第21話 戦いの終わり
「へっ?」
「討伐はここまでだ。引き上げるぞ」
さらりとした声でクラウドはメンバーに撤退を告げた。まるで散歩から帰ろうとでも言うように。
「そんな!」
「クラウド、ちょっと待ってくれ!」
「俺もそれが正しいと思う」
メンバーたちがざわつく中、俺はクラウドの判断を支持した。
「今の『山嵐』では力不足だ」
「くそっ! てめぇ――」
「よしなさい、ハク」
俺をにらんで食ってかかろうとするハクを、サンドが静かに止めた。
「ツバキのことばをを思い出しなさい。彼は『今は力不足だ』と言ったのです」
「……」
そう。今のままでは力不足だ。だが、こいつらは今の実力のままで埋もれていくつもりか?
鉄をも断ち切る斬撃を磨かないのか? 二十メートルの敵を飲み込む魔術を身につけないというのか?
影も落とさぬ俊敏性は? 津波をも押しのける障壁は? 一瞬で百人を救う<超回復術>は?
「ジジイたちはよ。『最強の自分は、明日の自分である』と言ってたぜ」
学び続け、磨き続ける限り進歩に終わりはない。俺はそれをこの目で見た。
「明日の俺か……」
唇を噛むハクの目に光が点った。
わかりやすい奴だ。そういう奴は伸びる。強くなる。
俺はそれを知っている。
「わかったよ、クラウド。今日は帰ろう」
「ハク……」
「けどよ。また来るぜ。丘の向こうのデカブツをやっつけによ。そんときゃ、けちょんけちょんにしてやるぜ!」
「ああ、そうだな」
ようやくメンバーの顔に笑顔が戻った。皮一枚の下に苦渋を押し隠した笑顔だが。
それでも笑顔だ。笑える奴は、まだ負けていない。
「よーし! そうと決まれば飯にしようぜ! 帰るにしたって力をつけなくちゃな」
ぱんぱんと手を叩いて、ルークが空気を変えた。
俺たちは開けた場所まで移動して、野営することにした。
「ほらよ。こんな場所じゃ火が使えないからな。オイラ特製の保存食だ」
「おう。すまない」
ルークはメンバーの間を渡り、薄く切った干し肉と堅めの焼き菓子を配って歩く。手間暇をかけてあるのがわかる、味わいのよい保存食だった。
「ほう。これはうまいな。店売りしているものよりだいぶいい」
「ほんとだ。これなら酒のつまみにしてもいいぜ」
メンバーに軽口を言える元気が戻ってきた。やはり食事は大切だな。おや?
「どうした、ミレイ? あまり食が進まないようだが」
「ええ。何だかお腹が張るような感じがして、消化不良かしら?」
食べかけの干し肉を置いて、ミレイは自分の腹をさすっていた。
「わたしが<回復魔術>をかけてみましょうか? 胃の疲れかもしれません」
サンドがミレイに手を差し伸べた。
「お腹をこちらに向けてくれますか、ミレイ。――えっ?」
ぼとっ。
サンドの両手――その肘から先がすっぱリ切れて地面に落ちた。一瞬遅れて切り口から血がどくどくと流れ出す。
「ぐっ!」
「サンド! 早く回復を!」
ミレイが叫ぶ。しかし、<回復役>はサンド自身だ。そのサンドの両手は落ちてしまった。
もう<回復魔術>を使える人間が、ここにはいない。
「<回復薬>を! <回復……うっ」
ミレイは叫ぶ途中で口を押えて体をくの字に折った。指の間から吐しゃ物があふれ、血の色がにじんだ。
「ミレイっ! ぐっ⁈ こ、これは……」
「うぅ……!」
「ごぶっ!」
ミレイだけではなく、次々とメンバーが腹と口を押えてうめいた。血を吐き、血に倒れるところまで同じだ。
