消えた桜
混乱と驚愕を呼んだ話し合いもなんとか収束し、新たな目標を掲げた一行
だがそこへ桜がとんでもない問題を放り投げてしまった
「魔法が使えなくなったってお前……どういうことだよ!?」
「近い近い! 俺は男とキスする趣味はねえぞ!」
「んなこと言ってる場合か!」
鼻がぶつかりそうな勢いで詰め寄ってくる幸助を両手で必死に押し返しながら桜は事情を説明した
と言っても長話になる訳でもなく、ただ目が覚めてタバコを吸おうと思ったら凄まじい頭痛のせいで火がつけられなかっただけのことである
「原因は……分かってんのか?」
「使い過ぎによる容量超過だろうなぁ……。俺の魔法は頭の中のイメージを実態に出来るスーパー最強な力だが……それだけ反動もデカいってこった」
自画自賛を交えつつ説明する桜。自分で言ってて虚しくならないのだろうか、と疑問に思う一行
だが昨晩、深見深作との戦いで見せた魔法は確かに凄まじいものだった。故に彼の言葉を易々と否定することも出来ない
だからこそ桜の戦闘不能は一行にとって大きな痛手だった
新たな敵の登場。3月に星降で異端児を迎え撃つという目的に、桜の力は欠かせない
もしも桜がこのまま一生魔法を使うことが出来なかったらーー最悪の場合、昨日仲間になったばかりだが桜とはここで別れる覚悟を決めねばいけなさそうだ
せっかく仲間に加わってくれたのは非常に嬉しいし有り難い
ただ、なんの力も無しにこれからの戦いに挑むのはあまりにも無謀過ぎる
ではもし、魔法の使えない桜がこの旅を乗り越えられたとしよう
それは歴史に永遠に名を刻まれるような伝説となるはずだ
武力にて健闘したならば『豪傑』として、知力にて健闘したならば『智将』として、彼の戦い方にピッタリの名で語り継がれるであろう
仮に逃げ惑いながら生き残ったとしても、それはそれで賞賛を贈られるだろう
例えるならば、目隠しをしながら星降守護部隊の城へ単身乗り込み全裸でタップダンスを決めながら全員に喧嘩を売った後無傷で生還。平和に余生を過ごし老衰で沢山の家族に看取られながら『我が人生に一片の悔い無し』と言って安らかに眠っていく
要するに不可能なことをやり遂げるのだから
そんな危険な戦いに巻き込む訳にはいかない。それに対して桜がどれだけ駄々をこねようが、一行は冷たく突き放すつもりだった
不安を抱えながら、恐る恐る桜へ尋ねる
「魔法は……また使えるようになるのか?」
「脳を休めれば大丈夫だと思うぜ。魔法が使えないのは脳を酷使した結果だからな」
皆の心配をよそに、あっけらかんとした顔で桜は答えた
しかしその言葉に皆、ホッと胸を撫で下ろしたのも事実。桜の話が本当ならば対策は簡単で、彼に魔法を使わせないーーつまり桜を戦闘に参加させなければいいだけなのだから
これから星降へと向かう道中、どんな敵が待ち受けているか分からない。それでも皆で力を合わせればどんな壁だって乗り越えられる、と各々が信じているから
「……で、次はどこへ向かえばいいんだ?」
「海丘から近いのは彩原だね。そしてその先がーー」
「星降……か。ここまで長かったぜ」
宿を出発する際、入口の壁に掛かっている世界地図を見つけた一行は足を止め進路の確認をしていた
次なる目的地は彩原。そしてその近くに一際目立つ大きな街の絵と地名を見て幸助は呟いた
星降ーーそれは彼の旅の最終地点
命の恩人であるクロへ恩返しする為にハッピーボトルに幸せを集める
地図上で見る星降は今まで訪れた街が比にならない程大きかった
大きな街ということは即ち、それだけ沢山の人々に巡り会えるということ
改めて確認する自分の目的に、幸助は拳を力強く握り締めた
「そういえばよぉ、その転移石だっけ? こんな感じの世界地図を使うんだよな?」
「そうだね。どこにでもあるような一般的な物だし、世界地図に特別な細工は一切無い筈だよ」
「僕達が見たのも普通の紙っぽい地図だったね」
桜が世界地図を覗き込みながら尋ねる。それにクロが答えると優輝も同調した
「ふーーーん。…………俺にも出来んのかな」
2人の言葉を軽く流したーーかと思いきや、ポツリと漏らした桜の一言で幸助、優輝、永愛の背筋が凍り付いた
奴に好奇心を抱かせてはならない。昨晩、それによって大きな苦労を強いられた3人は言葉を交わさずとも見事なシンクロを見せた
「やめろ」
「やめて」
「やめなさい」
好奇心を見透かされた上に、まさか3人から即答されると思っていなかった桜の額から汗が滲み頬を伝う
「そ、そんな怖い顔しなくても大丈夫だって。ほら、俺は魔法使えない状態なんだしここで『いざ彩原へ!』とか言ったってーーーー」
そう言いつつもちゃっかりと、しっかりと地図上の彩原を指差しながら桜は必死に弁解し、その言葉の最中で姿を消した
「……ねえ、桜消えちゃったけど」
「ンなもん見りゃ分かるよ」
「あいつ、使えないとか言っておきながら普通に魔法使ったわね」
ついさっきまでそこにいた人間が跡形もなく消えた。それはまさに彼らが目の当たりにした瞬間移動そのもの
静寂の中、これまた静かに口を開いたクロに幸助と永愛が続く
「で、でもさ! 魔法を使えたってことはまた魔法でこっちに戻って来ればいいだけじゃん!」
その瞬間、優輝はこの後の展開を察していち早くポジティブ思考で振る舞う
この言葉で少しでも皆の気が安らげばーーそんな思いを込めたのだが
「優輝……桜のすることがそんなに上手くいくと思うか?」
「……ゴメン」
気休めにもならなかった
幸助にそう返されて、すぐさま掌を返し謝ることしか出来ない。優輝自身、桜の行動が良い方向に働くなんて最初から思えなかったのだ
「まぁどうせ彩原に行くんだ。そこで桜と落ち合えばいいだろ」
「そうね。起こってしまったことを嘆いていても何も始まらないし。そんでアイツと合流したらーー」
「「ぶん殴る」」
(あーあ。ご愁傷さま)
幸助と永愛の背中に浮かぶ鬼のイメージを前に優輝が出来ることは何も無い
精々鬼に囲まれ慌てふためくことになる未来の桜の無事を祈るだけだった




