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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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外伝 桜もみじ ー綾との約束ー 

あれから

何度、桜を見たであろうか…

何度、紅葉を見たであろうか…



あの日と同じ木陰に、宗一郎は立っていた。


湿った土の匂いと、明るい日差し。


座らない。

門を見上げることもしない。

ただ、静かに――立つ。


しばらくして、裏門が開く。


「来たか」

短い言葉。


だが、拒絶ではない。


宗一郎は頭を下げる。


その顔は――ほんのわずかに、柔らいでいた。


道場へ通される

動きを見せる


間合い、呼吸、視線、崩し。

そして、無手。


「――止めろ」


基衡の声。

「それは“斬るため”の入身かな…」


宗一郎の動きが止まる。


「お前の求めるものは、そこか?」

沈黙。

宗一郎は、ゆっくりと首を振った。

「……違います」


「ならば、その一歩は捨てろ…」


武を積み上げてきた者にとって、

それは“否定”に等しい。


だが――宗一郎は、ためらわなかった。

「……はい」


基衡は、わずかに目を細める。

(捨てられるか……)


それは技ではない。

在り方だった。


ーーーーーーーーーーー



山が色づく。

風は乾き、空は高い。

楓の下。

宗一郎は、再び訪れていた。

その手の中に――小さな影。


まだ幼い。

歩くのも覚束ないほどの子。


「……その子か」

基衡の声。

宗一郎は、深く頭を下げた。

「……はい」

子は、不思議そうに周囲を見ている。

剣も、気配も、まだ知らない。

ただ、そこに在る命。

基衡は、しばらく黙ってそれを見ていた。


「そうか」

それ以上、問わない。


代わりに、ゆっくりと言う。

「その子の前で、剣を抜くな」


宗一郎の目が、わずかに揺れる。

「見せるな、ではない」

「“抜くな”だ」

意味は重い。


武を否定しているのではない。

だが、優先を問うている。


宗一郎は、静かに頷いた。

「……承知しました」


その返答に、迷いはなかった。


道場の空気は鋭く、音が遠い。


だが、その表情は――かつてとは違う。

削れた顔ではない。

内側に、静かに灯るものがある。


稽古の中で、宗一郎は動く。

無駄がない。

だが、詰めすぎない。

“残す”動き。


相手を潰すのではなく、

相手が“戻れる余地”を残す。


基衡は、それを見ていた。

(……変わったな)


かつての宗一郎は、一直線だった。

だが今は、違う。

曲がる。

外す。

退く。

そして――戻す。


「……宗一郎」


「それが、お前の武か」


宗一郎は、わずかに考える。

そして、答えた。

「……まだ、途中です」


基衡は、ふっと息を漏らす。

「そうか」


ーーそれでいい。

完成した武など、どこにもない。


ーーーーーーーー


季節は巡る。


最初は、縛られて来ていた。

だが、やがて――違う。


“来る理由”が、内に生まれていた。

子は、少しずつ大きくなる。

歩き、走り、笑う。


宗一郎は、その傍らにいる。


剣は、抜かない。

だが、武は消えていない。


むしろ――深く、根を張っていく。


闘わぬために、備える。

奪わぬために、知る。

その武は、静かだった。



ーーーーーーー


ある秋の日。

楓の下に、もう一人の子がいた。

小さな女の子。

その後ろに立つのは、基衡。


「……孫だ 綾という…」


ぶっきらぼうに言う。


だが、その目は――どこか柔らかい。


宗一郎は、わずかに目を見開く。


そして、深く頭を下げた。

「……おめでとうございます」


基衡は、鼻で笑う。

「祝いなどいらん」


だが、その声は厳しくなかった。


言葉はない。


小さな手が、触れる。

それだけで、十分だった。


基衡は、その様子を見ていた。


かつて、死に場所を求めてきた男。


今は、命を繋いでいる。

「……宗一郎」


「はい」


「約束は、まだ続くぞ」


宗一郎は、静かに頷く。

「――はい」


その声は、もう迷っていなかった。

終わるためではなく。

続くための武。


その道は、まだ先へ伸びている。








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