだろう……?」
「さあね。考えられるとすれば幸助の黒猫の呪いが降りかかったとかかな」
「あー、なるほどね」
永愛の体力が尽きるまで追いかけっこは続いた。温泉に来たというのに更に疲労が増した幸助と永愛だった




