フェスティバルハイとリベンジ
「よしっ!荷物も全部開けたしこれで引越し完了ね」
7月27日 正午
母親の社員寮への引越しを手伝いやっと家具の配置やらダンボールの開封やらを終えた永愛は額の汗を拭いながら満足そうに言った
「手伝ってくれてありがとね。結構時間かかっちゃったけど幸助君達は大丈夫かしら?」
「大丈夫よ。あいつらのことだからきっとおかしなことに巻き込まれてるだろうし退屈してないと思うわ」
顔を見合わせて笑う2人。笑いが止まったかと思えば次は嬉しそうな、しかしどこか悲しそうなそんな表情になる
引越しの終わりは別れの始まりを告げる合図でもあった
「それじゃそろそろ行くね」
「そうね。あまりみんなを待たせる訳にはいかないもんね」
ついに別れの時は訪れた。希望に満ちた娘を前にして自分が悲しい顔をしてはいけない。旅立ちの時は最後まで笑顔で見送ると決めていた永愛の母
「永愛」
「なーに?お母さん」
「素敵な人に出会えるといいわね」
「まかせて!お母さんが嫉妬しちゃうくらい素敵な人を見つけてくるからね!」
それから少しの沈黙。本当はまだまだ話したいことはたくさんある
だがそうしてしまうと益々別れが辛くなってしまうのは分かっていた
覚悟を決めて沈黙を破る
「……行ってきます!」
「……ええ、いってらっしゃい」
扉を開けて永愛は外に出た。いつもみたいにただ出かける訳ではなく新たな世界に向けて1歩踏み出したのだ
閉まっていく扉が徐々に娘の姿を隠しやがて見えなくなった
遠ざかっていく足音を確認すると永愛の母はその場に座り込んだ
「……もういいわよね……いっぱい我慢したんだもん……」
永愛といる間は笑顔でいると決めたのだ。何度か泣きそうになった時もあったが無理矢理にでも涙を抑え込んで笑顔を作った
しかしもう永愛はいない。そう実感してしまうと今まで溜まっていた涙が溢れ出して止まらなかった
もう二度と会えない訳ではないのに、いつか素敵な人を連れて帰って来てくれるはずなのに、旅を勧めたのは自分なのに
やっぱり今まで当たり前のように傍にいてくれた人がいなくなるのはとても辛い
明日からはまたいつものように頑張ろう
「でも今は……今だけは泣いてもいいわよね……」
1人残された新居で永愛の母は声を上げて泣いた
一方上輪旗では一足先にここを離れる紫艶、虎太郎、歌輪の見送りが行われていた
「次に面見せたときに腑抜けてやがったらまたビシバシしごいてやるからな」
「抜かせ。もうジジイなんだから俺より自分の心配した方がいいぜ」
互いに相手には感謝している。しかしここで礼を言うのは俺達らしくないと最後まで売り言葉に買い言葉の源一と虎太郎
「優輝に酒飲ませてんじゃねぇよ」
「何言ってんのよ。あんなもん酒の内に入らないわ。ジュースよジュース」
「酒なんだよ!」
過去の因縁も少々ではあるが解れた幸助と紫艶。そんなに悪い奴ではないんだなと思い始めた幸助だが酒の席では気をつけようと昨夜をきっかけに強く思い知らされた
「じゃあ優輝君。またどっかで会いましょうね」
「もちろんだよ!次は歌輪ちゃんの歌聴きたいからね!」
先日歌輪がここでコンサートを行ったと知った時、優輝はショックを受けていた
次こそは絶対に参加するんだと1人燃える優輝にもっと上手に歌えるようになって待ってますと歌輪は笑顔で答えた
「腕相撲でテメーを捻り潰せなかったのは残念だがそのマヌケ面拝めただけでもよしとするか。次会うときはもっとマシな顔になっとけよ」
「捻り潰されなくて安心したの間違いだろ?お前はもう少し敬語というものを勉強した方がいいぜ?敬語もロクに使えない大人なんて恥ずかしいですからね〜」
「あんま調子のんなよコラ」
「こっちのセリフだボケ」
「やるか!?」
「ッシャア来いよ!」
「「やめなさい」」
睨み合う虎太郎と幸助を紫艶と優輝が引き離す。顔を合わせればすぐ喧嘩する2人だが今回の祭を通して高め合うことが出来た。次に会うときはお互い更に成長した姿を見せられることだろう