「ご――ゴボッ……」
俺は急いで喉の奥に指を突っ込み、無理やりに胃の中の物を吐き出した。苦しさに、涙と鼻水が垂れる。
「ははは。吐き出してももう遅いよ? 十分な量の毒を食わせたからね」
「る、ルーク。貴様……」
「おや? まだ口が利けるんだ? さすがに図体がデカいだけあって毒が回るのに時間がかかる。でも、安心しろ。お前もすでに致死量の毒を吸収した。みんなと一緒に死ぬんだからね」
俺の目の前に知らない男が立っていた。
見た目はルークそのものなのに、そこにある表情は見たこともない冷たさだ。蛇に表情がないように、人間の心が感じられない。
「本当は<最下層主>討伐が終わって、お宝を回収してから全員始末しようと思ってたんだけど――。まあいいや。ここまでの回収品でも当分遊んで暮らせる額になりそうだし」
「ルーク、なぜこんなことを……?」
「何言ってる? お宝を独り占めするために決まっているだろう? 大男は本当に知恵の周りが遅くて困る」
ルークは醜く顔を歪め、俺に唾を吐きかけた。
「お前、最初からそのつもりで……」
俺は腹を押さえてもがきながら、ルークに問いただした。
「当たり前じゃないか、そんなこと。俺の<職業>は<暗殺者>だぜ? 脇の甘い冒険者をダンジョン最深部まで案内するのが俺の仕事だ――片道だけだがな?」
こいつは⁈ 初めから俺たち全員をダンジョンの中で皆殺しにするつもりでいたのだ。
何食わぬ顔で、気のいい若者を演じながら。
「お前が<リザード・メイジ>の相手をすると言ったときは、いいチャンスだと思ったよ。せっかく狙撃の邪魔をして枯れ枝を折ってやったのに、生き残るとは運のいい奴だぜ。まあ、それもここで終わりだけどな」
「き、貴様ぁ――」
俺は口から泡を吹きながら、ルークの足に手を伸ばした。震える手で右足の裾を握り締める。
「無様だねぇ。ふん。その汚い手を放せ! ――があっ⁈」
ルークの足首から太ももまでがざっくりと縦に裂け、血を吹き出した。
「ぐふうっ! 何だこれは?」
「仕立屋スキル<肉体裁断>――」
「ツバキ、てめえっ! 毒を食らったはずじゃ?」
ルークは足の傷に<回復薬>を振りかけ、俺から距離を取った。
口を拭いながら俺はゆっくりと立ち上がる。
「ああ。まんまと騙されたよ。だが、あいにく俺には<毒耐性>がある」
『ぐっ! また、俺に毒を食わせやがったな?』
『ふははは。間抜け面して毒を盛られる奴が悪いのだ! 安心しろ、死ぬ一歩手前で止めてある』
『安心できるか! く、ぐぉおおお……!』
<毒耐性>をつけるためとかほざいて、俺に毎日のように毒を盛ってきやがった。
あの<暗殺者>ジジイめ!
「そんなバカな! あれは解毒剤のない猛毒だぞ?」
「関係ない。俺を鍛えたのは、お前よりはるかに卑怯で汚い<暗殺者>だからな」
「くそうっ!」
ルークは策が外れた悔しさに両手で顔を覆った。
「……くくく。まんまと騙されたぜ。こうなったら、オイラが直接お前を殺す!」
ルークが両手をおろすと、その下から<暗殺者>本来の顔が現れた。
一切の感情がその表情から消えている。
ルークの両手が腰のベルトから二本の短剣を引き抜いた。それを逆手に握り、短剣の刃を腕の陰で隠すように構える。
今まで見せたことのない対人暗殺スキルの構えだ。
カツッ!
