第19話 第十階層へ
第八層はオークやオーガが出現する「人型魔獣」の階層だった。
<階層主>は<ミノタウロス>。首から上が牛という姿はかなり人間からかけ離れているが、人型には違いない。
対<ミノタウロス>戦ではガンダルとクラウドが主役だった。被弾が多くなった代わりに、こちらからの斬撃も通る。ミレイの魔術も効果があった。
しかし、生命力の強い<ミノタウロス>には一撃で大ダメージを狙う大技よりも、<リッチ>戦と同様に足元を悪くする搦め手がよく効いた。
ミレイは一度泥濘を作って<ミノタウロス>の膝下をはめておいてから、<氷結>の魔術で両足を凍結させた。
一度動きを阻害されると、魔術を持たない<ミノタウロス>は劣勢を覆すことができなかった。
第九層は「虫型魔獣」の階層だった。
ここでは俊敏性に長けたハクが主役となった。
第七層の宝箱から得た「炎熱のダガー」と「氷結のダガー」は、甲殻に覆われた<金剛虫>や<斬鉄蟷螂>に効果を発揮した。
遠距離魔術ではダメージの入りにくい敵でも、魔剣の力は甲殻を切り裂いて浸透したのだ。
第九層の<階層主>は<溶岩百足>。その名の通り百足型の<魔獣>だった。
全長五メートルの巨体で、口から溶岩を吐き出すという化け物だ。
吹きつけられる溶岩に苦しめられたが、ミレイの<氷結>で溶岩を封じてから戦いの様相が変わった。
凍結させた<溶岩百足>の脚をクラウドとガンダルが叩き切るという作戦で行動を封じ、最後はクラウドがのたうつ頭を切断した。
「とうとう次は第十層だな。泣いても笑っても次が最後の階層だ」
「ここまで金塊に<宝珠>、宝石類とだいぶお宝が手に入ったろ。それでも先に進むってことでいいんだな?」
ハクの問いかけに首を横に振る奴はいなかった。
ラスボスと戦う危険を冒さず、ここで撤退するという選択肢もあるだろう。
しかし、そんなことを考えもせず、この先にある戦いに挑む。それが冒険者ってものなんだろう。
短いつき合いではあるが、そんなことが感じられるくらいには俺にもこいつらの心がわかるようになっていた。
第十層に降下する前に、俺たちは第九層のボス部屋で野営を行った。最後の階層には万全の備えで挑みたい。
全員の気持ちがそうまとまっていた。
装備の手入れをする俺の手にも自然と熱が籠る。自分が手掛けるからには、万が一にも戦いの最中に防具が壊れるなんてことがあってはならない。
俺は婚礼衣装を縫い上げるような気持で、装備品の整備に没頭した。
その間に、ルークはいつものように消耗品のチェックをし、食糧の残り具合を確認した。おチャラケているように見えて、ルークにはこういうしっかりとした面もある。
それもまた、<サポーター>としての経験がなせる業なのだろう。
<最下層主>の討伐に成功すれば、このダンジョン・アタックも終わりとなる。
ここまでの道のりでは厳しい戦いも経験したが、帰りには俺が作った地図がある。必要以外の戦いを避ければ、二日もあれば地上に戻れるだろう。
俺の方の作業もすぐに終わった。ここまでの戦いの結果、俺の生産スキルも成長を遂げていたのだ。
実は<リッチ>戦の後、二度目のレベルアップを経験していた。
簡単な作業なら手を動かすだけで勝手にできあがる。まるで錬金術のような光景だった。
本職の<仕立屋>に関しては、もはや道具さえ必要なかった。対象物に手を触れるだけで、魔力が糸となり瞬時に<縫合>を行う。
複雑な刺繍も、俺が脳内にイメージするだけで手の中に現れるのだった。
(こりゃ便利だ。もう納品前に夜なべすることもなくなりそうだな)
ルークが用意した野営食を腹に納めて、その日は眠りについた。
もう悪夢にうなされることはないだろうと、俺は体の力を抜いて太い息を吐いた。
◆
「さあ、出発だ。最後まで気合を入れていくぞ」
「もちろんだ、クラウド! なあ、みんな?」
恒例のクラウドの号令で五日目のダンジョン・アタックがスタートした。
ルークの奴、朝からテンションが高いな。最終階層だからと入れ込みすぎなければいいが。
第十層はいわゆるフィールド型の階層だった。階層全体が自然の荒野のようになっている。
森はないが、地形のうねりや疎らな立ち木、所々に転がる巨岩などが視界を妨げていた。
「うーん、空が飛べたら全体マップが一望できるのになぁ」
「ははは、ルークはガキみたいなことを言いやがるぜ。そんなことができるくらいなら、ダンジョンに潜らなくても好きなだけ仕事で稼げるだろうぜ」
