第12話 階層ボス戦を終わって
ボス部屋での休憩の傍ら、俺はメンバーの防具を手入れすることにした。
ここまでの戦いで傷んでいる部分があるのはわかっていたからな。
レベルアップのおかげで俺の体力は回復済みだ。このパーティーで、俺が今一番余裕があると言っていいだろう。
皆に声をかけて破れた衣服や、革鎧を外してもらう。集めた装備品の山を見て、俺は腕まくりをして気合を入れた。
(さあ、<仕立屋>の本領発揮だ!)
<魔獣>との戦いなどより、よっぽど真剣だぜ。
洗濯をする余裕はないが、できる範囲でほこりを払い、こびりついた汚れはブラシでこすり落とす。ぴかぴかとまでいかなくとも、みるみる装備品はさっぱりとした姿に変わっていった。
「ふふん、ふん」
さて、繕ってやるか。破れ、ほつれに穴まで開いてやがる。ここは当て布をすれば何とかなるか?
「ふん、ふふん」
針を布に通した瞬間、何かが頭の中で閃いた。
<瞬間縫合>!
手を動かした意識がないのに、一瞬で修繕箇所が縫いあがっていた。スキル<縫合>そのものも、レベルアップで能力向上していたのだ。
(なるほど。<職業>に紐づいたスキルはレベルアップで進化するのか)
俺の場合武技スキルは経験によって身につけたものだ。<仕立屋>のレベルが上がっても、そういう余技のレベルは上がらないらしい。
(しかし、<魔獣>との戦いで得た経験値で<仕立屋>のスキルが進化するとはね。職人もダンジョンに潜った方がいいってことか?)
そんな職人は俺くらいか? 普通は<魔獣>に食われて終わりだな。
クラウドに変わった<仕立屋>だと言われても仕方がない。
とにかく仕事のスピードが上がったことはありがたい。あっという間に、俺は衣服と防具の修繕を終わらせた。
「うん。ほぼ元通りだな」
仕事の仕上がりというのは楽しい瞬間だ。ついでに補強縫いも入れてやった。ダンジョンに入る前より、丈夫になった服もあるぞ。
革鎧の修繕は専門外だが、針と糸を使う部分についてはさほど戸惑いはない。素材が革に変わっただけのことだ。
どういう部分に負担がかかるかという構造上のポイントは衣服を扱うのと変わりない。
工夫しながら革鎧の補修をしていると、ある瞬間から針の通りがぐっと良くなった。
(<皮革職人>系のスキルが生えたようだ)
俺は傷んだ個所の補修を超えて、「出来が悪い部分」の手直しまで仕事の範囲を広げた。
そこまでしろとは期待されていないだろうが、見えてしまった以上は放っておけない。それが職人というものだ。
「これならよし」
最後の革鎧を地面に置き、俺は補修した品々を眺め渡した。自分の分を含めて七人分の衣服と装備。
その修繕がたった一時間で終わっていた。
<縫合>だけではなく、<採寸>や<裁断>のスキルまでレベルアップしていた。<採寸>は目で見ただけで寸法がわかり、<裁断>では鋏を当てるだけで、布や革がするすると裁ち切れた。
型紙など作るまでもない。頭の中で<型紙起こし>が完結していた。
(これだけでもダンジョンに潜った甲斐があったな。――いや違うか)
金貨十枚。
そいつを稼ぐことが目的だった。
いかん、いかん。目的を忘れていた。俺の目的はアンナの病気を治すこと。リルの幸せを取り戻してやることだ。
弟のヒイラギにしてやれなかった分まで、俺は――。
「おっ? もう手入れが終わったのか。随分手早いな」
気づけばクラウドが俺の前に立っていた。ごつい形をしている割に、この男は静かに動く。これも訓練のたまものだろうか。
休憩して体力の回復を図っていたはずだが、クラウドは小刻みに目を覚ましてはメンバーたちの様子を確認しているようだ。俺はメンバーではないが、パーティーの一員ではある。
「レベルアップで裁縫関係のスキルが強化されたようだ」
俺は<採寸><型紙起こし><裁断><縫合>のスキルが進化したことを、クラウドに語った。<仕立屋>関連スキルのことなら明かしても問題はない。
「そりゃよかったな。仕立屋としてもここに来た意味があったわけだ。<採寸><型紙起こし>が進化したとなれば、<マッピング>もはかどるな」
「ああ、刺繍の腕も上がったから余計にな」
試すまでもなく俺にはわかる。今なら手元を見なくても、正確なマップを刺繍に記録することができる。しかも、一瞬で。
「結構だ。帰り道ではお前のガイドに期待してるぜ」
「俺が死んでも、地図さえあれば同じことだろう」
「まあ、そう言うな。お前のことは腕のいい<サポーター>として評価している」
クラウドは俺の皮肉に動ぜず、ぽんぽんと俺の肩をたたいて離れていった。俺のような臨時雇いにまで気遣いを忘れないとは、どこまでもパーティー全体のことを考えている奴だ。
