永愛の気持ち
家に着いた永愛は扉の前に立ち取っ手に手を掛ける。ここで鍵が開いていることを知り漸く自分が鍵を掛け忘れたのだと気づいた
そして後ろを付いてきた幸助達に中に入るよう目で指示する
幸助がベッドに永愛の母を降ろして寝かせると永愛が話し始めた
「お母さんのこと運んでくれてありがとね。それに色々と助かったわ。アンタ達が居なかったら私もお母さんもどうなってたか分からなかった」
「いや、礼を言われる筋合いなんかねぇよ。俺はお前の身に何かあるって分かってて黙って何もしなかったんだからな」
分かっていた。しかしあのような凄惨な光景が生まれるとまでは予想出来なかった
もっと早く止められたのではないか、もっと良い方法があったのではないか
後悔は尽きない
だからこそ永愛から告げられた感謝の言葉が苦しかった
「分かってた………ってどういうこと?」
「詳しく説明しても混乱するだろうから簡単に言うが予兆があった。ただお前の母さんまで巻き込まれるとは思ってなかった」
「………1番知りたい部分が曖昧じゃ私も何も言えないわね」
いくらか発散出来たとはいえ永愛の怒りはきっとまだ治まっていないだろう。しかしそれをぶつけられる宛がない為きっと今は冷静を取り繕っているのだ
幸助には気の利いた言葉も言えなければ精神面をフォローしてあげることも出来ない
ならば彼女の為に幸助が出来ることは怒りの矛先になってやるくらいだ
その場に正座して目を閉じる
「とりあえず気の済むまで俺を殴れ」
「はあ?」
空気が凍りついた。永愛だけではなく優輝もクロもいきなり何を言い出すんだと驚きの目で幸助を見ているが目を閉じているため本人は分かっていない
「いきなり何言ってんのよ。殴れって言われて理由も分からないまま殴る程私は単純でもないしバカでもないわ」
自分のことを2度も助けた、言わばヒーローのような男が今は小さな自分の目線より低いところで目を閉じて殴られるのを待っている
そんな姿を永愛は見ていたくなかった
「そんな情けない顔してんじゃないわよ。…………なさい」
「は?」
「話しなさい!最初から最後まで!私が納得するまで!このまま夜が明けても構わない!殴られてそれで解決だなんて思ってんじゃないわよ!」
幸助の胸ぐらを掴み上げ顔がくっつくくらいの至近距離で怒鳴りつける。殴られることを覚悟していた幸助は不意の出来事に目を丸くして驚く
近づけたかと思えば今度は突き放すように手を離すと永愛は女性らしからぬ堂々とした胡座に腕を組み幸助に『早く話せ』と目で訴える
テコでも動かぬと言いたげなその力強い意思に幸助も諦めざるを得なかった
「分かった……長くなると思うけど全部話すよ」
幸助が折れて話が始まった
クロが普通の猫ではないこと
クロが吐き気を催すと武器に変化する石を吐き出すこと
優輝の時も同様のことが起きたこと
その対象が今回は永愛だったこと
クロの体調を考えた結果自分達が介入して事態が先送りになるのを避けなければならなかったこと
幸助の口から飛び出して来る現実的でない出来事の連続に永愛は終始首を傾げ半信半疑と言った様子だったが最後までしっかり幸助の話に耳を傾けていた
そして話が終わった頃、時計は0時を跨ぎ新たな1日が始まっていた
「うーん……正直話を聞いただけでは到底信じられないことばかりね」
「だから言っただろ?混乱するからって」
「でも実際に現実として目の当たりにしてるんだもの。信じない訳にはいかないわね………でもこれで納得出来たわ。それじゃあーーー」
「そうだな、俺たちもそろそろ帰るとするか」
「そうだね」
永愛が立ち上がったので話が終わったと思った幸助も立ち上がる。優輝もつられて立ち上がり宿に戻ろうと玄関へ向かう
「あら、どこ行くの?」
「どこって帰るんだーーーへぶっ!!」
「幸助!?いだっ!!」
