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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第20話 対<リザード・メイジ>戦

 クラウドたちと別れ、俺は<リザードマン>の集団から離れた岩陰に位置を移した。

 ぐるりと進路を迂回し、<リザードマン>を横から見下ろすポジションだ。


 ここからなら仲間に当ててしまう危険を考えずに、遠矢を放つことができる。


 クラウドたちの方は俺の狙撃に合わせて攻撃を開始する手はずになっていた。


「何でかな? 結局、自分で戦いを買ってでちまった」


 遠方からの狙撃はサポートと大して変わらない。そう言ってクラウドと自分をごまかしたが、そんなはずはない。

 <リザード・メイジ>を殺しそこなえば、奴のヘイトを一身に集めることになるからな。

 毒が全身に回るまで逃げ回るのは、命がけの戦いと同じことだ。


「俺なら逃げ切れるけどな」


 ミレイがやった無属性魔力による障壁の展開。俺にもあれと同じことができる。もう少し武骨な格好にはなるが。

 俺の魔術は近接専門だ。伸ばした手の先か、棒の先に<魔力障壁>を作り出すことになる。


 クラウドには隠しておきたいので、体に薄く障壁をかけて、<リザード・メイジ>の魔術から逃げ回るつもりだ。これだけ距離があれば、ミレイの目をごまかせるだろう。


「<リザード・メイジ>か。用心しておくべきは水魔術に雷魔術かな」


 雷魔術以外はどの属性であっても同じことだ。飛んでくるスピードが遅いので、十分に避ける余裕がある。

 雷魔術のスピードは他の属性とは段違いだ。こいつを使われたら、先読みで外さないとな。


「さて、毒矢の用意ができた。そろそろ始めるとするか」


 俺は静かに呼吸を整え、雑念を脳裏から追いやった。毒矢をつがえ、弓を満月のように引き絞る。

 俺の両手には既に「必中」の感触が手触りも生々しく存在していた。


 この矢は外れない。


 (ひょう)っ!


 数瞬後に<リザード・メイジ>の頭部を貫くはずの矢が、ただ一筋に宙を駆ける。

 俺は弓を背中に戻し、天秤棒を片手に丘を下りだした。


 ぴしっ。


 まだ毒矢が標的に届く前に、<リザード・メイジ>の手前に立つ枯れ木から折れた枝が地面に落ちた。

 ついと振り向いた<リザード・メイジ>の視線が飛来する毒矢と、丘を下る俺の姿を認める。


「シャアァァアッ!」


 とっさに水魔術で壁を作りながら、<メイジ>は地面に身を投げ出した。その頭上を、当たるはずだった俺の矢がむなしく通り過ぎる。


「嘘だろ⁈」


 最悪の展開だ。

 偶然のいたずらを恨みながら、俺は飛ぶように逃げ足を速めた。無傷の<メイジ>に追われることになっちまった。


「ジャァアアッ!」


 怒り狂った<リザード・メイジ>は逃げた俺を追って走り出した。二頭の<リザードマン>は置き去りにされて戸惑うが、そんなことにはお構いなしだ。

 たちまち<メイジ>と二頭の間に距離が生まれる。


「<氷弾(アイス・バレット)>!」


 立ち尽くす二頭の<リザードマン>にミレイの魔術が飛んだ。<メイジ>と切り離して二頭をせん滅しようと、クラウドとガンダルが既に走り出している。


(あっちは戦力過多(オーバー・キル)なくらいだな。問題はこっちだぜ)


 無傷の<リザード・メイジ>と一対一で戦うことになるとは。


(いやいや、倒す必要はないんだ。逃げ切りさえすればいい)


 無理は禁物。安全第一。

 俺の頭の中は生き延びるという目標でいっぱいだった。


 俺の脚力は<リザード・メイジ>とほぼ同等だった。

 ということは、全力で走り続ければ追いつかれることはないということだ。


 全力で走り続ければな。


 バシュッ!


