第14話 冒険者の精神構造
「骨のある敵が出てきたようだな」
クラウドがそう言って、足を止めた。
ことばとは裏腹に、その表情は若干うれしそうに見える。
曲がり角から現れたのは、二体の<骸骨騎士>だった。
<スケルトン>との違いは金属鎧に身を固めているところだ。それでも所々の隙間から骨だけの体が見えている。
右手に大剣、左手に丸盾という揃いの出で立ちだった。
「望むところだ」
ガンダルはどっしりと構えた盾に大剣を打ちつけた。
二人とも剣士としての血が騒ぐのだろう。物騒なことだ。
何しろ相手は俺たちよりもさらにデカい。二メートル半はあろうかという巨体だ。
筋肉などありもしないのに、その力は<火虎>にも匹敵する。
『まともに打ち合うのは愚かなんだな。魔術やからめ手を使うのが得策と言えるな』
魔獣学ジジイはそう言っていた。
その相手を、クラウドとガンダルは一人で一体ずつの相手をしようというのだ。
バカげた話だぜ。
「俺が前に出る。一匹通すから後ろを頼むぜ」
「クラウド、任せろ」
ガンガンと盾を打ち鳴らすガンダルに<骸骨騎士>たちの注意は向かっていた。それにつけこんでクラウドは無造作に前進した。一体の<骸骨騎士>の斜め前に近づく。
ようやく<骸骨騎士>がクラウドの存在に注意を移し、首と剣を向けようとした。
その時、クラウドの上体が消えた。
「<鎌鼬>!」
クラウドは消えたわけではなかった。右足を地面すれすれに浮かせて大きく踏み込みながら、上体を思い切り前に倒したのだ。
そこから両手に持った大剣を右から左へと一瞬に振りぬいた。両足を開ききった状態で上体を地面と平行に倒し、更に腰を竜巻のようにひねる超人的な体さばきだった。
ガコンッ!
<骸骨騎士>の左ひざを真横から斬撃が襲い、関節の可動部を打ち抜いた。金属鎧といえど、可動部は弱い。<骸骨騎士>の左ひざは破壊され、真横に折れた。
バランスを崩した<骸骨騎士>は盾を地につきながら、左脚で膝立ちとなる。
人間相手ならこれで勝負ありだが、相手はアンデッド。痛みを感じない。この状態でも必殺の一撃を振るってくるだろう。
隣に立つもう一体の<骸骨騎士>は一瞬クラウドに気を引かれかけたが、ガンダルがすかさず盾を打ち鳴らして注意を引く。
<魔獣>に高等な知性はない。弱った味方に加勢するとか、二対一で敵を圧倒するとかいう考えはあいつらの頭には浮かばない。
『脳があっても考えてるわけじゃないんだな。ましてやアンデッドに脳なんかないしな』
魔獣学ジジイの御説ごもっともだった。
クラウドは事前の宣告通り、通り過ぎる<骸骨騎士>には手を出さない。ガンダルの元へと素通りさせた。
ガンダルなら単独で<骸骨騎士>を倒せるという絶対の信頼があるのだろう。
それにしてもクラウドの剣技は想像以上にすさまじい。剣術ジジイのような精妙さとは無縁だが、並外れた身体能力を生かした力強さがあった。
敵に動きを悟らせず、「先の先」を取る呼吸も見事だ。いかにも冒険者の剣術と呼ぶにふさわしかった。
あれが戦場剣法という奴だろう。
<骸骨騎士>を跪かせたクラウドは、剣を引いて一旦距離を取った。体勢と息を整えるためだろう。
さすがにあの大技の後、連続して剣を振るうのはきついに違いない。
距離さえ取れば<骸骨騎士>は攻めかかれない。片膝立ちではまともに動けないのだ。
それでも油断すれば、捨て身の飛び込み技を食らうかもしれない。クラウドには勝負を楽観視した様子は見受けられなかった。
「さあ、来いやっ!」
一方、ガンダルは大剣を持った右手を大盾の内側に添えて、防御を固めた。
<骸骨騎士>の打ち込みを正面から受け止めるつもりらしい。無茶をするもんだ。
<骸骨騎士>に表情があるなら、にやりと笑うところだろうか。ゆっくりと剣を振りかぶり、ためも作らず無造作に振り下ろした。
ドガッ!
