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それぞれの時間 幸助

時は少し遡る


飲食店の面接に落ち、その店で客として昼食を済ませた幸助は悩んでいた


「優輝が帰ってくるまで暇だなぁ」


「落ちなければ君も今ごろ働いてたのにね」


隣に座るクロの嫌味を軽く受け流し地面に座り込む

時間がくるまでその辺でひと眠りしようか、そう考えていた幸助だが視界の端に何かを捉えた


「おい!婆さんがカラスに襲われてんぞ!」


「本当だ!助けに行こう!」


幸助とクロは走り出した。カラスは羽をバタバタと強く羽ばたかせ老婆の周りを飛んだり、突進したりを繰り返している

老婆の手にはキラリと光るネックレスが握られておりカラスはどうやらそれを奪おうとしているようだった


「やめろこのカラス野郎!」


走りながら幸助は叫ぶ。声を聞き振り返った老婆のスキをついてカラスはネックレスを強奪し飛び去っていった

老婆は切なそうな声をもらしその後ろ姿ただ眺めることしかできなかった


「大丈夫ですか?」


「心配してくれてありがとね。私は大丈夫なんだけどネックレスが……」


大丈夫だと言い張る老婆の体にはあちこち擦り傷ができ、少量の血が流れていた

そんなことは気にならない程そのネックレスは老婆にとって重要なものらしい


「そんなに大切なものなんですか?」


「ええ。あれは昔、結婚50周年を記念しておじいさん……私の旦那さんがプレゼントしてくれたの。そのおじいさんは去年死んでしまったんだけどね」


そう話をする老婆の瞳には涙が浮かびとても悲しそうな顔をしていた

当たり前だ。最愛の人の形見なのだから


「おばあさん。そのネックレス俺が取り返してきますよ」


「えっ!でもあの鳥はもうとっくにどこかへ行ってしまったよ……」


「大丈夫です。日が暮れるまでには帰ってきますからーーーーー」





「なに勝手なこと言ってるんだよ!どこへ行ったかもわからないカラスを探すなんて無理に決まってるだろ!」


ネックレスを取り返すと約束した幸助だったが今はクロに正座させられお説教を受けていた


「わ、悪い……。けどあの婆さんの顔見てたらいてもたってもいられなくてよぉ……」


幸助も反省しているようでクロはそれ以上怒る気にはならなかった

ため息をついて怒りは完全に沈め呆れながら幸助に問う


「そうかい。君にも人を思いやる気持ちがあったんだね。で、あんな大口叩いたからには作戦の1つくらいあるんだろうね?」


「作戦もなにもただ見つけて追いかけて取り返せばいいだけの話じゃねえか」


「だからどうやって見つけてどうやって追いかけるのさ」


「合体だよ。そうすりゃあん時みたいに空飛んで追いかけられるだろ?」


幸助はクロと初めて会ったとき火の海に囲まれ死を覚悟しながらもクロの力で空を飛び脱出したことを思いだしていた


「なるほど。それでカラスを見つける方法は?」


「勘………って訳じゃねぇんだけどなんとなく飛んでいった方向がわかる気がすんだよなー。なんとゆーかハッキリとじゃないけど線みたいなのが見えんだよ」


「そんな曖昧な……。けどボヤボヤしてるよりは動いた方が良さそうだ。いくよ!」


クロは光へ姿を変え幸助と一つになる

早速目的の方向へ向けて地面を力強く蹴ると幸助の体はたちまち上空へと飛び上がった

ジャンプの最高点まで達したところで次は空中を蹴り前へ進むーーーーーはずだったのだが


「アレッ?」


幸助の足は空中を蹴ることはなく空振りになってしまった。そして幸助の体は落下し始め地面との距離がどんどん近くなる

その間何度も何度も空中を蹴るのだがその体が再び空へ向けて飛び上がることはなく、ついに大きな音を立てて地面へ叩き付けられた


「いってぇー。なんであん時みたいにできねぇんだ?」


打ち付けたところを抑えながら苦痛と悔しさに顔を歪める


『きっとあの時とはまた状況が違うからじゃないかな?』


頭の中に響くのはクロの声。クロが脳内に直接語りかけている


「どういうことだよ?」


『火事場の馬鹿力ってやつさ。あの時死の危機に直面した君の体は普段の何十倍もの力を発揮できたんだと思う』


