第5話 クラウドからの誘い
精神集中の仕方はほかのジジイたちから教わっていた。
そこから魔術を為すには、生命力を魔力に変換したうえで、それをことばに乗せるのだと魔術師匠は言った。
『魔力への変換てのはどうやったらいい?』
『ワシの手を触ってみい。あったかかろう?』
ジジイのしなびた手など触りたくなかったが、これも修行だ。俺はジジイの手から伝わる体温を感じた。
『それがワシの生命力じゃ。ワシの中で燃える炎じゃと思ってもえぇ』
『これが消えたら、ジジイが死ぬわけだな』
俺の中で、何かがぞわりとうごめいた。生命と死は隣合わせだ。
『まだ当分死なんわい。お前の中で燃える炎も、これと同じじゃ。まずはそれを意識せい』
俺は地面に胡坐をかき、目を閉じて自分の内側に意識を集中した。
そこまでは慣れたものだ。すぐに周りの雑音が俺の意識から消えた。地面の硬さ、冷たさ、風のそよぎ。そういうものたちが俺という存在から遠ざかって行く。
残ったのはどくどくと規則正しく俺を内側から揺らす脈動と、俺の芯で燃える炎だけになった。
『目を開けちょってもその状態を維持できるようにするっちゃ』
すぐにはできなかった。目を開けると集中が乱れ、世界が俺にまとわりついてくる。
目を開けたままで世界から己を切り離せるようになるには、三日かかった。
『ふうむ。やっぱり器用じゃの。ワシの流儀ではそれを「<解脱>」と言う。三日で達するとは非凡だっちゃ』
<解脱>が維持できるようになれば、魔術行使への道は近い。ジジイはそう俺に教えた。
『次は生命力に「名」を与えるんじゃ。お前の「意」を乗せた「名」を与えることで、生命力は世界に干渉する性質を持つ。それが魔力じゃ』
たとえば、生命力に「水」という「名」を与えよう。その「名」には俺のイメージを乗せねばならない。
田園を流れる清きせせらぎ。あるいは大船を翻弄する激しい波濤。
俺がその「名」を信じ、「世界よ、かくあれかし」と望めば、世界はその方向に歪むのだと言う。
術師の生命力を対価として。
『何でもできるわけじゃないぞえ? 現実との乖離が大きくなるほど、術には大きな魔力を必要とする。魔力が足りなきゃ術は成らん』
「名」はことばだ。口に出して言うことでイメージが強まり、術の成功率が上がる。
また、魔力を通しやすい物質があり、それを利用すると魔術発動が楽になる。普通はオークやカシ、ケヤキ、黒檀などの硬い木材から作った杖を魔術発動体とする。
魔術修業を始めてから一か月後、俺は杖の先から雷撃を起こせるようになっていた。
『ようやったの。ここまで来れば後は応用じゃ。いろいろ工夫して「名」を編み出せ。それがお前の魔術じゃ』
魔術ジジイはそう言って、俺の前から去って行った。術の「名」は<魔術師>固有のイメージであり、他人が教えられるものではない。
それから俺は仕立屋稼業の合間に、武術の稽古と魔術の開発を重ねた。
二十六年もの歳月が流れ、俺の技、俺の術は数を増やしたが、いまだに俺は自分の心を持て余している。
結局、吐き癖は直らなかった。
◆
「ツバキよ、えらい災難じゃったの」
マハド家の用心棒を務め終えて、俺は用心棒代と人質を救った褒賞、そして強盗団の討伐報酬を冒険者ギルドから受け取った。
俺にとっては滅多に見ない大金だった。その大半を俺は借金の返済としてエマ婆さんに渡した。
借金残高の半分にあたる金額を受け取って、エマの口元はことばと裏腹に緩んでいる。用心棒の口を俺に勧めて正解だったとほくそ笑んでいるのだろう。
俺にしても借金額が減るのはうれしかったが、強盗団との凄惨な戦いを思えば喜んでばかりもいられなかった。
人質を救うためとはいえ、俺は五人の盗賊を手にかけていた。
「もう用心棒はこりごりだ。今度仕事を持ってくるときは、荷物運びとか工事人足の仕事にしてくれ」
「ふん。意気地のないこった。盗賊の命くらいでこりるんじゃないよ。討伐して当たり前じゃないか! 強盗する方が悪い」
「そうだろうけど、俺には向いてない」
俺の口の中に苦い味がよみがえる。あんな思いをするのはもうごめんだ。
「はん。お前さん、ときどき森に入って狩りをしてるんだろう?」
「それがどうした」
仕立屋商売がうまくいかず、食うに困ったときは森で食べ物を得る。それがなければ、俺はとうに干上がっていただろう。
「獣を殺すのは平気なくせに、人間は殺したくないなんて選り好みじゃないか」