腹の底に響く音でガンダルの盾が鳴った。
何と、<骸骨騎士>の一撃をまともに大盾で受け止めやがった。
(あいつ、わざとやりやがったな)
ガンダルの腕なら「受け流す」という選択肢があったはずだ。それをせず、わざわざ正面から<骸骨騎士>の剣を止めて見せた。
受け流せば相手の攻撃ターンが続く。一旦剣の動きを止めることで、攻撃の流れを断ち切ったことになる。そう考えれば、「次」につながる戦術的な一手と言えなくもない。
(だが違うな。単純に力比べがしたかっただけだろう)
筋肉で考えたに違いない。
うん? よく見るとガンダルの立ち位置が変わっている。打ち込みに合わせて一歩踏み込み、相手の剣の鍔元を受け止めたらしい。
なるほど打点をずらしたのか。
『剣には物打ち所というものがあるんじゃ。一番大きな力が伝わる場所じゃな。自らの剣の物打ち所を生かし、敵の剣の物打ち所を外す。剣の極意の一つじゃな』
剣術ジジイの声が聞こえる。理屈は単純だが、実際にやるには勇気と鍛錬が必要だ。
ガンダルも「防御」というジャンルで剣の極意を突き詰めた男ということだ。
しかし、普通はかわすことを優先すると思うんだがな。つくづく武骨な奴だ。
頭のいかれ具合はクラウドよりガンダルの方が上かもしれん。
剣を止められた<骸骨騎士>はあくまでも力を頼んで、ガンダルを上から押しつぶそうとする。何しろ上背がある。肉がない分は軽いんだろうが、上からのしかかれば相当の圧迫になる。
そいつをこれまた真っ向からガンダルは押し返す。
力にこだわってるな、この男は。
五秒ほど押し合いが硬直したところで、ガンダルは大盾を傾けて左下方に<骸骨騎士>の剣を流した。
全力でひたすら剣を押し下げていた<骸骨騎士>は、剣を止めることができない。ガリガリと大盾の表面を滑った剣はそのまま地面に斬りつけた。
うまい。こういう呼吸が剣の極意なんだろう。俺にはとても真似できない。
「<風車斬り>!」
大盾の後ろから繰り出した大剣を、ガンダルは右手首の動きだけで風車のようにくるりと回した。大剣を振り抜く先には隙だらけの腕が、斬ってくれと言わんばかりに差し伸べられている。
「だっ!」
短い気合と共にガンダルは両足を踏ん張り、ぐんと腰を落とした。
(あれは<寸勁>に似た技だな)
攻撃が敵に当たる瞬間に「力」を炸裂させる。小さな動きで最大の威力を発揮する絶技だ。
大上段からの振り下ろしに匹敵する衝撃が<骸骨騎士>の手首を襲った。
この攻撃もまた鎧の継ぎ目を狙っている。<骸骨騎士>の右手首が切断されて、大剣が手首をつけたままぼとりと落ちた。
こっちも人間相手なら勝負を決めるダメージだ。しかし、アンデッドである<骸骨騎士>は武器を失ってもまだまだ戦える。
丸盾を叩きつければ頭をつぶせるし、手足での打撃はメイス以上の破壊力だ。
苦痛と疲れを知らないアンデッドの特徴は、体がデカいほど恐ろしい利点となる。
「オラッ!」
クラウドとは逆に、ガンダルは前に出た。右手の大剣を力任せに振り下ろす。
技術も呼吸もあったもんじゃない。
<骸骨騎士>は左手の丸盾でそれを受け止めた。こいつには元々受け流すなんて反応はない。
あの防御を打ち抜ける人間などいないから、それでいいのだろう。
「だっ!」
ガンダルは右手の大剣を引き戻しながら、体を振るようにして左手の大盾を<骸骨騎士>に叩きつけた。
あれだけの質量をガンダルほどの怪力で振り回せば、それはもう打撃武器だ。
<骸骨騎士>の丸盾はガンダルの大剣をはねのけた勢いで、すぐには手元に戻せない。
仕方なく、手首を失った右腕で<骸骨騎士>は大盾を受け止めた。
ガゴン!
白い骨片が<骸骨騎士>の前腕から飛び散る。
それに構わず、<骸骨騎士>はそのまま大盾を払いのけて右腕を振りかぶった。
左半身になり大盾を突き出したガンダルの脳天に、鉄槌を振り下ろす構えだ。
「オラッ!」
<骸骨騎士>が腕を振り下ろすより先に、ガンダルが再び体をひねって大剣で右から横薙ぎに斬りつける。
大盾をはねのける相手の力を利用して、体を反転させたのだ。
ガンッ!
<骸骨騎士>の丸盾がガンダルの攻撃を受け止めるが、右腕を振り下ろす途中だったため、バランスが崩れた。
体が右に大きく傾き、ガンダルを狙った右腕が外側にそれていく。
「そこっ!」
ガンダルが反転を重ねた。<骸骨騎士>に生まれた隙めがけて、左手の大盾が繰り出される。
ゴスッ!
