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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第8話 第四層での戦い

『いちいち他人に敵意を向けるな』


 ミジンにそう言われて、俺は初めてとげとげしい視線を相手に向けていたことを悟った。


『敵意を持つなとは言わん。警戒心や反抗心が役に立つこともある。だが、それをあからさまに悟らせるな』


 ミジンは俺の態度を気にかけることなく、そう言葉をつないだ。

 人を導くことに慣れた、今まで会ったことのないタイプの人間だった。


『人間は鏡のようなものだ。敵意を向ければ、相手からも敵意を持たれる。怯えればつけ込まれる』


 どちらも身に覚えがあった。俺自身も鏡のようにあからさまだったのだろう。

 俺は両手で顔を擦り、ミジンに向けた敵意を表情から拭い去ろうとした。


『聞けば、まだ十二歳だとか。人の心がわからなくとも無理はない。教えてくれる者がいなかったのだろう』


 この人は何だろう。なぜ会ったこともない俺のことがわかるのか?

 俺の父親はほとんど家にいない。はっきり言えばほとんど顔を見たこともない。母親は働きづめで、ゆっくり話をする暇もなかった。


 きっと普通の家では、普通の親が普通のこどもにいろいろなことを教えているのだろう。

 俺にはそれはわからない。


 俺は普通ではないから。


『お前は強くなるべきだ。そうすれば人からの敵意は減るだろう』


 ミジンによれば、俺は外見だけ大きくて強そうに見えるが、中身はこどもで実力もない。内と外に差がある。

 その差が他人を刺激する。


『人間の中には嗜虐性という性根がある。わかりやすく言えば「いじめを好む心」だ。これは善悪ではない。相手をいじめると楽しくなる人間がいるのだ』


 それが強くなるとサディズムという異常人格にまで至る。こうなると快感は強烈な興奮を伴い、いじめを止められなくなる。


『お前はそういう人間を刺激する存在なのだ。そのままではこれからもいじめられるだろう。下手をすれば殺されるかもしれん』


 だから、抵抗する力をつけろ。相手につけ込まれない強さを示せ。

 ミジンは物を知らない十二歳の俺に、懇々と人間のありようを語った。


『お前に杖の使い方を教えてやる』

 

 そして、ミジンは一人目の師匠になった。


 ◆


 見掛け倒し。そう呼ばれていじめられるなら、見かけにふさわしい中身を身につければいい。

 それがミジンの考え方だった。


 俺は体を鍛え、外見にふさわしい体力を養った。杖術を学び、体力を生かせる技術を習得した。


 それだけでは終わらず、ミジンは俺に知性を鍛えるように要求した。知性のない武力は、張子のトラのようなものだと、初めての師匠(ジジイ)は俺に語った。


 それから俺はミジンと一緒に用心棒の仕事を受け、仕事の合間に杖術の稽古と世の中の勉強をさせられた。

 ミジンは杖術の達人であるばかりではなく、学問もしっかりと身につけていたのだ。


『杖術を身につければ、俺のギャップは埋まるんじゃなかったのか?』

『外見についてはな。だが、それだけでは足りん。本当の中身は空っぽのままだ』


 ミジンが言うには、大人にとって大切なのは、外見に中身が伴うことだ。

 その時になって困らぬように、今のうちから中身を充実させねばならないと。


『そうか。そのせいなのか』

『何か言ったか、ツバキ?』


 俺はそのとき気づいた。俺の周りにいる大人たちとミジンとの違いに。

 用心棒や日雇仕事で出会う大人たちは強そうだった。いかつい外見の男たちが多い。


 しかし、いつの間にかそういう男たちは怖くなくなった。どんなに強面をしていようと、薄っぺらなお面をかぶっているように見える。

 ミジンが備えたみっちりと濃い迫力とはまったく違うのだ。人としての厚みが違っていた。


 俺はそれが知性や教養というものであることを知った。

 それが獣と人をわけるものだと教わった。


 だから俺は中身を鍛えることに力を注いだ。デカいだけでも、強いだけでもない。ミジンのような人間であろうとした。


 俺は人から恐れられる存在ではなく、人から必要とされる存在になると心を決めた。


 ◆


 第四層に下りると、<魔獣>の質が変わった。明らかに強さが上がり、攻撃に魔力を伴うものが増えたのだ。


「来るぞ、ブレスだ!」


 ガンダルの後ろに逃げ込みながら、<斥候>のハクが叫んだ。けん制のために投げつけたナイフを、<魔獣>は顔を振って払いのけた。


 <火虎(フレイムタイガー)>。炎のブレスを吐く大型の四足獣だ。


「グワッ!」


 地面に突き立てた大盾をガンダルは体全身で支えた。その腰にしがみつくように、ハクがへばりつく。


 轟っ!


