第17話 第七層ボス戦
無口になった俺をクラウドは心配したが、俺は何でもないと顔を背けた。
黙々と最後尾を歩きながら、よみがえった記憶と向き合う。
目をそらすことができなかっただけかもしれない。
不思議なことに、すべてを思い出してみると胸のむかつきは薄らいでいた。腹の底にしこりのようなものは感じるが、それは随分小さくなっているようだ。
時がたったせいなのか、俺の心が擦り切れたからか。
ゴミのような日々が降り積もった結果なのかもしれない。
それもこれも、どうでもいい。
俺は実の父親を殺した。それを後悔していない。
あのときも今も、俺の中身は変わっていない。ならば、どうということもない。
<魔獣>に襲われれば抵抗するし、盗賊に会えば返り討ちにする。俺は俺の命を守るだけだ。
相手が何であろうと関係はなかった。
「本当に何でもないことだ」
口ずさんだ俺をけげんそうにルークがのぞき込む。思わず心の声がこぼれてしまった。
俺は黙って前を向き続けた。
ルークはすぐに関心を失って俺から視線を外した。
ほら見ろ。世間など皆そうだ。俺に興味のある人間などいやしない。
俺のことを気にしているのは俺だけだ。
俺が気にするのをやめれば――俺などどこにもいない。いてもいなくても同じだ。
(ならば、ここにいてもいいのか)
足枷を外されたように、俺の足取りは軽くなった。
「ふう。ようやくボス部屋らしいぜ」
ハクの合図で全員扉の前に集まった。クラウドに言われなくても、各々に装備の点検をする。
「アンデット階のボスだからな。出てくるのは、<リッチ>、<死霊術師>、<吸血鬼>辺りか。いずれも手ごわい。眷属を召喚される可能性もある」
「<リッチ>だとすると、アタシの魔術じゃ通らないかも」
ミレイが弱気な声を上げた。
魔獣学ジジイは何と言っていたか。冷熱系と雷気系の魔術は効かないと言っていたような記憶がある。
魔力を帯びない通常攻撃もほとんど効き目がないとか。
「炎熱系の魔術を使える奴がいたらよかったんだがな……」
考え込むクラウドに俺は戦い方の提案をした。
「<レイス>との戦いが参考になるんじゃないか。<魔獣>とは元々瘴気が実体化したものだ。霊体のレベルには普通の火炎でも通用するぜ」
「どうやって霊体にする?」
俺はクラウドに魔術学ジジイの理論を説明してやった。
<リッチ>に炎熱系魔術が効くのは、熱が<リッチ>の肉体を霊体に分解するからだと。
「普通の火でも同様の効果があるが、魔術的な火炎よりも分解効果が小さい。だが、火であぶりながら武器攻撃を食らわせば、分解作用が大きくなるはずだ」
「ふうむ。疑似的に『魔剣』を再現するわけですか」
俺の説明に一番食いついてきたのは学者肌のサンドだった。
「よし。やってみよう」
仮に失敗しても俺たちが不利になるわけじゃない。打てる手は打っておこうというクラウドの判断で、俺たちは武器に油布を巻きつけ、火炎瓶を用意した。
俺とルークは戦闘補助が主な仕事だ。<回復薬>と火炎瓶を多めに準備した。
準備が整ったところで俺たちはボス部屋に侵入した。
広い部屋の中央に古びた椅子が置いてあり、そこに座っていたのはぼろ布をまとった骸骨だった。
「<リッチ>。予想通りね!」
ゆっくりと立ち上がる<リッチ>から目をそらさずに、パーティーは散開して敵を囲む位置取りをした。
今回はガンダルとミレイが正面に並び、左翼にクラウドとルーク、右翼にハク、サンド、そして俺がつく。
「オ、ォオオオオ……」
意味不明の声を上げ、<リッチ>は杖を振った。正面に立つミレイを狙って<火球>が飛ぶ。
杖を突き出したミレイは無属性の魔力を飛ばして、飛来した火球を拡散させた。
「ちっ。お熱い歓迎だこと」
魔術の応酬を合図代わりに、ボス戦がスタートした。
俺とルークが左右から火炎瓶を投げつける。<リッチ>はその一つを杖で払いのけ、もう一つに<氷弾>をぶつけて叩き割った。
割れた火炎瓶は地面に油をまき散らし、<リッチ>の足元が火の海になる。
「ォオ……」
ただの炎でも少しは熱いのか、<リッチ>は杖を動かして冷気系魔術を飛ばそうとした。しかし、火炎瓶を投げたのは俺たちだけではない。
ハク、サンドに続いて、ガンダル、クラウドも手に手に火炎瓶を投げつけていた。
<リッチ>の氷魔術が炎の一部を消し止めたが、氷の上にまた炎が燃え上がる。
さらにそこへミレイの魔術が加わった。
「撃つわよ! <雷撃>!」
<氷弾>よりも<雷撃>の方が火炎との相性が良い。火炎瓶の間隙を突く<雷撃>は<リッチ>の胸を直撃した。
<リッチ>の胸から黒い霧が立ち上る。
「見えた! 霊体化の効果ありよ!」
しかし、効き目はあまりにもわずかだ。今度もまた長期戦を覚悟せざるを得なかった。
「削って、削って、削り倒すぞ! 根競べだ!」
クラウドが吠えながら、火をつけた大剣で<リッチ>に斬りつけた。
ぴしっ!
