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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第4話 強盗団制圧

「うわーっ! やられた!」


 俺は廊下を元の立ち位置まで戻ると、適当に悲鳴のようなものを上げた。内容は何でもいい。バカがつられて出てきてくれれば。


「いったい何だってんだ?」


 一応用心したのだろう。扉を開けて、男は顔だけを突き出して廊下の様子を窺った。


 ガツッ!


 俺の槍が男の顔面を削った。


「ぎゃっ!」


 俺は槍を手放すと、見張りから奪ったショートソードを手に取り、戸口へと走った。

 ここからは乱戦だ。


 斬られた顔を引っ込めた男を追って、戸口に立つ。すぐ目の前に男は顔を押さえて立っていた。


 無防備だ。漫然と剣を構えた右手をショートソードで斬ってやる。

 振りかぶる必要もない。斬るのは相手の親指一本。


 がらんと音を立てて男の手から剣が落ちた。親指がなければ物は持てない。


「うぎっ!」


 落とした剣が右足の先を傷つけたらしい。男は痛みのためにうずくまろうとした。


「おっと、座るな。言うとおりに動け」


 俺は男の首筋に剣を押しつけ、後ろ向きにして背中から羽交い絞めにした。脅しでないことを分からせるために、首の皮を浅く切ってやる。


「ひぃいいー!」


 体のあちこちから血を流しながら、男は震えていた。


「何だてめぇは?」


 リビングの奥から怒鳴ってきたのが、どうやら強盗団の頭領らしい。革鎧を身に着け、ロングソードを右手に下げている。歳は五十前後だが、筋骨隆々とした体つきだった。


 強盗団の生き残りは頭領のほかもう一人。そいつは狡猾そうな目をした白髪交じりの短髪で、人質の一人に杖を突き付けていた。

 鎧をつけず、身軽な装備であることを見ると、<魔術師>かもしれない。


(<魔術師>は手のうちが読みにくい。厄介だ)


 俺が抱えている盗賊は、飛び道具や魔術を警戒した「盾」だ。一発や二発なら魔術を食らっても耐えられるだろう。


「てめぇは用心棒の生き残りか? 逆らうと店の者を殺すぞ!」


 頭領はロングソードを人質に向けながらすごんだ。

 俺は応えずに、目だけを動かしてリビングの様子を窺った。


 部屋の一角に倒れた人の姿があった。一人、二人、三人。

 俺と一緒にこの家を守る用心棒たちだった。


 全員どう見ても死んでいる。


 残る用心棒は俺一人というわけだ。強盗団三人と俺との戦いですべてが決まる。


(さて、どうするか?)


 頭領一人なら俺の力で制圧できる。俺は相手の力をそう見積もった。

 あの(なり)は冒険者崩れの格好だ。つまり、冒険者として並以下の腕しかないから強盗に成りさがっている。

 その程度の男なら正面から戦っても、俺は勝てる。


 問題は<魔術師>だ。使える魔術の等級がわからない。

 広いとはいえ室内で範囲魔術は使えないだろうが、上級魔術を使われたら一発で命の危険がある。


()()()()()人質があるぞ。こいつがどうなってもいいのか?」


 俺は人質交換を匂わせた。本気ではなく、単なる時間稼ぎだ。

 相手が隙を見せてくれたらめっけものだった。


「ふざけるな! こっちの人質はこれだけいるんだぞ!」

「ぇえー? 人の命に上下をつける気か? こいつはお前の大切な手下じゃないのかよ?」


 俺はわけのわからぬいちゃもんをつけて、相手が混乱してくれることを期待した。


「そんな奴、殺すなら殺せ! お前の方こそ人質を見殺しにしたとなれば、傭兵の仕事は続けられんぞ!」


 そうだよねえ。頭領が言うことはごもっともだった。

 だけど、一つだけ間違ってる。


「違う、違う。俺は傭兵じゃないから」

「てめぇは雇われ用心棒だろうが!」

「違うよ。俺の<職業(ジョブ)>は<仕立屋>だ」


 俺は誇らしげにそう言った。

 きっと声のトーンにも真実味が籠っていたんだろう。


 頭領は眉を寄せて首をかしげた。


「仕立屋だと? 仕立屋風情がこんなところで何をしている?」

「うーん。何してると言われると、用心棒なんだけど」

「ほらみろ! 適当なことを言うな!」


 おっ、会話に食いついてきたね。感情が波立てば手の内が乱れる。もう一歩だ。


「本当だって。ほら、あんたのシャツの第二ボタン。そんな風に取れかかったボタンなんか、すぐに直してやるぜ?」

「何?」


 ボタンが取れかかってぶらぶらしているのは本当のことだ。日頃シャツを着る度に感じていることを持ち出されて、思わず頭領の注意が第二ボタンに向いた。


 ブンッ!