そして紫艶達が去った後残った幸助達に源一は尋ねた
「そんで、お前らはいつまでこの街にいられるんだ?」
「この街で後から来る仲間を待ってるんでそれまではここにいます」
「そうかそうか!祭は今日が最終日だからな!下輪旗でたらふく食ってくるといいさ!」
そう言うと源一は一緒にいたヨモギ三銃士を連れて上輪旗へと戻っていった。明日からはまた町長として仕事を頑張らねばいけないらしい
「よっしゃ!やっと俺も祭が楽しめるぜ!優輝、クロ!下輪旗で半額出店を食べ歩きだ!」
「「おー!」」
腕相撲大会で多少の遠回りはあったがようやく祭を楽しむ権利が与えられた幸助は小さな子供のようにはしゃぎ始めた。目指すは下輪旗の半額出店である
「ところで2人は下輪旗も行ったのか?」
「行ってないよ。幸助達が勝つって信じてたから半額になった後みんなで行こうと思ってたんだ。ねー、クロ」
「ねー、優輝」
2人の信頼と優しさに感動を覚える幸助。しかし泣いている暇など彼らにはない。今から下輪旗で半額出店食べ歩きの旅が待っているのだから
「あーいたいた。おーい」
誰かに呼ばれ声の方を向くと誰かが手を振りながらこちらへ走って来るではないか。せっかくテンションが上がってきたのに水を差すのはどこの馬鹿だろうか
「いやー入口で待っててくれるなんて気が利くじゃない。そんなに私のことが待ち遠しかったの?」
永愛だった
『仲間を待ってるんでそれまではここにいます』
さっき町長に言った言葉が自分の頭の中で繰り返される
『待ってるんでそれまでは』
つまり待っていた仲間が来てしまったらここにいることは出来ないーーー?しかし永愛は来てしまった
ということは上輪旗から出発しなければならない?
じゃあ3人で約束した半額出店食べ歩きの旅はナシーーー?
「ちょっと、黙ってないでなんか言いなさいよ。突っ込んでくれないと自分のセリフが恥ずかしくなってくるじゃない」
「何で来たんだよ永愛!」
「最低の登場だよ永愛!」
「悪いけど一旦家に帰ってまた来てくれないかな永愛!」
「ちょっ……急いで来たのになんで袋叩きに会わなきゃいけないのよ!」
いきなり声を荒げたと思えば身に覚えのないことでバッシングされるのは恐怖でしかなかった
何故悔しそうに泣いているのか全く意味不明だがとりあえず3人を宥めて事情を聞くことにした
「……くっだらないわね。そんなことで怒られたと思うと怒りを通り越してバカバカしくなるわね」
「うるさい!お前に……お前に……やっと祭を楽しめるようになった俺の気持ちが分かるのかぁぁぁ!」
妙に熱の篭った幸助に合流早々苛立ちを覚える永愛。そもそも怒られた意味が未だにわからない
「分かるわけないじゃない。てゆーか別に次の目的地に急いでる訳じゃないんでしょ?なら祭に行ってくればいいじゃない」
「でも町長と約束しちまったんだ……永愛が来るまでいるって……永愛が来ちまったら俺達はもう……ここを出なきゃ……」
「クッ!」
「幸助ッ……それ以上は言わないで……ッ」
幸助だけでなく優輝とクロも悔しそうにしている。こいつらこんな奴らだったっけと自分の記憶の中にいる彼らを引っ張り出してみるが付き合いもまだ浅いためそういう奴らなんだろうと自分の中で納得するしか出来なかった
しかし3人のテンションが妙に高いのには原因があった
連日祭に参加していた彼らは祭の熱気に当てられフェスティバルハイになっていたのだ
もちろん本人達に自覚は無いためたった今合流した永愛だけ置いてけぼりにされているような空気が漂っている
「じゃあ3時間後、またここに集合しましょ」
「……永愛?それはどういう?」
「祭を楽しみたいんでしょ?私は1人でフラフラしてるからアンタ達は3人で楽しんで来なさいよ。それならいいんじゃないの?」
「でも……永愛を置いて僕達だけでなんて……」
「祭に行きたいの?行きたくないの?」
永愛に選択を迫られ幸助の心は揺れる。祭は楽しみたい、しかし町長とした約束はーーー
どうすればいい?どうしたらいい!
