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半歩 ~守・破・離 短き刃 長き道~  作者: 止水


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第九十三話 負けた剣 ーほどける呪縛ー

昼下がりの学食


「はいはい……江梨子。

 先輩方にご迷惑だから、

 こっち座ろうね」


澪の膝で泣きじゃくる御影を、


大石が半ば引き剥がすように席へ座らせる。


御影はまだ鼻をすすっている


それを横目に、

雪がおもむろに口を開いた


「私も、澪に負けましたしね」


本山先輩が嬉しそうに笑う


「そうだけど~~」

澪は不満げに頬杖をついた


横目で御影を見る


大石に

慰められているのか、

呆れられているのか、


もう分からない


雪が春日を見る


「そう。

 私も“負けた剣”です

 お揃いですね、春日くん♪」


どこか含みのある笑顔


「だな、春日」


澪まで乗ってくる


ーーーーーーー


本山先輩は微笑みながら


澪先輩は、

いたずらっぽく笑いながら


こちらを見ている。


(え……どういう意味だ?)


「誰かも言ってたよなぁ。

 “負けた剣”が何とやら……」


澪がニヤつく


「なぁ? 春日くんよ」


――気付く


「っ!

 大変失礼しました!

 申し訳ありませんでした!」


「よろしい

 許して遣わす」


澪がおどけて返す


(助かった……)


すると澪が、

少しだけ真面目な顔になる


「春日。

 それ、おじいさまの言葉だったよな?」


「はい……」


「本当の意味、

 分かってるか?」


「え……?」


答えられない


静寂


御影まで、

泣き腫らした目でこちらを見る


「負けたことは、

 悲しいことか? 春日」


「いえ……」


違う


悲しいどころか

嬉しかった


光栄だとすら思えた


澪が小さく頷く


「春日。

 間違ってたら謝るが……

 “橘流”って知ってるよな」


春日の表情が強張る

「はい……」


「橘は……

祖父の旧姓です」


「……だな」


澪はそこで黙った。


カップを見つめたまま、

何かを思い出すように


「どうして……

 それを……」


澪先輩は、

何を知っている?


何故、

その名前を口にする?


ーーーーーー


「……まあ、いい」


澪が静かに言った。


「春日は、“負けた剣”だから」


「――もう負けてはいけない」

「――勝ち続けなければならない」


「そう考えてたんだろ?」


「……はい」


春日は頷く。


「無名の剣です」


「勝たなければ、

 存在できません」



澪はカップを見たまま、

ぽつりと呟く。


「うん……

春日、君は間違ってない」


澪が小さく息を吐く。


「――表向きはな」


そして、

ゆっくり顔を上げた


「実際は負けてたのに、

 勝ったことになってる」


「実際は勝ってたのに、

 負けたことになった」


誰も言葉を返さない


「春日。

 どっちが嫌だ?」


即答だった。

「前者です!」


「……なぜ?」


「え?」


春日は戸惑う。

「聞くまでもないでしょう」


「だな」


澪が頷く。


「じゃあ春日。

 前者で、

 世間の評価も覆らないとして」


「――どう生きる?」


春日は答えかける。


「それは……」


そこで、

春日の言葉が止まった。


(負けを忘れず、

 …鍛錬の礎に――)


勢いよく立ち上がる。


「……あっ」




澪が真っ直ぐ春日を見る。


雪も、

驚いたように澪を見る


そして。


ふっと微笑んだ

「そっか… 澪」


雪が静かに言う。


「澪に負けたこと。

 心から光栄に思います」


澪がジト目で雪を見る


「… やめろ…」


御影がまっすぐ

春日を見る


春日の胸の奥で


何かが 静かに崩れた


いや

ほどけた


勝ち続けなければならない


そう思っていた


だが今

負けたことを 誇りのように語る人達がいる


春日は ゆっくり息を吐く


大石は

今、やっと理解できたように澪を見る


御影が声を詰まらせながら言う


「春日くん……」


春日も御影を見る


「御影さん……」


「答え……

 今なら言えます」


「うん……」


御影の目が、

また潤み始める


その空気を見て


澪が呆れたように

「……春日。

 女の子泣かすなよ」


いたずらっぽい笑み


「そうですよ、春日くん♪」


雪まで乗ってくる


春日が慌てる


「い、いや!

 俺は別に――」


大石が深々とため息


「江梨子

 お願い、三角関係だけはやめてね」


御影、即答

「それは絶対、無い」


「即答ですか!?」


澪が吹き出す。


雪も肩を震わせる


さっきまでの静けさが、

嘘みたいに崩れていく


泣き顔と笑い声が、

柔らかく混ざっていた

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