冒険案内所
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ベテラン冒険者が去ったあと、すぐに列は進みレックスたちの順番が回ってくる。
案内所、という場所は気になるが、まずはギルドに挨拶を済ませなくてはとレックスたちは思考を切り替える。
「――はい。レックスさん、ヘスターさん、マリーンさんの転籍届は受理いたしました。以降、アドバンス支部の冒険者として活躍と栄光を期待します」
転籍無事渡せたレックスは受付の女性に先ほどのベテラン冒険者の話を聞いた。
「そうですね。確かに、この街にはギルドとは別に”冒険案内所”というものがあります」
「そこはギルドと何が違うんですか?」
レックスの背後から弓を背負った少女、へスターが顔を出して聞いた。
同じ質問を抱えていたであろう魔法使いの少女、マリーンも耳を澄まして聞いている。
受付嬢はレックスたちの背後に誰も並んでいないことを確認すると説明を始める。
「冒険案内所、略して案内所と呼称しますが、案内所は決してギルドと提携しているわけではありません。ただ案内所に依頼書を持っていくと”冒険をさせてもらえる”というのが冒険者の間で有名な噂です。私たちはそれ以上のことを知らないのですが、ただアドバンスで死者が出ないのは全て”案内所”のおかげだそうですよ」
ギルドと提携しているわけでは無いのに冒険者から全幅の信頼を得ている”冒険案内所”。
冒険をさせてもらえる、という不思議な言葉。
冒険者である以上冒険をするのは当たり前ではないのだろうか?
何より冒険者の死亡率が0%という話。
噂としては聞いていた、というよりその噂を聞いて長い旅路を耐えてここに来た。
その噂が今、ここでは至って当たり前かのようにさらっと言葉にされた。
冒険者ギルドの受付が言葉にするのなら噂は真実だったのだと思うが、にわかに信じがたい。
冒険者はその職業ゆえ怪我はもちろん死者が出ることも当たり前にある。
生涯をかけて初めて組んだ仲間とそのまま現役引退を迎えるなんてごく一部の頂点に君臨する冒険者のみ。
危険性も高くだからこそ給料が良く将来性もある、そんな夢の職業が冒険者なのだ。
それなのに、他の街と比べ物にならないほどの人数を抱える冒険者が、死ぬことも無く強くなれる環境が整っているなんて、本当にその案内所が担っているなら他の街でも造るべきなんじゃないだろうか。
忙しい中で丁寧に説明してくれた受付のお姉さんに礼を言った3人は依頼表が張ってある掲示板を見上げる。
そこには冒険者の強さの指標である色で呼び分けられる”等級”に準じた依頼表が並べて張ってある。
他の街から来ているとはいえ冒険者になりたてであることは変わらないレックスたちは白等級の依頼書を眺める。
「やっぱり白だと報酬も安いのは変わらないかー」
「そうね。でも討伐報酬は多いから稼げそうよ」
「わたしたちはやっぱり採取依頼からやるべきだと思う」
もっとも位の低い白等級で受けられる依頼では達成報酬も安い。
弱く経験の浅い冒険者でも達成できるような難易度の物が振り分けられているから達成報酬が安いのは当たり前。
ただアドバンスはその都市を囲む環境ゆえに人から出された正式な依頼とは別に”討伐報酬”というものがあり、これは『依頼には含まないけれど道中で魔物と遭遇し倒してしまった場合、討伐を証明できる部位を提出できれば報酬を上乗せするよ』というギルドからの直接報酬が設けられている。