<リッチ>の右腕に細く線が刻まれ、舞い上がった黒い霧が炎にあおられてチリチリと燃えた。
自分の腕が傷ついたことに驚いたように、<リッチ>が薄い傷跡を眼窩だけの目で見る。
一瞬、眼窩の奥の燐光が揺らめいた。
きしっ!
今度は左腕に線が引かれた。
「へっ、よそ見してんじゃねぇよ」
振り向いたときには、短剣を振るったハクは既に離脱していた。
「ォオオン!」
<リッチ>は杖を掲げ、魔力をほとばしらせる。その規模からみて範囲魔術のモーションに違いない。
「遅いぜ」
気だるい声で火のついた短剣を投げつけたのはルークだ。<リッチ>はそれを杖で簡単に払いのけた。
準備中だった範囲魔術の発動がキャンセルされる。いかにも<暗殺者>というジョブにふさわしい、いやらしい戦い方だ。
ガシャン。
間の抜けた音を立ててガラスが砕けた。
<リッチ>の頭上から降ってきた火炎瓶だ。
「で、そっちが本命な」
ルークの奴、短剣を投げる前に火炎瓶を頭上に投げ上げていたらしい。つくづくやることがいやらしいぜ。
<リッチ>の上半身が炎に包まれた。燃え上がる炎にあおられて、黒い靄がチリチリと火花を上げて消えていく。
「俺も上がる!」
ここぞとばかりガンダルが盾を押し立てて、<リッチ>に詰め寄る。多少の被弾は覚悟の上だ。
肩から油煙を上げる<リッチ>はガンダルに目標を合わせ直して、<火球>を飛ばす。
「隙だらけだぜ」
俺はがら空きの頭部を狙って火炎瓶を投げた。<火球>を撃ったばかりの<リッチ>は左腕で空中の火炎瓶を払いのける。
瓶が割れ、<リッチ>の左腕に炎が燃え上がった。
「そうなるよなぁ」
俺に注意を移す暇もなく、<リッチ>の眼前にガンダルが迫る。
近接攻撃を予測して、<リッチ>は冷気をまとわせた杖をガンダルめがけて突き出した。
これを受ければ大盾ごとガンダルが凍りつく。そういう魔力の籠め方だった。
ガラン!
一瞬で凍結した大盾が、弾き飛ばされて地面に転がる。しかし、そこにいたはずのガンダルが消えていた。
ガンダルは地面すれすれまで腰を割っていた。<リッチ>の逆襲を予想して、盾だけを残して身を低くしたのだ。
燃える大剣は既に右から左へと<リッチ>の足首に向けて宙を走っている。
びしっ!
音が二つ重なって響いた。
ガンダルの攻撃にタイミングを合わせ、クラウドが右肩の傷をなぞって大剣を振り下ろしていた。
二か所同時に黒い霧が火花に変わる。
「オ……」
パンッ!
