第7話 ダンジョン侵入
翌朝、日の出とともにパーティーは町を出発した。
北のダンジョンまでは徒歩で二時間の道のりだ。
街道では<魔獣>に襲われることもない。隊列など考えずに、ひたすら足を前に進める。
「ペースは問題ないか?」
「この速さなら大丈夫だ」
「オイラの方はまだ余裕があるぜ」
荷物を背負った俺たちにクラウドが問いかけてきた。俺もルークもスピードには余裕があった。
俺の背中には荷物を括りつけた背負子があるが、天秤棒はまだ空のままだ。今は手に持って杖として使っている。
ダンジョンでのドロップ品を運ぶときに使うつもりだ。それがまだ空である分、俺の体力には十分な余裕があった。
「二人とも足腰がしっかりしているな。冒険者ってのは歩くのが商売だ。まずはちゃんと歩ける奴が仲間でよかったぜ」
クラウドの言い分はもっともだ。
いくら強くても、移動が苦手ではよい冒険者とは言えまい。そういう奴は、それこそ用心棒くらいしか務まらない。
遠征し、戦い、宝を持って帰還するまでが冒険者なのだ。
くそデカい盾と大剣を背負ったガンダルでさえ、足取り軽く街道を進んでいた。
整備された街道など、森やダンジョンなどの難所に比べれば天国のようなものだった。
「よし。ここから草原に入るぞ。草むらに注意しろ」
北のダンジョンに近づき、俺達は草原を横切る細道に入った。
足元に気をつけないと、蛇や毒虫に襲われる危険があった。
俺は天秤棒で足元を確かめながら進んだ。
時々ばちんと鋭い音がはじけるのは、ミレイの雷魔術だ。蛇を退治した時は肉の焦げる匂いが漂ってくる。
ガンダルは鼻歌を歌いながら草むらを踏みつけ、サソリをつぶしているらしい。
俺はなるべく彼らの後をついていくようにした。
やがて草原の中にちょっとした小山が見えてきた。そこにダンジョンの入り口があるらしい。
ダンジョンは地中に続いているそうで、一度入ったらしばらくは太陽を見られないことになる。
いよいよ命がけの仕事が始まる。
俺はダンジョンの入り口に立って、両手で顔をたたいた。しっかり気合を入れていこう。
「隊列を組め! 各人武器の用意! ルークは<回復薬>準備。ツバキは<マッピング>だ」
クラウドの号令で、パーティーは隊列を組んでダンジョン侵入に備えた。
ここまで二時間の行軍だったが、疲れなど誰にもない。小休止することもなく、パーティーはダンジョンへの侵入を開始した。
◆
俺たちはハクを先頭にダンジョンの入り口をくぐった。入り口から数メートル進むと、洞窟のような通路は暗闇に沈む。
「灯りをつけるわ。<光球>」
ミレイは頭上に光の玉を浮かべて、通路を照らした。光の玉はミレイの動きに追随して動くようだ。
これならたいまつを掲げる必要もなく、ダンジョン内で自由に行動することができる。
これだけでもミレイが列の中央に位置してくれる価値があると、俺はパーティーの並び順に納得した。
先頭を歩くハクの位置では光球の光は弱まっているが、<暗視>のスキルが備わっているハクには問題にならないようだ。
曲がり角や分岐に差し掛かると、ハクは手を上げて俺たちに教えてくれる。
パーティーが立ち止まる度に俺は腰から下げた布に位置情報を縫い付ける。木枠に張った布に赤い糸で刺繍をしていくのだ。縫い目の数で進んだ距離を表す。
広間のような空間に出たときはハクが空間の広さを目測し、俺に指示してくれる。俺はそれを「部屋」として地図に記録した。
第一層で出現した<魔獣>はゴブリンや動物系のモンスターが多く、弱いと同時にドロップ品の質が低かった。
錆びた武器や低級な装飾品しか落とさないので、討伐するうまみがない。
俺たちはなるべく遭遇戦を避けて、時間をかけずに浅層階を抜けるよう気配を抑えて行動した。
中でも先頭を行くハクの隠形は見事で、後ろから見ていても存在感が薄くなるほどだった。
(なるほど。無駄な戦いを避けることも、優秀な冒険者パーティーであるために必要な条件なのだな)
俺たちは昼前までに第二層まで攻略し、第三層へ下りる階段を前にして小休止した。
「全員異状ないか? よし、水分補給ができたら第三層に入ろう。ここからは進路をふさぐ<魔獣>を討伐しながら進む。ドロップ品の運搬はツバキに頼む」
「わかった。天秤の用意をするからちょっと時間をくれ」
俺は背負子を下ろし、天秤棒にぶら下げる網を取り出した。棒の両端に網を吊り下げ、拾ったアイテムを入れられるようにする。
「準備完了した。いつでも行ける」
「よし。ハク、リードを頼む」
無言で頷いたハクが第三層への侵入を開始した。パーティーは一つの生き物のように動き出した。
やがてハクが足を止め、メンバーだけに聞こえる不思議な声で<魔獣>の存在を知らせてきた。
「前方二十メートル、<オーク>二体」
「ミレイ」
「了」
最後尾からクラウドに指示を受け、ミレイが弓を構える。魔術のほかに弓での遠距離攻撃ができるようだ。
しゅっ!