ヘスターのいう”採取依頼”というのは薬屋や魔物の特徴的な部位を売り買いする業者が出す依頼であり、時間はかかるが危険性が少なく初めての土地に順応するにはもってこいの依頼である。
危険性が少ないということは報酬も少ないのだが。
「これにしよう!」
そう言ってレックスが手に取ったのは白等級依頼の中でも報酬高めな角兎の角採取依頼、角兎というのは通常の兎と異なり赤い瞳と額にある角が特徴的な魔物である。
魔物としては弱い部類に属するが角は細かく砕いて煎じることで薬になり、瞳は心臓が止まると同時に高質化し「ルビーアイ」として希少価値があることから貴族や商人から好まれる。
ただ角兎を見つけることも難しいため冒険者は他の依頼のついでに探すことが多い依頼でもある。
レックスたちは角兎を探しながら他の魔物を狩れるようなら討伐報酬も貰えるという考えで依頼を受けた。
冒険者ギルドで受付を終えた3人はギルドを出て裏通りに回る。
そこは表通りの店が並んでいる雰囲気とは栄えた雰囲気とは異なり、アドバンスに定住することを決めた冒険者の住居や商人たちの住居が建ち並ぶ住宅地だった。
しばらく歩くと住宅地の中で一際大きな建物が見える、大きさだけで言えばギルド以上では無いだろうか。
そんなレンガ調の立派な建物の中からは鉄を打つ甲高い音が響き、建物の奥から真っすぐ伸びる煙突からは怪しげな色の煙が出ている。
大きな建物の隣には可愛い文字で「フェンの小屋」と書かれた小さな家が建っている。中にはとても美しい純白の毛並みを揃えた狼が眠っていた。
見るからに街の中で飼っていいような動物いや魔物では無かったが周囲の人間は気にしていないため調教が済んでいるのだろう。
怪しい要素が盛りだくさんの入りにくい店構え、しかし看板を見れば正しく『冒険案内所』の文字が見える。
知らない場所でもいつも元気なレックスにしては珍しく、少し緊張し中を伺いながら店内へ入る。
「こ、こんにちはー!」
レックスたちが見たのは木造建築の美しい造りをした店内だった。
店内にはレックスたちの他に2組の冒険者がいる。
どちらも店内にあるカウンターでそれぞれの店員らしき人物と話している。
それぞれのというのは店内にあるカウンターが壁のようなもので3箇所に仕切られており、真ん中には「案内」その両隣には「鍛冶」と「道具」と書かれた看板が吊られている。
何より驚くのは「鍛冶」と「道具」のカウンターに座っているのが自分たちより若いというか幼い少年少女であったことだろう。
「なあなあ、頼むぜ。スピカちゃん。今月厳しいから少しまけてくれよー」
「駄目なのです。それにいつも言ってるです。案内所が安くしたら商店が崩壊するですよ」
「分かってるけどよー。そうだ!今度、商店で新商品の甘い氷菓ってのが出るらしいぜ!買ってくるからさ!」
「……今日だけですよ?」
「やったぜ!」
「道具」と書かれたカウンターではいかにも強そうな強面の冒険者が幼い少女に対してカウンターに頭を擦り付けながら靡いている。
スピカと呼ばれた緑がかった美しい黒髪を翻す少女は年相応な様子で男の提案したものにあっさりと乗せられていた。
しかし中央の案内カウンターに鎮座する男性が壁越しに少女を微笑むと、少女の顔から新たな甘味を待つ笑顔が消え冒険者に渡そうとしていた薬剤を瞬時に奪い取ると般若のような表情に変わり。
