第6話 冒険者パーティー「山嵐」
「このままでは死に至る重い病気だが、治療法はわかっとる。特効薬を飲ませれば治る」
「そうか。リルに聞かせれば安心するだろう」
アンナは診療所のベッドに寝かされていた。熱さましを飲ませて、眠らせているそうだ。
高熱を抑えているだけで根本治療にはならないが、体力が落ちているアンナを休ませるためには必要な処置だった。
「ただな……その特効薬が高いんじゃ」
医者は渋い顔をして言った。アンナの家に金がないことは彼にもわかっていた。
「高いって、いくらするんだ?」
「金貨十枚」
「何だと!」
薬の値段は俺の想像を超えていた。
俺が今回の用心棒で得た収入は、褒美まで含めて金貨五枚だった。
その倍の値段とは。
到底アンナに用意できる金額ではなかった。夫のロメロにその甲斐性があるはずもない。
「――いつまでだ?」
「何?」
俺は医者の胸倉をつかんで顔を近づけた。
「いつまでにその金を用意すればアンナを助けられるんだ!」
「ぐっ、十日。と……十日のうちに薬を飲ませれば助かるじゃろう」
「十日……たったの十日か」
俺の拳から力が抜けた。医者は俺の手から脱して、空気をむさぼった。
「はあ、はあ。何ちゅうバカ力じゃ」
「おぉ、すまん。つい力が入っちまった。十日で金貨十枚……あの話! 先生、必ず金は用意する。薬を、薬を押さえておいてくれ!」
「わ、わかった。薬屋に話を通しておく。じゃが、一日でも金が遅れたらそれまでじゃぞ?」
俺はアンナのことをくれぐれもよろしくと頼んで、手持ちの金をすべて医者に渡した。
アンナをただで預かってくれというわけにはいかないからな。
「赤の他人がどうしてそこまで……」
「理由なんかどうでもいい。今度は俺がいる。俺にできることがあるというだけのことだ」
そう言って俺はリルのところへ戻った。
◆
帰ってみると、リルは目を覚ましてベッドの上に座っていた。何をするでもなく、その眼には何も映っていない。
「今何か作ってやる。それを食って元気を出せ」
「……」
抜け殻のようなリルに声をかけ、俺は買ってきた食材で飯の用意をした。料理と呼ぶのも恥ずかしい、パンとスープだけの食事だ。
それでもスープには肉が入っている。貧乏人にとっては十分ごちそうだ。
「ほら、できたぞ、リル。熱いから気をつけて飲め」
テーブルについたリルはスープを口に運んだ。つらかろうと、悲しかろうと、飯を食える時は飯を食う。
貧乏人はそうしなければ生きていけない。
リルは虚ろな目をしたまま、スプーンを動かし続けた。
「どうした、ゴミでも入ってたか?」
スープを運ぶリルの手がぴたりと止まっていた。スプーンの先をじっと見ている。
「おにくがはいってる」
「ああ。ちょっと硬いからよくかんで食え」
「うん」
それでもリルはスプーンに乗った肉片を眺めたまま、手を動かさなかった。
「どうした?」
「おっかあは? おっかあもごはんたべられる?」
昨日俺が渡した銅貨は黒パンに代わって、リルの晩飯となった。アンナは一口も食べていなかったのだ。
「心配いらん。お医者の先生ンところで、ご飯を食べてるぞ」
「そう? よかった……」
リルはほっとしたのか、ぽろりと涙をこぼした。そうして、大切そうにスプーンの肉を口に運んだ。
「俺はしばらく仕事でいなくなる。アンナも帰ってこられない。リルはエマ婆さんのところに預かってもらう」
「うん。……おとうは?」
飯を食い終わったリルに、俺はこれからのことを話した。幼いリルを一人にしては置けない。
金貸しのエマにリルの世話を任せるつもりだった。
エマは業突く張りだが、人でなしではない。こどもにつらい思いをさせることはないだろう。
ロメロは――どうせ帰ってくるまい。
帰ってきたところで、何の役に立つでもない。せいぜい邪魔になるだけだ。
「ロメロには手紙を書いておく。お前たちのことは心配するなとな」
「あい。わかった」
幼心にもリルはロメロがあてにならないことを知っている。それでも心細いのだ。
その気持ちを押し込めたリルを見ると、俺の胸の奥がじくりとうずく。
俺は自分の気持ちに蓋をして、リルを抱き上げて部屋を出た。
せめてババアの家までは、この子を抱いて行ってやろう。
「きっと俺が迎えに行くからな。安心して待ってろ」
「うん」
腹いっぱいに飯を食わせたはずなのに、リルの体はしゃぼんの泡みたいに軽かった。
風が吹いたら飛んでいきそうなその体を、俺は壊さないようにそっと運んで歩いた。
◆
「面倒なことを持ち込んでくれるよ、お前さんは」
「すまない。貸しにしといてくれ。もう金がないんだ」
眠ってしまったリルを俺はエマの枯れ枝のような腕に渡した。
「十日で金貨十枚稼ぐってかい? 無理をする気だね?」
「婆さんからの借金を後回しにして悪いが、人の命がかかってるんでね」
