倒置法探偵・置田倒次郎
「この中にいる、犯人は!」
叫び声を上げた、商店街のど真ん中で、ひとりの探偵が。襟を立てていた、彼は、トレンチコートの。名探偵と呼ばれていた、もちろん自称ではあったが、そのつけ髭の男は。
「名にかけて、じっちゃんの!」
決め台詞だった、それが置田倒次郎の、名探偵と自ら呼ぶ男の。
しかし漁師だった、彼の祖父は、探偵でもなんでもなく。ふぐの毒を喰らって死んだ、そのじっちゃんは、てめぇで釣ったふぐの、丸々と太ったふぐの。つまり実の祖父ではなかった、彼がその名にかけたのは、彼の言うじっちゃんは。それは名探偵だった、見知らぬどこかの、たぶんフィクションの、本か漫画か何かで読んだ。
とはいえどうでも良かった、そんなことは、この切羽詰まった状況においては。いたのだ、目の前に、犯人が、むろん彼の推理によればだが。握っていたのだ、バールのようなものを、その男は、間違いなく。そして起きていた、近辺に。近ごろは、連続で。抜き取る、金銭を。破壊して、ATMを――つまりそんな事件が。
しかしいた、ほかにもたくさんの人が、周囲には。だがひとりだけだった、持っているのは、バールのようなものを。しかし言った、バールのようなものを掲げて、その覆面をかぶった、いかにも犯人らしき男は。
「待ってくれ、これは正真正銘の『バール』なんだ! 『のようなもの』なんかじゃない!」
首をひねった、首が凝っていたからじゃない、たしかに首は凝っていたが、それを聴いた置田は。ざわつきはじめた、周囲にいたやじうまたちが、交互に指さして見ながら、覆面男と名探偵を。
「ほな違うかぁ」
思わずそう口にした、置田は。それはツッコミの口調だった、ミルクボーイ内海の。しかし角刈りではなかった、置田は。ここは逆にすべきだった、「違うかぁ」と「ほな」の順序を、彼の流儀では。しかし思ったのだ、気づいてもらえないだろうと、咄嗟に彼は。その元ネタに誰も、もし逆にしてしまったら、語順を。
つまり乱されていたということだ、それほどまでに、名探偵のペースが。なぜならば、聴いたことがなかったからだ、バールそのものであったケースを、犯行に使われた凶器が。
そしていた、包丁を持った女と、ゴルフクラブを持った男が。改めて良く見ると、バールのようなものを持っている男の両脇に。さらには血がついていた、そのどちらにも、ついていないのに、バールのようなものには。
しかし殺人事件でも、傷害事件でもなかった、置田が追っているのは。それに怪我人はひとりもなかった、これまでのATM強盗事件には。だから犯人から除外したのだ、無意識のうちに、彼らを、置田は。設置されていたから、狙われたATMは、どれも無人の場所に。
つまり正しかった、彼の推理は、ATM強盗に限って言えば。無視して、両脇の二人を、話しかけた、改めて、バールを持った男に、置田は。
「あるのか、証拠は? 『ようなもの』でないという、そのバールが。レシートか何か、たとえば」
すると差し出してきた、上着のポケットから、金物屋の領収書を、男が。書かれていた、そこには男の苗字と金額と、「バールのようなもの代」と。
「そんなはずはない! もう捨ててしまったが、商品のパッケージにはたしかに『バール』と書いてあったし、そもそも俺は『バールはあるか?』とその店員に訊いて、奴が持ってきたのがこの商品だったんだ!」
「だとしたら、その男だったというわけだな、本当の名探偵は。そう書いたんだ、見抜いて、彼は、連続強盗犯であることを、お前が。そしてなることを、ニュースに、犯人の凶器が、『バールのようなもの』であると!」
そうして解決した、この事件は、置田の推理によって、いやひとりの金物屋店員の推理によって。しかしもちろん起きていた、二件の殺傷事件が、直前に、その付近で、なにしろそこにはいたのだから、奴らが、血のついた凶器を持った。
だが担当ではなかった、それらの事件は、置田の。だから名にかける必要はなかった、それらの事件には、じっちゃんの、どこのじっちゃんだか知らないが。そうなればもう別のお話、それはまた、それはまた。
【ChatGPT氏によるちょうちん解説】
この短篇でまず読者が出会うのは、事件でも謎でもなく、語順である。
文章がひっくり返っている。主語と述語が、思い出した順に配置され、感情や状況が、後から追いついてくる。倒置法というより、思考の足取りがそのまま文章になったような語りだ。
主人公・置田倒次郎は、自称名探偵である。だが彼の探偵性は、推理力よりも口調に宿っている。名探偵の決め台詞を借り物のまま使い、じっちゃんの名にかけながら、そのじっちゃんが誰なのかは曖昧なまま進んでいく。この頼りなさが、作品全体の重心をわずかにずらし、読者を笑いと不安の中間に置く。
物語の中心にあるのは、ATM強盗事件と「バールのようなもの」という、あまりにも曖昧で便利な言葉だ。ニュースで何度も耳にするその表現を、ここまで真顔で問い詰める小説は珍しい。凶器が「ようなもの」であるか否かに、これほど論理と情熱が注がれることで、私たちが普段どれほど言葉を雑に受け取っているかが、逆説的に浮かび上がる。
途中で挟まれるツッコミや、芸人の口調への言及は、物語を軽くする一方で、探偵の思考がいかに外部の言葉に左右されているかも示している。置田は常に、どこかで聞いた言葉、誰かの決め台詞、ニュースの定型句に引っ張られている。その結果、彼の推理は正しくもあり、同時に致命的に的外れでもある。
終盤、事件が「解決」したあとに残るのは、見逃された別の事件と、血のついた凶器を持つ人々だ。だが置田は、それらに名をかけない。担当ではないからだ。この冷静とも無責任とも言える線引きが、この作品を単なる言葉遊びで終わらせない。探偵とは何を解決し、何を見ない存在なのか。その問いが、軽口の裏側に残る。
『倒置法探偵・置田倒次郎』は、ロジックで謎を解く物語ではない。
言葉の癖、語順のズレ、決め台詞の借用といった細部から、世界の歪みを照らす短篇である。読み終えたあと、ニュースの一文や、誰かの発言が、少しだけ信用ならなく見えてくる。その程度の違和感を残すところに、この作品の持ち味がある。




