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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第15話 対<レイス>戦

 地下第七層はアンデッドの階で間違いなかった。

 その後出現した<魔獣>は個体数、種族共にそれほど強力なものではなかった。


 やりにくい相手としては実体を持たない<レイス>がいた。


 剣も矢も効かないので、クラウド、ガンダルをはじめ魔術を使えないメンバーはほぼ蚊帳の外となってしまった。

 攻撃はミレイの魔術頼みとなる。


 属性的には火炎魔術で焼き払うのが一番なのだが、ミレイには火属性がない。

 火炎瓶で焼き払うことも考えたが、投げつけたところで素通りしてしまう<レイス>に火をつけるのはほぼ不可能だ。


 狭い空間に閉じ込めたとしたら、どうとでもなるのだが。


「はあ。疲れるからあんまりやりたくないのよねぇ」


 以前にも<レイス>を相手にしたことがあるミレイは、苦り切った表情で二体の<レイス>に杖を向けた。


「<雷撃(ライトニング)>!」


 ミレイの杖から稲妻が放たれ、一体の<レイス>を打った。空中に浮かんだ黒々とした半透明の塊である<レイス>の「体内」を稲光が駆け回る。

 半分透き通った<レイス>の体がまるで雨雲のように見えた。


(うん? 蒸気か?)


 <レイス>の体から白い湯気が立ち上った。

 なるほど瘴気を直接蒸発させたのか。


『<魔獣>はすべて瘴気の物質化によって創造されるが、<レイス>のような非実体タイプは瘴気本来の性質に近いんだな。物理攻撃は効かないが、熱や雷気に当たると蒸発するな』


 あれがその現象か。


「ああー! あれだけ魔力を注ぎ込んでも、効果はあれだけって……割に合わないのよ」


 よく見ると<レイス>の体は三分の二ほどに小さくなっている。後二回、同じような攻撃を食らわせなければ<レイス>は倒せないということになる。

 俺の見たところ、あれだけの魔力を使った火炎魔術なら一撃で倒せていたことだろう。


 実を言うと、俺は火炎魔術を使えるのだが、それを言い出すとややこしいことになる。<魔術師>として戦闘に組み込まれかねない。

 荷物を担がされた上に戦闘までさせられては体が持たない。魔力は体力を取り崩したものなのだから。


 そもそも俺の魔術は筋が悪い。魔力には恵まれているのだが、効率が悪いのだ。


『おぬしはセンスがないのう。魔力を生かしきれておらん』


 魔術ジジイに言われたもんだ。

 それなりに稽古はしたんだが、悔しいことにジジイの言う通りだった。


 そもそもまともに魔術が使えるなら、最初から冒険者になってるわな。


 <レイス>の攻撃方法は<ドレイン>だ。黒い霧のような霊体に触れている間は、生気を奪い続けられる。


 じっとしていたら干からびて死んじまうわけだ。


 雷魔術を操るミレイには<レイス>が寄りつかない。魔術で蒸発させられてしまうからな。天敵みたいなもんだ。


 残りの俺たちは、ひたすら<レイス>から逃げ回った。

 

 ミレイから見れば、俺たちと<レイス>の鬼ごっこに見えるだろう。


 ミレイはその鬼を狙って雷魔術を飛ばすのだが、慎重に狙わないと追われている俺たちに当たってしまう。逃げる俺たちにも工夫が必要だった。


「ああ、もう! アンタたちが邪魔で当てられないわよ!」


 何しろ、俺を筆頭にクラウド、ガンダルという巨漢が動き回っているのだ。狭い通路でそんなことをしているのだから、射線はなかなか通らない。


 俺たちの中でもハクは小柄ですばしこいので、器用に<レイス>から距離を取っていた。ルークも持ち前の勘の良さと敏捷性で、<レイス>の動きを先読みしているようだ。いいセンスしてるぜ、あいつは。

 

 身体能力が凡庸なサンドはどうしている?


 (何だ、アレは?)