「くそ! 面倒な」


 逃げる俺に向けて<リザード・メイジ>が<水弾(ウォーターショット)>を撃ってきた。

 そりゃそうだ。黙って逃がしてくれるわけないよなぁ。


<メイジ>に背中を向けたまま、魔力の動き、発射音、空気の振動を頼りに、俺は走る方向を変えて<水弾>を避ける。


 ドン!


 さっきまで俺が走っていた場所に<水弾>がぶつかり、地面を削って破裂した。


 大丈夫。<リザード・メイジ>に先読みする知能はない。<水弾>の速度なら余裕を持って避けられる。


 バリッ!


「ぐあっ!」


 そう思っていたら、今度は<雷撃(ライトニング)>が飛んできた。

 今のははきわどかった。魔力が膨れ上がった次の瞬間には、稲妻がこっちまで飛んできやがる。とにかく勘で避けるしかない。


「ちぃっ!」


 俺は遮蔽物を求めて、木から木へジグザグに走った。こうすると被弾のリスクがさがるが、逃走スピードは遅くなる。


 <リザード・メイジ>との距離が徐々に詰まりだした。

 そして、距離が近くなれば<雷撃>を被弾するリスクが高まるということだった。


(このままじゃジリ貧だ)


 俺は仕方なく、<魔力障壁>を体に薄くまとった。<雷撃>をまともに受けたら無傷というわけにはいかないが、これで致命傷は避けられる。


「それにしても、これ以上近づかれるのはまずい」


 ここは不本意だが博打を打つか。

 ため息とともに俺は足を止め、右手の天秤棒を大地に突き刺す。


 空いた両手を素早く動かし、弓を構えながら振り返る。ゆっくり狙っている暇はない。

 

 力と狙いをためられぬ分は魔力で補うべし。


「まとえ、<陰雷(ネガティブ)>!」


 青白い火花を散らしながら、拙速の矢が飛んだ。当たらなくともいい。<メイジ>をけん制できれば。

 矢が外れ、<メイジ>の背後の立ち木に突き立つのを見て、俺は右方向へと走り出す。


 今放った矢には雷魔術をまとわせてあった。<リザード・メイジ>に対して雷系は効果が薄いのだが、これはこれでいい。求めているのは威力ではない。


 俺は立ち木の陰に入った瞬間に方向を変え、今度は左へと走り出した。とにかく<メイジ>の狙いを外さなくては。


 バリバリッ! バァン!

 

 俺の後ろで立ち木に<雷撃>が当たり、樹皮が派手に吹き飛んだ。俺は唇を噛みしめて必死に走る。


「よし、ここだ! <陽撃(ポジティブ)>!」


 振り向きざまに矢を放つ。今度も<雷魔術>を乗せた矢だ。

 ろくに狙いも定めず放った矢は<メイジ>からそれた方向へ飛んでいく。

 

 <リザード・メイジ>はスピードを落とすことなく、まっすぐ俺に迫る。奴との距離がさらに縮まった。

 このままでは追いつかれる。


 俺は矢の行方から目を放して、再び走り出した。


「――グギャッ⁈」


 後ろから<リザード・メイジ>の苦鳴が聞こえた。首から上だけを動かして奴を見ると、<雷撃>を暴発させながら、<メイジ>は地面に転がっていた。

 奴の左脚には俺の撃った矢が刺さっている。


 鱗のおかげで傷は浅かったらしい。<メイジ>は矢を引き抜いて、すぐに立ち上がろうとした。


「おっと! 逃げなくちゃ」


 俺の方の作戦に変更はない。体力が続く限り逃げること。時間を稼ぐことだ。

 運よく当たった矢が稼いでくれた時間を大切にしなくては。


「うまくいったな」


 狙いがそれた俺の矢が<リザード・メイジ>に当たったことには理由がある。


 <陰撃>と<陽撃>は二つで一つの攻撃だった。

 