永愛に呼び止められたので振り返ったところをいきなり殴られた。その小さな体のどこに眠っていたのかと思う程信じがたい力で殴られた幸助と優輝は吹っ飛ばされた
両手をはたきながら永愛は満足そうな笑顔を見せている
「テメッ!いきなり何しやがる!」
「あら?殴れって言ったのはアンタ達じゃない?」
「いつの話してんだよ!」
「僕は言ってないけど!?」
「まさか話したら私の怒りが治まるとでも思った?話を聞いて納得した上で殴ったのよ。それに一緒に居たならアンタも同じ。自分だけは無関係だなんて思ってんじゃないわよ?」
「じゃあクロも殴れよ!」
「動物を殴るなんてアンタ馬鹿じゃないの?それにその子は体調悪かったんでしょ?」
「そうだよ幸助、優輝。もっとしっかり対策立ててれば殴られずに済んだかもね〜」
「うぉわっ!アンタ喋るのね……」
「この野郎……今まで黙ってたかと思えば治った途端にやかましくなりやがって……ッ」
ヘラヘラと笑うクロに幸助は拳を震わせ今にも怒りが爆発しそうだった。優輝は未だに頬に手を当てて痛みを堪えている
2人共納得のいかない様子だったが今から暴れられるような元気は残っておらずため息をつきながら立ち上がった
「もう疲れたよ……とりあえず帰ろう」
爽やかな笑顔の永愛に見送られながら疲労を隠しきれない顔で幸助達は宿へと戻って行った
一気に静まり返った家の中で永愛はポツリと呟く
「旅……か……。私も色んなとこに行けば素敵な恋ができるかしら」
「あら、それなら付いて行けばいいじゃない?」
不意の声に振り返った永愛の目の前には母が立っていた。まだ調子は良くないのか机に寄りかかって永愛を見つめている
「お母さん!いつから起きてーーーそれより体は大丈夫なの?」
「あなた達が何か難しい話をしている時からね。まだ少しフラフラするけどもうちょっと休めば大丈夫」
心配して駆け寄る永愛の頭を撫でながら母は答える
「それより旅、行きたいんでしょ?だったら幸助君達にお願いしてみなさい?」
「でも私がいなくなったらお母さんが1人に………」
旅に出るということは数日で帰って来られるものではなく何日、何ヶ月、もしかしたらそれ以上かかってしまうかもしれない
1人でいる時の寂しさを永愛は良く知っている。それを母に味わわせるなんて永愛には到底出来なかった
「お母さんなら大丈夫よ。それよりも私の心配をして永愛がやりたいことを我慢しなきゃいけない方がもっと辛いわ」
独り言と言えど娘の意思を聞いてしまった以上母も絶対に引こうとしない。お互いを思い合う気持ちがぶつかり合ってこのままでは収拾がつかない
「でもまた今日みたいなことになったりしたら………」
「ならお母さんお引越しするわ!」
「はい!?」
「お母さんが働いてるとこは社員寮があるの。そこに住めば警備員さんもいるし安全でしょ?」
突拍子もない母の提案に永愛は呆然とするしかなかった。永愛が母の為に豹変するなら母も永愛の為に豹変する
何から何までそっくりな親子であった
「安全でしょ?……って言ったって引越しとか簡単に出来るものじゃないんだし……お母さん大変でしょ……」
「だからお母さんは大丈夫だって!若いうちはやりたいことやらないと損よ!とゆー訳で決まり!お母さん寝るから!」
「えっ!?まだ話終わってなーーー寝ちゃうの!?」
無理矢理話を終わらせた母は永愛の言葉に耳を傾けずベッドへと戻って行ってしまった
再び静寂に包まれた家の中とは裏腹に永愛の頭の中は沢山の思いが交錯し大騒ぎになっていた
そしてひと段落したからであろうか。今まで溜まっていた疲労が一気に押し寄せそれがこんがらがった思考に割り込み更に頭の中はてんやわんやのお祭り状態である
「………このまま突っ立っててもしょうがないわ。私も寝ましょう」
考えることを諦め永愛は自室のベッドへ向かって歩き出した。布団に入るとさっきまでの大騒ぎが嘘のように静まりあっという間に意識は途絶えた
そしてとある夢を見た




