新たな仲間と共に?
午前7時
鳴り響く目覚まし時計を黙らせて永愛は起き上がる。昨晩の出来事のせいか全身の筋肉が痛む
散々頭の中を掻き回していた悩みも今はどこかへ消え去りスッキリしていた。消え去ったというよりは考えがまとまったという方が正しい
キッカケはとある夢
「おはよう永愛。すぐご飯出来るからね」
「うん、おはよう」
母は既に起きていて鼻歌混じりに朝食を作っている。どうやら体調は良さそうで永愛は安心した
顔を洗って歯を磨き、着替えを済ませると食卓には朝食が並んでいた
席に座って手を合わせ食べ始めるがお互い黙ったままで箸と食器が触れ合う些細な音がいつもより大きく聞こえる
話すならばこのタイミングしかない
自分の中で出た答えを言葉にするため永愛が口を開こうとした時だった
「旅に出るか決めたの?」
先に母に言われてしまった。しかし自分から話を切り出していたら考えが言葉にまとまらず支離滅裂になっていたかもしれないと思うと母には感謝すべきだろう
「……うん。昨日の夜にね、夢を見たの」
「夢?」
「そう。どんな夢かって言うとねーーーーー」
永愛は自分が見た夢の内容を話始めた。たった1度見た夢だけで自分の今後を決めてしまうのは愚かな選択かもしれない
しかしその夢を見た時から永愛の中にはたった1つの答えしか残らなかったのだ
「ーーーそう。素敵な夢ね。なら早く幸助君と優輝君のところへ行かなきゃね」
「うん!行ってくるね!」
朝食を急いでかき込むと永愛は慌てて荷物も持たず出ていってしまった
そんな永愛の背中を見て立派になったと思う反面、自分の元から離れていく娘の姿に寂しさを覚える
「引き止めるつもりなんて全くなかったんだけど、いざ行ってしまうとなると寂しくなるわね」
「それにしてもあの子、荷物持ってかなくて良かったのかしら?」
「ねみい……」
目を擦りながらゆっくりと歩く幸助。その隣で優輝は大きな欠伸をしていた
「幸助が昨日の夜に桶ひっくり返したからでしょ。掃除大変だったんだから」
「しょうがねぇだろ。急いでたんだから」
昨晩、宿を出る前にクロが吐いた風呂桶を引っくり返してしまった幸助。急いでいたので後回しにしたツケが回ってきたのだ
全力で走り回ったりクロのことを必死に永愛に説明したり、挙句の果てには永愛にぶん殴られたりと散々な仕打ちを受け疲れたので今すぐにでも温かい布団で眠りたかった幸助と優輝を待ち構えていたのは鼻を刺激する異臭だった
何事かと慌てて部屋に駆け込んでひっくり返った桶と散乱した吐瀉物を見た瞬間2人は灰のように真っ白になり膝から崩れ落ちた
クロも申し訳なくていたたまれない気持ちだったという
掃除したり宿の人に何度も頭を下げたりして全てが落ち着いた時には外が明るくなり始めた頃でそこから仮眠をとって現在に至る
「もうちょっと寝てても良かったんじゃねぇの?」
「ダメだよ。もともと上輪旗に行くつもりだったんだから遅れた分は取り戻さないと」
「………そうだったな。わりぃわりぃ」
幸助は旅に出てからというもの、目まぐるしく過ぎていく毎日の中で時々自分の目的を見失いそうになることがある
自分は今、恩人であるクロと世界滅亡を止めるために旅をしているのだ
2年間という時間は長いようで実は短い
無駄な時間なんて1秒たりともないのだ
この旅の目的をしっかりと念頭に置き幸助はまた新たな一歩を踏み出す
「町を出る前に永愛のところに行っておく?別れの挨拶くらいした方がいいよね?」
優輝が提案する。確かに短い時間ではあったが大きく関わった相手なのでそのくらいの礼儀は必要だろう
しかし幸助はあまり気が進まないようだった
「いや、ここでやるべきことは終わったんだ。これ以上俺と関わってもロクなことになんねぇしそっとしておくのが一番だろ」
幸助は昨晩の一件に関して負い目を感じているようで再び会うことを拒否した
しかしこの場にいる誰もが幸助のせいだと責め立てるようなことはしないしそもそもそんなこと微塵も思っていなかった