 俺は羽交い絞めした男の首筋に当てていたショートソードを、ノーモーションで強盗団の頭領に投げつけた。

 当たれば大けがをする勢いで、ショートソードは飛んでいく。


「クソがっ!」


 隙を突かれた分頭領の反応が遅れたが、それでも飛んで来る剣を叩き落すには十分間に合う動きでロングソードを持ち上げた。

 一方、俺は羽交い絞めにしていた男のベルトをつかんで頭上に持ち上げた。


「だぁあーっ!」


 狙いは<魔術師>。バカ力を発揮して、手負いの賊を投げつけてやった。

 まさか人間が吹っ飛んで来るとは思っていなかった<魔術師>は、飛んで来る仲間を打ち落とすこともできず、あわてて避けた。


 <魔術師>があわてたらおしまいだ。


 バタバタと体勢を乱したところでこちらに向き直ったが、もう遅い。続けて俺が投げつけた短剣が、<魔術師>の腹に深々と刺さった。


「あばっ!」


 腹を抱えて倒れ込む<魔術師>の顔面を、俺は思い切り蹴りあげた。鼻がつぶれ、脳震盪を起こした<魔術師>は気絶して床に落ちた。

 俺は<魔術師>の杖を床から拾い上げ、頭領の方へと向き直った。


「クソったれ!」


 唾を飛ばして頭領が吠えたが、いまさらだな。


「残るはお前一人だぜ? ぐふっ……」

「うるせえ! そんな杖で俺の剣を受けられると思うか?」

「さて、どうだろう? 杖の方が先にお前に届くと思うんだが」

「しゃらくせえ!」


 頭領はだいぶ頭に血が上っているようだ。武器の間合いの話をしただけなのに。

 いい具合に興奮して、物が見えなくなっているね。

 こうなったら普通に戦っても危なげなく勝てるだろうが……。


 まあ、安全策で行こう。


「サア、イクゾー! 俺ノ杖ヲ受ケテミロー!」

「ふんぬっ!」


 俺は棒読みのセリフを叫びながら、見え見えのモーションで上段から杖を打ち込んだ。

 肩を怒らせた頭領は、俺の杖を斬り飛ばそうとロングソードを両手で斬りあげる。


 バリッ!


