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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第9話 そういう風にできている

「グロルルル……」


 地鳴りのような響きを喉から発し、闇から現れたのは一頭の<火虎(フレイムタイガー)>だった。


「後ろから<火虎>だ! 一体!」

「くそっ! 手が足りねェっ!」


 ミレイが攻撃するためには誰かが<火虎>を押さえて、機会を作らねばならない。

 今、それができるのは……。


「俺が押さえる!」


 俺しかいない。

 俺は<回復薬(ポーション)>の瓶をしまい込むと、天秤棒を荷物から素早く外した。


 俺にはガンダルのような大盾も、<魔獣>の爪を跳ね返す大剣もない。<火虎>の攻撃をまともに食ったら、一発で終わりだ。


 俺は大きく呼吸をすると、杖を構えて<火虎>の正面に立った。


『食らったら死ぬ一撃は怖い。落ちてくる大岩の下にいるようなもんじゃ。お前ならどうする?』

『避ける……かな?』

『そうじゃ。まず、避けることじゃな。考えるまでもない。ところがな。実際に大岩が頭の上に落ちて来ると、たいていの人間が避けずに死ぬ』


 危ない! そう思った瞬間、人間は足がすくんで動けなくなる。そういうものだと、杖術ジジイは言った。


『カエルやネズミを見ろ。蛇ににらまれたら動きを止めて固まっちまう。なぜだと思う?』

『あきらめたから?』

『いんや。肉食動物の目は動くものに反応する。動けば必ず殺される。動かぬ石や草と同化することで、万が一見失ってくれるかもしれん。そう思って動きを止めるんじゃ』

『ネズミにそんな知恵があるか?』

『知恵ではない。本能というものだ。何千年もの世代を超えた営みが、血の中に刷り込んだ衝動じゃ』


 人間も動物である以上そういう風にできているのだと、ジジイは言った。

 危機を感じると、全身の筋肉に力が入り、石のように固まる。考える前にそれが起きると言う。


『それはなあ、人にとっては邪魔な衝動なんじゃ。人には知恵があり、技がある。状況を受け入れ、利用すれば、危機を好機に変える手段を持っている。その手段が武術というもんじゃ』

『どうすれば本能を抑えられる?』


 俺は本能を抑える「技」なり「スキル」というものがあるのだろうと、期待していた。

 しかし、ジジイの答えは俺の期待を裏切った。


『本能を超えるものは理性じゃ。肉体を凌駕するは知性。ならば武術は手足、胴体ばかりでなく頭脳をも制御せねばならん』

『頭脳を制御するだと?』


 それは武術と言えるのか? 俺の疑問にジジイは首を振って応えた。


『肉体の強さだけを競うならば、大兵(だいひょう)、蛮人の類が武の極みに立とう。くくく。お前のことじゃな? じゃが、裸の人間は一匹の猫にも勝てぬ。鋭い爪を持たず、牙もない人が獣に勝る武器とは何か?』


