挨拶
幸助と楓凛の戦いからおよそ1ヶ月経った頃、幸助のケガは以前と変わらぬ生活が送れるようになるまで回復していた
(世界の滅亡を止めるって決めた日から大分ノンビリしちまった。これから気合い入れないとな)
家の外で1人考える。気づけば至る所に見られた桜の花は散り、今では青々とした緑がこの村を囲っている
幸助の20歳の誕生日まで残り1年と10ヶ月ちょっと。何が起こるかわからないこれからの旅を前にゆっくりしている時間はない
この1ヶ月間はとにかく回復に努め、おかげで予定よりも出発を迎えられそうであった
そして明日、兼ねてより決めていた出発の日。少年と猫が挑む世界を救う旅が始まろうとしていた
「幸助!明日に備えて今日はもう休もう」
家の中からクロに呼びかけられ軽く返事を返し家の中へと戻る
何も無い古くてボロボロの家だが5年過ごしたこの家で眠るのも今日が最後と考えると少し寂しくなる
しかし幸助にはまだやることが1つ残されている
「ちょっと村の方に行ってくる」
立ち上がり入口へ向かうがクロに止められる
幸助の昔話については本人から大体聞かされていたため良くない考えがクロの頭をよぎったのだ
「まさかキミ、出発前にこの村に復習しようとか……」
「しねぇわそんなこと!」
クロが自分の考えを全て言葉にする前に幸助のツッコミに止められる
「ただ少し話しに行くだけだよ。お前がどんな心配してるか知らねぇけどそんなことには絶対ならないからな」
クロに念を押し再び出かけようとするもまた止められ
「僕も行っていい?」
「無理だ。前に言ったの覚えてるだろ?黒猫と一緒にいたら話がややこしくなる」
そういってお願いを初めは拒否したもののクロが頬を膨らませ駄々をこねたため一緒にいるところを見られなければという条件でお互い妥協した
そして幸助が向かった先はとある一軒家。玄関の扉を2回叩くと中から出てきたのは初老の女性だが幸助の顔を見るなり目を大きく見開いた
「まさか………幸助なの?」
「久しぶり、叔母さん」
浮かない顔で久しぶりの再開の挨拶をする
幸助が向かったのはかつて両親を亡くした自分を引き取ってくれた親戚の家であった
「ちょっとアナタ!早く来て!」
叔母が呼びかけると奥から1人の男性が出てくる。幸助の叔父である
叔父も叔母と同様に幸助の顔を見て驚きの表情を見せるもすぐに落ち着き、せっかく来たのだからと家の中に通した
久しぶりに上がったかつての我が家。外見は長い年月が経っていたため多少の古臭さを感じさせたがその内側は当時と何も変わっていなかった
玄関にある黒電話や柱に刻まれた線、塗装の剥げた壁や子供の指くらいの太さの穴が開いた障子
どれも昔を思い出させる程であったが1つだけ違う点があった
家の中の空気が非常に重い。村で恐れられている息子が突然帰ってきたことに対する警戒心がこの場の空気を変えていた
それは幸助の体にズシリとのしかかり居間へと向かうその足取りを重くさせる
居間へ着き長方形の机を挟んで向かい合って座る親戚夫婦と幸助
「悪いな、突然」
「気にするな。それより何の用だ」
幸助が小さく口を開くと叔父もまた小さく口を開く
昔はもっとスムーズに楽しく会話出来ていたはずなのだが久しぶりな理由が理由なだけに会話がぎこちない
そんな膠着状態の中で先に動いたのは幸助だった
幸助は机の上のコップを取りお茶を一気に飲み干す
「明日の朝、村を出ることにした。だから最後に別れの挨拶に来た。短い間だったけど育ててくれて感謝してる。ありがとうございました」
一息に、早口気味で、口を挟む隙を与えず、伝えたいことを全てを伝え最後に深く頭を下げる
村へ来たのはこの為であった。3年という短い間ではあったが行き場を失った自分を助け、成長させてくれた2人に感謝を伝えるため
2人の返事を待たずに頭を上げた幸助の目の前には唖然として固まった親戚夫婦の顔が飛び込んでくる
しばしの沈黙が部屋を包むが幸助が耐えきれずにそそくさと帰ろうとするがそこで漸く叔父が動き出し幸助の肩を掴む
「お前は…私たちが、この村がお前にしたことを怒ってはいないのか?」
恐る恐る尋ねてみるが尋ねられた幸助の顔は怒りに満ちていた
あまりの剣幕に叔父は幸助の肩から手を離し尻餅をついた
「怒ってるに決まってんだろ!揃いも揃って人のこと化物扱いしやがって、しかもあの歳の子供を村の外れに放置だぁ?この村の大人達はどういう神経してんだ!全員ぶん殴ってやりたいくらいだわ!」
今まで受けてきた仕打ちで溜まった怒りと今もまだこの部屋に漂い続ける重く、淀んだ空気を吹き飛ばしたくて幸助は声を荒らげ、腕を振りかぶる
(あんなこと言っておいてやっぱり殴るんじゃないか!)