葛藤する幸助に救いの手を差し伸べたのは優輝とクロだった
「行こうよ、幸助」
「だって今は」
『『せっかくの祭なんだから』』
2人に背中を押され幸助の心固まる。そうだ!今この時を逃したら絶対に後悔する!
「……ッ!すまねぇ永愛!恩に着るぜ!行くぞ2人共!」
「「イヤッホォォォォイイ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」」
3人は無邪気に駆け出して行った。このやりとり、一見永愛の優しさから生まれたものだと思うが永愛の本心は違った
(やっと行ったわ。なんか気持ち悪いテンションだったし暫く遊ばせておいたら大人しくなるでしょ)
一緒にいたくない。それが本音だった
「さて、私も祭に出て素敵な王子様を探そうかしら!」
そして永愛も駆け出して行った。祭は人に高揚感を与える。ただし永愛の場合は祭の熱気に当てられている訳ではなく素でこれなのでいつか同じように思われる時が来るのだろう
「見ろよ!たこ焼きだ!」
「「たこ焼きー!」」
「金魚すくいやりたい!」
「「金魚すくいー!」」
「僕はイカ焼きがいいな!」
「「親父か!……でもイカ焼きー!」」
完全にとち狂った3人はこれでもかと言うくらい祭を満喫し、約束の3時間はあっという間に過ぎていった
「どう?祭は楽しかった?……って聞くまでもなかったわね」
「ああ!ありがとな永愛!」
両手に食べ物を持ち頭にはお面。その他色々を身につけ幸せオーラ全開で帰って来た3人を見て永愛もどこか嬉しそうであった
「さあ!気を取り直して次の場所を目指そうじゃないか!」
祭会場はまだまだ賑わっているが彼らの祭はここでお終い。また来年も来ようと約束をして上輪旗に別れを告げた
「待て、不破幸助」
気持ち良く別れを告げられたのにまた水を差す奴が現れたのか。呼び止められた声に振り向くとそこに立っていたのは昨日の腕相撲大会にて幸助に敗北した柳生楓凛だった
「フン!祭りなんかに現を抜かしおって。だがまあいい。それだけ楽しんだのならばもう思い残すことはないだろうなぁ!」
楓凛はいきなり剣を抜いて幸助に襲い掛かった。しかし幸助は慌てる素振りを一切見せず冷静に、向かってくる楓凛の腹に拳を一撃
カウンターを叩き込んだ
予期せぬ攻撃に楓凛は受け身を取れず地面を転がった
「喧嘩なら買ってやる。ただ前といいテメェは俺のことを舐めすぎだ。出せよ、本気を、あん時のぶっとい剣を」
突然の出来事に他の3人は驚いて身動きが取れなかった
特に優輝とクロは先日助けてもらった星降守護部隊の男と幸助が何故いきなり戦い始めたのかが理解出来ない
「クロ。俺とお前が出会ってすぐの時腹にデカイ穴開けられたの覚えてるか?」
「………忘れる訳ないでしょ。あれ治すの本当に大変だったんだから」
「それやったのはあの野郎だ。腕相撲の逆恨みか知らねぇが俺もそれだけじゃ物足りねぇと思ってたとこだよ」
腹にデカイ穴?優輝と永愛は何がなんだか全くわからないが幸助の言葉を聞いた瞬間クロの顔つきが変わった
そして倒れている楓凛に近寄るとコッソリと耳打ちをする
「あの時の怪我はキミのせいだったのかい。あれ治すために僕は寿命を削ったんだ。それなりの覚悟はしてもらうよ」
楓凛の全身を悪寒が駆け巡る。猫が喋ったことなど気にも止められないくらい尋常じゃない殺気がその猫からは放たれていたからだ
しかし今はそんなことを気にしている場合ではない
自分を見下ろしている憎き相手を、何度も屈辱を味わわされた相手を、今ここで殺してやらなければ気が済まないのだ
「自ら死を望むというならば叶えてやろう!我が剣に秘められた山羊座の魂よ!その力を解放せよ!」
楓凛の叫びに答えるかのように剣は輝きを放ち始めた。やがて輝きは楓凛まで包み込み姿を変えた
幸助があの時に見た姿そのものだった
