第3話 戦う前に心で勝つ
『いやいや、そのデカい体で仕立屋とは嘘じゃろ』
『もったいないな。剣を取れば一流になれるのに』
なぜか武術家の師匠たちは俺を教えたがった。俺のガタイが良かったせいだろうが、みんな弟子に恵まれなかったのかもしれない。
自分の死が現実的に感じられるようになってくると、怖くなるらしい。生涯をかけて編んだ武術が世の中から消えてなくなることが。
自分が死んだら、この技術はどこにも残らない。
血筋が途絶えることよりも「術」が消えてなくなることがジジイたちの心残りだったんだ。
結局断り切れなくて、俺は弟子の真似事をした。それなりに厳しい訓練もあったぜ。
とはいってもつらかったのは最初のうちだけで、体ができあがってからは割と楽しかったな。
『お前のように教え甲斐のある弟子は初めてじゃ』
そう言われることもあった。
それはたぶんあれだな。異なる武術をいろいろ教わったせいで、それぞれの流儀の理合いを吸収しやすくなっていたんだろう。
杖を使おうと剣を振ろうと、極意の部分では共通するものがあったんだな。
俺にしても用心棒という仕事を受けるからには、多少の武力は身につけたかった。人より体力があったので、稽古は苦にならなかったしな。
二十年もそんなことを続けていれば、剣術や杖術には長けてきた。人並にね。
その技が多数の盗賊を相手にしてどこまで通用するかはわからない。
それでも泣く子を見捨てるわけにはいかない。やれるだけやってみるさ。
◆
俺は住居棟に忍び寄り、床下にもぐりこんだ。
床下は狭く、息苦しかったが、俺は人声がする方へと暗闇を這い進んだ。
十分後、俺は人の気配が集まった部屋の下にたどりついた。広さから見てここはリビングだろう。
床板を通して時々くぐもった声が聞こえてくる。
「さあ、いい加減に金のありかを吐け!」
「こ、この家に金などない」
「ふざけるな!」
ふうん。どうやら捕らえた主人から金のありかを聞き出そうとしているようだ。マハド家ほどの大店なら、さぞかし大金を蓄えていることだろう。
だが、その金が見つからないらしい。
どこかに隠し金庫でもあるのだろうか。
(そりゃあるだろうな。隠し金庫)
どこの金持ちもそうだった。用心棒として家を守っていれば、隠し金の場所は自然と見当がついてくる。
結局、主人かその家族だけが近づける場所に隠すことになるのだ。
(まあ、寝室だろうね。主人夫婦の)
強盗に脅されながらマハド家当主は隠し金庫の場所を告げずに頑張っている。しかし、いつまでもは続くまい。
拷問にかけられ、家族を脅かされれば、いずれは教えざるを得ない。
少しでも時間を稼ごうとしているのだ。ひょっとしたら助けが来てくれるかもしれないと。
(本当ならその隙に俺が逃げだして衛兵を連れてくればいいんだが――)
泣き叫んでいたこどものことが気にかかる。
(下手すりゃ戻ってくるまでに人質が皆殺しに合うかもしれん)
近頃はそういう血なまぐさい犯行が増えていると言う。この賊がそうでないとは言えないのだ。
(とにかく、できるだけ早く賊をせん滅することだ)
手加減している余裕はない。賊は全員殺すしかないだろう。
そう自分に言い聞かせると、むかむかと胃液が食道を逆流する。
(ぐぷ。ちくしょう。こんなことで気後れしている場合じゃない! やらなきゃこっちが皆殺しだ)
でんぐり返りそうな胃袋を意志の力で無理やり抑えつけて、俺は一旦床下から中庭へと這い出た。
服も両手も泥だらけになっていたが、構っている暇はない。俺は月明かりの中を、店の表に向かった。
一緒に立っていた相方はどうしたろうか。無事ならば力を合わせられる。
もし、強盗に倒されていたら、おそらく強盗の一味が見張りに立っているだろう。
俺は店の入口に下ろされた大戸の内側に立ち、外の気配をうかがった。
辛抱強く耳を澄ませていると、わずかに足を踏みかえる音が伝わってきた。ついでに鼻をすする音も聞こえてくる。
どうやら表に立っているのは一人だけのようだ。
それは用心棒の相方なのか、それとも賊か?
確かめるには外に出てみるしかない。
俺は賊から奪った短刀の鞘を払い、呼吸を整えた。
俺は相手のいる場所を知っており、相手は俺の存在を知らない。スピードが勝負だ。
(よし!)
俺はくぐり戸を開け、外に飛び出した。思った通りの場所に男が一人立っている。
(クソがっ!)
