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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第二十九話 先輩 ー勝ちの意味ー

試合場。

ざわめきはあるが、騒がしくはない。


見定めるような視線が、静かに集まっている。


春日は、立っていた。


対峙するのは二年生。

体格も、間合いも、ひと回り上。

その目は、鋭い。


だが――


どこか“急いている”。


「一年風情が」

吐き捨てる。


春日は、答えない。


「……また素手か?」


「はい」


空気が、わずかに変わる。


――始め。


踏み込みは、同時。


だが相手が先に間合いを制する。


速い。

迷いがない。

打突。

鋭い。


“当てにくる”一撃。


春日は半歩引く。


かわす。

返す。

短い打撃。


相手の肩が揺れる。

「……っ」


即座に詰めてくる。

間を渡さない。


“次”を急ぐ。


連撃。

正確。

無駄がない。


だが――

春日の中で、違和感が広がる。


技は整っている。

狙いも的確だ。


(勝ちを急いでる)


相手は、春日を見ていない。


“倒す対象”としてしか捉えていない。


技が噛み合う。

(噛み合っていない)


最短で、最速で、終わらせにくる。


その正確さを、わずかにずらす。


一瞬。

軌道が外れる。


そこへ――

踏み込む。

打つ。

崩れる。

体勢が落ちる。

そのまま押さえ込む。


「――そこまで!」


止めの声。


静寂。


春日は手を離す。

立ち上がる。


相手も起き上がる。

息が荒い。


悔しさが、そのまま顔に出る。

「……くそっ」


拳を握る。

「なんでだ……!」


歯を食いしばる。

「勝てるはずだった……!」


春日は、わずかに目を伏せる。


「ありがとうございました」


礼。


相手は、睨み返す。


「……次は、無いからな!」


悔しさ。

そのままの言葉。


どこか――焦っている。


――それで終わりだった。


歓声は、ある。

評価も、ある。


だが。

(……違う)


歩き出しながら、春日は考える。


(何かが)

足りない。


勝った。

相手は確かに強かった。


そして… 貪欲だった


でも、

胸の奥が、動かない。

あの時のような――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


試合を終え、道着をたたむ。


(……新開地先輩)


ふと、浮かぶ。


圧。

引き込まれるような感覚。

高揚。


――楽しい、ではない。

もっと、別の何か。


(今日の相手は、弱くなかった)


それでも。


(足りない)


胸が、動かない。


その理由が、分からない。


別の顔が浮かぶ。


鷹宮先輩。

澪先輩。

そして――本山先輩。


同じ場所に並ぶ。


強いから、ではない。

弱いからでもない。


(……そこじゃない)


違和感はない。


(……ああ)


そこで、初めて気づく。


(俺は)


新開地先輩にも――


敬意を持っている。


はっきりと。

疑いなく。


(……なぜだ)


分からない。


理由がない。


会話をしたわけでもない。

教えを受けたわけでもない。


ただ一度――

交わしただけだ。


それなのに。


(確かに、ある)


胸の奥に、残っている。


あの時の感触と一緒に。


(……勝ったのは、俺だ)


それでも。


消えない。


言葉にならない。


御影の声が、ふとよぎる。


――途中でやめてる感じ


(違う)


否定しかけて――


止まる。


(……違う、のか?)


