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詩巻の町 旅立ち

緊張という縄に体を縛られていたような感覚。歌輪の返事を聞くなりそれは解けてなくなった

解放感から大きく息を吐く


「きっとたくさん悩んでくれたのよね。ありがとう、嬉しいわ」


歌輪のこの返答は紫艶にとって最高の答えだったはずなのだが紫艶は至って冷静のまま淡々としていた


「ちなみに、理由を聞かせてもらってもいいかしら?」


「はい。私はやっぱり歌うことが大好きだとさっきのステージで改めて感じました。そして叶うならばもっともっと沢山の人の前で歌ってみたい。そんな私に本気でぶつかってきてくれた紫艶さんと一緒ならどこまでも行けそうな気がしたんです」


歌輪の希望に満ちた瞳はしっかりと紫艶を映している。その目を見れば彼女の言葉に嘘偽りがないことは明白であった


「何度も言うけど本当にありがとう。詳しい話をしたいから後で私の部屋まで来てもらっていいかしら?迎えを寄越すから」


早口気味にそう言いながら足早に紫艶はその場を去ってゆく。あまりにも急いでいる様子だった為理由を尋ねる者も止める者もいなかった


「なんかそんなに嬉しそうじゃなかったな」

「ねー。もっと飛び跳ねて喜ぶもんだと思ったけど」


思ってた以上に冷めていた紫艶の態度を見て拍子抜けした幸助と優輝は少々納得のいかない様子だった

しかしその横でニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる虎太郎


「嬉しくねぇ訳ねぇだろうが。必死こいて隠してたのさ。お嬢はきっと今頃笑顔で廊下をスキップしてるだろうよ」


「隠さなくても素直に喜べばいいのに……」


「そう言ってやんな。普段クールでいるかキレてるかだからあまりそういう顔を見せたがらねぇのよ」


「なんで大人ってのは自分の気持ちを隠しながら生きてんだろうな」


「大人になればわかるってことだ。ガキが余計な事考えんな」


「ガキ呼ばわりすんな!もう1度ぶっ飛ばすぞ!」


「おもしれぇ。返り討ちにしてやんよ」


「あ?」

「お?」


「やめなって!」


睨み合う両者の間に優輝が割って入るとお互い不服そうな顔をしながら渋々離れた

そして同時に紫艶の側近である男が歌輪を呼びに来る。案内されるまま歌輪は笹江家の奥へと消えていった


「さて、今日の主役はいなくなっちまった。俺も戻るか」


全てを見届け終えた虎太郎も満足げな顔をしながら歌輪と同じ道を歩いていく。自室へと戻るのだろう

これ以上自分たちもここにいる理由はない。幸助達も宿へと戻ることにした


宿へ戻った後は今までと同じように食事をとりベッドで眠る


そして夜が明ける

窓から差し込む朝日で目を覚まし空を見上げた

この町で朝を迎えるのは何度目だろうか

世界が滅亡するといわれている幸助の20歳の誕生日はゆっくりだが確実に近付いている

いつまでもこの町に留まっているわけにはいかない。そろそろ次の目的地を決めるべきか


などとこの清々しい朝日に似合わぬ険しい顔をしていると部屋の電話が鳴った

受付から来客の報せを受け部屋を出る

受付で寝起きの幸助を待っていたのは紫艶、歌輪、虎太郎の3人だった


「おはよう。よく眠れたかしら?朝早くに悪いけど少し話をしに来たの」


そう言って紫艶は歌輪の背中を軽く叩く。歌輪は1歩前へ出ると話しはじめた


「私達、近々町を出て星降へ向けて旅をすることにしたんです。私が影響を受けたあのステージに今度は私が立つために皆さんと一緒に頑張ろうと思うんです」


それは幸助にとって朗報だった。目的地が同じであるならば仲間は多い方が心強い。虎太郎は腹立つがそれを差し引いてもこの話は好都合だし誘わない手はない


「そりゃあちょうどよかった。俺達も目的は星降なんだ。星降目指すなら俺達とーーーーー」


「そういう訳にはいかないわ。あんた達がなんで旅してるのかは知らないけどあんたにはあんたの道。この子にはこの子の道があるの。遠回りしてる時間なんてないわ」


まだ言い切ってないのに話を遮った挙句断られるとは……若干ムスッとした幸助の顔を見て紫艶は続ける


「それにあんた達には随分悔しい思いをさせられたのよ。目指す場所が同じならまたどこかで必ず会うわ。その時はこの間の借りを返させてもらおうかしら」


話すら聞いてもらえず交渉決裂となった。しかしそのような理由があるのならば仕方の無いことだしそんな堂々と宣戦布告をされてしまうとどうしても燃えてしまう


「あぁ。望むところだ!」


「それじゃあ私達は色々準備をしなければいけないから行くわね。あんた達ももうこの町に用はないんじゃないの?出るなら今日なんかいい天気だと思うわよ」


「そうだな。それと、宿とか用意してもらったおかげで助かったぜ。ありがとう」


「あたしの前にこの子を連れてきてくれたんですもの。そのくらい安いものよ。じゃあまたどこかで会いましょう。憎き恩人さん」


嫌味なのかお礼なのかわかりづらい言葉を残して3人は目の前から去ってゆく。その後ろ姿を幸助は闘志に満ちた瞳で見送り、その顔は笑みを浮かべていた


そして部屋に戻った幸助を待っていたのは


「おかえり。どこへ行ってたんだい?」


「あぁ、歌輪と笹江と虎太郎が来ててな。あいつらも旅に出るから別れの挨拶だと」


「えぇええええええ!!!歌輪ちゃんいなくなっちゃうのぉおおおおお!?」


寝起きであるはずだというのに耳を劈くような悲鳴を優輝が発する。3人を見送ったときの清々しい気分が台無しだ


「そんな!あの歌聞いて僕ファンになっちゃったのにもう会えないなんてあんまりだ!」


「落ち着け!いずれは星降に行くって言ってた!そこまで行けばまた会えるから!」


泣き喚く優輝を幸助がなだめる。すると優輝はすぐさま立ち上がる。朝から忙しい男だ


「それなら死んでも星降に行かなくちゃいけないね!」


「死んだら星降じゃなくて違う所に逝っちゃうよ」


「死ぬ気で!幸助、クロ。早く行こう!」


そそくさバタバタと出発の準備を開始する優輝の姿を見て幸助にもやる気が満ちてくる

宿を跡にして先陣切って進む優輝を幸助とクロは追いかけてゆく


「そういえば幸助。これを見てよ。歌輪が歌った時にだいぶ溜まったんだよ」


そう言ってクロが取り出したものはハッピーボトル。その中身を見た幸助は驚きの声をあげた


「うおっ!すげぇ溜まったじゃねぇか!」


幸助とクロが共に旅立つことを決意した時

優輝が星降守護部隊の早乙女乙姫を退けた時


ハッピーボトルに光が溜まったのは今まででその2度だけであり、しかしどちらもとても微弱な光で全体の2パーセント程のものだった


だが今のハッピーボトルの光は瓶の15パーセント程を占めているではないか。これは幸助とクロにとって非常に大きな1歩になった


「よっしゃ!この調子でガンガン行こうぜ!」


「うん!」


「ちょっと遅いよ2人とも!早く行くよー」


優輝に急かされ2人は走り出す。入って来た時とは別の門を潜り町の外へと出ていく


「これ、お願いしまーす」


その際に門で新聞を配っていた女性に手渡され思わず受け取ったそれには一面にデカデカとした文字でこう書かれていた


ー『白猫』再び現る 次の狙いは『花熊井』の『不死の花』ー



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