「――やっぱり不正は駄目なのです」
と正規の料金を催促した。
冒険者はまさかという表情をすると中央カウンターの男性を見て膝から崩れ落ちる。
そして反対のカウンターでは道具の少女と同じような年齢の少年が1本の剣をカウンターに置いて3人の冒険者と話している。
「どうかな、アーク君。この剣はまだ”解放”可能かい?」
「……まだ出来る、けれど。個人的にはオススメしない」
少女と似ているがこちらは褐色を含んだ短髪の黒い髪にタオルを頭に巻いたいかにも職人のような少年は、真剣に剣を見つめたあと冒険者と謎の会話をしている。
「どういうことかな?」
「すでに”昇華”3回、”解放”2回。剣に対して負荷が大きい。これで冒険に限界が来ているなら交換を勧めるね」
「……そうか。思い入れもあるのだが……」
「なら、この剣を元にして新しいのを作ればいい」
「そんなことが出来るのかい?」
「出来なきゃ提案してない。僕は世界一の鍛冶師だ。武器のことならできないことは無い」
「じゃあ、頼むよ。あとは仲間の防具も見てほしいんだがいいかな?」
「全部見るから置いといて。それぐらいならお代は――お代もそこに置いといて」
「ははっ。ヴィルヘルムさん、大丈夫ですよ。僕らも分かっていますから」
武器の話を一通り終えた後、少年は優しさから防具の点検程度ならお代はいらないと言おうとした。
これもまた中央の男性がニコリと微笑むと同時に今までの冷静な会話が嘘のように慌てて訂正したのだ。
ただ冒険者は少年の言葉に甘えることなく、すでに金銭をカウンターに置こうとしていた。
両サイドではっきりと分かれる冒険者がいるのにレックスたちの抱いた感想は1つだった。
(あの真ん中の人、怖い)
初めての場所で衝撃的なものを見て固まるレックスたちに凛とした綺麗な声が聞こえてきた。
「こんにちは。今日はどんな御用ですか?」
その声の主は背後から話しかけてきた。
驚いて振り返ると、そこにはエメラルドグリーンの美しい髪をした女性が立っている。
耳が長く先が尖っている形をしているため希少種族のエルフだ。
一瞬呆けたレックスだったがヘスターが肘で脇腹を小突いたことで正気を取り戻す。
「あ、あの!僕達初めてアドバンスに来て、さっき冒険者ギルドでここの噂を聞いたんですけれど……」
「では、中央カウンターへどうぞ。店主より説明させていただきます」
まさか、あの人の前に行かないといけないとは。
最も避けたかった場所に案内される3人は死地へ赴くような雰囲気を纏いながら女性の後ろをついていく。
「大丈夫です。あの2人はルールを破ろうとしたので叱っただけですよ」
中央カウンターで待っていた男性はレックスたちが何を考えているのか分かったように先を読んでそういった。
そんなにもあからさまに顔に出ていたのかと心配になるが。
「ご心配なく、当店にいらっしゃったお客様は皆さん同じような顔をなさるので」
これまた店主に説明されてしまった。
「私は店主のヴィルヘルムと申します。本日は”冒険の案内”をご利用ですね」
「は、はい!でも、冒険の案内ってどんなことをしているんですか?」
依頼の場所への案内ならギルドでされている。討伐報酬狙いの魔物生態域であればギルドにある本を読めば分かる。
安全な道を教えてくれるのか?はたまた偶然でしか会えない角兎の生息地を教えてくれるのか?
