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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第三十七話 オープンキャンパス一日目 午後3 ー澪 雪 御影 弓場 春日ー

午後。

澪は、雪のブースの手伝いに回っていた。


人の流れを横目に見ながら――ふと、呟く。

「あいつ……空手だな」


視線は、中庭の方角へ。


「女子にしては分厚い手と、拳ダコ。首も、少し太い。……何より、脇の締めと大腿部」


一拍。


「しかも――直接打撃系の……」


完全に独り言だった。


「澪……それ、なんの話?」

横から、雪が不思議そうに覗き込む。


「ああ、すまない。独り言だ」


「独り言にしては、ボリューム大きすぎ」

雪は苦笑する。


「で、空手がなんだって?」


澪は、少しだけ肩をすくめた。

「変なのがな……春日をナンパしてきた」


「へー」

軽い反応。


だが、澪は続ける。

「ただ――あいつ、間違いなく空手家だ」


雪の眉が、わずかに動く。

「もしかして……」


「そう」


澪は、短く頷いた。

「剣に勝つ、春日の術理。それを――狙ってる」


「狙いって……」


雪は、くすっと笑う。

「狙って誘拐とか? スパイ映画じゃないんだから」


「そこ?」

澪は思わず顔をしかめる。


(はぁ……今のボケ、蓮でももう少しマシだぞ)


軽く息を吐く。

「……分かった。雪にも分かるように言う」


「お願いします」

ぺこり、と礼。


しかも満面の笑み。


(こいつ……)

澪は、少しだけ呆れながらも言葉を続けた。

「春日は、素手だ」


「はい」

「手の内は、空だ」


「はい」


一拍。


「空の手と書いて――空手」


「はぁー……」


澪は額に手を当てる。

「頼むから、ここまでは分かってくれよ」


雪は、こくりと頷いた。

「はい」


「――そう。だから」


澪は、少しだけ声を落とす。

「空手家が、放っておくわけがない」


「はい」


「今日はオープンキャンパスだ」


「それが?」


「――そこだろ!!」


思わず声が大きくなる。


周囲の視線が一瞬集まり、澪は軽く咳払いした。

「……まあいい」


仕切り直す。


「雪。他校に、長剣の使い手がいたら?」


雪は、即答した。

「試合を申し込みます」


「だよな……」


深く、ため息。

(なんで十年以上、親友やってんだろ……)

