第18話 <ゴーレム>を抑えろ
そもそも<回復術師>のサンドは戦闘力がほとんどない。一対一で<ゴーレム>と戦うことなどできないだろう。
二メートルを優に超える岩の巨人から攻撃を受ければ、人間など一発で肉の塊に変わる。
「きついがやるしかない! 俺とガンダルは、<ゴーレム>を二体ずつ引き受ける。ハクとサンドでもう一体の相手を。ミレイは<リッチ>を倒してくれ!」
<ゴーレム>は防御力が高いが、動きは遅い。攻撃手段も肉弾戦しか持っていない。
四人がかりで何とかこれを押さえ切っている間に、ミレイ一人で<リッチ>を倒せというクラウドの作戦だった。
(戦力的にはそうやって割り振るしかないだろうが……)
ハクとサンドのペア。そして、ミレイの負担が大きいな。
ハクの攻撃力では<ゴーレム>に対して決め手がない。せいぜい時間稼ぎが精いっぱいだ。
そして、ミレイの立場はもっときつい。
今まで総がかりで少しずつ体力を削っていた<リッチ>と一人で戦わなければならない。もちろん、相手からの攻撃をかわしながらだ。
俺達<サポーター>が支援しようにも、火炎瓶はもうない。<リッチ>や<ゴーレム>に目つぶしは効かない。つぶせる目などないのだから。
そして、<ゴーレム>もまた疲れを知らない<魔獣>だ。
「山嵐」チームがジリ貧になるのは目に見えていた。
<リッチ>が<召喚>スキルを持っていることは想定していたが、五体もの<ゴーレム>を呼び出せるとは。
この危機に、俺が今できることは――。
「クラウド、<ゴーレム>を相手にするな!」
作戦が間違っていると考えた俺は、<ゴーレム>に立ち向かおうとするクラウドに呼びかけた。
「よく考えろ! <ゴーレム>はアンデッドじゃない。<リッチ>に操られた傀儡だぞ!」
「それは……それがどうした?」
未だにピンとこないクラウドは振り上げた大剣を止めて、俺に尋ねた。
「傀儡の在庫は五体だけじゃないかもしれん」
「!」
「倒すべきは<ゴーレム>じゃない。使役主である<リッチ>だ!」
<リッチ>を倒せば、<ゴーレム>も止まる。糸の切れた操り人形と同じことだ。
クラウドの顔に理解の表情が浮かぶ。攻撃は<リッチ>に集中すべきだとわかってくれたらしい。
「だが、<ゴーレム>を放ってはおけないぞ。こいつらは俺たちを殺しに向かってくる」
現に<ゴーレム>たちはそれぞれ手近な人間に向かって、ゆっくりと動き出していた。こいつらから逃げ回りながら<リッチ>と戦うのは無理だとわかる。
こんなとき、ジジイならどうする?
『人間ハ立ッテ歩クヨウニデキテナイネ。「歩ク」イウノハ、ズット転ンデイルト一緒。足カケテミロヨ? 必ズ転ブネ』
<ゴーレム>を討伐する必要はない。足止めするだけでいい。
「ミレイ、<ゴーレム>の足元だ! 水魔術でぬかるみを作れ!」
「クラウド?」
俺の指示を聞いていいのか、ミレイがクラウドの顔を見る。
クラウドの顔に「仕立屋の言うことを信じていいのか?」という戸惑いが一瞬浮かんだ――。
「やれ、ミレイ! ツバキを信じてみよう!」
「オォオオン……!」
俺たちの動きに不穏なものを感じたのか、<リッチ>が<火球>を飛ばしてきた。その狙いは――忌々しいことにミレイだ。
「うっ!」
「待て、ミレイ!」
水魔術をキャンセルして防御を行おうとしたミレイを制して、その前に立つ者がいた。
「だっ!」
大盾を体の前に構えたガンダルだった。<リッチ>の<火球>は大盾に当たって、炎を上げながら砕け散る。
「今だ。撃て!」
「<走り水>!」
ミレイの杖から大量の水が奔流となって走り出した。<ゴーレム>たちに頭上から襲いかかり、渦を巻いて足元の地面をえぐる。
たちまち<ゴーレム>の足場は濁流に飲み込まれて、一面の泥濘となった。
構わず足を進めようとした<ゴーレム>は、ぬかるみに足を取られて、あるいは膝をつき、あるいは手をつき、立っていられない状態となる。
「よし! <ゴーレム>の相手は俺がする。ほかの連中は<リッチ>を倒せ!」
俺は四つん這いになった<ゴーレム>たちの前に躍り出て、天秤棒を振り回した。
こうなると<ゴーレム>の注意は俺に向かい、俺を握りつぶそうと手を伸ばしてくる。
だが、足元が定まらない状態で手を伸ばせば、どうなる? 俺が身をかわし、横から肩を突いてやるだけで<ゴーレム>は足を滑らせてすっ転んだ。
その勢いに巻き込まれて、横にいた二体も泥の中に倒れる。
<魔獣>に知恵はない。一度後退してぬかるみを迂回すればいいだけなのだが、こいつらは泥の中から俺をつかまえることしか考えていないのだ。