 爆発を伴う炎の塊が大盾全体を包む。

 ちりちりとガンダルの前髪が焦げていく。


「うぬっ……!」


 防ぎきれない熱の塊がガンダルを包み込もうとしていた。


「<雪嵐(ブリザード)>!」


 ハクの背中から冷気の塊が炎に向かって噴出した。

 ルークの横をすり抜けて前に出たミレイが放った冷気系魔術だ。

 

 前衛の二人を凍らせないように威力は抑えてあったが、<火虎>のブレスを和らげるのには十分だった。


「よっしゃ! フガッ!」


 ガンダルが気合を入れ直して、前方に踏み込んだ。構えた盾を突き上げるように、体ごと<火虎>にぶちかます。

 ハクは相変わらずガンダルの腰にへばりついている。あれだけ密着しているのに動きの邪魔をしないのは、よほど二人の息が合っているのだろう。


 近接戦ではハクの戦力はほとんど役に立たない。<火虎>に通じる攻撃力がないのだ。

 先ほどの投げナイフのように、けん制程度の役割しか果たせなかった。


 だが、生きるか死ぬかの境目では、一瞬の「間」が勝機となることもある。


「ミレイ、頼む!」


「<氷縛(アイス・バインド)>!」


 ミレイはルークの前に出た位置から<火虎>に向けて氷の渦を飛ばした。<火虎>に着弾すると、細かい氷を数限りなく生み出しながら体の周りで猛烈な渦を巻く。


「グワッ! グゥウウ……」


 火属性の魔力を操る<火虎>は冷気を苦手とする。弱点を攻められて<火虎>の勢いが弱まった。

 鋭い氷のかけらが<火虎>の体に細かい傷を刻んでいく。


 氷の渦に<火虎>が流す赤い血の色が混ざり始めた。


「よし! 畳みかけるぞ!」


 最後尾から素早くクラウドが前衛に上がって来る。


「目つぶし、行くぜ!」


 ポーチから卵大の礫を取り出し、ハクは両手で素早く<火虎>に投げつけた。<氷縛>の渦に飛び込んだ礫はたちまちつぶれて、中身をぶちまける。


「フブッ! ガァアア……」


 氷のかけらに混ざった目つぶしの粉が、<火虎>の目や鼻、体中の傷口を強く刺激した。ダメージとしては小さいが、集中を削ぐには効果的だった。


「飛び込む! 肩を借りるぞ、ガンダル!」


 大柄な体に似合わず、燕のようにクラウドがガンダルの背中を跳び越えた。その後ろではミレイが魔術を解いて、氷の渦を消し去る。


「ガウッ!」


 頭を振って<火虎>が立ち直ろうとするよりも早く、クラウドは大剣を空中から振り下ろした。


「ダアッ!」


 ガボッ!


 大甕をたたいたようなくぐもった音を立て、大剣の先が<火虎>の頭を叩き割った。


「グルルル……ッ!」


 白目をむいた<火虎>は見えない目で敵を探し、口から炎を漏らしたが――。

 ブレスを吐くことはできず、大量の血をこぼしながら地面に倒れた。


「はっ!」


 <火虎>の横に降り立ったクラウドは、油断なく大剣を<火虎>の首に叩きつけてとどめを刺した。

 <魔獣>の生命力には恐るべきものがある。命の火が消える瞬間まで気が抜けない。


「ツバキ、魔石とドロップ品を頼む」


 ダンジョンの<魔獣>は死ねば数秒で姿を消す。ダンジョンを満たす瘴気に返って行くのだと言われているが、その仕組みはよくわからない。

 死骸が消えた後には魔石が残り、ときたまアイテムを残すことがある。


 それを拾い集めるのは<サポーター>の仕事だ。


 列の後尾に下がるクラウドと入れ替わりに、俺は動かなくなった<火虎>の死骸に近づいた。


(うん? 死骸が消えるのが遅いような……?)


「グ……グガァアアっ!」


 俺の目の前で、口から血と炎を吐きながら<火虎>が立ち上がった。最後の力でブレスを吐こうと、首を後ろにのけぞらせた。


(しまった!)


 魔石を拾うために、俺は天秤棒を置いてきていた。今から棒を拾いに行っては、<火虎>のブレスに間に合わない。

 俺は顔の前で腕を十字に組み、イチかバチか<火虎>に向かって突っ込もうとした。


 このまま焼き殺されるのを待つより、死中に活を求めて相打ちを狙う。

 そう思った時、<火虎>の背後からするりと細長い影が巻きついた。

 

 ルークだった。

 先に進んでいたはずのルークが、<火虎>の気配に反応して背後から飛びついたのだった。


 長い手足を生かして<火虎>の首筋にとりつき、クラウドが断ち割った傷口に短剣を深々と突き立てた。

 素早く手を動かし、クラウドは<火虎>の頸動脈を切断した。


 大量の血を吹き出し、今度こそ<火虎>はダンジョンの瘴気となって消えていった。


「ふう……。しぶとい奴だったぜ」


 <火虎>が消えた地面から立ち上がり、ルークは頭を振った。両手の肘から先が<火虎>の血で真っ赤に濡れている。


「すまん。助かった」


 慌てて荷物から水袋を取り出しながら、俺はルークに礼を言った。ルークが飛び掛かっていなかったら、俺は<火虎>に焼き殺されていただろう。

 真っ赤に染まったルークの腕を、水袋の水で洗い流してやった。


「いいってことよ。アンタに死なれたらオイラの仕事が増えるだけだからな」


 手を振って水気を切りながら、ルークはけらけらと笑った。


(こいつ、なぜ<サポーター>などしているんだ?)