メンバーの間を歩くクラウドを見て、俺はこのパーティーに雇われたことを幸運に思った。散々ひどい冒険者にめぐり合ってきたからな。
ほとんどのメンバーは横になって眠っている。魔力が枯渇したミレイとサンドの眠りは、特に深そうだ。魔術ってやつは体だけでなく、頭の芯まで疲弊するからな。
常に動き回るハク、敵を受け止め続けるガンダルの疲れも濃かった。
ルークだけは<サポーター>という役目柄、体力面ではまだ余裕がありそうだ。今は短剣の手入れに余念がない。
クラウドのことばに顔を上げて、如才なく答えている。こんなときでも、あいつのコミュ力は健在のようだ。
(ルークか。あいつも変わった奴だ――)
職業は<暗殺者>だと言っていた。サポーターとして働くには、いささか以上に物騒なジョブだ。本当の意味での「殺し屋稼業」に手を出しているとは思わんが……。
危ない橋を渡ったことのある人間特有の「闇」を奴には感じる。俺の気のせいだろうか。
(根拠もなく人を疑うのは失礼だな)
俺はそれ以上ルークの正体について思いめぐらせることを止めた。それよりも今は少しでも眠っておくことが必要だった。
万一、また魔術を使うことになったら精神の安定が重要になるからな。
野営が終われば次は第五層だ。北のダンジョンが何層まであるかわからないが、下るにつれてより強い敵が現れるに違いない。
(アンナとリルのために、俺は死ねない。必ず生きて帰る――)
その思いを胸の奥にしまい込み、俺は浅い眠りについた。
◆
(ああ、いつもの夢の中だ……)
<魔獣>と死闘を繰り広げた精神的な疲労が俺に夢を見させたのだろう。
中途半端に意識の一部が覚醒したまま、俺はいつも見る悪夢の中にいた。
俺がいるのはこどもの頃に住んでいた家だった。
そんなことは周りを見回さなくてもわかる。自分の右足を目で見て確認する奴がいるか?
(これから悪いことが起きる)
それも俺は知っている。いつもこの夢を見ると、俺はあぶら汗にまみれて目覚めるのだ。
口の中に血の味を覚えることもある。夢の中で舌や頬の肉をかみ切ったのだ。
それなのに、夢の内容は覚えていない。
ただ、わかっているのは――「悪い奴」が出てくることだけだった。
『やだ! おろしてー!』
あれは弟のヒイラギだ。誰かがヒイラギを担ぎ上げている。やめろ! ヒイラギをどうする気だ?
俺の弟から手を離せ!
『にいちゃん! にいちゃん!』
『やめろ! ヒイラギを、ヒイラギを放せ!』
『うるせえっ! 邪魔するな!』
黒い影が俺を蹴り飛ばす。今より小さかった俺は、腹を蹴られて床に転がった。
靴が食い込んだ腹の痛み。喉をこみ上げる胃液の苦さ。俺は身をよじってうめくしかなかった。
『う、うう……』
ヒイラギを肩に担いだまま、黒い影が俺を見下ろす。俺の苦痛がどれくらいのものか、測っている。
まだ足りないと思ったのか。影は丸まった俺に向かって脚を上げた。
貝殻の間にナイフを差し込んで牡蠣を開くように、黒い影は俺の手足を器用に避けて革靴で腹を踏みつける。
ぐいっと体重を乗せて、俺を虫けらのように床に縫いつけた。
上を向いた俺の口から苦い胃液がほとばしる。
俺は胃液にむせて、せき込んだ。苦しくて、息ができない。
『がっ、ふうっ、うう……、ごほうっ!』
鉄の爪で腹をつかまれたように胃がキリキリと痙攣する。苦しさに涙と鼻汁が俺の顔をさらに汚した。
『汚ねぇガキだ。図体だけデカくなりやがって』
薄汚れた俺を見下ろすのに飽きたのだろう。影は俺の腹から足を下ろし、ついでとばかり横腹を蹴り飛ばした。
『ぐうっ!』
圧迫から解放され空気をむさぼったところでわき腹を蹴られた。新たな苦痛が俺の背骨を駆け上がる。
今度の痛みは鋭いものだ。あばらを一本折られていた。
『ふん! らちもねえ』
黒い影は俺の背中に唾を吐きかけ、歩き去る。カツン、カツンと革靴の音が遠ざかる。
ヒイラギが、俺の弟が影に担がれて遠ざかっていく。
弟はそのまま帰ってこなかった――。
それからというもの、黒い影がときたまやってきて、酒臭い息を吐きながら俺を殴り飛ばした。
何かわけのわからぬことを叫んでいたな。俺を殴って憂さ晴らしをしていたのだろう。
そんな暮らしが数年続いた。
その間に俺は用心棒の手伝いを始め、武術ジジイたちに手ほどきを受けた。
十二歳の俺は、並の大人よりも力が強くなっていた。
『くっ!』
その日もまた、俺は黒い影に蹴り飛ばされた。胃液を吐きながら転がるのはいつものことだ。
だが、その日は虫の居所が悪かったのか、影は転がった俺の腹を執拗に蹴りつづけた。
このままでは殺される。逃げなくては。