「ふん、見損なうんじゃないよ! この子の預かり賃と貸した金の利息、しっかり上乗せするから楽しみにしてな」
ことば使いは荒いが、エマはリルを起こさぬよう抑えた語気でののしった。まったく器用な婆さんだ。
今度のことは金では返せない恩になる。すべてが終わったら、ババアの肩でも揉んでやるか。
「アンタのことだ。どうせ恩だの、礼だのと考えてんだろう? 余計なことは考えなくていいから、とにかく無事で帰ってきな! 怪我でもしたら、また返済が遅れるだけなんだからね!」
「わかってるよ。貧乏人は体が元手だからな。おっと、こいつを忘れてた。いい子にしてたらリルに食わせてやってくれ」
俺は今日リルのために買った飴玉の袋を、エマに渡した。
「ケッ! 自分であげりゃいいもんをさ。めんどくさいったらありゃしねぇ」
そう吐き捨てながら、婆さんは大事そうに飴をしまった。
◆
「そうか。やる気になったか」
「よろしく頼む。ただし十日だ。それ以上はつき合えない」
「十分だ。報酬は金貨十枚でいいんだな?」
俺は翌日クラウドに会って雑用係の仕事を引き受けると申し出た。十日で金貨十枚という条件はこちらから申し出た。
クラウドに言わせれば、できたばかりのダンジョンなので、十日もあれば攻略できるだろうとのことだ。
それ以外に、もし俺が<魔獣>を倒すことがあれば、そのドロップ品は自由にしていいという条件も上乗せしてくれた。
「お前の戦力に期待しているところもある。お前が<魔獣>を間引いてくれれば、俺たちメンバーの負担が減るということだからな」
「わかった。自分から<魔獣>を狩りに行こうとは思わんが、襲われたら身を守らにゃならん。その時の張合いにさせてもらうよ」
いわば追加報酬だ。偶発戦で褒美がもらえるということと同じなので、そんなときは頑張ろうという気にもなる。士気を盛り上げるには良い条件だ。
「それと、もう一つ言っておくことがある」
そう言って、クラウドは一人の若者を俺に引き合わせた。
「オイラの名はルーク。<サポーター>として一緒に参加することになった」
「そうか。俺はツバキだ。よろしく頼む」
ルークと名乗った若者は二十歳そこそこのハンサムな奴だった。百八十センチくらいの身長で細めの体型ながら、太ももとふくらはぎがよく発達していた。
体の動きにしなやかさを感じる。身体能力は相当に高そうだった。
「うわー。でかいねぇ、アンタ。堂々の二メートル超え? それなのに<サポーター>ってどういうこと?」
挨拶を交わした途端、ルークは「仲間」としての間合いに踏み込んできた。どうやらコミュニケーション能力が高い奴らしい。
俺の胸筋をペタペタと触って来るのだが、屈託のない笑顔がいやらしさを感じさせない。
「体がデカいのは生まれつきだ。争い事が苦手でね。パーティーには荷物運びで貢献させてもらう」
「そうかぁ。うん、そっちの方面はアンタに任せるよ。オイラはスピード重視かな? 戦闘メンバーに<回復薬>を渡すとか、遠くから<魔獣>をけん制するとか」
「この体だと小回りが利かんからな。そういう役割はルークの方がうまそうだ」
俺はノロマではない。走ればそれなりの速さで動けるが、周りの人間を弾き飛ばしかねない。
ダンジョンのような狭い空間でチームプレイをするには体がデカすぎるのだ。
「オイラの職業は<暗殺者>だからね。主力の武器はこの短剣。差し支えなければあんたの職業を聞かせてもらえないか?」
戦闘職でないとはいえ、俺達もダンジョン攻略パーティーの一員だ。お互いの戦闘法を知っておくことには意味がある。
「俺は<仕立屋>だ。戦う時はこいつを使う」
俺は右肩に担いだ天秤棒を持ち上げて見せた。両端に荷物を提げて担ぐための棒だが、荷物を外せば武器にもなる。
「ふうん。変わった棒だな」
俺が持つ天秤棒は黒みがかった焦げ茶色をしている。材質は黒檀で、目が詰まっているためにずしりと重い。
並の人間が使うには重すぎるかもしれないが、俺にはちょうど良かった。
「本来の用途は荷物運びだが、身を守るにも都合がいい。手入れも要らんしな」
仕立屋の仕事に天秤棒は必要ない。だが、それ以外の副業で働くときには、俺はたいていこの天秤棒を持ち歩く。杖術ジジイからのもらい物だ。
力仕事では荷運びの道具となり、用心棒稼業では武器になる。体に馴染んだ棒だった。
「お前たちにはこいつを背負ってもらう。出掛ける前に体を慣らしておけ」
クラウドは俺とルークに木でできた背負子を寄こした。荷物を載せて括りつけ、上から網で固定するようになっている。
背嚢と違って大きなものや尖ったものでも載せられるのが背負子の長所だ。
欠点としては木でできている分、背負子自体が重い。俺にとっては気にもならない違いだが、ルークはどうか?
