決着
「さあ、行きましょうお嬢様。このままでは日が暮れてしまいますよ」
幸助を倒し本来の目的である女性を連れ戻すべく笑顔で手を差しのべる隊長だが
「嫌よ」
そっぽを向かれ一蹴されてしまう。その様子に隊長の顔つきが変わった
「いい加減にしろよ。無傷で連れて帰るのが最優先ではあるが力ずくでもやってもいいんだぞ」
つい数秒前の穏やかな笑顔が別人のように変わり、見下すように女性の顔に剣を突きつけた
女性は負けじと隊長を睨みつけるがその顔は徐々に恐怖に染まっていく。自分の目の前にある剣はどれだけ恐ろしい物なのかを理解してしまったからだ
先刻まで行われていた激しい戦闘の末、隊長の衣服や肌には幸助の返り血が付着し赤黒く染まっていた。今こうしてお互いに黙っている間にも、隊長の体からは温もりを持つ鮮血が滴り落ちていく
もうどうしようもない、諦めた女性はようやく自分の意思で歩き始める
多少の邪魔が入ったことで予定が狂ったものの今回の依頼は無事完了。緊張が張り詰め堅くなっていた隊長の顔が安堵の表情に変化する
……ガサッ
安堵した隊長の耳に入った小さな雑音
それは雑音というにはとても小さく、些細な音だった
風で木々が揺れた音かもしれない
他の騎士の足音かもしれない
しかしそれだけのことでこんなに寒気がするはずがない
隊長は慌てて振り返る
「バカな…なぜ立ち上がれる!」
「悪いな、あのまま死んでも…良かったのかも…しれなかったけど…そういう訳にもいかなくなっちまった…」
確認こそしなかったものの確実に殺したと思っていた男がそこに立っていた
息は荒く喋るのも途切れ途切れであり何より腹にはまだ新しく無残な大きな傷跡があった
予想外の出来事に焦りはしたがその様子を見た隊長は落ち着きを取り戻す
「瀕死の男が何をいきがっている。ならば今度こそ殺してやろう」
「それは…無理な話ってもんだ…ヨボヨボの爺さんになるまで…生きるって…決め…たからな」
瀕死の重傷を負いながらも幸助の強気な口ぶりは変わらない
「まだそんなつまらん冗談が言えるとはな。気に入った!冥土の土産に教えてやろう!俺は星降守護部隊の柳生 楓凛!称号は山羊座!序列は12だ!覚えたか?ならば死ね!今度はその腹を真っ二つにしてやろう!」
そして幸助との間合いを一瞬で詰め、剣を振る
バギィッ
その瞬間に響いた音は何かを切断したような鋭い音ではなく、何か砕けたような鈍い音であった
「星降ほしふりホシフリって朝から何回聞かせんだ!たとえ1000匹居たとはいえ猫に宝を盗まれるような守護部隊があってたまるか!」
楓凛を指差し怒鳴りつける幸助。その手からは数滴の血が流れていた
しかしその声は楓凛の耳へ届くも右から左へと通り過ぎるだけであった
それも無理はない、なぜなら彼が渾身の力で振るった剣は幸助の拳によって折られてしまったから
呆然とする楓凛などお構いなしに幸助続ける
「俺は死ぬまで生きるって約束したんだよ!邪魔すんな!」
既に拳を振りかざしていた幸助に楓凛は問う
「死にぞこないの癖に何なんだその力は!ついさっきまでボロボロだったじゃないか!」
「うるせぇ気合だ」
幸助がそう答えた刹那、楓凛の顔面に拳を叩きつけ殴り飛ばすが幸助も紐が切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた
出来事の一部始終を見ていた騎士達。自分たちの長がただの一般人に吹っ飛ばされたのを見て全員開いた口が塞がらない。その場が静寂に包まれるが1人の騎士が気づく
「おい!あの男がいないぞ!」
幸助が隊長を殴り飛ばして倒れたのは全員目撃している。全員が固まっていたのもそんなに長い時間ではない
「あの傷ではそう遠くへは行けないはずだ!探すぞ!」
血眼になり幸助を探す騎士達を少し離れたところで眺めている女性
(大丈夫かな、上手くいったならいいけど)
結局騎士達の必死の捜索も虚しく幸助は見つからず、楓凛のケガと依頼の優先をとった結果捜索は早々に打ち切られ、この出来事は後に星降守護部隊の幹部の間で大きく取り上げられることとなる