乾いた音を立てて、<リッチ>の顔面で<雷撃>が弾けた。
前衛二人による斬撃に、ミレイが魔術攻撃を合わせたのだ。
炎で霊体化した<リッチ>のエネルギーが瘴気となって炎に変わる。ここまでの戦いで一番のダメージを<リッチ>に与えた一撃だった。
「削り倒せ」というクラウドの指示に応える見事な連携攻撃だった。
<リッチ>は後手に回って、ここまで何もできていない。
(基本的に傲慢なんだよな。これだけの数を相手にして、一歩も回避のために動かないとは)
人間よりも強く作られた<魔獣>ならではの工夫のなさだった。やはり<魔獣>に本当の意味の知性はない。
伝説上の<リッチ>という存在は、研究の末に<不死>の秘術にたどりついた究極の<魔術師>だ。しかし、<魔獣>としての<リッチ>はそんなものではない。
確かに魔術を縦横に使いこなすが、<不死>という属性と骸骨の外観を与えられた作り物に過ぎない。
<不死>というならアンデット系だけではなく、<魔獣>すべてが等しく<不死>の存在なのだ。
『<魔獣>は皆飲み食いしないし、年も取らないんだな。病気はもちろん、疲れも知らないな。要するに、生き物ではないんだな』
魔獣学ジジイがうれしそうに語っていた。<魔獣>とは人の歴史や文化、伝承を映して作られたものだと言った。
『じゃあ、誰が<魔獣>を作ったんだ?』
そうなると、ジジイの歯切れが悪くなった。それはわからないのだと言う。
神なのか、悪魔なのか。人の中の存在だったのか。
悔しそうに唇をかみ、魔獣学ジジイは最後にこう言った。
『一つだけ言えることがあるな。とにかく自然に生まれたものではないっていうことだな』
<魔獣>とは何者かの意思が働いて創り出したものだ。ジジイはそう確信していた。
だから、<魔獣>には本当の意味での知恵はない。究極の<魔術師>に見えようと、この<リッチ>は研究の果てにこの姿となったわけじゃない。
最初からこんな姿に作られたんだ。
こいつらは「与えられた力」を使うことしかできない。学ぶこと、成長することができないのだ。
協力すること、準備すること、隠すこと、だますこと、工夫することができない。
不死であるがゆえに、恐れること、警戒すること、逃げることができない。
こいつには「想像すること」ができない。
<リッチ>よ。ここまでの戦いで俺たちが与えたダメージは、お前の体力をほんの少し削っただけだ。
それは全体の五十分の一か、あるいは百分の一か?
お前はかすり傷だと思っている。その通りだ。
お前は正しい。
だが、問題はこれから起きることだ。お前にはそれが見えない。
そのかすり傷をあと九十九回食らえば、お前は瘴気となって消えていく。その未来がすでに決まっていることを、お前は知らない。
お前の前に立つその男は知っているぞ。燃える大剣を振るいながら、お前の傷を数えているぞ。
戦いが始まるその前から、お前の敵にはお前の余命が見えていた。
その男が数えるのを止めるとき、お前の瘴気は尽きるのだ。
「クラウド、油がこれで終わりだ!」
「……そうか。ここからはミレイの<雷撃>が頼りだ。残りの者は奴の傷跡を狙って攻撃するぞ!」
ここまでにつけた傷跡は<リッチ>の肉体が霊体へと分解しつつある箇所だ。そこへの攻撃なら、普通の武器でもダメージを与えることができる。
攻略スピードは落ちるが、まだ戦える。
だが、火炎攻撃が途切れたことは<リッチ>に余裕を取り戻させた。魔術を撃つ間隙を与えることになる。
敵の手数が増えれば味方の被弾が増える。
「ちいっ! 腕が凍った!」
<氷弾>を避け切れず、ガンダルの左腕が凍りついた。
すかさずクラウドが斬り込んで圧を高め、その間に引き下がったガンダルにルークが<回復薬>を投げつけた。
氷をかき落としたガンダルは感覚が鈍った左腕を回しながら戦列に復帰する。
今のところまともに魔術を受けて全身の自由を失ったメンバーはいないが、あちこちでけが人が出始めていた。
(まずいな。これが続くと、戦線が崩壊しかねない)
戦いのバランスが<リッチ>側に傾きかけていた。
その時、<リッチ>の様子が変わった。
この戦いが始まってから初めて、<リッチ>が後退したのだ。
「くっ! 何かする気か?」
危険を感じたクラウドが、<リッチ>に突っ込んだ。相手を自由にしては戦いが不利になる。そう判断したのだ。
どんっ!
体ごと大剣を突きこもうとしたクラウドが、<リッチ>の杖に跳ね飛ばされた。
「あれは――無属性の魔力を杖に込めたか」
<リッチ>が杖を振るう一瞬、俺の目に巨大な魔力が膨らんで弾けるのが見えた。
受け身を取ったクラウドが地面をゴロゴロと転がる。あの分なら立ち上がれそうだ。
「ィイィィィ……」
杖を真上に突き上げた<リッチ>がその石突部分を足元の大地に突き立てた。
「むっ? 地鳴りだ!」
大地が鳴動し、次第にその揺れを大きくした。
<リッチ>の周りに、ぼこり、ぼこりと小山が盛り上がる。
「あれは――? いかん! 距離を取れ!」
地面から身を起こしたクラウドが、全員に向けて叫んだ。
小山が割れて、中から岩の塊が現れた。
「<ゴーレム>か!」
それが五体。
<ゴーレム>自体はそれほどの難敵ではないが、数が問題だ。
「山嵐」のメンバーは五人。一人が一体の<ゴーレム>を相手したのでは、<リッチ>と戦える人間がいなくなる。
「ここにきて数の有利を奪われるとは……」
さしものクラウドも眉宇を曇らせた。