ーーーーーーーーーーーーーーーー


教室へ戻る途中。


「なんか、またつまんなそうだね」


後ろから声。


「……御影さん」


御影は、少しだけ首を傾ける。


「今日も勝ったんでしょ。見てたよ」


軽い調子で続ける。


「全然、勝った顔してない」


春日は黙る。


「満足してないでしょ」


「……」


御影は、くすっと笑う。


「もっと勝ちたかったのかな」


少しだけ間。


「それも、なんか違うか」


春日は答えない。

答えられない。


御影は、そのまま続ける。


「相手、弱かった?」


「いいえ」


即答。


「じゃあ何?」


「……分かりません」


御影は、わずかに目を細める。


「ふーん」


一歩だけ距離を取る。


「じゃあさ」


「楽しかった?」


春日は答えない。


答えが出ているから。


御影は小さく頷く。


「そっか」


「じゃあ、それだね」


「……何がですか」


「足りないやつ」


あっさり。


御影は、春日を見ない。


「勝っても動かないなら、どっかズレてる」


静かに言う。


「身体じゃなくて――」


自分の胸を、軽く叩く。


「こっち」


春日は、視線を落とす。


(……新開地先輩)


あの時は、確かに動いた。


理由は分からない。


御影は、それ以上言わない。


「まぁ」


軽く肩をすくめる。


「分からないなら、そのままでいいんじゃない」


「そのうち、勝手に決まるでしょ」


それだけ言って、去る。


残された春日。


しばらく動かない。


(……楽しい、か)


その言葉が、引っかかる。


違う気がする。


だが――


否定しきれない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


武道場の外。

練習を終えた澪が、外へ出ようとしたとき。


「……澪先輩」


春日が立っていた。


澪は足を止める。



「どうした」


「……分かりません」


「何が」


「なぜ、あの時は……」


言葉を探す。


「新開地先輩とやった時は、ああだったのか」


澪は、わずかに目を細める。


「で、今日の試合は違った」


「はい」


「勝ったのにか」


「はい」


澪は、ため息もつかずに言う。


「簡単だ」

「お前、“勝ち”でしか見てない」


春日の眉がわずかに動く。


「じゃあ、何を見れば……」


澪は即答する。


「相手だ」


「……?」


「ちゃんと見てたか」


「……見ていました」


「違う」


一刀両断。


「処理してただけだ」


春日の思考が止まる。


澪は続ける。


「今日の相手も同じだ」


「お前に勝つ。それだけ」


「だから噛み合わない」


静かに言い切る。


「新開地は違う」


春日の呼吸が、わずかに乱れる。


「見られてたろ」


「……はい」


「あいつは、お前を見てた」


「だからお前も見た」


「返した」


「だから動いた」


淡々と。


余計な熱はない。


「そして、彼はぶれない!」


言葉だけが落ちる。


(……ああ)


春日の中で、何かが繋がる。


澪は続ける。


「強いからじゃない」


「上手いからでもない」


「向き合った相手にだけ残る」



春日は動かない。


拳だけが、わずかに握られる。


澪は、そこで初めて視線を上げる。


「で」


短く。


「お前は、なんで剣を抜かない」


静かな問い。


だが、逃げ場はない。


春日は答えられない。


沈黙。


澪は待たない。


「分からないなら、やめろ」


冷たく言う。


「そのまま続けても、同じだ」


春日の呼吸が止まる。


「……俺は」


言葉を探す。


「勝たなければ、ならないんです」


澪は、即座に切る。


「だから何だ」


「理由になってない」


春日の視線が揺れる。


「俺は負けた剣には――」


言いかける。


「なりたくない」


絞り出す。


沈黙。


澪は、ほんのわずかだけ目を細める。


だが、すぐに戻る。


「なら、なおさらだ」


「見ろ」


「相手を そして己を」


短く。


それだけ。


春日は動けない。


澪は背を向ける。


「御影の言ってることも間違ってない」


歩きながら言う。


「あいつは雑だが、本質は外してない」


「拾え」


「あと」


「考えろ」


それだけ言って、去る。


振り返らない。


静けさだけが残る。


春日は、立ち尽くす。


拳を握る。


「……父さん」


小さく。


「俺は、勝ちたいんだ」


視線が落ちる。


「……間違ってるのか」


答えは、ない。


ただ、残る


ーーーーーーーーーーーーー

次の朝


三年生の教室の前

真っ直ぐ登校してくる先輩たちを見つめる春日がいた!

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