 あの素早さ、身のこなし。<火虎>の頸動脈を切り裂いた技の冴えは、冒険者として十分に通用するものだった。


(俺のように戦いを嫌っているというわけではなさそうだが……)


「何にせよ、お前に一つ借りができた」

「気にするなって」

「いや、今回のことは俺のミスだ。すまなかった」


 俺とルークのやり取りにクラウドが割り込んできた。<火虎>の断末魔を見誤ったことを言っているらしい。


「それを言うなら全員のミスだろう。次から気を引き締めていこうぜ」


 誰かが気づいて声をかければ、俺が<火虎>に襲われることはなかった。俺が油断せずに武器を構えて近づけば、動き出した<火虎>に杖をたたき込むことができた。


 規格外の生命力を持っていた<魔獣>が、パーティーの小さな心の隙につけ込んだ。

 言ってみればそれだけのことだ。


 それだけのことで、人は簡単に命を落とす。

 ここはそういう場所だということを、俺は改めて思い知った。


 結果として、ルークだけが<火虎>の逆襲に反応することができた。それに俺は命を救われたことになる。

 俺としては、言った通りルークに借りができた。この借りは働きを通じて返そうと思う。


 俺は死骸が消えた場所から<火虎>の魔石とドロップ品の牙を回収し、天秤の荷物に収納した。


 ◆


 どうやら第四層に現れる<魔獣>は猛獣系の特徴を持っているようだった。<火虎>に続いて<雪豹(スノーレパード)>が二頭現れ、触れたものを凍らせる鋭い爪でパーティーを脅かした。


 二頭のうち一頭はガンダルとハクのコンビが抑えた。ガンダルの盾で動きを止めて、隙を見てハクが短剣で攻撃を入れるというコンビネーションだ。

 ハクは短剣に素早く毒薬を仕込み、<雪豹>が弱るのを待っている。


「チッ! 避けそこねた!」

「任せろ! <回復(ヒール)>!」


 右腕に<雪豹>の爪を受けたハクに、素早く近寄ってサンドが回復魔術を施した。


「カァアッ! 冷てぇー!」


 傷口がふさがった右腕をハクは腹の前に抱え込んだ。

 回復魔術で傷は治るが、氷に冷やされた体温までは戻らない。湯を沸かせれば温められるが、戦いの最中にその余裕はなかった。


 かがみこんだハクに代わってルークが遊撃の役を引き受けた。


「オイラがコイツの相手をしてる間に、腕をあっためてくれ!」


 ルークはけん制だけに集中し、<雪豹>の爪を受けないように跳び回った。やはりこいつの運動能力は大したもんだ。


 もう一頭の<雪豹>はというと、クラウドがミレイの前に出て対峙していた。大剣を素早く振るい、<雪豹>につけ込ませない。


(大した防御だ。剣術ジジイに匹敵するかもしれん)


 俺に剣を仕込んだ師匠(ジジイ)は枯れ木のように細い年寄りだった。当然、クラウドのような腕力は備えておらず、その防御は受け流しを基本としていた。

 それに対して、クラウドは膂力を生かして<雪豹>の攻撃を大剣で真っ向から受け止めていた。


 強靭な足腰に支えられた体幹は、<雪豹>の重い攻撃を受けてもまったく揺るがなかった。


 クラウドとコンビを組んでいるのはミレイだ。<雪豹>が動きを止めた瞬間に矢を射かける。


(魔術を使わないのは、魔力を温存するためか?)


<火虎>のように「堅い」相手が出てきたら弓は通用しない。そんな時に魔力が枯渇していたら、たちまち追い込まれる。

 そうならないように、弓が効く相手には弓での攻撃を優先する。それがミレイのスタイルだった。


「毒が入った。<雪豹>が弱るまで押さえ込んで!」

「よし。じっくり行くぞ」


 クラウドはミレイの声に、ますます気力を充実させる。ミレイが射かけた毒矢が効力を発揮するまで攻撃を封じ切れば、<雪豹>は勝手に弱って死ぬ。

 後はミスなく勝ち手順を追い続けるだけだった。


 ツバキは万一に備えて<回復薬>を用意していた。<回復役>のサンドが前方に集中している今、<サポーター>としてクラウドとミレイのダメージに備える。


 ハクが戦線に復帰すればこの戦いに勝利するのは時間の問題だった。


 そう思っていたとき、後方からうなり声とともに近づく気配があった。

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