どこへ逃げる――? 痛みをこらえて俺は床から立ち上がった。
『うわぁああーっ!』
『くそっ! このガキ!』
俺は黒い影の正面から、その腰にぶつかっていった。影は不意を突かれて床に倒れる。
『くそがっ!』
影は俺を引きはがし、馬乗りになってのしかかってきた。
『逆らいやがって、この野郎。身の程を思い知らせてやる!』
影の手が俺の首をつかんだ。まだゼイゼイと鳴っている俺の首を上から絞めつけてくる。
反対の手で拳を作り、俺を殴ろうと振りかぶった。
夢の中の俺はにやりと笑った。
これから何をすればいいか、知っていたからだ。
俺は首を絞めている影の腕に両手を伸ばし、親指を握って引きはがしながら、影を乗せた腰を床から跳ね上げた。
吐しゃ物にまみれた影の手は、つるりと簡単に滑って外れた。
その頃柔術ジジイに仕込まれていた動きだ。「マウント取ラレタ。コウスル」と――。
影の上半身が前方に投げ出される。あわてた影は殴ろうとしていた手を下ろして体を支えようとする。
俺は上体を起こし、左手を影の後頭部に回した。
それを引きつけながら、額を影の鼻面に叩きつける。
「はがっ!」
無防備に頭突きを受けて、一瞬、影の意識が飛ぶ。
俺は影の腕を抱き込んだ右手を引きつけながら、さらに影の体に抱きつく。体をひねって上下を入れ替わる。
同時に右足を影の股から引き抜いて、マウントから抜け出した。
何が起きたか把握できていない影がもがいている間に、俺は自由になった両脚を使って影に三角締めをかける。
『脚ノ力、強イ。自分ヨリ力強イ人、締メ落トス簡単デス』
ほらみろ、ジジイの言う通りだ。黒い影は意識を失った。
俺はコイツにまたがって、今からコイツを――。
◆
「起きろ、ツバキ。出発の準備だ」
「うわっ! ――もうそんな時間か」
うっかり寝過ごしちまったようだ。俺は気持ちの悪い寝覚めを追い払おうと、頭を振った。
額から大量の汗が飛び散る。
「わっ。どうした、熱でもあるのか?」
「いや、何でもない。ちょっと寝苦しかっただけだ」
いつもの悪い夢を見ていたようだ。内容は覚えていないのだが。
俺は手ぬぐいで汗を拭きとると、寝床にしていた毛布をたたみ、手早く荷造りを行った。皆のところを回って、俺が運ぶべきものを回収して歩く。
十分で荷造りを完了した。
「みんな準備はいいな? <ギリメカラ>はイレギュラーにしても、ここから先は<火虎>より強い<魔獣>が出現する。気合を入れていくぞ!」
クラウドの声に全員気合を入れて応え、パーティーは第五層へと出発した。
相談した結果、ここからはハク、ガンダル、クラウド、ミレイ、サンド、ルーク、俺という順番で並んでいくことにした。
二人並べる広さがある場所では、先頭を歩くハク以外は二列になって進む。
前衛の攻撃力を増強するシフトである。
後ろへの備えが弱くなるが、後方から襲われた場合は俺に時間を稼げということなのだろう。
俺としては不安が増すが、やむを得ない手段ではある。
敵が現れるとしたら圧倒的に前方から来るはずだからだ。通り過ぎたばかりの後方から来ることは滅多にない。
新しいフォーメーションはうまく機能した。
一体の敵ならガンダルの盾が動きを押さえる。回り込んだクラウドが近接戦で大きな打撃を与え、狙いすましたミレイの攻撃が相手の体力を削る。ハクのけん制はほとんど必要ないほどであった。
相手が二体以上なら距離を保ったまま、ミレイの遠距離攻撃でダメージを蓄積させる。俺も弓で攻撃を補助した。
<魔獣>には遠距離攻撃手段を持つものが少ないので、遠距離戦は安全な選択だ。
敵を十分弱らせたらガンダル、クラウドの前衛組が代わって攻撃する。
動物型<魔獣>が出現する第五層と第六層では、この作戦が極めて有効だった。
<階層主>は手ごわかったが、イレギュラーではなかったので定石通りのアプローチで倒しきることができた。
第五層と第六層では<宝珠>は出なかったが、金塊や<回復薬>、<毒消し>、<毒薬>、武器などに恵まれた。稼ぎとしては十分な黒字と言える。
「よし。まだ余裕があるが、大事を取ってここで野営する。大雑把だが、これで三日の探索を行ったものとする。あと二日で行けるところまで行き、今回のダンジョン・アタックは終了とする」
「一日二階層のペースで進むと、クリアできるのは十階層までか」
「そうだな。このダンジョンが十階層以内であれば踏破可能だ。十一階層以上ある場合は、装備を改めて出直しとする」
ダンジョン制覇を果たさずに帰還するのは残念だが、無理せず余裕をもって引き返すのが冒険者稼業を長く続ける秘訣である。
クラウドの決定に文句を言うメンバーは一人もいなかった。




