おかわいそうに
執着の話
「すまない、リリアの具合が良くないんだ。この埋め合わせはまた今度するから」
定期交流の為の我が家でのお茶会で婚約者を待っていた私に、約束の時間に駆け付けてきた婚約者様はそう言いながら花束を押し付けると、踵を返してまた駆け出した。
――毎度の事だけれど、慌ただしい方だわ。
「毎回毎回『病弱な幼馴染の看病に』って、これで何度目ですか!? なんって失礼なんでしょう! ねぇ、お嬢様!」
私の幼馴染兼侍女が、自分の事のように怒っている。
「月ニ回のお茶会が今回で丸一年分、24回ね」
「ムキィー! 許せません!」
私は感情の起伏があまり激しくないので、この大切な幼馴染がいつも私の代わりに怒ってくれているのを見ていると胸がホッコリする。
「今度こそ婚約破棄です! ザマァです! 目にモノを見せてやりましょう!」
そう憤る彼女に手招きをチョイチョイとして近くまで呼び寄せると、その頭を撫でた。
「貴方が私の代わりに怒ってくれるだけで十分よ。いつもありがとう」
「お、お嬢様ぁ……」
感動したようになりスンッと落ち着いた彼女に和むと、私は彼女の口に好物のバタークッキーを差し込む。
「むぐっ、モグモグ……むむっ、ん〜! やっぱりうちのパティシエは天才ですね!」
その幸せそうな顔に、私も自然と笑みが溢れた。
「ふふっ。貴方の美味しそうな顔を見ていると、私も食欲が湧いてくるわ」
そう言いつつ自分もクッキーを一つ摘む。
「あっ! い、今お茶をお淹れしますね!」
そうして慌ててお茶の準備をする彼女を横目に見ながら、ポカポカ陽気と涼やかな風に乗ってきた庭の花々の匂いを感じながら、私は今日も(幸せだなぁ……)と目を細めるのだった。
それから一つ季節が巡った頃、私の婚約は婚約者の有責で破棄された。
件の婚約者の『病弱な幼馴染』さんが彼の子を妊娠したからだと聞いた時、私はポツリと
「おかわいそうに」
と呟いたのだった。
「お、お嬢様……聞きましたか?」
ある日、恐る恐るといった風に声をかけてきた大好きな幼馴染兼侍女に、私は曖昧に微笑んだ。
「何の話かしら?」
そう返すと、彼女は少し躊躇いながらも口を開く。
「あの……例の、リリアさんが亡くなられたって……」
言いにくそうにする彼女に、私は困ったように眉を下げる。
「そう、やっぱり耐えられなかったのね……」
その返事に、彼女は悲しそうな顔をする。
頬にそっと手を添えると、その柔らかな頬を優しく撫でた。
「あぁ、泣かないで。妊娠はとても尊い事だけれど、同時にどんな女性でも命の危険があるの。分かっていたでしょう?」
彼女の大きな瞳から、ポロポロと涙が溢れた。
「でも、でも……! 体の弱っていた彼女に、普通の人でも危険な妊娠をさせるなんて……赤ちゃんも亡くなって、こんなの、酷い……酷いです……」
そう言って咽び泣く彼女を抱き寄せた。
「本当に優しい子。そうね、二人で彼女達の冥福を祈りましょう」
それに対して彼女が首を横に振るので、その顔を覗き込む。
「……お嬢様、私……私、優しくなんてありません。この話を聞いた時、一瞬『死んだのがお嬢様じゃなくてよかった』と思ってしまったんです。私は最低です」
そう懺悔すると私の肩に顔を埋め泣き続ける彼女の頭を、ポンポンと優しく撫でた。
――本当に最低なのは、きっと私の方ね……。
そう思いながら。
私とリリアさんは、同じ病気だった。
だから私の家と縁付きたい彼の家は、リリアさんを甲斐甲斐しく世話していた彼を私の婚約者に選んだ。
可哀想な二人。
愛する人と、近いのに遠いところへ引き裂かれて。