ルークの浮ついた独り言を、ハクはずばりと切って捨てた。
確かにそうだ。戦場での偵察、伝令。物資や人の運送。さまざまな高所作業。いい賃金が得られるだろう。
悪用すれば、どこにでも侵入し放題だしな。
「地上までのマップは俺がしっかり拵えてある。そいつで我慢してくれ」
「オイラが見たいのは過去じゃなくて未来なんだけどなぁ」
俺の言葉を聞いてもルークはまだ不満そうだった。早く遠征を終わらせたいのかな。
俺とは違うだろうが、ルークにも早く地上に戻りたい事情があるのかもしれない。
そうしている内に、俺たちの前に最初の敵が現れた。
「あー、どうやらハズレを引いたみたいだぜ。やれやれだ」
前方にいたハクが戻ってきてそう言った。会いたくない敵に遭遇したようだ。
慎重に進んだ俺たちが見たのは、一匹の大蛇だった。
Da-da-da-da-da――。
とぐろを巻いた大蛇の尾から、ドラムロールのような音が聞こえる。
「<太鼓蛇>……」
俺の口から思わずつぶやきが漏れた。その巨体は全長五メートルを超えると言われる。
「コイツを知ってるのか、ツバキ?」
蛇型<魔獣>から目を離さず、遠巻きにしたままでクラウドが尋ねてきた。
「実物を見るのは初めてだ。地上の砂漠にいるガラガラヘビという奴をデカくしたようなものだそうだ」
「ガラガラの代わりにドラムを鳴らしているっていう訳か」
あれは「警戒音」で、いつでも攻撃してくるという印だ。しかも、ガラガラヘビと同じく毒を持っている。
同じどころか、コイツの方が何十倍も強力だがな。
「普通の毒消しじゃアイツの毒には間に合わない。噛まれたら死ぬと思ってくれ」
俺は油汗を流しながら、そう言った。
俺は蛇が苦手なんだ!
「蛇は目が悪い。遠巻きにしてゆっくり動け!」
蛇の目は構造上、横から後ろが見えにくい。動くものに反応するので、ゆっくりと後方へ移動するのが得策だ。
(こいつにはぬかるみも効き目がない。刃物にも強いしな。魔術で倒すなら、苦手属性は確か――)
「ミレイ、冷気系魔術だ。それも<氷弾>じゃなく、周りから冷やしていくような術を!」
「わかった。じっくり冷やしてやればいいんだね? それならこれを食らわせてやる。<氷時雨>!」
<ライト>の光の中、塵のように細かい氷が<太鼓蛇>の体に降り注ぎ始めた。きらきらと光を反射する様子は、噂に聞く「ダイアモンド・ダスト」のようだ。
その氷が風もないダンジョンに深々と降り続ける。
「その調子だ。奴をじんわりと冷やしてやってくれ」
蛇は周りの環境が変わっても体温を維持することができない。冬になって気温が下がれば、体も冷たくなって動けなくなるのだ。
だから蛇ってやつは冬眠をする。
『<太鼓蛇>はその生態を写して作られてるんだな。だから、冷たくなれば動きが鈍るな』
魔獣学ジジイの言葉通り、<太鼓蛇>は尻尾を鳴らすのやめてとぐろを固く巻き、動かなくなった。
ここまではジジイの言った通りだ。さて、どうやって倒したらいいんだっけか? 下手に手を出せば、<太鼓蛇>は目覚めて反撃してくるだろう。
あ、そうか。
「こいつは凍らせておいて、先へ進もう。何も無理に倒す必要はない。体力と魔力を温存しようぜ」
「む。……ツバキの言う通りだな。迂回して先へ行くぞ」
クラウドは俺の意見を聞き入れて、パーティーに迂回を指示した。
<太鼓蛇>を倒せばドロップ品があるかもしれないが、無理をする必要はない。既に十分な成果を上げているのだ。
万全な状態でラスボスに挑むことがこの階での優先事項だった。
ハクが言う「ハズレ」の予感が当たり、第十層は爬虫類型<魔獣>の階だということがわかった。
蛇嫌いの俺にとっては地獄のような階層だ。
しかし、「回避する」という選択肢を手にした俺たちは、無駄に戦わずに<魔獣>を凍らせては回避することを繰り返した。
そんな俺たちの足を止めさせたのは、<リザードマン>の一団だった。
「よう、ツバキ。お前、<魔獣>には知恵がないっていったよなぁ」
「ああ、確かに言った」
「でもよう。あいつらを見ろよ?」
岩陰から窺って見れば、<リザードマン>たちは剣と鎧、そして衣服まで身に着けていた。
「あれも『そういう風に作られてる』っていう奴か?」
ハクはそう言って、顔をしかめた。
トカゲのような外見の<リザードマン>には長い尾がある。二足歩行ではあっても、人間とは大きく体の構造が違うのだ。
奴らが来ている「服」は、自分たちで作ったものということにならないか?