俺の耳に音は一つになって聞こえたが、<オーク>二体は同時に矢を受けて倒れた。
一瞬で二体をヘッドショットで倒したらしい。
すばやくルークが死体のところに走り寄り、魔石と二本の矢を回収してきた。
ダンジョン内の<魔獣>は死ぬと瘴気となって散っていく。
「ドロップなし」
一連の動きに無駄がない。さすがは<暗殺者>という職業持ちだ。
「進もう」
クラウドの合図で俺達は侵攻を再開した。
第三層でも結局価値のあるドロップ品は出現しなかった。
「浅層階では仕方がない。宝箱にも恵まれなかったな。今日はここで野営しよう」
第四層に下りる階段の前で、クラウドは野営の指示を出した。
パーティは十分余力を残していたが、先のことを考えて回復しておこうという判断だ。
野営といってもすることはほとんどない。ダンジョン内の温度は一定で、雨が降ることもないのでテントは不要。マントに包まって横になるだけだ。
<魔獣>の注意を引きつける火は使えないので、食事は保存食をかじるだけ。適当にトイレを設けて寝る場所を決めればおしまいだった。
二時間ずつ三交代で当番を置き、それ以外のメンバーは睡眠をとる。
最初の当番は俺とクラウド、そしてハクだった。
「どうだ、初めてのダンジョンは?」
地面に寝転がったメンバーたちから少し離れて、見張りの俺たちは背中合わせに座っていた。
こうすれば全方向を視野に入れることができる。
「今のところは問題ない。出て来る<魔獣>が弱いからな」
俺はクラウドの問いに対して、正直に感想を答えた。ドロップ品も魔石以外拾っていないため、<サポーター>の役目も楽なものだった。前衛を突破して俺を襲ってくる<魔獣>もいない。
「落ち着いたもんだな。明日からは忙しくなってくるが、その調子で頼む」
「その図体で<サポーター>とは、いまだに信じられねぇぜ。宝の持ち腐れじゃねぇのか?」
「喧嘩が苦手でね。ガキの頃から見掛け倒しと言われてきたよ」
ハクの言葉に、俺は昔を思い出して遠い目をした。
◆
十二歳時分の俺は既に大人並の体格をしていた。大人としても平均よりは大柄だったろう。
大人に混じって用心棒の日雇仕事に入ることが多かった。
運搬などの力仕事よりも給金が高かったのだ。
危険を伴う仕事だということはわかっていた。だが、病弱な母親を養うためには実入りのよい仕事が必要だった。
俺は腕自慢の大人たちや、冒険者崩れのジジイたちに混じって用心棒として働く機会が増えていった。
いくら大きくても十二のガキだ。質の悪い大人に絡まれることもあった。
『お前、ちゃんと戦えるのかよ? 俺が見てやるから、ちょっとかかってこい』
休憩時間にそう言って挑まれることがしばしばあった。そのころの俺は、うまく言い逃れしてごまかすこともできなかった。
『ほれほれ! これくらいでフラフラすんな! しっかり棒を使って打ち込みを防ぐんだよ!』
『さっさと立て、オラ! 敵はおめぇのことを待ってはくれねぇぞ!』
さすがに大けがをすることはなかったが、打ち身捻挫くらいのケガはしょっちゅうだった。痛い思いをするのはつらかったが、稽古をつけてくれていることには間違いない。相手は「いいことをしてやった」くらいの気持ちでいるのだ。
性格の悪いオヤジたちが俺をおもちゃにしてストレスを発散していることはわかっていた。だが、世の中なんてそんなものだ。この頃の俺は、世間が自分に優しくできているなどという甘い期待は捨て去っていた。
世間が俺を嫌っているなら、俺の方も世間を嫌ってやる。そう思うだけだった。
考えてみればガキの頃からそうだった。近所のガキどもも、同年代で一番体が大きい俺のことを仲間外れにしていた。
そうかといって年上のガキたちは俺の相手などしてくれない。結局俺は誰からも相手にされない独りぼっちだった。
『おらよ! ぼんやりしてねぇで、たまには打ち返してみやがれ!』
頭上に掲げた俺の杖に木剣を叩きつけながら、新顔の男が叫ぶ。今日から同じ場所で働き始めた用心棒だが、古顔に混ざって早速俺をおもちゃにし始めたのだ。