クロも、優輝も、そして永愛も
「なーにバカなこと言ってんのよ」
町から出ようとする3人を永愛は待ち構えていた。どうやら今までの会話は聞かれていたらしく呆れたような顔で幸助を見ていた
「悪いけどまだまだ関わらせてもらうわよ。私が素敵な恋に巡り会うまでは」
「まだまだ関わるってどういうーーー」
「アンタ達についていくってことよ」
永愛の口から耳を疑うような言葉が発せられた。聞き間違いじゃないかと思い幸助と優輝は1度目を合わせ、やはり間違っていなかったと理解する
しかし理由がわからない
自分達に関わって何があったかなんてその身をもって痛い程経験しているのだ
「お前……昨日の夜何があったか忘れた訳じゃねぇよな?」
「忘れる訳ないでしょ。あんなの忘れたくても一生忘れられる気がしないわ」
「じゃあなんでついてくるなんて言うの?」
優輝に問われ永愛は少々黙る
旅立ちを決心させた夢の話を母に続きもう一度しなければならないからだ
夢の話なんて自分の思考が露わになるようで恥ずかしくてあまりしたくはない永愛だったがこれから行動を共にする以上しっかりと理由を伝えておかなければならないと思い語り始めた
「昨日アンタ達が帰った後、夢を見たのよ」
「夢……?それがどうかしたのか?」
「夢の中にはね、私とお母さんともう1人男の人がいたの。顔はボヤけてて全く覚えてないんだけど一緒に暮らしてる、ってそんな感じだった」
「本当はお母さんが心配だから旅についていくつもりなんてなかったんだけど……お母さんは背中を押してくれたしそんな夢まで見ちゃったし何より………」
恥ずかしくて顔から火が出そうなほど熱くなっていくのがわかる。俯きながら真っ赤な顔をしている自分を3人はどんな顔をして見ているのだろうか
話をやめてしまおうかと一瞬言葉が止まってしまったがしっかりと言葉にしなければいけない
恥ずかしくても、不格好でもやり遂げなければいけない
「夢の中のお母さん、すごく笑顔で楽しそうだったの」
夢の中で見た母の顔はとても眩しい笑顔を放っていた
表情豊かな永愛の母はよく笑う。しかしそれほどの笑顔を見たことがあっただろうかと娘が疑問に思うほど心の底から笑っていた
もしその夢が現実になるならばと考えると自分がどうすべきなのか答えを出すことは簡単なことだった
「だから私は私の夢を叶えるためにアンタ達についていくわ。アンタ達が旅をしてる理由に比べたらどうでもいい理由かもしれない。行った先で何があるかなんてわかんない。それでも私は行きたいの」
全てを吐き出すことができた。だからといってこれで終わりではない
返答を待たなければいけないのだ
それを待つ時間は1分1秒ですら長く感じ自分が話をする時とはまた違った緊張感で永愛は思わず唾を飲み込む
話が終わったことを確認したクロと優輝が顔を合わせて微笑む
「もちろんいいに決まってるじゃないか、ねぇ優輝?」
「うん!仲間は多い方が心強いしね」
優輝とクロは快く了承する。ここでようやく永愛の全身を縛っていた緊張がほぐれた
笑顔がこぼれる3人をよそに幸助ただ1人が何故か浮かない顔をしている
「幸助、どうかしたの?」
「もしかして永愛が一緒にくるのに反対……とか?」
「反対って訳じゃねぇんだけど……やっぱり相当辛い旅になると思うし……」
なんとも歯切れの悪い返事をする幸助
過去の経験と同様にこれからも一度強敵との戦いが始まれば怪我は免れないだろう
更に永愛は女性である。それらのことを考えてしまうと幸助は簡単に首を縦に振ることができなかった
そこでクロが口を開いた
「幸助ってさ、普段は生意気なくらい堂々としてるのに時々物凄くネガティブだったり後ろ向きだったりするよね」
「あっ!確かに!普段あれだけ口悪いのにね〜」
「いや……それは俺なりに色々考えてるからであって……」
「どうせ永愛は女の子だから〜とか考えてんじゃないの〜?」
