突撃!笹江家
「何やら外が騒がしいわね。何かあったのかしら」
「はい、どうやら町に天羽歌輪が現れたようで鰐鮫虎太郎とその他全員が飛び出して行きました」
歌巻の町の奥に建つ家の中でその会話は行われていた
〈家〉というよりは〈城〉と例えるのが正しいのかもしれない。それほどこの家は大きかった
その城の最上階はこの家の主である笹江紫艶の部屋であり、今は寝起きの目を擦りながら側近に外で起きている出来事の説明を求めていた
「最近どこにいたのか知らないけど漸く出てきたのね。なんとしても捕まえて来なさい」
「鰐鮫虎太郎が行ったので捕らえられるのも時間の問題でしょう。ただ1つ気になることが……」
「何よ。言ってごらんなさい」
「昨夜、町の路地裏で天羽歌輪を発見した男たちがいたのですが全員負傷して帰ってきました。相手の正体は不明ですが今もそいつらが町にいるとしたら……」
「余計な心配ね。虎太郎が行ってるのよ?どんな奴が相手でもあいつは負けないわ」
紫艶は大きなあくびをした後、もう1度ベッドに入った
「また寝るのですか?もう時間は昼を過ぎてますが」
「昨日飲みすぎたのよ。うるさいから起きてきたけどこれなら心配ないわね。あの子が捕まえられたらまた起こしてちょうだい」
それを言い残し紫艶はまたスヤスヤと寝息をたてはじめた
側近は動じないその姿勢に呆れ、ため息をつきながら紫艶の部屋をあとにした
「優輝くん。調子はどうですか?」
逃げ込んだ細道をゆっくりと進みながら歌輪は優輝に尋ねる
「大丈夫、休んだら良くなったよ。もう少ししたらもう1度通りに出てあの家を目指そう」
優輝は気合いを入れるため両手で自分の頬を思いっきり叩いた。強く叩きすぎたのか頬は若干の赤みを帯びている
その赤さが優輝の覚悟の強さを証明していた
「あの、優輝くんのハンマーを思いっきり伸ばしてそのまま突撃するのはどうでしょうか?」
歌輪が控えめに手を挙げ提案する。湧いてくる敵全てを相手にするのではなく伸びる武器の特性を活かしたショートカット作戦である
歌輪の説明はハンマーを伸ばして振り回すのではなく伸ばして乗っかれば直接笹江家を狙えるというものであった
「確かに距離はだいぶ近づいたしそれが一番良さそうなんだけど…」
優輝は提案に乗る素振りを見せるがどこか態度が煮えきらない様子だった
成功すれば一番効率がいいのは確かだったがそれにはたくさんの不安要素があった
まずは優輝のハンマーが伸びる上限があるのか
そして優輝自身の体力だった
仮に歌輪の提案が成功したとしてこの場所からハンマーを伸ばした後、果たして優輝の体力は持つのだろうか
無事笹江家に乗り込めたとしてもそこで唯一戦える優輝が倒れてしまっては返り討ちにあってしまう可能性が高い
それらの問題を考えると優輝は素直に首を縦に振ることを躊躇ってしまったのだ
「じゃあ幸助が来るまで休むかい?」
「でも幸助が来るかなんて…」
「来るよ。幸助は勝つから」
「なんでそんな自信満々なんだよ!あのやばそうな奴だってめちゃくちゃ強そうだったじゃないか!」
難しい選択を迫られたことに疲労が上乗せされ考えることに苦痛と苛立ちを覚えた優輝は状況を忘れて声を荒らげる
突然怒鳴りだした優輝に歌輪は慌てるも何かが出来るわけではなくただただ困惑する
「期間は長くないけど僕は幸助の成長を見てきた。あいつは強くなってるよ。あの男に負けるはずないんだ」
「そしてそれは君に対してもだよ。君はこの短期間で何度も成長してみせた。星降守護部隊を退けたり、この旅についていく許可を勝ち取ったり。今だって君の力で先に進めてる。僕は出来ると信じてるよ」
「そんなムチャクチャな……」
「おい!こっちの方で声が聞こえたぞ!」
「よっしゃ行くぞオラァ!」
まだ離れているが遠くで男の声が聞こえた。さっきの優輝の大声で気付かれてしまったようだ
「さあ迷ってる時間はないよ。どうするんだい?」
優輝に問うクロの顔はただ1つの答えを待っていた。待っていたと言うよりはその答えが返ってくることが分かりきってるという顔だった
「どうするって、やるしかないんでしょ。ならやってやるさ」
「僕は別にやれとはーーーー」
「顔がそう言ってるの!とにかく大通りにでよう」
次第に近付いてくる背後の声から逃げるように3人は走り出す。そして再び大通りに復帰するとそこに敵の姿はなかった
どうやら襲ってきていた集団は全員この場所を通り過ぎたあとだったようだ
「やるなら今しかない。しっかり捕まっててね」
優輝はハンマーを地面に突き刺し固定する。頭を目標である笹江家へと向け、その部分へしがみついた
クロは優輝の服の中へ、歌輪は優輝と手を繋ぎながら片腕は優輝の体をしっかりと掴んでいる
「準備はいい?」
「大丈夫です!」
「オッケーだよー」
「行くよっ!伸びろォォォォォォォ!!!!!」
優輝の叫びに呼応するようにハンマーはみるみるその姿を伸ばしていく。凄まじいスピードで目に映る景色が流れ、少しでも腕の力を緩めれば振り落とされてしまいそうだった
しかしハンマーが伸びて笹江家へ近づくにつれて優輝の疲労は増えていく
(マズイ、段々手に力が入らなくなってきた。正直ここでハンマーを止めてしまいたい)
(でもクロは僕に言ってくれた。信じてるって。それが本心なのかやる気にさせるための嘘なのかどっちなのかはわからない、けど!)