屋根裏からこっそりと様子を見ていたクロは慌てて飛び出そうとする
「けど!!」
声を荒らげたまま幸助は続けるが振りかぶっていた腕は降ろしていた
クロも動き出していた足を止め、事態の静観に戻る
「それは全部終わらせた後にする。全部終わってまたここに帰って来れたなら、そん時に殴ってやる。今はこんなんだけど、それでも昔は一緒に過ごした家族だしな」
冷静を取り戻した幸助はいつの間にか肩から叔父の手が離れていた事に気付く
怒りが抑えられなかったとはいえ、流石にやり過ぎただろうかと叔父の顔色を伺う
しかし待ち受けていたのは意外過ぎる結果
叔父は涙を流していた
そしてそれは叔父だけではなく側で話を聞いていた叔母もであった
立ち上がっている幸助の前で土下座をする叔父。その様子につられて同じ体勢をとる叔母
「すまなかった、本当にすまなかった。あんなことがあったとはいえまだ小さかったお前をあんなところに隔離してしまって。恨まれても何も文句は言えん」
「ただ、お前が今みたいに私たちをもう1度家族と呼んでくれるならば、どんなに遅くなってもいい、またここに帰って来てくれ」
叔父の言っている意味が少しわからなかった。確かに自分は帰ってくると言った。しかし、わざわざそこをまた帰ってきてくれと念押しする必要はないだろう
それほど信用ならないのだろうか。それとも伝わってなかったのだろうか
「いや、だから帰って来るって言ってーーーー」
後者の可能性をとり、説明するべく再び口を開くがそれはすぐに叔父に遮られた
「あの家ではなく、この家にだ」
考えて、叔父が何を言っているかはわかった。しかし理解は出来なかった
「ちょっと待てよ。そりゃいくらなんでも勝手過ぎねぇか?5年前、自分たちの都合で村から追い出した癖に今更戻ってこいだと?」
幸助の内側に湧いた感情は、怒り。せっかく落ち着かせた怒りの炎がまた再燃してしまう。握りしめた拳には爪が強くくい込む
「そうだ、これは私の勝手だ、エゴだ
お前はあの時のことを許してはくれないだろう
信じて欲しいと言っても、信じてはくれないだろう
しかし今日、お前がここに来てくれて、お前の本心が聞けて、家族と呼んでくれて漸く決心がついた
お前がこうして私たちと向き合ってくれたように私たちもお前と向き合おう
今度はもう逃げない
どの口が言うのかと思うかもしれないがお前は私たちの息子だ
だから頼む」
本当に叔父の言うことは勝手極まりなかった。しかし2人が幸助へと向ける眼差しは真っ直ぐで決心という言葉に嘘偽りはなかった
「あーもう何なんだよクソッ!意味わかんねぇ!」
恨んでいた相手から見せられた強い決意と優しさは幸助には眩しすぎた。どうしていいかわからず、困惑と怒りで再び声を荒らげそのまま家を飛び出してしまった