 一の矢には<陰気>を宿し、<メイジ>の背後に突き立てる。

 こいつは、<陽気>を宿した二の矢を引きつける役割だ。


 <陰気>と<陽気>は互いに引き合う。<陽気>を籠めた二の矢は見当違いの方向に飛んだと見えて、途中から方向を変えて<メイジ>を襲った。


 <陰撃>の矢が突き立った場所を背負う位置に、俺は<メイジ>を誘導したのだった。


 それでも実際に二の矢が当たるかどうかは五分五分だったがな。


「後は時間を稼げれば――」


 矢に塗った毒が効いてくるはずだ。


「もう少し、あと少し引っ張り回せれば」


 俺は障害物を縫ってジグザグに走り続ける。喉が焼け、胃が痛むが、放っておけ。

 脚を動かし続けろ。


「――がっ⁈」


 俺の足元で<雷撃>が弾けた。直撃は免れたものの、足場を失った俺は宙を飛んで転がった。


「くそっ! ここまでかっ!」


 俺はしびれた足を引きずりながら、岩陰に転がり込んだ。

 それを見て<リザード・メイジ>がゆっくりと近づいてくる。奴は体の前に<魔力障壁>を張って、俺の逆襲に備えていた。


「まだ毒が十分回っていないか。やれやれ」


 俺はぼやきながら、体を隠していた岩の上に登った。これで<リザード・メイジ>からは俺が丸見えになった。


「シャァア?」


 弓も構えず身をさらした俺を見て、<メイジ>は戸惑った様子だ。だが、コイツに知恵はない。

 <魔力障壁>を押し出しながら、じわりじわりと俺に迫る。


 俺の出方を見極めながら、必殺の<雷撃>を放つつもりだろう。


「そこまでだ。こいつで勝負するぜ」


 俺は天秤棒に魔力を集め、棒の先に<火球>を生み出した。

 それを見て、<リザード・メイジ>は<魔力障壁>を消して<雷撃>の構えを取った。


 アイツも攻撃に集中する腹を決めた。

<火球>対<雷撃>。スピードなら圧倒的に<雷撃>が有利だ。どのみち俺は魔術を飛ばせないのだがな。


 俺が火をまとった天秤棒を頭上にかざすと、<リザード・メイジ>は<雷気>をまとった拳を撃ちだしてきた。


「シャッ!」

「<火弾(ファイアー・ショット)>!」


 俺は天秤棒を()()に投げつけ、岩から前方に身を投げた。<魔力障壁>を身にまといながら、必死に地面を転がる。


「ジャァアアアアーッ!」


 俺が立っていた岩陰から、岩を跳ね飛ばす勢いで巨体が飛び出した。


 <太鼓蛇(ドラム・ヴァイパー)>。


 ミレイに凍らされていた蛇型の<魔獣>だ。俺の<火球>が氷を溶かし、攻撃された怒りに任せて飛び出したのだった。

 

 その目に映ったのは<リザード・メイジ>。奴が放った<雷撃>が、今、<太鼓蛇>を直撃した。


 バリリッ!


