子供と猫の大喧嘩
親戚夫婦の家から飛び出した幸助はただひたすら走り続けていた。途中で幸助を見た村人が悲鳴を上げたことにも気づかない程に没頭していた
そして村から大分離れた所で立ち止まり呼吸を整えていると
「急に出ていっちゃうからビックリしたよ。追いかけるの苦労したんだから」
どこからかひょっこりとクロが出てきた。追いかけて来たという割には涼しい顔でヘラヘラと笑っている
「ところで、あんな別れ方でよかったの?もう2度と会えないかもしれないんだよ?」
クロが問いかけるが幸助は答えない
「おーい。聞いてるー?」
「関係ねぇだろ」
再度問うが返ってきたのは素っ気ない返事のみであった
「戻る気はあるの?」
「知らねぇよ」
また素っ気ない返事
「知らないってことはないでしょキミのことなんだから」
「うるせーな」
ここで息を整えた幸助が歩き始めクロも並んで歩く
「なんで怒ってるの?」
「怒ってねぇよ」
また。クロが何を聞いても全て一言で返されてしまう
「怒ってるじゃん」
「うるせーって言ってんだろ。ぶっ飛ばすぞ」
遂に二言目が出てきたかと思えば脅迫とは、ヤレヤレとため息をつく
「やってみなよ。できないだろうけど」
その脅迫に対してクロは挑発で返す
今の幸助がイラついているのは誰が見ても一目でわかるほどに明らかなものであった
「後悔すんなよ。猫だろうと容赦しねぇぞ」
当然、幸助は挑発に乗っかる。胸の前で掌と拳を合わせ戦闘態勢に入った
「そういう忠告とか余計だからさ、グダグダ言ってないでとっととかかってきなよ」
この言葉で幸助の中で必死にせき止めていた怒りが決壊する。そこに理性などはなくただ獣のように目の前の相手に怒りをぶつけた
それが2度自分の命を救った相手だろうと、これから共に旅をする仲間だろうと関係なしに自分の真横に立っていたその小さな体目掛けて拳を振り下ろす
が、それは当たらず地面を殴る
拳から血が出るが構わずに後ろへ飛び退き避けた相手を掴みにかかる
しかしそれも軽々しく躱されてその手は虚しく空を掴む
「さっきからそうやってすぐ感情的になって、まるで子供みたいだね」
素早い攻防の中でもクロは余裕そうに話し始める。そしてそれは幸助の怒りのポイントを的確に突いていく
「うるせぇな!お前に俺の何がわかるんだよ!」
「わかるさ。大方、憎んでた相手からあんな態度とられたからどうしていいかわかんなくなってイライラしてるんだろ?」
見事に図星を突かれる。言葉、表情、行動、今はこの黒猫の全てが腹立たしい。叫び声をあげながら何度もクロへと手を伸ばすが届かない
「また怒った。その様子だと精神年齢も幼いみたいだね。独りにされた時から変わってないのかな。」
今度は幸助の頭に飛び乗る
「もう少し自分を抑えて冷静になった方がいいよ」
額をペシペシと叩く。幸助が頭の上を振り払った時にはクロはもう背後へと飛び降りていた
「猫のくせに偉そうに説教してんじゃねぇよ!」
「猫に説教されるキミが悪いんじゃないか。大体、君はあの人たちと向き合おうとしたのかい?」
この言葉で手のつけようがない程暴れ回っていた幸助の動きが止まる
(そうだ。俺は自分のことばっかりで全然向き合おうとか考えてなかった。ただあの真っ直ぐな目が眩しくて、怖くて…)
「けど、今はそれでいいんだよ」
クロの言葉で今度は我に帰る。声の方向へ体を向けた時には既に遅し、小さな拳が飛んできていた
「猫パンチ!」
「おごぉっ!」
クロがそう言いながら放ったその拳はしっかりと幸助の鳩尾を捉えた。うめき声をあげながらその場に倒れる
クロはむき出しになった腹へと飛び乗る。うぐっ と鈍い声が聞こえたが気にせず話始める
「キミはまだ経験が足りないだけ。キミはこれからの旅で沢山のことを見て成長する」
「そして全てが終わったらもう1度向き合ってみたらどうだい?その時のキミなら違う答えが出せるかもしれないよ」
痛みで動けないのか、それとも敗北を感じ、受け入れたのか幸助は大人しく話を聞いていた。とにかくもう目の前にいるクロへ手を伸ばす気にはならなかった
「そうだな。確かにそれもいいかもな」
「やけに素直じゃないか」
考えを改めたところをクロに笑われる。さっきまでの状況からは想像がつかないほど暖かな雰囲気が2人を包む
「なに笑ってんだよ」
「怒った?もう1度やるかい?」
「やめとく。おかげで頭も冷えたしな」
クロの挑発には乗らず爽やかな笑顔を見せる幸助の目には先程までの闘士と怒りは欠片も残っていなかった
「それがいい。さぁ早く帰って明日に備えよう」
幸助の腹から飛び降りそのまま帰り道を歩き始める
「悪い、ちょっと待ってくれ」
歩き始めたところを幸助に止められて渋々振り返る
「もう何やってるの。早くしないと日が暮れちゃうよ」
ため息混じりに幸助の元へ戻る。幸助はまだ立ち上がってすらいなかった
「いや、お前が腹殴ったせいで立てないんだけど」
「あっゴメン」
結局幸助が回復したのは数十分後のこと。余計な時間を食ったと言い合い足早に帰る2人を包み込むように照らす夕日はとても美しかった




