牛乳とコッペパン
「なあお前、何でいっつも牛乳とコッペパン食ってんの?」
これが、俺とお前の、最初の会話。
※※※
「俺は…まあいわゆる一軍で、田山は底辺ってやつ?隣の席なのに、そこには大きな隔たりがあったんだ」
※※※
「…は?」
「俺の勘違いかな?でも、俺が見てる限りいっつも牛乳とコッペパン食ってんじゃん」
「…悪いかよ」
とにかく、ジメジメした奴だな、と思ったのが初めだった。田山はコッペパンを一口かじる。
気まずい沈黙が流れる。
「…なあ」
「金がないのもあるけど、単に美味しいからだよ」
田山は渋々答えたようだった。
「ふうん」
コッペパンを奪ってかじった。
「ちょっ…お前何すんだよ」
「うぉっ!確かに旨いな!」
思ったより旨かった。コッペパンを食べたのなんて、小学校の給食以来だ。でも、給食より旨い。
「悪ィ悪ィ、ほら、お詫びにこれやる」
カレーパンと焼きそばパンを渡した。田山は不服そうだった。
「…俺のコッペパン…」
ボソッと言う。少し目が潤んでいた。
「えっ…泣くほど!?マジでごめん、悪かったよ…」
困惑した。そんなにコッペパンが好きなのかこいつ。
「ほえ、何円?」
「300円…」
「安っ」
俺は田山に千円渡した。
「多いって」
田山が押し返す。
「慰謝料込みだから」
俺はニッと笑って押し付けた。
「…傲慢な奴」
田山が何か呟いたようだったけれど、聞こえなかった。
「え?なんか言った?」
「…別に」
「そういえば、俺、佐伯!お前、田山だっけ?」
「それくらい知ってるよ…」
田山はそして、クスッと笑った。初めて見る笑顔だった。
※※※
「…とまあこういう経緯で田山と話すようになったんだ」
「…ひでえ奴だ」
話し相手は苦笑した。
「だろ?素っ気ないよなぁ、ひどいよなぁ」
「いや、お前がな?」
ぽかん、とする佐伯。
「え、俺、コミュ力だけは自信があるよ」
「いや、お前は人の領域にズカズカ入りこみすぎなんだよ。コッペパン奪ったり、金をいきなり渡したり。」
「えー?…まあ、あの頃は俺、調子に乗りすぎてたってこともあるんだけど。」
「…今は大分落ち着いたのか?」
「まあな。結婚して、子供も二人居るし。コミュ力にはまだまだ自信があるけど。」
話し相手の口元が緩んだのを佐伯が見て、佐伯は話を続けた。
※※※
「よお田山」
「…おはよう」
それから俺と田山は、よく話すようになった。俺、顔は広いけれど、友人は似たような奴らばっかりだったから、田山みたいな…まあ…陰キャ…の友達は初めてだった。
「コッペパン、どこで買ってるんだ?」
「…大滝商店ってところ…興味あるなら来てみる?」
話すうちに、田山はそこまで明るい奴ではないけれど、悪い奴ではないってことも分かったんだ。
「ごめんくださーい」
「あいよ」
放課後、田山に連れられて俺は『大滝商店』に行った。店内には店主が一人だけいて、寂れていたけれど居心地のよい店だったのを覚えている。
「ああ、太一くんと…お友達?」
店主は80歳近くのおばあさんだった。顔は皺だらけだったけれど、不思議と優しい雰囲気の人だった。
「はい!そうっす。田山の友人の佐伯です!」
田山の下の名前が太一ということを、この時初めて知った。
「いつも田山がうまいコッペパン食ってるので、その店を教えてもらいに来ました!」
「まあまあ!太一くんも、嬉しいことしてくれるねぇ」
店主がにっこり笑う。
「じゃあおまけしちゃおうかねぇ」
そう言って店主は俺たちにコッペパンと、ジャムパンとクリームパンをくれた。
「いいっすよ。俺、こいつの分まで代金払います」
「いいのよ。これは私からのプレゼント。」
店主が引く様子もない。
「大丈夫っす。俺、実家金持ちだし、バイトもしてるんで」
「そういうことじゃないのよ。私はね、太一くんがお友達を連れてきてくれたことが、とっても嬉しいのよ。それにね、まだこの店も大丈夫、私が死ぬまではあるわよ」
店主が俺の頭と田山の頭に手をのせた。
「良い子で安心したわぁ」
帰り道、商店で一言も発さなかった田山はふてくされながら歩いていた。
「どうしたんだ?」
と俺が声を掛けると、小さな声で、
「…友達じゃないし…まだ」
と言った。
「何だよ、そんなこと気にしていたのか?俺はもう友達だと思ってたんだけど」
俺は思っていたことをそのまま言った。すると、田山は目を見開いて、頬を少し赤くした。
そして数歩進んだ後に、
「…そうかよ」とだけ田山は言った。
※※※
「な?かわいい所もあったんだよ」
と佐伯が言う。
「お前は凄いよ」と相手が言った。
「さらっと恥ずかしい台詞言えるんだから」
「え?思ったことを言っただけだよ。他にも、田山はいい奴で…」
すると話し相手が立ち上がった。
「もう行かなきゃな」
「そうですか、ご予定か何か?」
「ええまあ、そんな所です」
佐伯は相手を見上げた。そして、
「それにしても田山は、一度も俺の名前を呼んでくれなかったんだ。それだけが少し残念だよ」と言う。
線香の匂いが彼らを包んだ。
「それにしても、何であんたは俺に田山のことを聞いたんだ?他にも田山には知り合いがいるだろ?…俺は高校を卒業してから、一度も田山に会わなかったんだ。田山なんか、俺のこと忘れちゃってたんじゃないかな」
寂しそうに佐伯は言った。
そして佐伯は、壇上の写真を見る。
「こんな別れになるんなら、もっと会いに行けばよかったな」
そう言って牛乳とコッペパンを鞄から取り出した。
「あいつ、牛乳とコッペパンが好きだったんです」
もうあの店も無くなっちゃったけれど、と付け足す。おばあさん店主も亡くなったよ、と。
「というわけで、俺が田山について話してやれることは以上です」
佐伯は俯いて、鼻水を啜った。はは、と笑いながらティッシュで拭う。
相手は──被っていた帽子を抑えて、
「いや、俺にとっては佐伯が一番の親友だったよ」
と言った。
「え?」
佐伯が顔をあげると、もうそこには誰も居なかった。
そこに、
「ああ、佐伯さん、今日は太一の為に来てくれてありがとう」
と老婆──田山の母が近づいてくる。
「今ここに人──」といいかけて、佐伯は口を閉じた。
「あいつの為だけじゃないっす。ここに…田山の葬式に来たのは…俺の為ですかね」
そう、と老婆は笑った。
「ありがとう。ああ、あの子、いっつも牛乳とコッペパン食べてたの。…よく覚えててくれたわね。供えてあげて」
佐伯は座っていた椅子を立ち上がる。そして言った。
「あいつ、いっつも牛乳とコッペパン食ってたんです。…ずっと毎日。」
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