永愛の戦い
ー22時ー
「やばい出そう」
宿に戻りすっかりお疲れモードに入っていた室内は久しぶりに言葉を発したクロの一言で一変した。部屋を汚さないように優輝が素早く風呂場から桶を取ってくる
「よし!これで一安心!」
「いつでも吐いていいぞ!」
「そう言われると吐き辛いんだけど…とゆーか近くで見るの止めてよ……」
「どうせ勇泉で1回見てんだし気にすんなって」
「僕は気にするよ……優輝の言う通り幸助はもっとデリカシーを………ウゥッ!」
遂に限界を迎えたクロは風呂桶に吐き出した。そして吐き出したものの中には小さな丸い石が2つあった
「やっぱり勇泉の時と同じだな」
「とゆーことは何かが起きるってことだよね?」
「あのさ、人が吐いたものマジマジと見つめるの止めてくれないかな?そもそもそんなにのんびりしてていいのかい?」
「のんびりって……なんで?」
「勇泉で僕が吐いた時、戦いの真っ最中だったじゃないか。今回もそうなんじゃないの?」
クロに言われ幸助と優輝が当時のことを思い出してみると確かにクロが吐いたのは幸助と乙姫の戦闘中だった
つまり今回クロが吐いたのが勇泉の時と同じだと言うならばこうしている今もどこかで何かが起こっているかもしれない
幸助と優輝はお互い顔を見合わせる
「ヤベェ!こんなことしてる場合じゃねぇぞ!行くぞ!」
幸助の言葉を合図に全員が動き出す。病み上がりのクロを優輝が抱えて部屋を出ていく
幸助もすぐに後を追い掛けようとした時だった。足元にあった風呂桶に躓いてひっくり返してしまったのだ。それはそれで大事件なのだが今はそれに構っていられない程の大事件が起こっているはず
仕方なくそれは後回しにして零れた中から2つの石を拾い上げ水道で洗った後ポケットに仕舞い優輝を追い掛けた
ー時は遡り21時30分ー
「お母さん遅いな…仕事忙しいのかな…」
なかなか帰ってこない母を心配しながら待つ永愛。仕事が長引いて帰りが遅いことは過去に何度かあったので仕事だということは理解しているのだがそれでも不安になってしまう
机の上に置かれた湯のみに手を伸ばし口に運ぶ。中身のお茶は淹れた時に比べすっかりぬるくなっていた
その時外から数人の話し声が聞こえてきた
「告白無双の家ってのはここで合ってんのか?」
「間違いないっす。今朝奴が2人のガキをここに引きずり込んでるのを見ましたから」
「そうか。よくやった」
永愛はその声に聞き覚えがあった。知らない声もあったが1つは昨日町中で自分がドロップキックをかました男に違いない
仕返しに来たのだろうか。たまたま母の帰りが遅い日でよかったと永愛は自分より母親の心配をする
自分の部屋から短剣を持ってきて臨戦態勢をとった
しかし男達が乗り込んで来る様子はなく話し声は次第に遠ざかっていって外に人の気配も感じない
罠の可能性を考慮して慎重に扉を開け様子を伺うが本当に誰もいなかった
「あいつら何しに来たのかしら」
男達の意図は読めないがイタズラをされた訳でもなさそうなので家の中に戻ろうとした時扉に1枚の封筒が貼り付けられているのが目に付いた
封筒を剥がして中身を確認すると1枚の手紙と写真が入っている。手紙には大雑把な地図と必ず1人で来いというメッセージが書かれているだけだった
そして写真を取り出した瞬間そこに写っていたものを目にした永愛はその場にへたり込んでしまった
「嘘でしょ……お母さん……」
写真には両手足を縛られた母の姿が写っていたのだ
「お母さんを人質に取って私をおびき出そうってことね。上等じゃないの」
写真、地図、メッセージで男が何をしたいのか永愛にはすぐ理解できた。とにかくこんな所でへたり込んでいる場合ではないと思った永愛は地図と写真を握り締め走り出した
ー22時5分ー
「着いた!不屈永愛はいるか!?」
「電気は付いてるけどカーテンが閉まってて中が見えないよ!」