頬が赤く染まっているのは興奮だけではなく、いくらか酒が入っているせいらしい。仕事中は飲酒を禁じられているが、こっそり酒瓶を持ち込んだのだろう。
何度叩いても俺の守りを崩せない男は、焦れて俺の拳を狙ってきた。
俺は握りをずらして木剣を避けようとしたが、よけきれずに木剣の先が右手の拳をかすめる。
『痛っ! くそっ!』
右手に鋭い痛みが走った。とっさに俺は掲げていた杖を頭上でくるりと回し、その勢いで男に向かって振り下ろした。いつも我流で練習している動きだった。
『うおっ⁈ あ、あぶねぇっ!』
男は俺の杖を何とか木剣で受けたが、勢いに負けて木剣を手放してしまった。
『畜生! やりやがったな!』
頭に血が上った男は腰の剣を抜いた。
『おい、何をする!』
『やめろ!』
俺たちの「稽古」を見物していた用心棒仲間が驚いて叫んだ。男が手にしたのは紛れもない真剣だ。
これでは稽古どころではなく、殺し合いになってしまう。
俺は自分の顔から血の気が引くのを感じた。
腹の底に石を飲み込んだような違和感が凝り固まる。
(斬られたら――死ぬ)
それが現実として目の前にあった。
『ぜひゅー、ぜひゅー……!』
男は顔を真っ赤にして、息を荒くしていた。音を立てて呼吸をするたびに、両肩が大きく上下する。
俺の方は不思議と落ち着いていた。右手の痛みが俺の正気を引き留める役目をしていたのかもしれない。
頭の中がしんと静まり、男の様子が克明に見て取れた。
(斬りかかってきたら、打つ!)
十二の俺が見ても、男の剣技はつたなかった。間違いなく、俺の杖の方が速い。
俺は目を細めて、男が動く瞬間を見定めようとした。
男が歯を食いしばり、突進のための叫びをあげようとした瞬間、黒い影がその懐に飛び込んだ。その影は俺の背後から飛び出したことになるが、その瞬間までまったく俺に気配を悟らせなかった。
俺よりもはるかに上の実力を持っているということが明らかだ。
男はあまりの攻撃速度に反応できない。腹に正拳突きを受けて、声も立てずに悶絶した。
どさりと落ちた地面の上で、胃液を吐きながらのたうち回る。
それを見下ろす人影は、転がった剣を拾い上げるとひょいと脇に放り投げた。
『こども相手に真剣を振り回したバカを制裁した。誰か文句があるか?』
ぎろりと周囲の野次馬を見回したが、誰からも文句の声は上がらなかった。
『小僧、稽古は終わりだ。杖を納めろ』
そう言われて、俺は初めて杖を振りかぶったままで固まっていたことを自覚した。
『ふぅうう――』
緊張で両手に力が入り、握り締めた拳は杖とくっついたかのようだった。
俺は引きはがすように、杖から両手を自由にした。今頃になって体が震えてくる。
『――こっちに来て座れ』
黒い影だと思ったその男は、俺の腰を押して広場の隅に誘導した。落ち着いて姿を見ると、黒っぽい服装をした上に黒い頭巾のような布で頭を覆っていた。
腰を下ろした男が頭から布を外すと、半分以上白くなった黒い短髪が現れた。
『わしの名はミジンという。小僧、お前の名は?』
『ツバキ。年は十二だ』
俺は名前と年齢を男に告げた。初対面の人間からは年の割に大きすぎる体のことで驚かれる。
面倒くさいので自己紹介の際には年齢まで教えることにしていた。
『その体で十二とは……なるほどな。それで絡まれたってわけか』
『……』
俺には返すことばがなかった。俺の年を知った新顔のオヤジが面白がって俺をイジリに来るのはよくあることだったのだ。
『からかいたくなる気持ちもわかるが……自分の実力もわからんようではなぁ』
確かに胃液を吐いてぶっ倒れた男は、俺の目から見ても弱かった。
『だがな。お前の方にも問題があるぞ』
『助けてもらっておいて何ですが、俺の問題って何でしょう?』
俺の中には、まだ対決の興奮がいくらか残っていた。自分は一方的にいたぶられた被害者だという気持ちもある。
そのつもりがなくとも、俺の目はミジンの顔をにらみつけていた。