人間の中には獣より質の悪い奴らがいる。エマはそれを言いたいのだろう。
「理屈はわかってる。だが、体が受けつけないんだ」
俺は目をそらしてそう言うしかない。エマが言う通り意気地のない話だ。
「難儀な話だね。ま、アタシは金さえ返してもらえば文句はねぇ。せいぜい稼ぎな」
婆さんから受け取りをもらうと、俺はエマの家を離れた。
懐にはまだいくらか余裕がある。部屋への帰り道、俺は肉や野菜などの食材と、隣の娘リルへの土産を買った。
赤や黄色の飴玉はリルの好物だ。貧乏人の口に甘味は滅多に入らない。
きっとリルは喜んでくれるだろう。
母親のアンナには、大目に買った食材をおすそ分けしてやる予定だ。昼間のこの時間なら家にいるだろう。
「おい、お前」
武器屋の店先を通り過ぎようとした俺を、店から出てきた男が呼び止めた。
「俺に何か用か?」
俺は足を止め、男に向き直った。
男の声には聞き覚えがある。思った通り、冒険者パーティ「山嵐」のリーダーであるクラウドだった。
「時間はあるか? その辺まで、ちょっとつき合ってくれ」
「構わんが、手短に頼む」
手に持った食材の包みが気がかりだったが、クラウドには「借り」がある。若い冒険者に絡まれたところを間に入ってさばいてくれた。
話を聞いてやるくらいの義理はある。
クラウドは俺を近場の飯屋に連れて行った。
「腹は空いていないぞ」
「それなら何か飲んでくれ。聞いてほしい話がある」
昼間から酒を飲むのも気が引ける。俺はコーヒーを頼んだ。クラウドも俺に合わせてコーヒーを選んだ。
「単刀直入に言う。俺のパーティーに入ってくれないか?」
「『山嵐』にか? 俺は冒険者じゃないぞ。ただの――」
「<仕立屋>だそうだな」
クラウドは俺の生業を知っていた。その上で俺を誘うとは、どういう了見なのか?
「武力として加われというわけじゃない。言ってみれば<雑用係>として働いてほしい」
「冒険者パーティーの<雑用係>だと?」
「ああ。気を悪くしないで聞いてくれ」
クラウドとそのパーティー「山嵐」は、バルマの冒険者ギルドのトップランクを任じていた。
<盾役>の巨漢ガンダル。後衛の攻撃<魔術師>ミレイ。<回復術師>のサンド。<斥候>のハク。そしてオールラウンダーの<剣士>クラウドが指揮を執るバランスのいい五人組だ。
「自慢じゃないが、武力は有り余っている。ウチに必要なのは<雑用係>だ」
「山嵐」の武力については、俺にもその充実ぶりは納得できた。メンバー個人の能力が高い上にバランスが良い。どんな環境でも実力を発揮できるパーティーという噂だった。
「俺にどんな働きを期待している?」
冒険者として働くつもりはなかったが、俺に何を求めているのかが気になった。<仕立屋>の仕事というわけではなかろうが……。
「実は、新しくできたダンジョンの攻略を考えている」
「というと、『北のダンジョン』か」
バルマには以前から町の南にダンジョンが存在する。長い間、冒険者たちの稼ぎ場であったが、今年に入って町の北側に新たなダンジョンが生まれた。
それが「北のダンジョン」と呼ばれる場所だ。いくつものパーティーが攻略に挑んだが、まだ成功したものはいない。
ダンジョンの最深部には凶悪な<魔獣>が巣食っており、それを倒すと貴重な宝やアイテムが手に入る。
冒険者にとっては一獲千金のチャンスだ。
「未踏破ダンジョンの宝物となれば、王都でのオークションでとてつもない高値がつくはずだ」
「だろうな」
俺は気のない声で返事をした。ダンジョン攻略など、一介の仕立屋には縁のない話だ。
それに、俺は巨万の富にも興味はない。
借金を返し、まともに食っていければそれで十分なのだ。好き好んで命を危険にさらす必要はない。
「未踏破ダンジョンの攻略となれば、長期戦になることが予想される。そうなると、まず必要なのが<ポーター>だ」
「荷物運びか」
ダンジョン攻略に<ポーター>を引き連れるパーティーは珍しくない。水、食料、回復薬、予備の武器や防具。
長期戦を支えるために必要な物資は数多い。しかし、大きな荷物を抱えては魔獣と戦えなくなってしまう。
そこで、攻略メンバーは身軽な装備に抑えつつ、物資を運ぶ専門の<ポーター>が必要になるのだ。
「その体が<ポーター>には理想的なんだ」
体が大きければ、単純に運べる荷物が多くなる。俺の巨体は確かに<ポーター>向きと言えた。
「それに、お前なら鎧の手入れもできるだろう?」