 それこそが知性であるとジジイは断言した。

 人のみが知恵を有し、森羅万象を知性によって認識することができる。


『その場のすべてを理解する時、おのれの存在さえも場の一部である。自他は区別なく一つであり、恐れるべき対象はなくなるのじゃ』

『それは……屁理屈じゃないかなぁ?』


 どう考えても己は己であり、敵は敵だ。己と敵が一つだと思ってみたところで、敵は攻撃を止めてはくれないだろう。


『つまずいて転べば、地面はお前を殴りに来る。その時お前は地面を恐れるか?』

『いや、手をつけばいいだけだから……』

『それはお前が「敵」を知っているからだ』


 転べば地面にぶつかる。しかし、手をつけばケガを防げる。人はそれを知っている。

 危険を防ぐ手段を知っている。だから人は転んでも固まらない。


『武術とは、そして型とは、あらゆる状況を想定し、その危険を防ぐ手段をお前に教えるものだ』


 敵を、状況を正しく認識できれば、体に染みついた型が勝手に対応してくれる。そこまで技を脳に覚え込ませることが武術の訓練なのだ。

 そう言うと、白髭をなでた杖術ジジイは俺を飽きることなく突き転ばせた。


「さて、相手は猫だ」


 四メートルの巨体だろうと、口から火を吐こうと、こいつは猫だ。獣としての本質は、そういう認識でいい。

 四足で素早く動き、鋭い爪と牙がある。


「だが――」


 俺は杖の先を動かし、<火虎>の前にすい、すい、すいと突き出した。


「目が悪い」


 猫は顔の前で動くものに注意を引かれ、反応してしまう。視力が弱いので動くものに反応する本能を備えているのだ。


 <火虎>は突き出された杖の先を叩き落そうと前足を振った。

 俺はその動きに逆らわず、突き出した杖を引っ込める。攻撃を受け止める必要はないのだ。


 なぜなら、<火虎>の敵は俺ではなく、「杖の先」なのだから。


 前足を振っている間、<火虎>は動けない。四つ足の動物である以上、()()()()()()できているのだ。


 右、右、左と前足の攻撃を誘った後、俺は杖の先を高く掲げた。「敵」が上に上がれば、<火虎>の攻撃も上につられる。

 <火虎>は両手を合わせるように、左右の前足で杖をつかまえようとした。


 獲物であればそうやってつかまえてから食らいついて牙を立てる。それが猫族の攻撃方法だ。


「<氷弾(アイスバレット)>!」


 無防備にさらされた<火虎>の腹に、先のとがった氷柱がどすどすと突き刺さった。手の空いたミレイが応援に来てくれたのだ。

 こうなったら、俺はけん制に集中すればいい。要するに時間稼ぎだ。


「ガァアーッ!」


 鋭い苦痛に<火虎>は背中を丸めて跳び上がった。前足を持ち上げていたため、跳ぶ方向は真上に近かった。

 <火虎>ははるか上空で四つ足を地面に向けて伸ばし、着地に備えた。


勝機(チャンス)!」


 俺は<毒薬>の瓶を取り出し、宙に軽く放り投げる。そして、腰からナイフを抜き、その刃で宙に浮いた瓶をたたき割った。

 そのまま投擲の構えに入り、「的」をしっかりと見定める。


「ふんっ!」


 この距離であの大きさなら外しようがない。俺が投じたナイフは<火虎>の前足、その裏の肉球に深々と突き刺さった。

 

 肉球は猫族動物の肉体で最も柔らかい部分の一つだ。体重を受け止めるクッションとして、また、物に触れる感覚器官として、()()()()()()できている。


「ギャンッ!」


 着地姿勢のまま避けることもできなかった<火虎>は、ナイフが刺さった右前足をかばって、残りの三足で着地した。バランスが崩れて右前方にがくりと倒れ掛かる。


 俺は飛び込んで間合いを詰め、手にした杖を<火虎>の鼻面に叩き込んだ。


「グゥウウーッ!」


 体勢を立て直しながら<火虎>はうなる。顔の前で振られた憎い「敵」を、左前足で攻撃する。

 ナイフが刺さった右前足は半端に宙に浮かせて、かばっていた。


 後ろ足立ちになった態勢では、攻撃に力が籠らない。

 俺はひょいひょいと杖先を動かし、<火虎>に空振りさせた後、円を描くように杖を動かして<火虎>の右前足をたたいた。


「グワァウッ!」


 ずきんと響く傷の痛みに、<火虎>は思わず右前足をかばって引っ込めた。バランスが悪くなり左前足を地面につく。

 <火虎>にとってナイフなど、小さなとげのようなものだ。しかし、とげが刺さった足の裏で地面を踏ん張る動物はいない。


「<氷嵐(アイシーブリザード)>!」


 ミレイの冷気系魔術が<火虎>の顔面、特に目を中心に襲った。激しい冷気がとがった氷塊を、嵐のように<火虎>の目に突き刺す。


「ウゥゥウ……」


 <火虎>は顔面を前足で押さえて、後ろに下がった。

 右前足の裏を舌でなめながら、<火虎>は背中を丸めて防御の姿勢に入った。それをにらみつつ、俺は次の応酬に備えて一息ついた。


「飛ぶぞっ!」


 後ろから声とともに駆け寄る足音が聞こえてくる。

 俺は背中を丸めながら、ぐっと膝を曲げて足腰に力を込めた。


 戦っていた<雪豹(スノーレパード)>を倒し終わったのだろう。クラウドが後方の応援に駆けつけたのだ。


 がつりと重い革靴の衝撃が背中に加わったかと思うと、頭上を跳び越えるクラウドの姿が目に映った。


「ガウッ!」


 動く標的を視野にとらえて<火虎>が顔を上げる。


 俺はクラウドに向かう注意をそらすため、思い切り杖を<火虎>の傷ついた前足にたたきつけた。


「ギャウッ!」


 怒りの声を上げて、<火虎>が杖にかみつこうとする。

 もちろん俺は杖を引っ込めた後だ。手前の地面を無駄にたたいて、<火虎>の怒りをあおる。


 ドガッ!


 体重をすべて載せたクラウドの一撃が<火虎>の脳天に襲いかかった。俺の杖にかみつこうと首を伸ばしたところに落ちてきた大剣は、硬さを誇る<火虎>の頭蓋骨を断ち割り、脳みそまで斬り込んだ。