<骸骨騎士>の脇腹、肋骨が露出した部分に大盾がぶつかった。あばらをへし折りながら、<骸骨騎士>を押しのける。
今度は体が後ろに傾き、<骸骨騎士>は左足を引いてバランスを取ろうとした。
体勢は右半身。体の左側が後退すれば丸盾も後ろに移動する。
結果、<骸骨騎士>の前面はまったくの無防備となって、ガンダルの目に晒された。
「<波切>っ!」
剣術スキルの発動を宣言しつつ、ガンダルは自らの大盾から手を放した。勢いのまま右手方向に回転しつつ、両手持ちに換えた大剣を渦巻くように薙ぎ払う。
<骸骨騎士>が立ち直るより一瞬早く、旋回し終わったガンダルの大剣が左から右へ水平に走った。
カツッ!
乾いた音を立てて<骸骨騎士>の腰骨が二つに切り離された。ゆらりと傾き、<骸骨騎士>の上体が後ろに転げ落ちた。
背骨を断たれても<骸骨騎士>は死なない。しかし、もはや動けるのは上半身だけで、武器もない。
後は魔石を取り出すだけの「作業」と変わった。
ドン!
ガンダルは倒れかけた<骸骨騎士>の下半身を蹴り飛ばし、あおむけに転がった上半身を踏みつけて大剣を振り下ろした。
<骸骨騎士>の左肩から腕の骨を切り離す。抵抗の術を失った骨の残骸に右手を突っ込み、ガンダルは胸の魔石をむしり取った。
骨格が崩れ、黒い霧が辺りを舞う。<骸骨騎士>はダンジョンの空気に消え去った。
「終わったぞ」
ガンダルが討伐終了を宣言するよりも前。クラウドは膝立ちとなった<骸骨騎士>に剣を向け、右前方へと位置を変えた。
<骸骨騎士>はこれに対して左ひざを軸にして体の向きを変え、クラウドを正面から外さない。
「射線が通った。魔石を撃つ――いまっ!」
ミレイの声がダンジョンにこだまする。声と同時にミレイの構えた弓から鋭く矢が放たれた。
これを横目に見て、<骸骨騎士>は右手の大剣で迫りくる矢を叩き落そうとした。
(脚をやられて動けないから、矢を斬りおとすしかない。だが、どっちにしろおしまいだ)
既に始動済みのクラウドの大剣が、<骸骨騎士>の右肩めがけて残像を残す勢いで落ちてきた。
「<鹿威し>」
コーンと響き渡る音と共に、<骸骨騎士>の右腕が肩から離れた。力を失った大剣と共に地面に落ちる。
その後をミレイの矢が飛び抜け、胸の魔石を撃ち抜いた。
存在の根源である魔石が砕け、<骸骨騎士>だったものは瘴気になって、ダンジョンの空気に溶けていった。
クラウド一人でも問題なく<骸骨騎士>を倒しきれただろうが、一騎打ちにこだわる必要はない。
ましてや相手は<魔獣>だ。冒険者にロマンは必要ない。
「はい、おしまい。十分楽しんだでしょう、クラウド?」
冷やかすようにミレイが言う。
クラウドがあえて前に出て、<骸骨騎士>と一対一の状況を作ったことを言っているのだ。
「まあな。剣を振るにはいい相手だったもんでな」
こういうことはよくあるのだろう。冷やかされたことを気にもせず、クラウドは大剣を納めながらミレイに答えた。
数秒後に自分の相手である<骸骨騎士>を倒し終えたガンダルも、さっぱりした顔で会話に加わった。
「剣の稽古は人型の相手に限るな。猛獣型などはどうも面白くない」
命のやり取りに面白いも、面白くないもないもんだろうに。クラウドもガンダルも筋肉で考える傾向があるようだ。
見るところ、ミレイはもちろん、ハクもサンドもクラウドたちの戦い方に口をはさむつもりはないらしい。
結局、どいつもこいつも冒険者ってわけだ。
まあ、殺人狂というわけではないのだろう。わざわざ血を見るのが好きという風には見えない。「戦い好き」と言えばいいのか。
遊びごとでも運動でも、人と競い合うのが好きという奴はいるな。特に、勝つことが好きなのだろう。
俺とは違う。俺の武術がどれも中途半端なのは、そういう闘争心が薄いためかもしれない。
人に勝ちたいという気持ちが弱いのだ。それでは一流になれない。
なれなくても構わないのだ。俺は仕立屋だからな。鋏と、針と糸があればいい。
俺の目に、ふとルークの姿が映った。
(こいつはどうなんだろう?)
こいつも「殺してでも相手に勝ちたい」と考える人間なんだろうか? <暗殺者>という職業はこいつの性格を表しているのか。
クラウドとガンダルの息が整ったところで、俺たちはダンジョンの探索を再開した。