 サンドは杖の先に炎を燃やして、近づこうとする<レイス>を追い払っていた。


 ありゃ生活魔法か? 攻撃用の火魔術ではない。せいぜい煮炊きに使える程度の小さな炎だった。

 その程度の炎であっても<レイス>にとっては苦手なものらしく、火が近づくと慌てて遠ざかるのがわかる。


 なるほどね。まったくダメージは通らないけど、遠ざけることはできるというわけか。こりゃ俺も真似させてもらおう。


 俺は飛来する<レイス>から身をかわした。その先には、別の<レイス>に追われるガンダルがいた。

 あ、目標発見! デカくて動き回るものって狩猟本能をくすぐるよね。


 <レイス>に本能なんてものがあるのか、知らんけど。


「おわわわっ!」


 二体のレースに追い回されて慌てふためくガンダルを横目に見ながら、俺は荷物からぼろきれと油瓶を取り出した。

 天秤棒の先にぼろきれを巻きつけ、その上から油を垂らす。


 そして火種の出番だ。ぼろきれに火をつければ、お手製の炎の杖が出来上がりだ。

 みすぼらしいたいまつみたいなもんだが、こんなものでもあるとないとじゃ全然違う。


「待たせたな、ガンダル! お前の犠牲は無駄にしないぜ」

「バカなこと言っとらんで、こいつらを追い払ってくれ!」


 お任せあれ。俺は使い慣れた天秤棒を動かして、ガンダルにまとわりつく<レイス>をつついてやった。

 声があるなら、<レイス>は「ギャッ!」と叫んだことだろう。塩をかけられたなめくじのように、体を焼かれて炎から逃げ出した。


 味方から引きはがしてしまえば、後は簡単だ。ミレイからの射線が通る位置に炎の杖で追い込んでやれば――ほら。


「<雷撃>!」


 ジュウッ!


「一丁上がりだ! もう一匹追い込むぞ!」

「どんと来なさい!」


 相当イライラが募っていたのか、ミレイは殺気だった表情で俺をあおった。あの様子なら、もう少しは魔力が持ちそうだな。


「そら行った!」

「はい! そこ!」


 ミレイの<雷撃>が黒い霧の中心に命中し、四方八方に火花を散らした。何とも言えない焦げ臭さを残して、残りの一体も蒸発して消えていった。


「ジジイの言った通り、魔石は残らないな」

「お前の師匠が何か言ったのか?」

「普通の<魔獣>にとっての魔石が、<レイス>の場合は本体そのものになっているんだそうだ」

「ほう。あの黒い霧のような霊体が魔石と同じものというわけですか?」


 普通の<魔獣>は瘴気を物質化させて肉体を作り、同じ瘴気からエネルギーを固めて魔石を生み出している。<レイス>のような霊体型<魔獣>は、肉体を省略してエネルギーだけで存在しているというのだ。

 

 エネルギーであるがゆえに、火だの雷だのというエネルギーで干渉することができる。


『霊体は物質としての性質が少なすぎるな。そいじゃけ、剣のような物質攻撃が効かないんだな』


 つまり、霊体型<魔獣>は冒険者にとって何の実入りにもならない。まったくの害獣というわけだ。

 こういう所も、冒険者にアンデッドが嫌われる理由だろう。


 割と学者っぽいところのあるサンドは俺の説明に興味深そうにしていた。魔獣学ジジイがいたら話が合ったかもな。


「ふう。やっぱり<レイス>は苦手だよ。ふわふわ逃げ回って、やりにくいったらありゃしない」


 ミレイは魔術を何度も使い、体力を削られていた。見るからにしんどそうだ。

 それを見てクラウドは休憩を決断した。


「一時間休もう。ミレイは仮眠してくれ。ルークとツバキで前方と後方を警戒。三十分後にサンドとハクが代わってくれ」


 比較的体力を消耗していない面々で見張りに立つことになった。通路の真ん中での休憩なので、挟み撃ちに会わないよう前方と後方の警戒が必要になる。

 ルークが前方に向かったので、俺は後方を見張ることにした。


 俺の天秤棒には火を消した油布を巻きつけたままにしてあった。また<レイス>が来たら火をつけて追い立てるつもりだ。


「そんなもので<レイス>の相手ができるとはな」


 見張りに立つ俺の横に並んでクラウドが話しかけてきた。視線は天秤棒の先に向けられている。


「サンドの見よう見真似さ。使ったのはこれが初めてだ」

「ふうん。師匠の教え方が良かったのか、お前が器用なのか。初めて見たことを<魔獣>相手に実践できるのは普通じゃないぜ」

「俺は普通さ。体が人よりちょっとデカいというだけでな」


 そう言うと、俺は後方の闇に意識を集中した。師匠(ジジイ)たちのことを他人に吹聴するつもりはない。

 みんな死んじまったしな。


『絶対に必要やむを得ないとき以外、他人に手の内をさらすな』


 俺はジジイたちにそう教わった。

 そしてそれは生き死にが懸かったときしかないと、俺は信じている。


 俺が口を閉ざしたのを見て、クラウドは立ち去った。そうして、壁際に腰を下ろして休憩を始めた。

 休めるときに体を休めるのも、冒険者として大切な心得の一つだった。


『休むというのも、あれでなかなか難しいもんじゃ。特に敵地では身がすくみ、気を張っておるからの。そんなときはの。湯につかっておるつもりで、深く呼吸をしてみるとええ』


 そう言ったのは誰だったか? 空手ジジイか、剣術ジジイか?