いや、それすらも考えていないのかもしれん。ただの操り人形だからな、こいつらは。
俺がやることは、煮物の番をするようなものだ。煮え湯から顔を出したジャガイモを、湯の中に戻してやるだけでいい。
俺は<ゴーレム>たちを棒の先でいなしながら、腰に下げたロープを手に取った。一体の<ゴーレム>の腕に素早くロープを回し、隣の奴の首に投げつけるようにして引っ掛ける。
これでこいつらは一蓮托生だ。一体が動けば、もう一体が引っ張られてひっくり返る。
俺はそうやって<ゴーレム>同士をつないでいった。
ここまでくると、俺が手を出さなくても<ゴーレム>が勝手に転げまわる。俺はときどき奴らの前で踊って見せて、注意を引きつけるだけでよかった。
余裕ができた俺は、ミレイたちの戦闘に目を向けた。
俺が<ゴーレム>の相手をしている泥濘地帯を迂回し、他のメンバーは再び<リッチ>に肉薄していた。
<ゴーレム>の足止めに<水魔術>が効いたことから学んだのだろう。<リッチ>の足元にはつるつるの氷が張り巡らされていた。骨だけの足では、さぞ滑りやすいことだろう。
立っているだけならまだしも、人の動きにつられて方向を変えるだけで足が滑って膝をつく。それがわかって、<リッチ>は片膝立ちのまま立ち上がるのを止めていた。
背中が隙だらけだ。
クラウドとハクは背中に回って、がら空きの上半身を滅多切りにする。油切れで炎が消えた剣ではひっかき傷しか与えられないが、とにかく手数で削ろうという考えだ。
それを嫌って振り返ろうとすれば、正面からガンダルの大剣が降ってくる。
大剣を杖で受ければ、手がふさがったところを狙ってミレイの<雷撃>が飛んでくる。これも抵抗が大きくてダメージが小さいが、それでも<リッチ>の肉体は少しずつ削られていた。
それを嫌って魔力をまとい<雷撃>を払いのけようとすると、ミレイの狙いは足元に変わる。
「<氷結>!」
骨だけの足を地面を覆う氷に縛りつけた。<リッチ>の動きがさらに封じられる。
こうなると背中側は完全な安全地帯になってしまう。
防御を捨てたクラウドの全力攻撃が降り注いだ。
「グォオオン!」
苦し紛れに<リッチ>は自分の足元に<炎熱魔術>を放った。自分がダメージを受けることになっても、氷を溶かして両足の自由を取り戻そうとしたのだ。
クラウドは炎に煽られて飛びさがる。
正面に立っていたガンダルも同じだ。一旦距離を取って仕切り直す。
足元の氷が半分解けたところで、<リッチ>は杖にすがって立ち上がろうとした。
「ここだ、ミレイ!」
巨体に似ぬ敏捷さで、ガンダルが<リッチ>の足元に体ごと飛び込んだ。大盾を肩で支え、<リッチ>の杖に体当りをかます。
「<走り水>! <氷結>!」
奔流が杖を倒された<リッチ>の足元に押し寄せた。体重をかけた支点をさらわれて、<リッチ>の体がふらりと傾く。
どうと倒れたところにミレイの<氷結>が飛んできて、<リッチ>は地面に凍りついた。
この隙を逃さじと走り込んできたクラウドが、<リッチ>の手から杖を弾き飛ばした。
(これで決まったな)
俺は目の前の泥濘に注意を戻し、丁寧に<ゴーレム>たちをつつき続けた。
ミレイにわからぬよう<水魔術>を使い、泥濘の範囲を広げ、少し深くしてやった。これでもう<ゴーレム>は上がってこられまい。
この程度なら<サポーター>の仕事範囲としておいていいだろう。誰も見ていないしな。
三十分後、ぼろぼろになった<リッチ>は燃え尽きるように崩れ落ち、瘴気となって消えていった。
◆
「かーっ、しんどかったなぁ」
しびれた両腕をもみながら、ハクが愚痴をこぼした。
「まったくだ。魔術は効きにくいし、剣は弾かれるし……」
ガンダルもそれに同意する。
「<ゴーレム>が五体も出てきたときは、もう終わりかと思ったわよ」
ミレイも相当きつかったようだ。疲労のあまり座り込んでいる。
今回の戦いでは攻撃と防御、両方の要として魔術を撃ち続けていたのだから、彼女の負担が一番大きかったと言える。
ちなみに、俺が「お守」をしていた<ゴーレム>たちは、<リッチ>が滅びると同時にぐずぐずと形を失って大地に返っていった。
あれは独立した<魔獣>というよりも、<リッチ>が操る「術」だったのだろう。
パーティーに目立ったケガはなかったが、<リッチ>の火炎魔術で多少のやけどを負っていた。そのダメージはサンドの<回復魔術>で全快している。
「全員ケガはないな? うん? どうした、ツバキ?」
「何でもない。ちょっとめまいがしただけだ」
「さすがに疲れたんじゃないの? アタシもケガはないけど、さすがに魔力がすっからかんよ。しばらく休ませてちょうだい」