ハクはそう言いたいのだろうが――。
「それでもだ。服も鎧も、<リザードマン>という種族と共に創り出されたものだ」
<ゴーレム>が<リッチ>の一部であったように、<リザードマン>という存在には身に着けた衣服や鎧まで含まれている。そのように創造されている。
それが魔獣学の定説だった。
「それじゃあ聞くが、アイツらに冷気攻めは効くのか?」
「それは……怪しいな。衣服を着ているということは、暑さ寒さから体を守るという習性を持っていることを意味するんだろう」
「だよなあ。知恵じゃなくて習性ってわけか。どっちにしろ厄介じゃねぇか」
今までのようにミレイが<氷時雨>を浴びせても、<リザードマン>たちはそれに気づいて身を避けるに違いない。
それとも、あの<魔術師>風の装束を着た奴が対抗魔術を発動するか。
「<リザード・メイジ>。あいつが厄介だな」
「逆に言えば、アイツさえ抑えとけばほかの二体は安全に倒せるってわけだよな」
ハクの推測は正しいだろう。<リザードマン>一体の戦闘力は<スケルトン>と変わらない。
クラウドとガンダルなら問題なく倒せる相手だ。
<リザードマン>の脅威は集団を形成するという点だ。目の前の集団のように、普通の<リザードマン>数体と<リザード・メイジ>が小隊を組んだりする。その分、相手をするのが難しくなるというわけだ。
「それでもだ。あいつらに知性はない。集団で現れることと、集団戦を行えることとの間には大きな開きがある」
「そうであってほしいもんだぜ。アイツらが作戦を立てて攻めてきたら、面倒くさくて仕方ねぇや」
俺とハクは仲間のところに戻り、見たこと、推測した事実を報告した。
「ふうむ。お前たちが言う通り、<リザード・メイジ>をどう抑えるかがポイントだな」
「アタシがやろうか?」
「それが正攻法なんだろうが……うーん」
ミレイの申し出に、クラウドは腕組みをして考え込んだ。
「アタシじゃ力不足だって思うのかい?」
「そうじゃない。ここで魔術の撃ち合いをして、ミレイが魔力を浪費するのが気に入らないだけだ」
ミレイが撃ち負けることはないだろうが、相手も第十層に出るような高ランクの<魔獣>だ。簡単には決着がつかないだろう。
そうなれば、ミレイは相当な魔力を使うことになる。
「俺が狙ってみよう」
「お前が? 戦闘は避けたいと言っていたお前がか?」
俺が一役買うことを申し出ると、クラウドはどうしたことかと問い返してきた。
そりゃそうだろうな。戦闘嫌いの俺が急にこんなことを言いだせば、不思議に思って当然だ。
だが――。
「考えがある。まともに戦うわけじゃない。コイツを使って狙撃する」
おれが手にしたのは、予備の弓矢だった。
「弓を使うならツバキでなくとも――」
「命中率と威力では、悪いが俺がこの中で一番だ」
速射だ、魔力射だということならミレイやハクに負けるだろうが、一矢での狙撃であれば俺が勝つ。この体は伊達じゃないからな。
「仕留めきれなかったらどうする? <リザード・メイジ>のヘイトはお前に向かうぞ」
「考えがあると言ったろう? 毒矢を使うのさ」
万一急所を外したとしても毒がある。追われる状況になったら、逃げ回りながら相手に毒が回るのを待てばいい。
「その代わり二体の<リザードマン>の相手はできない。そっちはクラウドたちで潰してくれ」
「ああ。それは任せてもらって構わんが、お前、本当に大丈夫か?」
戦闘のサポートとは違い、俺一人で<リザード・メイジ>を相手にすることになる。
「信用してくれ。勝算はある」
リスクもあるが、それは計算できるリスクだ。ラスボス前に戦力を温存するという優先事項を考えれば、取るべきリスクだと俺は考えた。
「それがチーム戦てもんだろう」
俺がそう言うと、クラウドはそれ以上反対しなかった。