「今度こそ真っ二つにしてくれる!くたばれぇぇぇぇぇ!!」
さっきより何倍も速い速度で向かってくる。しかし幸助がすることは大して変わらない
振り下ろされる剣を躱し
下を向いた剣を踏みつけて砕く
そして拳を一発、顔目掛けて思い切り振り抜くだけ
豪快に吹き飛ばされた楓凛の体はその先にあった木を薙ぎ倒し10本目を折ったところで止まった
楓凛は既に気絶していたが幸助は構わず近づく
「もう二度とテメェには負けねぇよ」
その言葉は楓凛には届いてと分かっていたがどうしてもそれだけは言っておきたかったのだ
そして頭に被ったお面を取るとそれをそっと気絶している楓凛の顔に被せた
「いやーっ待たせて悪かったな!そんじゃ行こうぜ!」
「気持ちいいくらいにぶっ飛ばしたね。なんだか僕までスッキリしちゃったよ」
追いかけてきた優輝と永愛の顔を見ようともせず幸助は歩き出しクロが肩に乗る
この一件でフェスティバルハイは体から抜けまたいつも通りの3人に元通り
しかし先程の険悪過ぎる雰囲気は只事ではない。今までにも2人の星降守護部隊幹部と会っているがそれとは比べ物にならない程互いに怒りを燃やしていた
自分達と出会う前、優輝とクロには何があったのだろうか
気になるが今の幸助はなんだか話しかけづらくて言葉を飲み込むことしか出来なかった
「ねぇ優輝!幸助ってほんとに何者なのよ!」
幸助とクロの後を追いながら永愛は小さくも強めの口調で優輝に尋ねた
そんなの僕だってよくわからない
そうやって答えたかったが答えられなかった。急な頭痛に襲われたからだ
「な、なにこれ……超頭痛い……」
痛みのあまりうずくまってしまう優輝に駆け寄る永愛
「幸助!クロ!優輝がっ!」
永愛に呼ばれ振り返った2人の瞳にはうずくまる優輝の姿が映った。何事かと慌てて引き返してくる
「どうした優輝!大丈夫か!」
「大きい声出さないで……頭に響く……」
何故急に頭痛なんてーーー思い当たる節が全くない
「どんな風に痛いんだい?」
「頭がガンガンする……なんかちょっと気持ち悪くなってきた……」
症状を聞いてクロと永愛は1つの可能性を思いついた。しかしまさかそんなことありえないはずだと他の可能性を模索する永愛
しかしクロはそれしかないと思っていた。何故今更それが訪れるかはわからないがやはりそれしか思い当たらない
「クソッ、どうすりゃいいんだ?」
「水飲ませて横になってればすぐ良くなると思うよ」
「クロ?それってまさか……でもそんなことありえるの?」
「それが昨日の夜はいろいろあってね……そんなことが有り得ちゃったんだ」
全てを悟ったような会話をする2人に置いてかれたような感覚の幸助は焦りから思わず声を荒らげた
「おい!優輝はどうなっちまったんだよ!」
「「二日酔い」」
声を揃えて言う2人。どんな恐ろしい病の名が出てくるのか気が気でなかった幸助の思考は10秒程停止した
「二日酔い?」
「そうよ。普通は次の日起きた時に症状が出てくるのはずなんだけどどうして今更なのかしら……そもそもなんで優輝が酒飲んでんのよ」
症状が遅れたのには理由があった。フェスティバルハイの力で感覚が若干麻痺していたがそれが終わってしまったことにより正常な状態を取り戻した体に容赦なく二日酔いが襲い掛かって来たのだ
大したことなくてホッとした反面、また奴の仕業かと幸助に怒りが湧いてくる
「またテメェか笹江ぇぇぇぇぇ!!」
ぶつけようのない怒りは声に乗り穏やかに広がる大空へと飛んでいった
「ックシュン!」
「オイオイお嬢やっぱり風邪じゃねーか?」
「大丈夫よ。あー頭痛いわ」
「何で今更になって二日酔いなんかになるかなー」
「あたしが一番聞きたいわよ。歌輪ー水ちょうだーい」
「はーいどうぞー」
一足先に上輪旗を出発した紫艶もフェスティバルハイが抜けた直後に二日酔いに襲われ苦しんでいた