珍しく弱気な幸助をクロがからかうとこんなチャンスは滅多にないと優輝もすかさず乗っかってきた。反論しようとする幸助だがクロに図星を突かれて黙ってしまった
そんな様子をクロと優輝はニヤニヤと見つめている
「あんたそんなこと考えてたの?言っとくけど私を女だからって気遣ってんならそれは余計なお世話ってやつよ」
幸助の本心を知った永愛はため息をついて呆れる。それと同時に永愛の中に湧き上がってきたのは小さな怒りだった
「さっきも言ったでしょ?何があろうとそれでも私は行きたいの。確かに力はアンタより弱いかもしれないけどメンタルならしょぼくれてる今のアンタよりは何倍も強い自信があるわよ」
幸助を励ますようなことはしない。幸助の気遣いは永愛にとって舐められてることと変わらない
ケンカを売られたなら買ってやる
自分の覚悟が伝わるまで何度でも買ってやる
言葉には出てないがそう言わんばかりの凄みがあった
「幸助なりに考えてるのは分かってるよ。でも、もう少しみんなのこと信じてあげてもいいんじゃないかな?」
クロは幸助の肩に乗ると親が子を撫でるような優しい手つきで幸助の頭を撫でた
「撫でんなコノヤロウ!」
振り払おうとする手をクロは華麗に躱して地面に降りる。その様子を見て優輝と永愛は笑っていた
「お前らも笑ってんじゃねぇ!」
「よかったよかった。元気になったわね」
「しょぼくれてる幸助なんて幸助じゃないからね!」
「しょぼくれてねぇよ!……ったく!」
面倒くさそうに頭を掻いてため息をつく幸助だったがその口元は笑っていた
偶然か必然か、たまたま立ち寄った名も無き小さな町で新たに不屈永愛という仲間を迎えこれからは4人での旅が始まる
「よろしくな、永愛!」
「永愛!」
「永愛!」
「こちらこそよろしくね。幸助、優輝、クロ」
「それじゃ早速上輪旗目指してーーー」
「あーちょっと待って」
「……なんだよせっかく気合い入れようとしたのに」
永愛に出端をくじかれてしまった。若干不機嫌そうに永愛に尋ねる幸助
「いやー私これからお母さんの引っ越しの手伝いしなきゃいけないから後から追っかけていくわ。上輪旗で待っててー」
「はあっ!?引っ越しってーーーおぉい!」
「行っちゃったね……」
用件だけ伝えると永愛はさっさと帰って行ってしまった
新しい仲間が加わるのはどうやらもう少しだけ先の話
永愛に言われた通り、先に上輪旗へ向かうことにした3人だった
「えぇ……はい……すいません急に……いえ、ありがとうございました!」
上司との電話を切って緊張から解放された永愛の母はふと、家の入口を見た
1時間ほど前に出ていった娘の背中が目に焼きついて離れない。せめてしっかりと見送ってやれば良かったと後悔が胸に残る
いくらたらればを言ったところで娘が帰ってくる訳ではない
これから自分は社員寮に引っ越して新しい生活を始めるのだ
いつまでも後ろを振り返っている訳にもいかないので荷物の整理を始めようとしたとき
「ただいまぁぁぁぁぁ!!」
大音量で扉を開き大声で駆け込んでくる永愛の姿がそこにはあった
一瞬寂しさから幻を生み出してしまったのかと疑う母だったが確かに永愛はそこにいる
「なんで……?幸助君達の旅について行ったはずじゃ……?」
「あいつらには先に行っててもらったわ。だからその約束をしに行ってたの。帰ってきたのはお母さんの引っ越しを手伝うためよ」
これから自分の新しい人生が始まろうとしているときに母親の心配をして帰ってくるとは
永愛の行動に思わず涙が出そうな母だったがそれは必死に押さえ込んだ
最後だと思っていた瞬間にまだ続きがあるならば涙を流している暇などない
再び与えられた時間は笑って過ごすのだ
「本当に素敵な娘で私は幸せね」
「それは私もよ。お母さん」
引っ越しが始まるのは明日の昼間から
手っ取り早く荷物をまとめ夕飯は腕を奮ってご馳走をつくった
そして夜は十数年ぶりに同じ布団で朝日が昇るまで思い出話に花を咲かせた親子であった