立っていたのは相方ではなかった。俺は男に飛びかかりながら、唇をかんだ。
賊は腰の短剣に手をやりながら、振り向こうとしていた。
俺は左手でそいつの手首をつかまえて、短刀を腹に突き刺す。
激痛に横隔膜が一気に収縮して、賊の息が詰まった。
『声を出させないために、一撃目は腹を狙え』
ジジイに教わった通りの奇襲攻撃だった。
賊は短剣の柄を放し、両手で俺の短剣をつかもうとする。苦し紛れの動きだった。
俺は左手で賊の短剣を取り上げ、道に放り捨てた。そのまま賊の背後に回り込む。
賊の首に左手を巻きつけ、裸締めで気道と頸動脈を締めあげた。身長差のために賊の足が地面から浮き上がった。
呼吸できない賊は、俺の右手を放して喉を締めつける左手を引きはがそうとした。
俺はすぐさま短剣を賊の腹から引き抜き、肋骨の間に滑り込ませた。
そこには心臓がある。
ぐりぐりと嫌な手ごたえを伝えて、賊の心臓は動きを止めた。
短く痙攣した賊は、すぐに動かぬ死体となった。
俺は返り血を浴びぬよう気をつけながら、賊をうつぶせに横たえた。
辺りを見回すと、少し離れた場所に相方が転がされていた。調べてみたが、脈も息もない。
逃げようとしたところを背後から首を斬られたようだ。血だらけになっているのだろうが、暗がりではよくわからない。
「(ぐげっ……)」
胃袋から吐き気が込み上げる。さっき吐いたばかりで胃袋は空っぽだ。
胃液しか吐くものはないのだが、胃をひっくり返すような不快感が体を突上げる。
……。
『やめろ! 何をする!』
『苦しいっ! 手を放せ!』
闇の中でどこからか声が聞こえてくる。
いや、その声は俺の手の中から聞こえてくる。右と左の手が作る輪の中から――。
(くそっ!)
俺は右手で拳を作り、自分の腹にたたきつけた。
「(ごふっ!)」
思い切りたたいても、分厚い腹筋がその衝撃を受け止めてしまう。構わず二度三度と殴りつけると、ようやく胃袋が落ち着いた。
(おびえてる場合じゃない。人質を助け出さなければ)
俺はくぐり戸を閉めると、店の外から裏口に回った。強盗団が慎重なら、裏にも見張りを立てているはずだ。
足音を抑えて店の裏手に出ると、案の定一人の男が裏口を守っていた。
月明かりに浮かび上がった男の容貌は、どの用心棒とも一致しなかった。
傍らの地面から盛り上がった塊が、殺された用心棒のなれの果てだろう。
(近づくまでに気づかれるな……)
俺のいる場所からは裏口まで距離がある。月明かりに照らされた状況では、襲い掛かる前に賊に気づかれてしまうのは間違いなかった。
(どうするか?)
考えをめぐらした俺は、頭の後ろに手を組んでふらりと角を回った。
「飲めぇば~飲むぅほ~ど~、強く~な~る~」
怪しげな音程で歌いながら、俺は千鳥足で男の方に進む。
「酔えぇば~酔うぅほ~ど~、強く~な~る~、ってね!」
「……酔っ払いか? いい気なもんだな」
闇を透かして、賊は俺の様子を窺っていたが、千鳥足の酔っ払いと見て警戒を解いた。
「デカい図体をしやがって、近所迷惑な野郎だ。さっさと行きやがれ」
「あ~い。トゥんまテェん! おっとっと……」
「おいおい! こっちに寄るんじゃねぇ!」
俺は通り過ぎながら、賊の方へとよろめいた。俺の大きさに驚いた賊が、あわてて押し返してくる。
「ごめんなさいね~」
「うるせえ! まっすぐ歩け!」
賊は吐き捨てて、俺から目をそらした。
その隙を見逃さず、俺は頭の後ろに組んでいた手をほどいて、右手を振り下ろした。
ごんっ!
俺がつかんでいた石が、男の脳天を叩き潰した。
石といっても俺の手に収まり切れないほどの大きさだ。世間では「岩」と言うんだろう。
さっき拾ったばかりのそれを、俺は道端に投げ出した。
倒れた賊はピクリとも動かない。
俺はその死体を用心棒の死体と並べておいた。
(うぷっ。これで四人目か。残りは四、五人てところかな?)
