外伝 約束 ― 届かぬ場所 ―
朝
日が昇る前に 一は庭に出ていた
父から学んた鍛錬
落ちていた枝を持ち
半歩。
踏み出す。
止まる。
そして、歩む。
同じ動きを繰り返していた。
大きな動きではない。
わずかな前進。
それだけ。
踏み込みではない。
ただ、歩む。
――そこに居るべき場所へ移るだけの動き。
移る…
分からない…
一は ただ静かに繰り返す
「一様…」
縁側から綾が声を掛ける
「綾様 おはようございます」
一は礼をとる
「…その動きは? 昨日とは違いますね」
綾が尋ねる
「…はい」
一は、もう一度 半歩を脚を出す。
「父に 教えられた 動きです」
ーーーーーー
昼前
壊れ掛けた裏門の前
「ありがとうございました」
一は、夢野道場の方々に別れの挨拶をしていた
父が何故、ここに来ていたのか
死した後に尋ねるように残したのか
わからない
(………)
もう、二度と来ることはないであろう
深江が道場の端からこちらを見ている
彼の父である深江殿の言葉が蘇る
(死を覚悟され正門の前に立たれていました…)
父はここを死に場所と考えていた
何故?
父は強い…
俺よりも強い…
なのに…
父の思い出は全て柔らかい
わからない
わからない
何故、他流であるこの道場でさえも
柔らかい父の思い出ばかりなんだ
父の強さは、偽物なのか?
それは違う!
鬼神の如く強かった…
(心に鬼を持っていたな…)
鬼を持つ?
父が”鬼神の如く”ではないのか?
持つて何なんだ?
鬼と共に在るってことか?
在る?有る?
ーーーーー
「一様? どうかなされましたか?」
綾の言葉で自問自答から戻る
「いえ… なにも」
「少し考えていました 申し訳けありません」
一が裏門をくぐりかける
「御父様 何故、裏門なのですか?」
綾が尋ねる
「正門を使われても良いのかと…」
そうだ、父は裏門から訪ねろと言っていた
何故?
「宗一郎様以外は、」
「暫く誰も使っていなかったと思うのですが…」
「えっ?」
一が振り返る
御宗家は何も言わず一を見ている
沈黙が流れる
「一殿… 」
「一殿が帰られたあと この門は取り壊します」
御宗家がゆっくりと口を開いた
「宗一郎殿がもう此方に来られないのであれば…」
御宗家は空を仰ぐ
「この門は…不要です」
知ってる
御宗家は知ってる
「御宗家!」
一は、礼を失するほどの声を上げる
「教えてください! 父は…」
「私は今は話しません…」
御宗家が口を開く
「え?」
綾が驚く
御宗家が続ける
「今の貴方は、私が知っている宗一郎殿の…」
息を吐き目を伏せ
そして、柔らかくも言い切る口調で
「足下にも 及びません」
「私の父 前の宗家と
宗一郎殿との間には約束がありました」
「それは生きることです」
「今のあなたに話したとて
意味はないでしょう」
一は理解した
直伝夢野居合道場の御宗家は俺を全く認めていない
御宗家から見た俺は、まだ足りていない
一は目を伏せる
その動きを見て御宗家は
「正面に桜の大木があります」
おもむろに話した
「そうですね…では、」
「その桜木が今日この日から
二度目に咲くとき また、来てください」
「その時も この裏門から…」
一は顔を上げる
「裏門?」
「はい、残しておきます」
理解した
御宗家は今の自分を認めてはくれないが
次の自分へ残してくれた
「ありがとうございます 必ず…」
わからない
だが、知るすべは繋いだ
後は、自分の在り方次第
新たな思いで裏門をくぐる
やがて、見えなくなる一の背中
静寂。
その背に向かって、御宗家が呟くように言った。
「“鬼と共に在る”……」
「宗一郎殿は、そのようなお方でしたよ――一殿」
その言葉を、聞き取ったのは。
綾だけだった。
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