「ふばらっ⁈」


 俺の杖の先端が飛ぶのと同時に、頭領がけいれんを起こしてロングソードを取り落とした。

 両手から薄く煙を発している。


「<雷撃>を剣で受けちゃったら、そうなるよねぇ」

「てめぇ……<魔術師>か……」


 口から泡を吹いた頭領が、白目をむいて前のめりに倒れた。


「だからさ、俺は<仕立屋>だって言ってるだろうに」


 ため息をつきながら俺は短くなった杖を放り出した。


「た、助かった……。ありがとうございます。あの、縄をほどいてください!」


 固唾を飲んで成り行きを見守っていた人質が、目を輝かせて俺に語りかけてきた。


「ちょっと待って……。ちょっと」

「えっ? どこ行くの?」


 急によろけだした俺を見て慌てる人質を尻目に、俺は一旦部屋を出た。

 廊下の片隅でこらえきれずにうずくまる。


「う、う、うげぇええっ……」


 さんざんえずいた後、俺は手の甲で口を拭いながらリビングの人質の元へ戻った。


 ◆


『人と争うと吐き気がするだと?』

『以前からそうなんです』


 師匠(ジジイ)たちにしごかれ始めたのは十二の頃だった。争いになるとえずきを止められないことを自覚した俺は、医者に相談した。

 ふうむとうなった医者は、心の病かもしれないと言った。


『こどもの頃、人と争ってひどい目にあったことはないか?』

『……ひどい目ってどのくらいの?』

『今でも心に傷を残すくらい、深刻なことだ』


 俺は唇を固く結んでうつむいた。


『何かあるんだな?』

『覚えていません』

『思い出せないのか?』


 何かあったとは思うのだ。内容が思い出せないだけで、()()()()()()()が。

 その事を考えただけで、深い穴に吸い込まれるような恐怖を感じる。黒い、黒い巨大な穴だ。


『ふうむ。無理に思い出すのはよくないかもしれん。いずれ月日が心を癒す日が来る――』

『時間がたてば治るんですか?』

『――かもしれん』


 どうにも中途半端な診断とともに、俺は医者に追い出された。

 結局、喧嘩さえしなければ異常を感じることもないではないかと。


『ちくしょう。ジジイとの稽古は本気でやらないとケガするんだよ。こっちはそのたびに胃袋がひっくり返るってぇのに』


 ジジイたちは「本気」にこだわった。たとえ全力で挑んでも、そこに「本気」がなければすぐにそれを見抜く。

 そうなったら地獄だ。


『小手先で技を使いおって。くだらんことを考えられんようにしてやろう』


 合気の師匠(ジジイ)は俺をさんざんに投げ飛ばした。ついでに急所を(ひし)ぎ、締め技で俺を追い詰めた。


 このジジイがムキになるには理由がある。俺の吐き癖は合気や柔術を使う時に最も顕著に表れた。

 人と素手で組み合うことが暗い記憶を刺激するきっかけとなるらしい。


 剣術や杖術の稽古では滅多に吐くことはなかった。

 そもそも俺の攻撃など師匠たちには通らない。殺す気になって打ち込む瞬間に胸のむかつきを覚えるが、それは一瞬のことでしかない。


 稽古後、気分が悪くなることがあったが、立ち合い中にこみあげてくる合気の稽古ほどひどくはなかった。


『むう。精神の弱さかのう』


 ジジイは俺に瞑想や精神集中をやらせたが、症状は改善しなかった。

 考えあぐねた合気ジジイは、ある日白いひげを生やした爺さんを連れてきた。


『今日からワシが稽古をつけちゃるでな』


 ぼさぼさに伸びた白い眉毛に細い目が隠れている。そのジジイの手にはねじくれた枝のような長杖が携えられていた。


『爺さん、その格好は……<魔術師>か?』


 ジジイはいかにも<魔術師>といった感じの黒いローブに身を包んでいた。


『お前、聞くところによると心を病んじょるそうだな。殺し合いになると吐き気がするじゃと?』

『そうだが……。普通の人間てだけな気もする』


 人殺しに吐き気を催すのは、まともなことではないか? だんだんそんな気がしてきていた。


『その体、その面でそれを言ってもな。誰も本気にせんじゃろ』


 十二歳で俺の身長は既に百八十センチを超えていた。顔のことは……ほっといてくれ。

 

『……大きなお世話だ』

『ヒッ、ヒッ。魔術じゃったら相手と組み合わずに戦えるぞ? もちろん、殺す時でもじゃ』


 それはそうなんだろうが、果たして魔術を覚えれば俺の吐き癖が収まるのか?

 そもそも俺に魔術など使えるのかと、俺の頭は疑問でいっぱいになった。


『心配せんでもお前は魔術に向いちょるぞ?』

『なぜわかる?』


 不思議に思って俺は聞き返した。そもそも「魔力」なんてものを感じたことがない。

 魔術を身に着けるには特別な才能が必要ではないのか?


『ふむ。まあ座れ。魔術ちゅうもんが何なのかを教えちゃろう』


 <魔術師>ジジイが言うことには、まず魔力は誰にでもあるそうだ。人間はもちろん、生き物には必ず備わっているんだと。


『生き物の体はミジンコよりも小さい「細胞」ちゅうものが集まってできちょるそうじゃ。錬金術師の研究でわかったそうじゃがの。その細胞一つ一つが生命力を持っちょる』


 その根源的な生命力のおかげで人は体を動かし、物を考えることができるのだ。


『ワシゃ魔力ちゅうもんはその生命力を変換したもんじゃと思うちょる』

『魔力は生命力……』

『じゃけん魔力は誰にでもある。したっけ、備わった魔力の量は……』


 ジジイは俺の体をなめるように見た。


『……体がデカいほど多い』


 理屈はそうなる。人の体が細胞というものの集まりなら、俺の体は並の人間よりはるかに多くの細胞でできているはずだ。ならば、細胞が持つ生命力の合計も多いことになる。


『こどものうちからこれほどデカい奴に会うのはワシもはじめてじゃぁ。魔術を教えたらこの先どげぇなるか? 楽しみになっての』

『アンタも俺をおもちゃにするつもりか?』

『悪いか? 貧乏人のガキがぜいたく言うな。教わりたいか、教わりたくないか?』


『……教えてくれ』


 悔しいが、貧乏人が魔術を習う機会など滅多にない。ジジイにおもちゃ代わりにされるのも、今に始まったことではなかったしな。

 少なくともたたきのめされたり、締め落とされたりするよりは体も楽だろう。


 俺はそう思って魔術師匠(ジジイ)に弟子入りした。


『よかろうもん。お前を魔術の道に誘った理由はもう一つあるっちゃ。魔術とは「意」をもって世界を操る術だからじゃ』


 <魔術師>は世界に歪みをもたらす。

 世界の秩序、構造を乱し、おのれの意思に従わせる。それが魔術の本質だと、ジジイは笑った。


『この世が神の造ったもんじゃったら、ワシら<魔術師>は神に逆らう不届き者じゃ。ヒッ、ヒッ』


 ゆえに、人は彼らの術を「()術」と呼ぶ。

 <魔術師>は神を信じない。よって、彼らは邪教徒ではないが、神の信者から見れば「異端」であった。


『生き物すべてに魔力があろうとも、魔術を行えるのは人間のみ。その意味がわかるか?』

『人間だけ、他の生き物と違う……?』

『それは「ことば」だ!』


 人だけがことばを生み出し、ことばを使える。それは世界に名前を与え、世界を支配する行為なのだとジジイは濁った眼を見開いた。


『世界を支配する「意」の力がありゃぁ、己の体くらい自由に使えるようになるじゃろ』


 俺の吐き癖も治るかもしれない。ジジイはそう言うのだった。

 その日から俺の魔術修業が始まった。

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