「うん。肩ひもは幅広で食い込まないように当て布がしてある。これなら一日中担いでも問題ないね」
ほっそりして見えるが、ルークは下半身がしっかりしていた。
背負子は腰で担ぐものだ。これなら多少の重荷でよろけることはないだろう。
パーティーが準備した荷物を見て、俺とルークの間で分担を決めた。
水、食料、野営道具など重くかさばる物を俺が担ぐ。ルークは主に<回復薬>や<毒消し>、包帯などの消耗品を担当することになった。
討伐した<魔獣>がアイテムを落とせば、もちろんそれも回収して背負うことになる。
クラウドたち戦闘メンバーにとって、俺達<ポーター>の無事はアタックの成功に直結する重要事項だった。
「ツバキには身を守る戦闘力を、ルークには逃げ足の速さを期待しているぜ」
クラウドはそう言って俺達の肩をたたいた。
ダンジョン攻略は明朝出発と決まり、クラウドは気前よく俺達に食事を奢ってくれた。無一文の俺には願ってもない申し出だった。
食事の場にはすべてのメンバーが揃っており、攻略前の顔合わせを兼ねていた。
いざという時に気心が知れていないと、連携に支障が出る。冒険者パーティーのメンバーは一匹狼では務まらなかった。
「ワシよりデカい奴がパーティーに加わるのは珍しいぞい」
巨漢ガンダルは見かけによらず、気さくで口数の多い男だった。俺よりわずかに小さいものの身長は二メートルを少し下回るくらいだ。
胸板の分厚さなど、肉の量は俺をはるかに上回る。頼もしい壁役だ。
「デカいのが増えると暑苦しいんだけどね」
憎まれ口をたたくのは小柄な<斥候>のハクだ。パーティーでは一番若く、まだ二十歳前だろう。
キノコのような髪型が特徴的だ。
「ハクはいつも先頭を歩いとるんだから関係ねぇだろう」
すかさず<盾役>を務める<戦士>ガンダルが言い返す。この二人はいつもこの調子らしい。
じゃれ合いのようなもので、喧嘩ではなさそうだ。
「いつもガンダルが俺の尻を狙っているようで、気持ち悪いんだよ!」
「何だ、ワシに尻をなでてほしいのか? ぐははは」
「下ネタは禁止ですよ。パーティーの品位が下がりますからね」
水を差すような冷たい声は、<回復役>を務める<回復術師>サンドのものだ。存在感が薄い中年男だ。
常に姿勢のよいたたずまいで、冗談も言わない。理知的な堅物という印象だった。
「<サポーター>だから仕方ないけど、また男が二人増えちまったわねぇ」
テーブルに頬杖をついてぼやくのは、後衛担当の<魔術師>ミレイだ。パーティーの紅一点で、三十前後の美女だった。
一人だけ酒を飲み、うっすら頬を赤く染めている。
「アンタたち、アタシに惚れないでね? パーティー内は色恋禁止!」
「……あ、ああ」
「ははは! オイラは間に合ってるから、大丈夫!」
何と返事していいか困った俺とは対照的に、ルークはミレイのセリフを笑い飛ばした。
こいつは本当に人扱いがうまい。
ダンジョン内では、ハク、ガンダル、ルーク、ミレイ、俺、サンドという順序で並び、最後尾をクラウドが固める。そう聞かされていた。
ミレイはルークと俺に前後をはさまれる形になるので、俺たちのことを気にする理由がないこともない。
「ツバキはともかく、ルークはミレイを怒らせないようにしとけよ? ダンジョン内で後ろから魔術を誤射されたら、頭がすっ飛ぶからな」
「冗談じゃねえ! 並ぶ順番変えてくれないかなぁ」
「がっはっは!」
クラウドが場を和ませようと冗談を飛ばし、ルークがそれを滑稽に受けて見せた。
これならぎくしゃくせずにやっていけそうだ。
俺は一瞬だけアンナのことを忘れて、気を緩めることができた。