幸助の提案によってカラスを追いかけるための機動力は確保できたかに見えたが考えが甘かった

これまでクロと合体したことを思い返してみると初めての時以外空を飛んだことがなかった為気づけなかったのだ


「だからって諦める訳にはいかねぇよな。飛べないなら飛べるまでやってやる!」


幸助はへこたれるどころかむしろやる気に満ち溢れ目の前の困難を楽しむかのように笑って立ち向かっていった


しかし数十分後

大量の砂煙を巻き上げながら一生懸命走り回る幸助の姿があった


「ちっくしょう!すぐ出来ると思ってたけど全然できねぇじゃねぇか!」


『そんな簡単なことじゃないってことだね。諦めて走ってカラスを追いかけよう』


何度挑戦してもできなかった幸助は飛び去ったカラスとタイムリミットのことを考えて仕方なく走って追いかけることにした

飛ぶよりスピードは落ちるがそれでもカラスを追いかけるだけなら十分過ぎるスピードだった


『どんな感じだい?幸助』


「あぁ。だんだん線がハッキリ見えるようになってきたぜ」


幸助の目に映る線。それが何なのかは幸助自信もわからないがその先にカラスがいることはわかっていた

そしてその線はとある1本の木で途切れていた


「あの木だ!あの木にカラスがいるはず!」


幸助はその勢いのまま木を蹴った

揺らすつもりで軽く蹴ったつもりだったが木はミシッと軋む音を立てると音は止まらず徐々に大きさを増し轟音をたてて倒れた


倒れていく木の中からはおびただしい数のカラスが飛び立つとその中に1羽、日の光に照らされて輝くカラスが幸助の目に映った


「いたぞ!アイツだ!」


カラス目掛けて一直線に飛び上がり手を伸ばした

捕った!そう確信した幸助だったがカラスは慌てて身を翻しその手から逃れる


「逃がすかコノヤロウ!」


カラスについていくように幸助も方向転換しようと空中を蹴る

しかしやはりその足は虚しく空振りに終わってしまった。重力に逆らえず体はどんどん落ちていくが失敗を積み重ねたことにより皮肉にも着地だけが上達してしまった

綺麗な着地をするともう一度地面を蹴ってもう一度迫るがカラスに先ほどのような慌てぶりは見られなかった


近づいてくる幸助をしっかりと目で確認すると手の届かない範囲まで移動して安全地帯からあざけ笑う


もう一度やってみると今度は地面に降りて休憩を挟んだ後再び上空へと上がる


カラスに馬鹿にされながら何十回も同じことを繰り返し続けて幸助の体力と気力は限界を迎えていた

いつの間にか辺りは夕焼けの真っ赤な光に包まれ戻る時間を考えるとそろそろタイムリミットといったところだろう


「ダメだ。何度やっても飛べねぇ。せめて空中に蹴ることが出来る物体でもあれば……」


幸助は必死に知恵を振り絞ろうとするが疲労がそれを邪魔してしまう

すると幸助の体が光りだしやがてその光は見慣れたクロへと姿を戻した


「もう限界じゃないかな。できなかったものは仕方ない。戻っておばあさんに謝ろう」


クロが幸助の方を向くと何かを閃いたのかクロを真っ直ぐと見つめ動かなくなった。その不気味な姿にクロがたじろいでいると幸助がポツリと呟いた


「あるじゃねぇか。蹴るもの」





「よし!時間的にも体力的にも次が最後だ。気合い入れろよ」


『どっちかと言えば気合い入れるのは君の方だと思うんだけどな……』


もう1度合体した2人はカラスを見上げて立つ。もう後がないと覚悟したその立ち姿はさっきより一層緊張感と真剣味に溢れたものだった

小さな深呼吸の音でさえ大きく感じる

カラスの羽ばたく音がこちらを煽るかのように聞こえる


しかしもうすぐその鼻っ柱をへし折ってやれると思うと顔が綻びてしまいそうになるがグッと抑えて地面を蹴った


さっきとは比べ物にならない程のスピードでカラスへと向かっていく

カラスもこのスピードは予想してなかったようで一瞬焦りを見せたがこれまで通り幸助の軌道上から外れた

勝った!そうカラスが確信した時だった


「今だ!」


幸助の短くそれでいて力強い合図で合体を解いたクロ

空中で2人に別れるとクロは幸助の顔を思いっきり踏みつけ方向転換し、一直線にカラスへ向かいのしかかった