だから、私が頼んだの。
『結婚するまでは、二人を好きにさせてあげてほしい』って。
……こうなるかもって、思ったから。
リリアさんが亡くなってしまったのは、流石に少し驚いたけれど。
リリアさんが亡くなった後、彼も後を追うように自害したらしい。
本当に、なんて――――
今日も、少し冷えるけれど良い天気だ。
「お嬢様、今日は少し熱めにお茶を入れましょうか?」
愛しい幼馴染兼侍女が、気遣うようにこちらに目を向ける。
あれから両親はそれまで軽く考えていた私の病気について考えを改めたらしく「うちの娘もあんな風に……」と心配になったそうで、今は生まれ育った本宅から領地の中でも静かで空気の良いところにある別荘に移って穏やかに暮らしている。
煩わしいお茶会も夜会も無い。
辛い時にはすぐに横になって休める環境。
結婚も、無理はしなくていいとのお墨付きだ。
両親は物心付いた時には跡継ぎであるお兄様の事ばかりで、生まれ付き病弱なうえに病にかかった私は捨て置かれていると思っていたけれど、ちゃんと愛情はあったらしい。
……今となっては、どうでもいいけれど。
「お嬢様、どうぞ」
そうして侍女らしからぬ笑顔でカップをソッと置く彼女に、私もつられて笑顔を向ける。
「ありがとう、とてもいい香りね」
「んふふ、最近流行りと聞いて、新しく取り寄せてもらった茶葉なんです!」
自慢気にする可愛い侍女に、胸がポカポカした。
私の大切で大好きで愛しい幼馴染。
子供の頃からずっと側にいてくれて、辛い時には必ず手を握っていてくれた人。
これからも、ずっと側にいてほしいけれど。
でも、貴方の幸せの為なら私、我慢できるわ。
いつか、貴方に良い人が出来た時は「おめでとう」って言ってあげるんだから。
でももう少し、あともう少しだけ。
彼女を独占したい、私のこの醜い心を許してください。
お嬢様。
アタシの愛するお嬢様。
遠縁の本家の末姫で、産まれた時からずっとお体が弱くて、殆どベッドの上で過ごしていたお嬢様。
本当に幼い頃、友人であり未来の侍女候補として初めてお会いした時は、天使が間違えてこの世に降りてきたのかと思った。
『お嬢様の良きお友達になって、ずっと側にいてさしあげるのよ』母親にそう言われた時に、アタシは歓喜で震えた。
この綺麗な天使様と、ずっと一緒にいられる!
あぁ、アタシはなんて幸運なのだろう。
お嬢様は、見た目だけでなく心も美しかった。
些細な事でもお心を痛めて、悲しそうにする。
それがとても小さな変化なせいで、世間ではお嬢様を『感情がない』だのと言うけれど。
お嬢様に感情がない? とんでもない!
お嬢様は、とても表情豊かで、繊細で、そしてお可愛らしい。
可愛い可愛い可愛いお嬢様。
お嬢様に婚約者が出来た時は、悲しかったけどお嬢様の幸せの為なら我慢出来た。
リリアとかいう女の事を聞いて、二人共いつか殺してやろうと思った。
お嬢様がお止めになるから堪えたけど。
でも、全部全部無くなった。
婚約も、社交も、煩わしい物全部!
これでまた、お嬢様と二人っきり!
まぁ、使用人は私以外にもいるし、お医者様も来るんだけどね。
あのリリアが亡くなったと知った時は、お嬢様じゃなくて本当に良かったと思った。
お嬢様に報告している時にソレを思い出して泣いたけど、お嬢様の前なので良い子にしてたら抱き締めてもらえた!
あぁ、凄くスゴくすごく幸せ!
んふふ、お嬢様。
アタシの大好きで大好きで大好きなお嬢様。
これからも、ずっと、ず〜〜〜っと、アタシが一緒にいますからね。
だから、ね?
そんなに寂しそうな顔しないで。