そんなものを知っている人がいるなら冒険者も苦労はしないだろう。
「そうですね。レックスさんは”冒険”というものをどう考えていますか?」
いつ自分の名前を知ったのか。若干の恐怖もあるがレックスは素直に答えることにした。
「冒険者は困っている市民を助け、人を害する魔物を倒す職業です!」
自分の考える冒険者像を伝えたが、店主は少し首を傾げる。どうも間違えたようだ。
「それは”一般的な冒険者”であって本質は違います。”冒険”とは未知を切り開き、まだ誰も歩いたことのない道を歩く。そして”冒険者”はその道を歩く力を持った者達のことです。人を助け街を守るのは騎士の役目、そういった意味では正しく”冒険者”を名乗れる者は少ない」
それはそうだろう。
冒険という言葉の意味を考えれば店主の言うことが尤もではあるが、そんなことが出来るのは冒険者の中でも一握りの存在のみ。
知らない場所、未踏破の地に行くには環境への慣れや強い魔物との戦闘経験などあらゆる強さが求められる。
「ですので、当店では『”冒険”の出来る”冒険者”の育成』と称して、その人物にとっての”冒険”を案内させていただきます」
言っていることが高度すぎて途中から何を言っているのか分からなくなってしまった。
「うーん。なんと言えばいいのでしょうか……」
「つまり、強者になるための実戦経験と冒険者として必要なものの手配を行う施設が冒険案内所となります」
レックスたちが理解していないことで困った店主をレックスたちの隣に立っていたエルフの女性がフォローした。
冒険案内所では冒険者が持ってきた依頼に対して依頼を受注した冒険者の強さや経験に基づき、必要な道具の個数や足りない経験を埋めるための道筋を教えてくれるのだという。
でも冒険者にとってイレギュラーはどこかで必ず発生するもので、万が一強敵と出会ってしまったときに死なない方法なんてあるのだろうか。
「そちらも万全です。店の入り口に置いてある鈴、あちらを1人1つ必ずお持ちください。肌身離さず持っていれば死ぬことはありません」
レックスたちが振り返ると、気づかなかったが店の入り口には『必ずお持ち帰りください』という立札の下に置かれた小さい箱に鈴が入っている。
ヘスターが近寄り1つ持つと真珠のような美しさを持った綺麗な鈴だった。
振っても音はならず、持っても特殊な効果が働く様子は無い。
本当に特別なものなのだろうか。
「まあ、今まで使われたことはあまり無いのですが……一先ずそちらの鈴を持ち、私の提案する冒険をしていただければ強くなれますよ」
現状からすると対して信用できることでは無いが……しかし冒険者ギルドでも言われた通り、この店にはすでに信頼の置ける実績が存在する。
「じゃ、じゃあ、お願いします」
「はい。と、その前に料金の説明をさせていただきます」
そういえば忘れていた。
ギルドのように国家から運営資金を得ているわけでは無く、ここは個人で経営している商店のようだ。
つまり利用するサービスには店主の言う通り金額が発生する。
まだ冒険者になりたてであり幾度かの依頼を受けたことはあるが懐の寂しい3人は少し構えた。
その様子を見た店主は邪気を感じさせない笑顔で微笑み説明する。
「料金とはいえ”冒険案内”でかかるのは銅貨1枚です」
「ど、銅貨1枚ですか!?それってお店の経営的には大丈夫なんでしょうか?」
驚いたヘスターが声を上げて突っ込んだ。
冒険者の街とはいえ”冒険案内所”という名目の店であるにも関わらず”冒険案内”で稼いでいない。
先ほどまで静かに聞いていたヘスターが急に前に出てきたことで店主は驚きながらも説明を続ける。
「そこまで心配されるとは……大丈夫です。この店は実際のところ他からの資金で賄っていますので。それでも、もし心配なされるのでしたら両隣の店から何か買ってあげてください」
「そ、それは……うぅ……」
道具屋の方はカウンターに並べられた商品ですら他の街と桁が違う。
なぜそんなに商品の値段を釣り上げているのか。そしてなぜ先ほどの冒険者はその商品を買おうとしていたのか。
さらに反対側の武器屋では少年も腕に相当自身がありそうだったが、それ以上に冒険者の男がカウンターに出していた金額がとんでもなかった。
今のレックスたちには1年依頼を毎日受け続けても払えないような額だったのだ。
「心配ありません。多少金額はしますが、それでも質は保証しますよ。何より新人である白等級の冒険者の方からは”冒険案内”は無料、両隣でかかる金額も半額とさせていただきます。まあ一種の応援期間というわけですね」
武器屋の方はよもかく道具屋の物に関しては半額なら手が出そうだ。
何より冒険者がカウンターに額をつけてでも買いたい商品の質が気になる。
「というわけで。レックスさんたちから”案内”で料金をいただくことはありません。ご利用されますか?」
金銭がかからず自分たちの命が保証されるのであれば受けるしかあるまい。
レックスの頷きに応じた店主はレックスたちに”案内”を始めた。
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