(人の期待に応えられない奴が英雄名乗れるかよっ!)
優輝の体は既に限界を迎えていた。今の彼の体を支え、突き動かしているのは憧れに近づくという根性のみであった
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
ハンマーは勢いを保ったまま笹江家の巨大な扉をぶち破った。衝突の衝撃は家全体が揺れるほどだった
舞い上がった砂煙が晴れると立ちあがろうとする3人の姿がそこにあったがその中で1人、優輝だけ前のめりで傾きだした
「優輝っ!」
クロが真っ先に反応し支えようとするが間に合わない
しかし優輝は自分の力で右足を出して踏ん張った。力強く踏み出した足から放たれた音は笹江家の広い玄関に響き渡る
「クロの……言う通りだ……。出来たよ…」
「うん。本当にすごいね、君は」
「本当にすごいです!これで一気に相手の懐まで入り込めましたね」
歌輪の言葉で再び2人は緊張感を取り戻す。ここは敵の城の中であり何が待ち受けていてもおかしくはない
これからが本番だというのに既にこちら側の手札はゼロであることから更に緊張が高まる
「しかし広い家だね。家というよりもはや城だ」
「とりあえず…隠れよう……。そこで休めば…また少しは……動けるように、なるから」
隠れる場所を探すが適当な場所が見つからず仕方無く近くにある大きな柱に身を隠そうとするが
「ちょっとちょっとちょっと!何なのよコレはぁ!」
騒ぎながら階段を大急ぎで下りその場に姿を現したのはこの家の主、笹江紫艶だった
身を隠す前に見つかってしまった優輝達を発見した紫艶は怒りを露にする
「あんたたちね!人の家をめちゃくちゃにしてくれちゃってどうしてくれんの…よ…」
怒っていた紫艶は歌輪を視界に捉えるとニヤリと口元を緩ませたが相手に悟られないよう慌てて冷静を取り繕った
「あらあら、誰かと思えば歌姫さんじゃない。のこのこやって来てくれたなら好都合ね。家を壊したことは許してあげるわ」
「ただし、あんた達の命と引換にね!やりなさい!」
紫艶の合図で背後から側近が飛び出してくる。優輝達目掛け一直線に走り、その両手にはナイフが握られていた
しかし優輝はハンマーを伸ばしこれをなんなく対処した。吹っ飛ばされた側近は気絶している
「うそっ!ちょっと何なのよあんた達は!?他に誰かっ…そうだ!虎太郎!戻って来なさい!こたろーーーーー」
「虎太郎なら来ねぇよ。何故かって?ーーー」
紫艶の声に被せるようにして突如聞こえきた声に紫艶は反応する
聞きなれた声に優輝、クロ、歌輪もすぐ反応し振り返る
「ーーー俺がぶっ飛ばしたからだ」
ハンマーで破壊した扉の瓦礫の上に幸助が立っていた。ボロボロの姿を見てクロが駆け寄った
「君なら勝てるってわかってたよ」
「正直ギリギリだったけどな。少し休んでここに向かってたらいきなり真上をハンマーが伸びてくもんだからビビったぜ」
そう言うと幸助は優輝の方を見た。それに気づいた優輝は幸助に得意気な顔を向ける
そして全員の視線は再び笹江紫艶へと向けられた
「お前を守るもんはもうねぇぜ。答えろ、なんで歌輪を狙った!答えによっちゃこの家を消し飛ばすぞ」
完全に追い詰められた紫艶の脳内はたくさんの思考が駆け巡る。その1つ1つを冷静に処理しようと働くがついに限界を迎え、ショートした
「な、な…な…なな…な…」
壊れた機械の様にただひたすら「な」と言い続ける紫艶の様子をおかしく思った幸助達はまだ何か手があるのではないかと警戒しながら少しづつ距離を詰めていく
「何だってのよ!意味わかんないわよ!!!」
近づいたことが仇となるほどの大声で紫艶は叫び出した