 純粋な質量が<火虎>の脳漿を爆散させる。


 <火虎>の両目がぐるんと白目をむき、力をなくした体が地に転がった。目と口から大量の血が流れだしたと思うと、<火虎>は黒い瘴気となって散っていった。


「ダァーッ!」


 前方からガンダルの大声と骨を断ち切る斬撃の音が響く。どうやらあっちの<雪豹>も片がついたようだ。


「ふう。みんな無事だな? ケガは?」

「<雪豹>の爪に腕をやられたが、サンドに回復してもらったぜ」


 ハクの腕はまだ動かしにくそうだったが、じきに機能を取り戻すことだろう。ガンダルも細かい凍傷を負っていたが、こちらは既に回復済みだ。


「オイラの方は無事だ。無理せず牽制に徹したからな」


 ルークはさんざん跳び回って<雪豹>の爪を避け切ったようだ。大した運動能力である。

 さすがに息を乱し、汗にまみれているが、それ以外は無傷だった。


「ガンダルが<雪豹>を押さえ切ってくれたんで、わたしも無傷です」


 サンドは始終安全地帯にいることができた。<回復役>は無事でいることが重要なので、この戦いは危なげなく終わったと言える。


 ミレイも肩で息をしているものの、ダメージを受けずに、<雪豹>と<火虎>を渡り歩いて攻撃役を務め切った。冷静で頼もしい味方だ。


 <雪豹>の連続攻撃を大剣だけで防ぎ続けたクラウドは、かすり傷さえ負わずにしのぎ切っていた。改めてすさまじい防御力だ。

 そして<火虎>を一撃で沈める攻撃力をも兼ね備えているのだから、このパーティ最大の火力はやはりクラウドということになるだろう。


「ツバキも無傷のようだな。杖一本で<火虎>を押さえ切るとは……驚いたぜ」

「自分のことが精いっぱいで後ろを見る余裕がなかったけど、ツバキの杖術ってそんなにすごいのかい?」


 腕をさすりながらハクが興味津々で尋ねてくる。


「いやいや。俺の杖術なんて大したもんじゃない。現に、<火虎>には何のダメージも通らなかったしな。何とかごまかして時間を稼いだだけさ」

「ごまかしで何とかなるもんかよ?」


 合点がいかず、ハクは盛んに首をひねった。


 傍らでクラウドが目を細めて、言った。


「お前、以前にも<火虎>を相手にしたことがあるのか?」

「いや、今回が初めてだ」

「それにしちゃ、動きに慣れていたようだが……」


 クラウドが不思議そうに言う。

 ジジイの話を聞かせてもわからないだろうなぁ。第一、話が長くなる。


「さっき一度戦いを見せてもらったからな。その時の動きを参考にさせてもらった」

「そうか。それにしても<魔獣>のあしらいが見事だった。まるでベテラン冒険者のようだったぜ」

「そうね。ツバキったら汗もかいてないじゃない」


 俺の立ち回りを一番近くで見ていたミレイが言った。

 やっぱりこいつは冷静な女だ。戦闘時の視野が一番広いのは、実はミレイかもしれない。


「武術の手ほどきをしてくれたのが、ベテラン冒険者だったんでね。その動きが染みついてるかもしれんな」

「なるほどな」


 クラウドは一応俺の言葉に納得してくれた。


 これからは、牽制や時間稼ぎ程度には俺も戦力として当てにされそうだ。生きて帰るためには仕方がないが、あまり仕事を増やすのは勘弁願いたい。

 俺はあくまでも<サポーター>として雇われたんだからな。


 俺は<火虎>の死体が消えた場所から、投げたナイフと魔石を回収した。

 今回のドロップ品は<雪豹>一体が落としたクリスタルだった。加工すれば<冷気系魔術>の補助媒体として使える。


 ハクの腕と各自の体力を回復させるため、パーティーはしばらく休憩を取ることにした。

 ついでに今の戦いを振り返り、今後の作戦に反映する。


「まだ余裕はあるが、敵の数がこれ以上増えると厄介だな」

「確かに。同時に三体というのが安全に戦える上限のようね」

「ミレイの弓で毒矢を当ててもらうのが先制攻撃としては効果的だな。問題は矢が通らない<火虎>のような相手が出た時だ」


 議論はクラウドとミレイを中心に進んだ。やはり、この二人がパーティーの頭脳役と言えそうだ。


「俺の投げナイフに毒薬を塗れば、先制攻撃の足しになるかな」

「んー……。問題はどうやって隙を作らせるかね……」


 中距離ならばハクも先制攻撃に加われる。だが、ナイフが刺さる柔らかい場所、つまり急所を敵がさらしてくれなければ大きな効果は見込めない。

 獲物を前にして腹だの、喉だのをさらしてくれる<魔獣>はいないだろう。


「あの、それは()()()いいんじゃないかと……」


 悩むミレイたちに俺は遠慮がちに声をかけた。


「うん? つるとはどういうことだ?」


 クラウドが眉を寄せて聞き返した。

 そこで俺は<火虎>を猫に見立ててやっていたことを説明した。


「えぇー? そんなことをやっていただと? そんなことができるものか? いや、できたから無傷なのか……」


 クラウドは腕組みしてうなった。


「そうかぁ。そこまで筋道立てて考えたことはないけど、そういえば<魔獣>って目先の動きに反応するわよね」

「ああ。せっかくワシが引きつけとっても、味方にちょろちょろ動かれるとそっちに攻撃されちまうことがあるな」


 じっくり考えていたガンダルにも覚えがあるようだった。


「だったら、俺がこうしたら<魔獣>に隙ができるかなぁ?」


 ハクの思いつきにメンバーがああでもない、こうでもないと意見を言っていた時のことだった。

 黙って議論の行方を見定めていたサンドがふと口を開いた。


「そう言えば、ツバキ、そろそろ()()()頃じゃありませんか?」

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