 見張りの立場でくつろぐわけにはいかないが、せめて体だけは楽にしようと、俺はゆっくりとした呼吸を意識した。

 生あるものはすべて息をする。草木や虫けらのことまではわからんがな。呼吸一つをとっても、案外奥が深いものだ。


 ところで、<魔獣>は息をしない。アレは生き物ではないからな。偽りの「生」を与えられた作り物だ。


 だから、<魔獣>を相手に「呼吸を読む」という技は通用しない。動き出す瞬間は筋肉や視線の動きを見て判断するしかない。

 向こうも人間の呼吸というものを理解していないので、五分五分の関係ではある。


 ほかにも<魔獣>はフェイントを使わないとか、恐怖を知らないとか、人や獣と違う部分があった。


 あからさまに違うのは飲み食いも、睡眠も必要としないことだろうか。体内に魔石がある限り、疲れ知らずに動き続けられる。実に厄介な代物だ。


 そんなあれこれをとりとめなく考えているのは、脳を休めるためだ。敵襲を警戒しつつも、特定のテーマに捕らわれず思いつくままに考えを遊ばせる。

 ふんわりとした脳の状態は、体に影響する。脳が休めば、体も休めるのだ。


(交代時間がきたら、何か腹に入れておくか――)


 動き出した胃腸の動きを感じてそんなことを考えていた時、後方の闇がうごめいた。


「警戒! 何か出たようだ」


「全員、戦闘用意! 襲撃に備えろ!」


 俺の呼びかけに、クラウドが素早く反応した。眠っていたミレイまで飛び起きて、杖を構える。


 ガシャリ。


 闇の中で金属音が響いた。間違いない。敵の来襲だ。

 金属を持つというと、人型の<魔獣>だな。また、<骸骨騎士(スケルトン・ナイト)>だろうか。


 ガシャリ。


 闇の中からぼんやりと人型が浮かび上がった。<骸骨騎士>よりはだいぶ小さい。

 小さいといっても俺と同じくらいの背丈か。


 ガシャリ。


 金属音の正体は全身鎧だ。前進が隙間なく鋼鉄に覆われている。

 腰にショートソードを佩き、右手にはランスを携えていた。左手に盾はない。


 騎士の出で立ちだが、馬はいなかった。この狭い通路は騎馬には向いていない。


 顔面はフルフェースの兜に覆われており、バイザーの隙間から青い燐光が光っていた。

 だが、位置がおかしい。


 兜は左わきに抱えられていたのだ。


「<デュラハン>だ」


 肩の真ん中には切断された首の断面が見える。血がじくじくとにじみ出そうな()()()切断面だった。


 <デュラハン>は死んだ騎士が死霊化したものではない。初めからあの形に作られたものだ。

 体の構造が人と同じになっているにすぎない。


 俺の背後でクラウドとガンダルが動き出している気配がする。

 本来は彼らに対処を任せ、俺は後退してよいはずだった。そうなんだが――。


「こいつは交代するまでもないと思うぜ」


 馬なしの<デュラハン>一体だからな。戦いにもならない。


 俺は先っぽに火をつけた天秤棒を、ゆっくりと左右に動かした。

 こちらへと歩み寄りながら<デュラハン>の視線がそれを追う。


 兜の中の燐光が、右へ――左へ――。


「ミレイ、<ライト>を消せ!」

 

 叫びながら、俺は天秤棒の火を消した。素早くかがみこむと、赤ん坊の頭くらいの石を右手に拾い上げる。

 体を起こしながら、声なき気合と共にその石を思い切り投げつけた。


 狙いは<デュラハン>の急所、わきの下に抱えた兜だ。その中にある奴の首、それこそが<デュラハン>の本体だった。


 急に落ちた闇の中を俺が投げた石が飛んだ。<デュラハン>の光る両眼も闇を見通すことはできない。


 ガイーン!


 無防備に石を受けた兜は、高い音を発して<デュラハン>の左腕からすっぽ抜け、闇の奥へと飛んでいった。


 残ったのは間抜けな首なし鎧だけだ。


 俺の目も視界を失っていたが、問題ない。闇が落ちる前に俺は通路の詳細と、<デュラハン>の位置をしっかり記憶していた。


 人と<魔獣>の違いがもう一つ。俺は気配を消すことができる。


 気配を消した俺は急がぬ足取りで<デュラハン>の横を通り過ぎた。


 <デュラハン>には俺の姿が見えず、足音も聞こえない。

 そればかりか隣に立っても、俺の匂いをかぎ取れなかった。


 それはそのはずだ。こいつの頭はすっ飛ばしてあるからな。耳も鼻もここにはない。


 兜が転がっているであろう場所まで進んだ俺は、油布に火をつけた。


「ああ、いたな。それじゃあくたばれ」


 ガッシャン、ガッシャン――!


 後ろから全身鎧が駆け寄ってくるようだが、もう遅い。

 腰の短剣を抜き、俺はバイザーの隙間から<デュラハン>の燐光めがけて突き刺した。


 ぱきり。


 殻を破るような手ごたえとともに、燐光が消え、兜が手の中で崩れ落ちた。


「ミレイ、もういいぜ。<ライト>をもう一度出してくれ」


 振り返った俺の前に、<ライト>に照らされた魔石が一つ通路の床に転がっていた。

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