「金属鎧は無理だが、革鎧なら――」
「ウチは革鎧が基本だ」
騎士は金属鎧をつけていてもよいが、自らの足で移動し、暑さ寒さに適応しなければならない冒険者は金属鎧を嫌う。
「そして、<マッピング>だ」
「ダンジョンの地図か」
新興ダンジョンには地図情報が不足している。探検を進めながら、自分たちで<マッピング>をしなければならない。
「<斥候>がやるんじゃないのか?」
偵察を兼ねて地形を調べ、罠の存在を警戒する。それが<斥候>の仕事だと、俺は認識していた。
「北のダンジョンは情報が少ない。<斥候>の負担が大きくなりすぎると、攻略スピードに影響が出るんだ」
「<マッピング>か――」
「地形そのものは<斥候>が調べる。お前はそれを記録するだけでいい。読み書きができるそうだな?」
危険に囲まれたダンジョン内で正確な地図を記録するのは難しい。<マッピング>には特殊なスキルが本来必要だ。
「お前なら<採寸>、<型紙起こし>のスキルを使えるだろう」
「アンタ、<仕立屋>のスキルに詳しいな」
「親戚に<仕立屋>がいてな。いろいろ聞かされた」
俺なら<斥候>から聞き取った地形情報を正確に記録することができる。記録は布地に刺繍で残せるので、万一水に濡れても消えることがない。
「最後に、お前さんなら自分の身は自分で守れるだろう?」
強盗団を一人で制圧できる俺には、冒険者並みの武力があると言える。いざというときに自分の身を守る力があれば、メンバーのお荷物にならずに済む。
<ポーター>がお荷物になっては本末転倒であった。
「俺のことは知ってるんだろう? 俺は殺しをためらう腑抜けだぜ」
俺は自分の弱点をあえてクラウドに告げた。それでも俺をメンバーにするつもりかと。
「吐き癖のことか。犯罪人討伐のミッションなら誘わないが、ダンジョンでの敵は<魔獣>だからな。問題にならんだろう」
クラウドは気にもならないと言うように両手を広げた。
「時々獣を狩っていることは知ってるぜ。獣が平気で<魔獣>は殺せないということもないだろう」
「アンタの申し出はわかった。今日一日考えさせてくれ」
俺はクラウドへの回答を保留した。
果たして俺はダンジョンという恐怖と向き合えるのか? 自分自身にそれを問いかける時間が必要な気がしたのだ。
「わかった。明日のこの時間に、返事を持ってこの場所に来てくれ」
「ああ。必ず顔を出す」
「いい答えを期待してるぜ」
自分に期待してくれる人間がいる。そのことはうれしかった。
しかし、その期待に応えられるだろうか? 期待を裏切り、泥をかけることにならないか?
揺れ動く心を持て余しながら、俺は自分の部屋に帰った。
「アンナ、いるかい? 土産があるんだ」
「……おっちゃん」
隣に声をかけると、真っ青な顔をしたリルが戸口に表れた。
「どうした? 何かあったのか?」
「おっかあが……」
言葉に詰まったリルは自分の胸を押さえてよろめいた。目が焦点を失い、膝から崩れ落ちる。
俺はあわててリルを抱き起した。
「しっかりしろ、リル! アンナ! アンナはいるか!」
「うう……」
俺はリルを抱き上げて、部屋に入った。奥のベッドまで運んで、そっと寝かせてやる。
部屋の中にアンナの姿はなかった。
俺は手ぬぐいを濡らし、リルの顔をぬぐってやった。熱はないので、栄養不足に心労が重なって気を失ったのだろう。
しばらく寝かせておいてやると、リルはやがて目を覚ました。
「ああ……。おっちゃん」
「気がついたな。急に動かん方がいい。もう少し休め」
「おっかあがたいへんなの……」
俺はリルに水を飲ませて落ち着かせた。そうして彼女の話を聞いてやると、アンナが倒れたということがわかった。
「アンナは今どこにいるんだ?」
「けさねどこからおきてこなくて、おでこをさわったらすごくあつくて……」
混乱したリルから少しずつ事情を聞き出すと、アンナは熱病のような症状で医者に預けられているらしい。
幼いながらリルは隣人を呼んで、母親の異常を訴えた。
アンナの様子を見た隣人が医者の所まで運んでくれたそうだ。
それ以上詳しい状況をリルから聞き出すのは難しかった。
「わかった。俺がその医者のところに行って、詳しい話を聞いてきてやる」
「アタイ、どうしていいかわからなくて……」
「心配するな。今はゆっくり休め」
俺は買ってきた食材をキッチンに置き、隣人から聞き出した医者の診療所に向かった。