クロの重みに耐えられないカラスは必死にもがき羽ばたくも地面へ落下した

その先では着地を済ませ顔にクロの足跡をつけた幸助が鬼の形相で睨んでいる


「まったく手こずらせやがって。これは返してもらうぜ」


殺される!全身を寒気に支配されたカラスは大人しく口に咥えていたネックレスを放した。それを幸助が拾い上げて漸くネックレスを取り返すことができた


クロがカラスの上からどくと、一目散に何処かへと消えていってしまった


「自分を蹴って方向転換しろと言われた時はビックリしたけど上手くいってよかったね」


「あぁ。これであの婆さんにーーーーーってあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


幸助の強烈な叫び声にクロは思わず耳を塞いでしまった


「なんだよいきなーーーー」


「時間だよ時間!やべぇ!いつの間にか夜になってやがる!クロ、もう一度合体だ!」


「合体ってそんな体力もうーーーー」


「いいからやるんだよ!」


幸助の迫力に圧倒され言われるがまま本日3度目の合体を行う。途中で体力が尽きてしまうだろうというクロの予想とは裏腹に幸助は来た道を全速力で駆け、元の場所へと戻ってきたのだ


「ちっくしょう!全然間に合ってねぇじゃねぇか!これ婆さんも帰っちまったんじゃねぇか?」


息を切らしながら幸助は辺りを見回すと1つの人影が目に入った


「嘘……だろ……?」


「あぁ帰ってきてくれたんだね。ずっと待っててよかったわ」


自分の目を疑った。だってもう約束の時間はとっくに過ぎているのだから。そこにいないのが当たり前なのだから


それでも老婆は待っていた


「そんな…なんで待ってーーー」

「取り返してくると言ったあなたの目が昔のおじいさんにすごくそっくりで信じたくなってしまったの。あの人も真面目で嘘はつかない人だったからねぇ」


微笑みながら即答してくれた老婆の温かさに幸助は泣きそうになる。しかし最後の最後でカッコ悪い姿は見せたくないと必死で押さえ込むが瞳は潤んでしまう


「そうだ。これ……」


誤魔化そうと幸助はネックレスを差し出す。カラスが咥えてしまったため少々傷が目立ってしまってはいるが老婆にとってそんなことはもうどうでもよかった


「よかったわ。無事に返ってきてくれて。あなたのおかげよ、本当にありがとね」


老婆は頭を下げると幸助の手を取り数回撫でる。そして再び頭を軽く下げ何処かへ歩いて行ってしまった


「さぁそろそろ優輝の仕事が終わる時間だよ。出迎えてあげよーーーーって泣いてるの」


「うるせぇ、こっちみんな」


幸助は腕で目を隠していた。我慢しようとしていたが溢れ出る涙を止めることはできずせめてこれ以上流れて来ないようにと上を向く。クロはそれが落ち着くまで黙って幸助の傍に寄り添った





「落ち着いたかい?」


「悪いな。カッコ悪いとこ見せた」


「カッコ悪い訳あるもんか。君は困っている人を助け、そして感謝された。温かいだろう?人の優しさっていうのは。君の優しさが生み出した結果なんだ。胸を張れ。これで君の精神年齢は15歳だ」


「……喜んでいいのか怒ればいいのか。でもどっちにしても悪い気分にはならねぇな」


幸助は呆れながらも微笑む

そして優輝を出迎える為、店へと歩き出した


「ところで思ったんだけどよ」


「なんだい?」


「こっち帰って来る時、体力はスッカラカンだった筈なのに走ってこれただろ?あれって火事場の馬鹿力ってやつじゃねぇかな?つーことはあの時なら飛べたんじゃねぇの?」


「確かにそうかもしれないけど今更言ってもどうしようもないよ。それに今はいい気分なんだ。水を差すのもやめておこう」


「……そうだな」


そしてこの後幸助とクロは優輝がバイトをクビになったことを知る

稼いだお金で花熊井に行こうにも船はなく行き場に迷っている時にある男に話かけられる


「お前ら色々困ってるみたいだな。いいバイトがあるんだが、どうだ?」


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