宿から全速力で不屈家まで走って来た幸助達は永愛の無事を確認しようと家の中を覗く。人影がないのと緊急時なこともあり不審者扱いされるかもなどと考えは一切なかった
しかし窓から中の様子を伺うことは出来ない
「いや、ドアが開いてるぞ!」
永愛は慌てて駆け出したため扉を閉めることをすっかり忘れていたが結果としてそれが良い方向に働いた。幸助達に異変を知らせる合図になったのもあるが焦っている今の幸助なら扉を壊して侵入しかねない
「いたか!?」
「ダメだ!どの部屋にもいないよ!」
「くそっ!遅かったか!」
家にいないと分かればここに留まる理由などない。永愛がどこへ消えたか検討のつかない3人だったがそれでも走り出した
ー21時50分ー
「遅かったじゃねえか。待ちくたびれちまったよ」
「……すぐに来て欲しいなら……もっと……ちゃんとした地図を…描きなさいよ」
大雑把な地図のせいであちこちを全力で走り回った永愛。指定された場所に着いた時には呼吸が乱れ会話するのも一苦労といった様子だった
指定されたのは町から外れた場所にある倉庫で男はそこにあった鉄骨の山に座って待ち構えていた
「それで…お母さんは……どこにいるの?……指1本でも…触れてみなさい。ぶっ殺すわよ」
「こりゃまたとんでもねえマザコン野郎だ。安心しろよ、おい!」
男の声で物陰から別の男が現れた。昨日一緒にいた男の片割れで永愛の母を抱えている。写真で見た通り両手足を縄で縛られ意識を失っていた
「当分起きねえぜ。薬で眠らせてあるからな」
「無事ならそれで良かったわ。ただ言ったわよね?指1本でも触れたら殺すって」
「本当に女らしくねえ奴だ。自分がどんな立場にいるかも分からず吠えるのは止めとけよ」
男が手を叩いた。するとどこに潜んでいたのか不思議な位の数の男が現れ全員がナイフや鉄パイプなどの凶器を持っている
「こんな大勢で1人の乙女をいたぶろうっての?情けないわね」
「そいつらはただの飾りでお前をやるのは俺1人だ。大体リンチなんてしたら俺が殴れる回数が減っちまうだろ?」
「大方予想は出来てたけどやっぱり昨日の仕返しってことね。いいわよ、掛かってきなさい。返り討ちにしてあげるから」
持っていた短剣を構え永愛は男を徴発する。しかしそれに乗っかってくる気配はなくただ下を向いて小さく笑い始めた
「お前なんか勘違いしてるようだから教えといてやるがこれはタイマンじゃねえ。処刑だ」
すると片割れはナイフを取り出し永愛の母の喉元に突きつける。当然動揺した永愛の様子を見て周りの男達が笑い始めた
「あんたが用あんのは私でしょ!お母さんは関係ないじゃない!」
「確かにその通りだがこうした方がおもしれえだろ?お前は何も出来ずひたすら俺にボコられるなんて最高じゃねえか。別に抵抗してもいいがどうなるかは分かってるよなあ?」
「このっ……クズ野郎!」
男のあまりの汚さに永愛は怒りが抑えられず奥歯を噛み締め強く剣を握る。だがこの怒りをぶつけられる宛はない。永愛は今自分の体に母の命を背負っているのだから
「さて、じゃあまずはその手に持ってるダセェ剣を捨てて貰おうか」
男は漸く立ち上がり永愛目掛けて歩いてくる。男の指示に素直に従い短剣から手を離すと静かな倉庫内に木がぶつかり合う音が響いた
自分の言いなりになる永愛の姿がとても愉快で男はずっと不気味な笑みを浮かべている
「よくできました。それじゃあ1発目いってみようかっ!」
「ゔゔぅっ!」
永愛の胸に拳を叩き込む。強烈な一撃に永愛は鈍い声を漏らしうずくまってしまった
「いってー。全く柔らかさの欠片もねえ乳だな。俺の手の方が痛えよっ!」
うずくまる小さな体を容赦なく蹴り上げる。仰向けに倒れ込んだ体を更に蹴る
何度も。何度も。何度も。何度も
時には手下の男を使って永愛の体を抑えつけ無防備な体に暴力を振るう
