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牛乳とコッペパン

作者: 槍田歩馬
掲載日:2026/07/23


「なあお前、何でいっつも牛乳とコッペパン食ってんの?」

これが、俺とお前の、最初の会話。


         ※※※


「俺は…まあいわゆる一軍で、田山は底辺ってやつ?隣の席なのに、そこには大きな隔たりがあったんだ」


         ※※※


「…は?」

「俺の勘違いかな?でも、俺が見てる限りいっつも牛乳とコッペパン食ってんじゃん」

「…悪いかよ」

とにかく、ジメジメした奴だな、と思ったのが初めだった。田山はコッペパンを一口かじる。

気まずい沈黙が流れる。

「…なあ」

「金がないのもあるけど、単に美味しいからだよ」

田山は渋々答えたようだった。

「ふうん」

コッペパンを奪ってかじった。

「ちょっ…お前何すんだよ」

「うぉっ!確かに旨いな!」

思ったより旨かった。コッペパンを食べたのなんて、小学校の給食以来だ。でも、給食より旨い。

「悪ィ悪ィ、ほら、お詫びにこれやる」

カレーパンと焼きそばパンを渡した。田山は不服そうだった。

「…俺のコッペパン…」

ボソッと言う。少し目が潤んでいた。

「えっ…泣くほど!?マジでごめん、悪かったよ…」

困惑した。そんなにコッペパンが好きなのかこいつ。

ほえ(これ)、何円?」

「300円…」

「安っ」

俺は田山に千円渡した。

「多いって」

田山が押し返す。

「慰謝料込みだから」

俺はニッと笑って押し付けた。

「…傲慢な奴」

田山が何か呟いたようだったけれど、聞こえなかった。

「え?なんか言った?」

「…別に」

「そういえば、俺、佐伯!お前、田山だっけ?」

「それくらい知ってるよ…」

田山はそして、クスッと笑った。初めて見る笑顔だった。


         ※※※


「…とまあこういう経緯で田山と話すようになったんだ」

「…ひでえ奴だ」

話し相手は苦笑した。

「だろ?素っ気ないよなぁ、ひどいよなぁ」

「いや、お前がな?」

ぽかん、とする佐伯。

「え、俺、コミュ力だけは自信があるよ」

「いや、お前は人の領域にズカズカ入りこみすぎなんだよ。コッペパン奪ったり、金をいきなり渡したり。」

「えー?…まあ、あの頃は俺、調子に乗りすぎてたってこともあるんだけど。」

「…今は大分落ち着いたのか?」

「まあな。結婚して、子供も二人居るし。コミュ力にはまだまだ自信があるけど。」

話し相手の口元が緩んだのを佐伯が見て、佐伯は話を続けた。


         ※※※


「よお田山」

「…おはよう」

それから俺と田山は、よく話すようになった。俺、顔は広いけれど、友人は似たような奴らばっかりだったから、田山みたいな…まあ…陰キャ…の友達は初めてだった。

「コッペパン、どこで買ってるんだ?」

「…大滝商店ってところ…興味あるなら来てみる?」

話すうちに、田山はそこまで明るい奴ではないけれど、悪い奴ではないってことも分かったんだ。


「ごめんくださーい」

「あいよ」

放課後、田山に連れられて俺は『大滝商店』に行った。店内には店主が一人だけいて、寂れていたけれど居心地のよい店だったのを覚えている。

「ああ、太一くんと…お友達?」

店主は80歳近くのおばあさんだった。顔は皺だらけだったけれど、不思議と優しい雰囲気の人だった。

「はい!そうっす。田山の友人の佐伯です!」

田山の下の名前が太一ということを、この時初めて知った。

「いつも田山がうまいコッペパン食ってるので、その店を教えてもらいに来ました!」

「まあまあ!太一くんも、嬉しいことしてくれるねぇ」

店主がにっこり笑う。

「じゃあおまけしちゃおうかねぇ」

そう言って店主は俺たちにコッペパンと、ジャムパンとクリームパンをくれた。

「いいっすよ。俺、こいつの分まで代金払います」

「いいのよ。これは私からのプレゼント。」

店主が引く様子もない。

「大丈夫っす。俺、実家金持ちだし、バイトもしてるんで」

「そういうことじゃないのよ。私はね、太一くんがお友達を連れてきてくれたことが、とっても嬉しいのよ。それにね、まだこの店も大丈夫、私が死ぬまではあるわよ」

店主が俺の頭と田山の頭に手をのせた。

「良い子で安心したわぁ」


帰り道、商店で一言も発さなかった田山はふてくされながら歩いていた。

「どうしたんだ?」

と俺が声を掛けると、小さな声で、

「…友達じゃないし…まだ」

と言った。

「何だよ、そんなこと気にしていたのか?俺はもう友達だと思ってたんだけど」

俺は思っていたことをそのまま言った。すると、田山は目を見開いて、頬を少し赤くした。

そして数歩進んだ後に、

「…そうかよ」とだけ田山は言った。


         ※※※


「な?かわいい所もあったんだよ」

と佐伯が言う。

「お前は凄いよ」と相手が言った。

「さらっと恥ずかしい台詞言えるんだから」

「え?思ったことを言っただけだよ。他にも、田山はいい奴で…」

すると話し相手が立ち上がった。

「もう行かなきゃな」

「そうですか、ご予定か何か?」

「ええまあ、そんな所です」

佐伯は相手を見上げた。そして、

「それにしても田山は、一度も俺の名前を呼んでくれなかったんだ。それだけが少し残念だよ」と言う。

線香の匂いが彼らを包んだ。

「それにしても、何であんたは俺に田山のことを聞いたんだ?他にも田山には知り合いがいるだろ?…俺は高校を卒業してから、一度も田山に会わなかったんだ。田山なんか、俺のこと忘れちゃってたんじゃないかな」

寂しそうに佐伯は言った。

そして佐伯は、壇上の写真を見る。

「こんな別れになるんなら、もっと会いに行けばよかったな」

そう言って牛乳とコッペパンを鞄から取り出した。

「あいつ、牛乳とコッペパンが好きだったんです」

もうあの店も無くなっちゃったけれど、と付け足す。おばあさん店主も亡くなったよ、と。

「というわけで、俺が田山について話してやれることは以上です」

佐伯は俯いて、鼻水を啜った。はは、と笑いながらティッシュで拭う。

相手は──被っていた帽子を抑えて、

「いや、俺にとっては佐伯が一番の親友だったよ」

と言った。

「え?」

佐伯が顔をあげると、もうそこには誰も居なかった。

そこに、

「ああ、佐伯さん、今日は太一の為に来てくれてありがとう」

と老婆──田山の母が近づいてくる。

「今ここに人──」といいかけて、佐伯は口を閉じた。

「あいつの為だけじゃないっす。ここに…田山の葬式に来たのは…俺の為ですかね」

そう、と老婆は笑った。

「ありがとう。ああ、あの子、いっつも牛乳とコッペパン食べてたの。…よく覚えててくれたわね。供えてあげて」

佐伯は座っていた椅子を立ち上がる。そして言った。

「あいつ、いっつも牛乳とコッペパン食ってたんです。…ずっと毎日。」

いかがでしたか?

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― 新着の感想 ―
おもしろかったです! 「牛乳とコッペパン」という題名にひかれました。 おもしろかったので、星4をつけさせていただきました。
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