遠い目になる。


「じゃあ、素手の達人が来たら、空手家はどうする?」


雪は、少し考えて――


「仲良くします」


「神様ー!」

澪は、天を仰いだ。


本気で。


-------------


御影江梨子の寮部屋。

窓の外は静かで、昼の喧騒が嘘のようだった。


ベッドに寝転びながら、弓場がぽつりと言う。


「江梨子、あの子の動き――面白かったよ」

少しだけ、楽しそうに。


御影は、机に向かったまま肩越しに笑う。

「でしょ?」


軽い返し。


だが、弓場はすぐに続けた。

「でもさ」


一拍。


「格闘技としては、どうなんだろうね」


御影の手が、ほんの少し止まる。


「どうって?」

振り向かずに聞く。


弓場は、天井を見たまま言葉を探した。


「うーん……例えば」

手を軽く上げる。


「自分が“殴られる”こと、考えてないよね」

静かな指摘。


御影は、ゆっくりと振り向いた。

「どういうこと?」


弓場は、身体を起こす。


「私はさ」


拳を軽く握る。


「殴られても、殴り返す」

「殴られるの、覚悟で入る」


御影は、すぐに頷いた。


「だね。分かるよ」

同意は早い。


弓場は、少しだけ笑う。

「でも、彼は違う」


一拍。


「異様に、“当てられる”のを嫌がる」


空気が、少しだけ変わる。


御影は、黙って聞く。

「でね」


弓場は続ける。

「当てられた後の“対応”を、知らない」


「……え?」

御影の目が、わずかに細くなる。


弓場は、肩をすくめた。

「衝撃を逃がすとか、耐えるとか」

「そういう発想が、ない」

「打撃ポイントのずらし方も……正直、単純」


一拍。


「だから」

視線を上げる。

「実戦系の空手だと、致命的」


御影は、少しだけ考える。

「……つまり?」


弓場は、はっきりと言った。

「“当たらない”前提で動いてる」


静かに。


「当たったら――終わり、みたいな」


沈黙。


その言葉の重さを、二人とも理解している。


やがて、御影がぽつりと呟いた。

「それって……」


顔を上げる。

「対剣に、特化してるってこと?」


弓場は、少しだけ間を置いてから

――付け足した。


「あともう一つ」


御影が視線で促す。


「相手が“打撃に対応してこない”前提」


一拍。


「私の受けにも、ちゃんと対応してなかった」


御影の目が、わずかに細くなる。

「……なるほどね」


静かに。

「だから、ああなったわけか」


弓場は、ベッドに倒れ込む。


「でもさ」

天井を見ながら、楽しそうに笑う。


「だからこそ――面白いんだよね」


御影も、小さく笑った。

「うん」


短く。

「だから、呼んだんだよ」


弓場は、ベッドの上で寝返りを打つ。

「でもね、ある意味、通じてたとわかる」


即答。


「剣相手なら、かなりね」


「でしょ?」

御影は、満足そうに頷く。


「でも――」


弓場は、指を一本立てた。

「あれはほかの動きを混ぜると、崩れる」


静かな結論。


御影も、否定しない。


「うん」

「だから、面白い」

短く言う。


弓場は、少しだけ笑った。

「普通はさ」


天井を見ながら。

「混ぜても崩れないようにするじゃん?」

「対応力とか、応用力とか」


御影が頷く。

「まあね」


「でも、あの動きは違う」

弓場は、ゆっくりと言う。

「“混ぜない”ことで成立してる」


一拍。


「純度が高すぎる」


御影の口元が、わずかに上がる。

「いい表現だね」


弓場は、横目で見る。

「でしょ?!」


少しだけ自慢げ


「だからさ」


身体を起こす。


「壊したくなるんだよね」

軽く言う。


だが、その目は本気だ。


御影は、ため息をついた。

「出たよ」

「その癖」


弓場は、悪びれもなく笑う。

「だって気になるじゃん」


一拍。


「で?」

視線を向ける。


「次、どうするの?」


弓場は、にやりと笑った。

「決まってるでしょ」


短く。


「もう一回」

「今度は――」


ほんの少しだけ、間を置く。

「“向こうの土俵”でやってみたい!」


御影の目が、わずかに細くなる。

「……剣で」


弓場は、頷く。

「そう」


楽しそうに。

「彼の“本来”」


ベッドから降りる。


軽く伸びをする。


「そこで、どうなるか」


弓場は、言い切った後に

しばらく考えて――


ふっと笑った。

「でもね、私……」


少しだけ、間。


「剣――使えない」


御影が、ぴたりと動きを止める。


「……は?」


弓場は、あっさりと言った。


「当たり前でしょ」


肩をすくめる。


「私、空手が専門なんだから」


ーー


寮の一室。

灯りは、机の上だけ。


窓の外は静かで、学園の喧騒が嘘のように遠い。


春日は、椅子に座ったまま――動かなかった。


手元には、何もない。


ただ、自分の手を見ている。


(……負けては、いない)

事実だ。

引き分け。

あの場の結果としては、そう処理される。


だが――

(勝てる気が、しない)


静かに、息を吐く。


頭の中に、弓場の動きが何度も再生される。


速い。

近い。

切れ目がない。

(間合いが、違う)


剣の距離ではない。

踏み込みの幅も、拍子も。


すべてが、自分の知っている“戦い”とは違う。


(往なせない)


あの距離では。

あの速度では。

半歩が、取れない。


(……なら)


思考が、ひとつの方向へ寄る。

(空手を、学ぶべきか)


口には出さない。


だが、はっきりと浮かぶ。


弓場の動き。

あれは、体系だ。

積み上げられた技術。


対して自分は――

(対応していない)


知らない領域。

だから、崩れる。


(……でも)


そこで、止まる。


視線が、自分の手へ戻る。

ゆっくりと、指を開く。


(自分は――)


剣士だ。


そう教わってきた。


父に。

祖父に。


小太刀。

短い刃。


間合いを制し、拍子を崩し、入って外す。


その理は――

(素手のためのものでもある)


剣を扱うためだけではない。


むしろ。

剣を通して、“何も持たない時”を学ぶ。

そういう教えだった。


(だから)


素手でも、戦える。

いや。

戦える“はずだった”。


拳を、軽く握る。


(小太刀を抜けば)


答えは、早い。


あの距離。

あの間合い。

刃があれば、届く。

迷いなく、制することができる。


(勝てる)


確実に。

疑いなく。


だが――

ゆっくりと、手を開く。


(それは、違う。)


自分が、やりたいことではない。


(素手でやると決めた)


それは、意地ではない。

選択だ。


太刀の理を、“素手で成立させる”という。


(融合も、できる)


頭では、分かっている。

小太刀と素手。

両方を使えば。

間違いなく、対応できる。


あの距離でも。

あの速度でも。


(でも)


それは。


(素手への拘りを、捨てることになる)


静かに、目を閉じる。


それは、違う。

やりたくない。


まだ。

そこには、行きたくない。


(……じゃあ、どうする)


答えが、出ない。


空手を学ぶか。

今のまま、突き詰めるか。

融合に進むか。


どれも、道だ。


だが――

どれも、決めきれない。


「……」


小さく、息を吐く。


(澪先輩に……)


相談。

頭に浮かぶ。

あの人なら、何か言う。

きっと、即答する。

迷いなく。


(……でも)


言えない。

理由は、分からない。


ただ――


これは、自分で決めることだと。

どこかで、思っている。


静寂。


時計の音だけが、響く。


やがて。

春日は、ゆっくりと立ち上がる。


窓の外を見る。

暗い。


だが、その向こうに。

明日がある。


(オープンキャンパス、二日目か…)


また、人が来る。

また、見られる。


そして――

(多分、来る)


弓場さんの、

あの目。

あの笑い方。

確実に。

来る。


「……」


小さく、息を整える。

答えは、まだ出ない。


だが――

止まるわけにはいかない。


明日は、来る。


春日は、灯りを落とした。


暗闇の中。

思考だけが、残る。


(どうする)


問いは、そのまま。

答えのないまま――


夜は、静かに更けていった。



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