第三十三話 交差する視点 ― 理と感覚、その接点 ―
訓練場の空気は、昼間とは違っていた。
人気は少なく、木の床がわずかに軋む音だけが残る。
中央に立つのは――蓮。
その手には木刀。
だが構えは、どこかしっくり来ていない。
「……違うな」
小さく呟く。
一歩踏み込む。
振る。
止まる。
「遅い」
自分で切り捨てる。
「いや……遅いんじゃない」
眉間に皺が寄る。
「“合ってない”のか」
その時だった。
「何してんの」
入口から声。
振り向くと、澪がいた。
「それ何?」
「見て分かるだろ。検証だよ」
「何の?」
「春日」
短く。
澪の眉がわずかに動く。
蓮はそのまま続ける。
「アイツの動き、どう考えてもおかしい」
再び構える。
「剣だけじゃない。かといって、体術が主体でもない」
踏み込む。
振る。
止める。
「なのに――剣に“当たる”」
沈黙。
澪は、少しだけ目を細めた。
「……で?」
「再現できない」
即答だった。
「形だけなら真似できる」
蓮はゆっくりと動きをなぞる。
低い重心。
無駄のない踏み込み。
最短距離の動き。
だが――
「これだと、“ただの速い動き”だ」
木刀を下ろす。
「春日のは違う」
「何が?」
澪の問いは、静かだ。
蓮は少し考えてから言った。
「間合いの“外”から入ってきてる」
「は?」
「普通、届く距離に入ってから技を出すだろ」
頷きはない。
だが澪は聞いている。
「アイツは違う」
蓮は床を軽く蹴る。
「“まだ届かない距離”から、もう当てに来てる」
「……」
「だから、反応が遅れる」
一拍。
「いや、それも違うな…」
自分で否定する。
「“反応させられてる”のか」
その言葉に――
澪の指が、わずかに止まった。
「……それ」
小さく呟く。
蓮は気づかない。
「で、結論」
木刀を肩に担ぐ。
「独学じゃない 出来ない」
きっぱりと。
「いや、最低でも――“型”がある
型が無いなら、動きの原型がある!」
静寂。
その中で。
澪が、ゆっくりと口を開いた。
「……型、ね」
その声は、どこか遠い。
「なに、心当たりあるのか?」
蓮が聞く。
澪はすぐには答えない。
代わりに、ゆっくりと歩き出した。
「う~ん……見たことある気がするのよね… 既視感ってやつ…」
「どこで?」
「分からない」
即答。
だが、迷いはない。
「でも――」
澪は訓練場の中央で止まる。
「“似てる” そう、雰囲気が似てる…」
「何に?」
「知らない」
また即答。
「ただ……」
澪は目を閉じる。
「無駄がないんじゃなくて…」
ゆっくりと開く。
「“削ぎ落とされてる”」
空気が、変わる。
「実戦で、残ったものだけ」
その言葉に、蓮の表情がわずかに変わる。
「……それ、だな」
ぽつりと。
「理屈は合う」
澪を見る。
「じゃあ、その元の型はどこにある?」
沈黙。
澪は、少しだけ視線を逸らした。
「……さあ」
「でも、春日は”型はない”って言ってた…よ…」
だが。
その声には、先ほどまでとは違う“引っかかり”があった。
蓮は気づく。
「なんだよ、その顔」
「別に」
即答。
だが遅い。
「お前、何か知ってるだろ」
「知らないって言ってるでしょ」
一歩引く。
「ただ――」
また止まる。
「やっぱり、私や雪のように“家”の匂いがするのよ…」
「は?」
「道場とか、じゃない… 直伝…」
視線が、どこか遠くを見る。
「ううん、違う! もっと閉じた……内側の技」
蓮の目が細くなる。
「……個人伝承か」
「多分」
短く。
静寂。
「じゃあ尚更だな」
蓮は木刀を握り直す。
「誰かに“仕込まれてる”」
「……」
「父親、か 祖父にか…」
その言葉に。
澪の視線が、わずかに揺れた。
「……かもね」
小さく。
そして。
「でも――」
続ける。
「ただ教わっただけじゃ、ああはならない」
蓮が見る。
「どういう意味だ」
澪は、少しだけ笑った。
「多分ねぇ…」
「春日くんは、“それしか知らない”のよ」
沈黙。
蓮がゆっくり息を吐く。
澪が突然
「あれ?…… 雪…あの子も… そうかも!」
納得半分。
違和感半分。
蓮が口を開く
「本山の事か? だから長剣でしか知らないてことか?」
「そう! でしょ! 雪は本住吉流しか知らない!」
「だから 春日は”素手”しか」
「でしょ やっぱり口伝か独伝、そんな何か、なのよ!」
言葉が重なる。
二人、同時に黙る。
“その先”を見ていた
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その日の夕食。
「澪、どうした? 考え事か?」
父の声に、澪は少しだけ顔を上げる。
「お父さん……
剣の理で、素手で戦う――そんな流派って知ってる?」
「うーん……聞いたことないな」
少し考えてから、首を振る。
「第一、剣の術なら、わざわざ素手にする必要がないだろ」
「だよね~~」
澪は箸を止めたまま、頬杖をつく。
そう… だから雪は長刀なんだ…
「仮にあっても、二の技とか三の技……主には使わないよね」
「まぁ、そうだな」
会話が、そこで一度途切れる。
そのとき。
湯気の立つ湯呑みを乗せた盆を手に、祖母がやってきた。
「どうしたの?」
澪が顔を上げる。
「おばあちゃ~ん」
少し甘えた声。
「剣の理で、素手で戦うってどう思う?」
祖母は、ほんの一瞬だけ澪を見る。
そして――
「それ… 橘流のこと?」
「え?」
間の抜けた声が出た。
「知ってるの?」
「何言ってるの」
祖母は湯呑みを置きながら、さらりと言う。
「澪の学校にも、ひとりいるでしょ」
一拍。
「前に、その子と一度お話したわよ」
――澪の手が、止まる