休憩したいのは全員同じ気持ちだった。ガンダルでさえ肩で息をしていた。
「その前にやることがあるんじゃないですか?」
疲れていても、サンドの言葉にはうきうきとした期待が込められていた。
「お楽しみのドロップ品確認と行こうじゃありませんか」
<リッチ>が倒れた場所には大ぶりの魔石が残っていた。コイツは高く売れるだろう。
クラウドが弾き飛ばした杖も無事だった。全員一致でミレイに持たせることに決まった。
こいつはどこかの冒険者から奪った逸品に違いない。魔力変換効率が大きく向上しそうだ。
<ゴーレム>はやはり<リッチ>の「術」か「分身」扱いなのだろう。土に戻って消えたぬかるみに魔石は残っていなかった。
さて、お楽しみ本番は部屋の奥に現れた宝箱だ。
サンドが安全を確かめ、ハクが解錠する。
「よし! 開けるぜ!」
宝箱の中身は宝石、盾、短剣が二本、そして<回復薬>が二十本だった。
「見せてくれ。む。この盾は……<魔防の盾>だな」
サンドの鑑定によると、魔術に対する防御力を上げてくれる防具だった。コイツはガンダルに装備してもらうことになった。
「短剣の方は、<炎熱のダガー>と<氷結のダガー>だ」
魔剣の一種らしい。斬りつけると一方は火炎を、もう一方は氷を発し、相手に継続ダメージを与える。
魔術師以外でも魔術攻撃と同じ効果を発揮できるという武器だ。
「そいつはハクに使ってもらおう。攻撃力の補強になる」
「へへ。いいのかい? こういうのを使ってみたかったんだよ」
ハクは嬉しそうに短剣を撫でまわし、ベルトに装着した。
「第八層に下りる前に、ここで休んでいこう。武器や防具の手入れも忘れるなよ」
おっと、俺の出番だ。
硬い<リッチ>を殴り続けた剣は刃こぼれしているかもしれないからな。本職ではないが、できる範囲で研ぎ直してやろう。
防具の方は<火炎魔術>にあぶられた部分が問題か。うーん、大した材料はないが、獣の革でも貼って補修するか。
「ルーク、悪いが消耗品の残り具合をチェックしておいてくれ」
俺は修理が必要な武器、防具を集めて回り、ルークに消耗品の確認を頼んだ。
攻略予定の階層は残り三つ。そろそろ在庫が厳しくなってきていた。
「油は切れちまった。<回復薬>は宝箱から補充できたんで、十分残ってる。目つぶしと<毒薬>はかつかつってところかな。食料、短剣、矢、予備の剣は余裕があるぜ」
「ふむ。猛獣型や人型の<魔獣>が出る階層なら何とかなるか」
そういう生物に近いタイプの<魔獣>であれば、毒や目つぶしが効く。刃物での攻撃でもダメージを入れられるだろう。
「もうアンデッド階層はないと思いたいな。ほかに、やりにくい相手としては爬虫類型か」
<ゴーレム>のような非生物型には、泥濘作戦が効くだろう。しかし、蛇のような爬虫類型は泥沼も平気で渡り、硬い鱗は刃物や魔術への抵抗力が高い。
「後は<グリフォン>みたいな飛行種。そして、最強種の<ドラゴン>か――」
攻撃を当てにくい飛行型魔獣は冒険者の天敵だ。向こうはたいてい<ブレス>を持っているしな。
中でも<ドラゴン>は強敵中の強敵だ。
分厚い鱗は物理攻撃を跳ね返し、無尽蔵の魔力で魔術攻撃を相殺する。
「<最下層主>は、やっぱり<ドラゴン>かねぇ?」
誰もが思っている疑問を、ハクが口にした。
「そう思っていた方がいいだろう」
クラウドが重々しくうなずいた。
ダンジョンでは最悪の事態に備えろ。剣術ジジイもそう言っていた。
「それにしてもツバキの戦い方には驚かされた。五体の<ゴーレム>を一人で抑えきるとはな」
「あれはミレイのおかげさ。ぬかるみを作り出してくれたからな。俺は出てこようとする<ゴーレム>をつついていただけだ」
「いや、そうは言うが、自分よりデカい<魔獣>相手に普通はできることじゃない。ましてお前は<仕立屋>じゃないか」
クラウドは俺をほめてくれるが、俺は謙遜しているわけじゃない。額面通りミレイの手柄だと思っている。
確かに<ゴーレム>はデカいが、だからこそ御しやすい面もあるのだ。
デカい奴ほど転びやすい。俺は自分の経験上、それを知っているからな。
――合気ジジイに、散々転ばされたんだよ。くっ!
クラウドは、やっぱり俺は冒険者になるべきだと盛んに薦めてきたが、どうもな。俺には<仕立屋>を捨てることができない。
まあ、副業としてなら少しは考えてもいいかもな。
用心棒として人間を相手に戦うより、こうして<魔獣>の討伐をする方が気楽だ。背中を預けられる仲間がいるというのも悪くないしな。
このダンジョンでの経験が、俺の気持ちを少し動かしたかもしれない。