いつ終わるかも分からない虐待に永愛は死を覚悟する。すると突然男の手が止んだ
「ふいーだいぶスッキリしたわ。あ・と・は……そうだなー」
一通りの暴力にも飽きたようで男はなにか他に面白そうなものがないかと辺りを探し始める。おもちゃに囲まれた無邪気な子供の様だと言えば聞こえはいいがその顔は狂気に染まり不気味で仕方ない
そして男の目に留まったものは永愛を更なる絶望へ叩き落とすことになる
「そういやお前の母ちゃんはお前と違っていい体してるよな?こりゃ金持ちに売ればいい金になりそうだな〜」
男は永愛の母に目を付けた。『母は関係ないのだから止めろ』と永愛は訴えたかったがもう声を出す気力はない。今の虚ろな瞳では憎しみを向けることも出来ない
「テメーも貧相な体だがマニアには受けんだろ。仲良く奴隷として働いてくれや」
一時の正義感は全てを滅ぼす。正しい行いをした者が必ず救われるとは限らないのだ
この男が憎くてたまらないがそれ以上にこの事態を引き起こした軽率な自分が憎かった
頭の中を駆け巡るのは母との楽しかった思い出ばかり。これが走馬灯というものなのだろう
物心つく前に父と母は別れそれからずっと女手1つで育ててくれた母を永愛は心の底から尊敬していた
そんな母を思う心の強さは永愛に最後の力を与える
「お願いだからぁ……お母さんだけは助けてよぉ……私は殺されても奴隷にされても何でもいいからぁ……」
「おいおい泣いちまったよ。そんな顔してお願いされたらなぁ……」
今まで堪えてきた心身の痛みは涙となって永愛の瞳から流れ落ちる。母だけは、母だけはと懇願する永愛の様子に男は悩む素振りを見せたが
「俺のSっ気が疼いてしょうがねえじゃんかよー」
現実は非情だ
しかし奇跡は起こる
「うおぉっ!?」
「なんだこりゃあ!」
「ぎゃあっ!」
一部の男がざわつき始めた。それをものともせず吹き飛ばし現れたのは宙に浮かび光を放つ2つの石
それは永愛の両手目掛けて一直線に進むと永愛の手の中で形を変え鋭い短剣となって収まった
「なんの手品だよこりゃあ?」
突然の出来事に動揺する男。よく分からない石が飛び込んで来たのもそうだが短剣を手にした永愛の体の傷が全て治っていくのだ。直視出来ない程酷く腫れ上がった顔は元の端正な顔に。痣や出血、骨折が目立つ手足も再び動かせる程に回復した
まるで永愛だけ時間が巻き戻ったように
「何をしたか分かんねえがわざわざ綺麗な体に戻ったならまた楽しませてもらおうじゃねえか!」
男が拳を振りかぶり永愛に殴りかかる。しかし拳は永愛に届くことはなく大量の血を撒き散らしながら地面へと落ちた
「テメェ……マジで何をしやがった……」
「私に聞かれても知らないわよ。勝手に傷が治って体が軽くなっただけ」
殴られる寸前に永愛は手に持っていた短剣で男の肘から下を切り落としたのだ。男の顔は苦痛で歪み腕の押さえて震えている
ここで男の怒りは頂点に達した
「テメェにはもう1度置かれてる状況を教えてやる必要がありそうだな……。オイ!こいつの母親をやっちまえ!」
抵抗された上に腕を切り落とされた男のプライドは引き裂かれ遂に人質に手を出すよう指示を出す。しかし仲間から応答の返事がない
「おいどうした!早く人質をーーー」
「人質って言うのはこの人のことか?」
そこでは片割れの男が永愛の母にナイフを突きつけているーーーはずだった。だが今そこにいるのは子供が2人と黒猫が一匹でナイフを突きつけていたはずの仲間は地面に倒れ永愛の母は子供の内の1人に抱えられていた
「テメェらは昨日のッ!?」
「よう。また会ったな」
「アンタ達……何でこんな所にいんのよ?」
ここは町外れの倉庫。こんな所に人が来るなんて誰が予想しただろうか。しかし今彼らの目の前で起きていることは幻ではなく現実だ
幸助と優輝とクロが立っているのは現実なのだ