「グギャァアッ!」


 爬虫類系<魔獣>に雷魔術の効果は薄い。効かないわけではないがな。

 雷を受けた怒りをも載せて、<太鼓蛇>は<リザード・メイジ>に襲いかかり、一気に噛みついた。


「ジャァアッ!」

「シャアッ…!」


 荒ぶる<太鼓蛇>と苦しむ<リザード・メイジ>の戦いを横目に、俺はこそこそと岩陰に身を隠す。

 生き残った<太鼓蛇>と戦うのはしんどいからな。今のうちに逃げさせてもらうぜ。


 天秤棒を拾い上げると、俺はその場を後にした。


 ◆


 俺は<リザード・メイジ>を罠にはめた。


 まずは狙撃で倒すつもりだったが、運悪く相手に気づかれた。

 矢を外した場合のことはもちろん考えてあった。


 偶然というのはどうしようもない。


 しかし、「運が悪かったから」とおとなしく死ぬわけにはいかない。


『運てのは利用するもんじゃ。当てにするもんじゃねえ』


 空手ジジイはそう言ったな。


 次の一手が<陰陽撃>だった。絶対当たるという技ではないが、当たらなければ次の手を考えてあった。

 こいつは()()()当たってくれたがな。


 運が悪かったのは<雷撃>のとばっちりを受けたことだ。あそこで転ばされたのは危なかった。


 仕方がないから三つ目の罠を使った。<太鼓蛇>の攻撃だ。


 初めから<リザード・メイジ>をあそこに呼び込むのが、俺の作戦だった。あそこに行くまでに<メイジ>がくたばってくれるのが理想だったが。


 <太鼓蛇>を解放するのには結構な危険が伴ったからな。ひやひやしたぜ。


 元の場所へと戻ってみると、クラウドたちはとっくに二体の<リザードマン>を倒した後だった。アイツらの戦力なら当然のことだな。


 俺は「逃げながら撃った毒矢が運よく<リザード・メイジ>に当たってくれた」とだけ言っておいた。

 嘘はついていない。


 奴を殺したのは<太鼓蛇>だったが、放っておけば俺の毒矢で死んでいたはずだからな。


 その後も俺たちはできるだけ戦いを避けながら第十層を進み、ついに<階層主>であり<最下層主(ダンジョン・ボス)>である<魔獣>のエリアにたどりついた。


 そこは四方を丘に囲まれ窪地になったエリアだった。

 俺達七人は横一列に並んで腹ばいになり、丘の頂上から窪地を見下ろしていた。


「<ドラゴン>じゃなかっただけラッキーっていうべきかしら?」

「いやー、それにしてもあのデカさだよ?」


 ミレイとハクが呆れ気味に感想を言い合う。


 窪地の中央にとぐろを巻いていたのは、全長二十メートルはあろうかという巨大な<バジリスク>だった。


「とにかく一旦丘の手前に戻って、作戦を考えよう」


 クラウドはいつもと変わらぬ声でメンバーを落ち着かせた。

 しかし、わずかに眉を曇らせているのは俺の見間違いではないはずだ。


「あんなに巨体だとは想像していなかった」


 丘を降りて円座を組むと、クラウドは開口一番そう言った。


「<バジリスク>は巨大な大蛇で毒を持つ。その<ブレス>は毒霧となって敵を襲うと聞いていたが、あそこまでデカいとはな」

「あそこまでとなると、アタシの魔術で動きを封じるのは無理ね」


 <ゴーレム>や<太鼓蛇>相手にやった嵌め技は通用しないと、ミレイはぼやいた。ゾウの足元に小さな水たまりを作るようなものだからな。嫌がらせにもならん。


「ツバキ、アイツについての知識があるか?」

「ざっくり言えば、<太鼓蛇>の上位種だと思ってくれればいい。十倍くらいに強くしたな」


 鱗は鉄よりも固く、武器を寄せ付けない。雷系、水系の魔術はまったく効かない。毒への耐性も高く、その巨体のせいで猛毒を食らっても死ぬことはまずない。

 絞めつける力は強烈で、<ギリメカラ>でも耐えられない。


「動きが遅いのが欠点だが、あの巨体と怪力、そして刃物のような牙に猛毒を持つ。近づくのは命がけでも難しい」

「弱点は? 弱点はどこだ?」


 ハクが唾を飛ばして聞いてくる。


「<魔獣>は生き物の性質をなぞって作られていると言ったろ? 体の中で、比較的弱いのは両眼、口内、腹、そして肛門だ」

「それが弱点? 目の位置はあの高さだぜ? 槍でも届かねぇ。腹や肛門は体の下じゃねぇか。攻撃なんかできねぇぞ。残るは口ん中だけだが……」

「アイツが口を開くのは、敵に食らいつくときと<毒霧>を吐くときだけだ」


 俺の説明を聞いて、ハクの声があきらめの響きを帯びた。無理もないな。

 油が二十樽もあれば火攻めにすることができるだろうが、そんなものはない。巨岩をやすやすと断ち切る<聖剣>もないしな。


「わかった。あきらめよう」


 沈み込んだ空気の中で、クラウドの声がポンと響いた。

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