俺が顔の前に立てた天秤棒に、毒に濡れた吹き針が突き刺さった。
「安いスキルだぜ。引っかかるか、こんなもんに」
わざとらしく構えを見せつけておいて、吹き針で隙を突く。ありきたり過ぎてあくびが出るぜ。
「第一、俺には<毒耐性>があるって言ったろうが? 効かねぇよ、こんなもの」
俺は毒針を抜き取り、自分の首筋に突き立てた。と見せて、指先だけを動かして毒針をルークに投げつける。
「くっ!」
「よけられたか。暗殺スキル<千鳥>。<仕立屋>に針で挑むんじゃねえ!」
ルークが毒針を避けるわずかの間に、俺は「山嵐」メンバーの様子を窺った。息はあるが、だいぶ弱っている。
決着を急がないと治療が間に合わん。
出し惜しみなしだ。今から全力でこいつを殺しに行く。
俺には近接魔術がある。俺が構えた天秤棒に<火球>が宿るのを目にして、ルークは素早く跳びさがった。
「お前の魔術は近接のみ。離れちまえばこっちのもんだ。食らえ、目つぶし――」
「錬金スキル<油生成>。フボォッ!」
俺は自分の体から絞り出した油分を口の中に生成し、天秤棒の<火球>に吹きつけた。
霧状に吹き出した油は<火球>に引火して直径一メートルの火の玉になった。それをルークに向けて更に吹き飛ばす。
こいつは魔術じゃない。大道芸だ。芸は身を助けるとは、こういうことだな。
サーカスジジイから習った<火吹き術>が実戦の役に立ったぜ。
火の玉は渦巻く火流となってルークを襲った。
「ちいっ!」
ルークはとっさに後方に宙がえりを打って、炎を避けた。不意を突いたはずだがな。大した身ごなしだ。
それだけは褒めてやる。
「ぬっ⁈」
ルークの前から俺の姿が消えていた。
宙がえりを打ったのは失敗だったな。<暗殺者>なら暗殺対象から視線を外すなと教わらなかったか? いついかなる瞬間でも。
「どこへ行った?」
からん。
軽い音を立てて、俺の天秤棒が地面に倒れた。
「なぜ、棒だけ? ――はっ!」
何かを感じて上を見上げたルークの顔に、俺の踵がめり込んだ。
サーカススキル<棒上二回転宙がえり>からの<踵落とし>。ルークの頸骨を粉砕しながら、俺はルークの死体の前に立った。
「大男が跳びあがると、皆驚くんだよな? 筋肉は足にだってつくんだぜ?」
俺は掌底でルークの心臓を突いた。もう死んでいるが、もう一度殺しておく。
こいつにはそれくらいしておいた方がいい。
ただの肉塊となって、ルークだったものが吹っ飛んだ。
うん。気持ち悪くならないな。むしろ清々した。
悪意に凝り固まった人間は、魔獣よりも醜い。
そんなもんは掃除するしかないだろう。
職人は身の回りをきれいにしておくもんだ。
「おっと。回復してやらなきゃ」
俺は倒れたメンバーを一か所に集め、一気に腹を掻っ捌いた。
仕立屋スキル<肉体裁断>。いい切れ味だ。
胃袋も切って、内側を水で洗う。<水魔術>にスキル<染み抜き>を組み合わせてやったぜ。
きれいになって気持ちいいだろう?
胃の中の毒を洗い流したら、<肉体縫合>で内臓と腹膜、皮膚を縫い合わせる。寸法の狂いなし。
完全オーダーメイドだ。
おっと、サンドだけはもうひと手間あった。両腕をつなげてやらないと。
前にリルのためにぬいぐるみを作ってやったことがあったな。あんな感じで<肉体縫合>をイメージしよう。
魔獣学ジジイに何度も解剖を手伝わされたからな。動物の構造は頭に入っている。骨、筋肉、腱、神経……。<縫合>作業が細かくて大変だぜ。
米粒写経ジジイの真似をして、手の動きを制御しよう。――よし、イケた。
<回復薬>で応急措置をし、復活したサンドの手を借りて、俺は全メンバーを何とか回復させた。
クラウドたちにルークの死体を見せると、言葉もなく絶句していた。
裏切られたことがショックだったんだろうなぁ。ルークは気のいい若者の芝居を完璧にこなしていたから。
ルークの死体を埋葬し、もう一度場所を変えて俺たちは野営をし直した。
今度こそゆっくり休んで、地上への帰還を目指すんだ。
体力を回復した俺たちは、三日で地上まで帰ってきた。
俺たちは太陽のまぶしさに目を瞬かせながら、冒険者ギルドに収穫物を持ち込んだ。<宝珠>や宝石などは換金に時間がかかるが、山分けしても数年遊んで暮らせるほどの金がメンバーたち懐に入るだろう。
「じゃあ、これがお前の報酬だ」
「うん? 多すぎないか、これ?」
「約束の金貨十枚にボーナス分を加味した」
クラウドはそう言うが、金貨三十枚を超えてるだろ、これ?