「話は後でいいだろ。今はこいつらを片付けるのが先だ」
「全く意味がわかんないけど!?後で最初から最後まで全部話しなさいよ!?」
「オイオイ。仲間が来てテンション上がるのはわかるけどよお?この数相手に無事で帰れると思ってんのかあ?」
幸助達の登場により一瞬怯んだ男だったが状況に大きな変化があった訳ではない。永愛を取り囲む集団はこの時を待ちに待ったという顔で武器を構え笑う
「何人いるかわかんねぇけど上等じゃねぇかクズ野郎。全員まとめてーーー」
「待ちなさい。こんな奴ら私1人で片付けてやるわ」
応戦しようとする幸助に手のひらを向けて制止させる永愛。初めは無謀だと思った幸助だったが真っ直ぐな永愛の瞳をみるとやがてその場に座り込んで自分は無関係だと言わんばかりに両手を上げた
「ちょっと!1人にしちゃって大丈夫なの?」
「本人が大丈夫って言うなら大丈夫なんだろ。ってかお前も前に似たようなことしただろ?」
「あの時とは状況が違いすぎるでしょ!」
詩巻のことを言っているのだと優輝はすぐに分かった。あの時は男同士の1対1だったが今は数十倍の相手がいて多勢に無勢である。状況が似ているようで全く異なっているというのに幸助は隣で呑気に胡座をかいて手を出す素振りは一切見られなかった
優輝は当然心配するが幸助と永愛を信じ始めから加勢はせず何かあった時すぐに助けられるようにハンマーを握って今にも動き出しそうな目の前の様子を伺った
「1人で片付けるとは随分舐めてんなあ?体は治ったが頭にはまだダメージ残ってんのか?」
「自由になれたならもう怖いものはないわ。今度こそ返り討ちにしてあげる」
「テメーは本当に俺をイラつかせやがる。それなら今度はぶっ殺してやるよ!!」
男が叫ぶと周りを取り囲んでいた集団が雄叫びを上げ一斉に永愛目掛けて走り出した。永愛は短剣を構え男の群れに突っ込むと攻撃を躱しながら1人1人切り倒していく
「アンタらに恨みはないけどこの男の仲間だっていうなら同罪よ。運が悪かったと思って諦めなさい」
永愛が駆け抜けるスピードは速く近くに来たと認識した時には既に斬られている。まるで突風のように吹き抜けたと思えばあれ程いた集団は全て地に伏し倒れていた
「飾りとかカッコつけて偉そうなこと言った割には結局使うんじゃない。さて、残りはアンタだけよ」
「う、嘘だろ……。50人以上は集めたはずだ……それがこんな一瞬だと……?」
仲間は全て倒され自分の目の前にはそれをやった張本人がこちらに剣を向けている。この男にもう先ほどまでの余裕など残っていなかった
「よしわかった謝ろう。土下座でも何でもする。言われれば靴だって地面だって何だって舐めよう。他にもーーー」
命乞いに耳を傾けることなどなく永愛は男の腕を切り落とした。さっき肘から切り落とした腕とは逆の腕
血飛沫と悲鳴をあげ周囲を気にする余裕もなく大きな声で泣きじゃくる
「馬鹿も休み休み言いなさい。あれだけのことをしておいて今更謝ってなんとかなると思ったの?私言ったわよね?」
「指1本でも触れたら殺すって。アンタに待ってるのは『死』。それだけよ」
正しい行いをした者が救われるとは限らない
しかし間違った行いをしたものに救われる権利はない
永愛がトドメを刺す為短剣を振り上げた。だがいくら待っても振り下ろされる様子がない
「今は寝てて見えてないだろうけどお母さんのいる所で人殺しなんて出来る訳ないわ」
力を込めることなく降ろされた腕
うずくまって呻き声を上げる男の頭を踏みつけ怒鳴りつけた
「またこんな真似してみなさい!次は間違いなく殺す!」
男から返事は返ってくることはなくただ鼻をすする音だけが倉庫内に響いていた
短剣に付着した無数の男の血を振り払い男に背を向けて永愛は倉庫から出ていった
幸助達は何も言わず黙って永愛の母を抱え上げるとその後を静かに付いて行った