俺の経験上、十人を超える盗賊団というのは滅多にいない。大人数になるとそれはもう「組織」となってきて、頭の悪い悪党たちではまとまっていられないのだ。
その規模の武装集団ともなれば町の領主も放っておかない。二、三十人で蜂起されたら戦争になってしまう。
(さて、こうなると、後は決戦だな)
これ以上、各個撃破の戦いは無理だろう。住居棟のリビングに集まった強盗団を一気に鎮圧しなければなるまい。
奇襲をかけて隙を突けるのは一人か、せいぜい二人。
最後は二、三人を相手に戦うことになる。
(ふう。ちょっとしんどいことになりそうだな)
俺は空を見上げて、息を吐いた。
◆
『戦いとは技と力と、そして心でなすものだ』
『心ってのは? 不動心とか精神力ってこと?』
俺は師匠の一人と対話していた。こいつは合気の達人だった。
槍を持とうと、剣を振ろうと、こいつに近づいた瞬間転がされてしまう。
俺のヘソまでしか背丈のない小男なのに、まったく歯が立たなかった。
『バカ者。そんな世迷言が戦いの役に立つものか。「心」とは「ズル」のことだ』
『はあ? それが極意?』
『おうよ。敵と同じ条件で戦うなど、愚か者のすることだ』
格好のよい言い方をすれば、心とは「知恵」のことだ。だが、それでは頭の悪い俺にはわかりにくいだろうと言って、ジジイはニタニタ笑いやがった。
『戦う前にいかに己を有利にしておくか。それに心を砕け。そうすれば勝ったも同然よ』
『うわあ。汚ぇ話だなぁ』
俺が引いていると、ジジイは鼻を鳴らして言った。
『ふん! 正々堂々と戦って死ぬよりも、クソにまみれてでも生き残る。それが戦いの本質だ』
『ケッ! くそジジイらしい極意だな』
『ところでお前が飲んでいるその茶だがな。しびれ薬が入っているぞ』
『ゲッ⁈ ……くっ、体がっ……』
『わはははは。動けんか? ほれ、ほれ?』
あの時は小一時間ほど、ジジイに投げられ放題だったなあ……。
◆
俺は腰の後ろに二本の短剣を差し、天秤棒の先に別の短剣を縛りつけた即席の槍を携えて住居棟へ乗り込んだ。
本当は弓でも持ちたいところだったが、見当たらないので仕方がない。槍を持っているだけでも大分有利に立ち回れるはずだ。
俺はできるだけ気配を消してリビングに向かった。
リビングに近づくと、ドアの前に見張り役の盗賊が一人立っていた。
身を隠す場所がないので、俺は堂々とそいつに歩み寄る。
「ん? だ、誰だ!」
「よう。お前のところの頭領に話があってきた」
「頭領にだと?」
見張り役は腰のショートソードを抜き、身構えながら聞き返してきた。
「おーい! 誰か来たぞ!」
自分一人では対応しきれないと思ったのだろう。見張りはリビング内にいる味方に向かって声を上げた。
扉越しにリビング内の仲間に呼びかけつつ、男は俺に対する警戒を解いていなかった。見張り役としての責任感があったのだろう。
俺はというとだらりと垂らした右手に「槍」を握り、穂先をまっすぐ前に向けていた。
見張りの目には槍の穂先だけが見えており、柄の長さがつかめない。
だから、わからなかった。
既に俺の間合いに入っていたことを。
だんっ!
俺の右足が床板を大きく鳴らした。
「あ?」
見張りの目には俺の身長が急に縮んだように見えた。そうではなかった。
股を大きく開いて左足を踏み込んだために、俺の頭が沈んだのだ。
左手、そして右手がぶれるような速さで動き、踏み込みに合わせて槍を繰り出す。槍の穂先が一筋の光となって襲い掛かったのは、見張り役の眉間であった。
男には槍が見えなかった。
正確にいえば見えてはいた。しかし、点にしか見えないため動きと距離感が把握できなかった。
「<無角突き>」
槍の師匠がそう呼んだ技だ。
ゴンッ!
短剣の刃先に突かれて、見張りの顔ががくんと天井を向く。
この一撃はけん制だ。おかげで相手の全身は無防備に俺にさらされている。
俺は後ろ脚となった右足を踏み込んだ左足に引きつけながら、風を鳴らす勢いで槍を引き戻す。
「ふっ、ふっ、ふっ!」
俺は一呼吸で槍を三度往復させた。水袋を突き破る手ごたえが、俺の両手に三度伝わる。
「ぐ、う、う、う……」
見張りの男は何もできぬまま、腹を抱えて崩れ落ちた。
俺はすばやく見張りが落としたショートソードを拾い上げ、リビングのドアから遠ざかった。
「おい、どうした? 何かあったのか?」
リビングの中から大声が上がった。見張りの呼びかけは伝わっている。
放っておけば誰か廊下に出てくるはずだ。
何もこちらから室内に乗り込む必要はない。様子もわからず出て来る奴を、待ち伏せしてやるつもりだった。