「アイツの分も入ってるからな」
「あ、ああ。そういうことか。俺がもらっていいんだろうか?」
「むしろ、それ以外の行き先がないと思うぞ。本来は成果を全部渡しても足りないくらいだ」
「十分すぎる報酬だ。助かる」
金貨十枚でアンナを治す特効薬が買える。医者への報酬は金貨一枚で足りるだろう。エマへの借金返済に金貨五枚。
エマへの礼に金貨一枚ってところか。リルを預かってもらったしな。
俺の手元に金貨十三枚を超える金が残ることになった。
俺にとっては大金だ。この金で何ができる。
俺は何がやりたい?
◆
結局俺は、担ぎ屋台で商売を始めた。上着の背中には宣伝文句を大書した白い布を縫いつけてある。
『よろずお直し承り――仕立屋ツバキ』
待っていても仕事は来ない。だったら、こっちから出かけてやろうっていうわけだ。
そんなにうまく仕事が飛び込んでくるかって? あるところにはあるんだなぁ、それが。
「おっ、頼む! この鎧、直してくれ」
「ほいっ! 少々お待ちを」
俺の姿を見かけた冒険者が壊れた鎧や、防具、武器を持って現れる。それはもう入れ食いよ。
だって、ここはダンジョンの中だからな。
「しっかりしろ! あと二層で地上だぞ!」
「無理だ……もう歩けん。俺のことは置いていけ!」
重症の仲間を抱えて悲壮な会話を交わしているな。どれどれ。
「えー。お直しはいかがですか?」
「うるさい。あっちへ行け。あっ、お前、<回復薬>の手持ちはないか?」
「いえいえ、ですから<お直し>で傷の回復をして差し上げますが?」
「何だと? <回復術者>か?」
こういうお客さんも多い。何しろダンジョンだからねぇ。
俺は落ち着いて口上を続ける。
「えー、傷の<お直し>は金貨一枚。手足の<継ぎ>は一本当たり金貨五枚。すべて先払いになります」
「うーん、やってくれ!」
まあ、そうだよね。仲間が目の前で死にかけてるんだもん。治せる奴がいるなら、頼むに決まってる。
「へい。金貨一枚、ありがとうございます」
どれどれ? ははあん。肩口から胸にかけて爪で切り裂かれたと。
悪いものが傷口から入るといけないね。
「水魔術からの<染み抜き>、でもって<肉体縫合>っと。はい、終わりました!」
「まさか? ――治ってる⁈」
「だいぶ血を流したようですから、しばらくは安静ですよ」
「た、助かった! ありがとう! ありがとう!」
いえいえ、こちらこそありがとうございました。また、ご縁がありましたらご贔屓に。
それにしても、何だかな――。
「ワクワクしないな」
そうなのだ。人のケガを治しても楽しくない。
それよりは何か縫物でもしていた方が、気分がいいのだが――。
「そうだ。<リッチ>が着ていたぼろ布があったな。結構集まったけど」
<魔獣>の装備品は体の一部。死ねば瘴気に返っていくはずなのだが、なぜか<リッチ>はぼろ布をよく残す。
ドロップ・アイテムってことなのかなぁ。
持て余した冒険者から、つい買い集めてしまった。仕立屋の性っていう奴だ。
調べてもらうと、魔術に対する防御力が高いらしい。ある意味、<魔力障壁>と同じか。
だが、小さすぎて使いようがない。
「何とか利用できないかなぁ」
俺は暇を見つけては<リッチのぼろ布>を研究し、<裁断><縫合>スキルでパッチワークにすることを思いついた。
<剣士>には「鎧下」として着てもらい、<魔術師>には「ローブ」に仕立てる。
カラフルに染め分けたパッチワークは女性冒険者にも人気となった。
「ツバキ印の冒険服」はやがて冒険者垂涎の的となるのだが、それはまだまだ先の話。
俺は今日も屋台を担いでダンジョンに潜る。
「よろずーお直し―、承りぃー……」
ダンジョンの中を、俺の声がどこまでも響いていった。<了>




