第11話 初めてのレベルアップ
落ちていく下は岩盤だ。当たり所が悪ければ死んじまう。俺は急いで体を丸め、体勢を整えて受け身を取った。
それでも打ち身と擦り傷は防げない。
「いてててて……」
大音響を立てて地面に落ちた<ギリメカラ>はまだじたばたともがいているが、毒が回って感覚が狂ってきたようだ。もはや立ち上がることはできないだろう。放っておいても弱って死ぬはずだ。
「やれやれ。散々だぜ」
俺は左腕から立ち上る悪臭に閉口しながら、とぼとぼとサンドの元へ歩いていった。
「サンド、回復を頼む」
「う、悪い。ガンダルたちの回復で魔力を使い果たした。しばらくは魔力の回復待ちだ」
「そうか。じゃあ、仕方ない。<回復薬>を使うことにするよ。ゆっくり休んでくれ」
サンドがそれだけ消耗しているとは、見えないところでガンダルやルークがケガをしていたのだろう。
魔力が枯渇したのは自分も同じだ。ミレイも似たようなものだろう。パーティーはしばらくここで休むことになるだろう。
俺は戦いに入る前に下ろした荷物のところまで戻り、<ギリメカラ>の体液で汚れた腕を水で洗った。
「ふう。ようやくすっきりしたぜ」
<魔獣>は通常の生き物とは違う。食事というものをしない。それでどうやって生きているのかわからないが、瘴気がエネルギー源になっているのだろうというのが、魔獣学ジジイの推論だった。
魔石とはその瘴気が物質化したものだと言っていた。だとすると、瘴気もまた一種の生命エネルギーということになる。
食事をしないくせに<魔獣>には動物と同じ内臓があり、消化器官もある。これは解体屋ジジイに教わった。
俺が腕を突っ込んだ肛門もちゃんと直腸から大腸につながっていたわけだ。
食事をしていないので腹の中は空っぽで、肛門の奥もきれいなものだ。
そうはいっても一丁前に粘液やら血液やらは出てくる。俺の左腕はねとねととした赤黒い液体で汚れていたが、洗い落としてやると匂いもなくなった。
<回復薬>の瓶を取り出した俺は、ひどい打ち身の個所を優先して中身を振りかけた。骨や筋に異常はないが、うっ血して腫れ上がると動きに支障が出るからな。
思ったよりも打ち身の箇所が多かった。瓶の中身が四分の一になったところで、残すは左手の切り傷だけになった。
地面に落ちた時にとがった岩で切ったらしい。ひじから先に長さ二十センチ以上の切り傷ができていたのだ。
(どう見ても薬の量が足りねぇな)
長く伸びた傷口を治しきるには残った<回復薬>では足りそうにない。そうかといって、もう一瓶開けてしまうのはもったいない。
(まあ、いいか。傷口を縫い合わせておいて<回復薬>を使おう)
傷の治りは少々遅くなるかもしれないが、この方法なら少量の<回復薬>で間に合うだろう。
俺は常に身に着けている裁縫道具を取り出し、針と糸を<回復薬>に浸した。
「ふうー。ようやく<ギリメカラ>がくたばったぞ! みんなご苦労だったな」
その時、瀕死の<階層主>を見届けていたクラウドが声を上げた。
さっさと傷の手当を終えて、ドロップ品を回収しにいかなくては。
俺は手早く左腕に針を入れ、大きく口を開いた傷口を縫い合わせた。
「これでいい。後は残りの<回復薬>を振りかければ……ぐっ!」
その時、体の芯が燃えるように熱くなった。その熱が体全体に広がるにつれて、滾々と力が沸き上がる。
(こ、これは!)
喪失していた体力が復活し、魔力すらすべて回復している。いや、回復どころかこれは――。
(前より増えている?)
全身を駆け抜ける充実感に俺の手が震えた。思わずつかんでいた<回復薬>の瓶を取り落とす。
(あっ!)
カシャン。
落とした瓶が割れ、<回復薬>の残りが地面を濡らした。
しまったと思う間もなく、今度は左腕の傷が熱を持った。
(うっ。何だ、これは?)
うっすらと光を発しながら、縫い合わせた傷がふさがっていく。
(まるで<回復魔術>を使ったような……)
俺の目の前で腕の傷はきれいさっぱり消えてしまった。後に残ったのは縫合に使った糸だけだ。
(「スキル<肉体縫合>」だと?)
目の前で起きたことは<肉体縫合>という新しいスキルの結果だった。俺の職業<仕立屋>には、<採寸><型紙起こし><裁断><縫合>という四つのスキルが備わっていたが、その<縫合>がレベルアップして<肉体縫合>という進化系スキルを派生したらしい。
誰に教わらなくとも、俺の内部にその知識が生まれていた。どうやら外傷に対しては<回復魔術>と同じ効果を発揮するらしい。
俺は驚きながら、左腕から糸を抜き取った。もう傷跡はどこにもない。
「驚いたな……」
「どうかしましたか、ツバキ?」
呆然としてつぶやいた俺を見て、サンドが声をかけてきた。
「うん? ああ、どうやら今の戦いでレベルアップしたらしい」
「そうですか。じゃあ、体力が全回復したんですね。そりゃうらやましい」
「ああ、おかげさまでな。どれ、<サポーター>の仕事をするか」
俺たちはクラウドのところに向かった。ほかのみんなも集まっているようだ。
お目当てはもちろんドロップ品と宝箱だ。
「クラウド、お疲れ。何かドロップしたかい?」
「おお、聞こえたぞ。初レベルアップおめでとう、ツバキ」
クラウドは俺の肩をたたいて笑った。
ほかのメンバーもそれぞれに俺のレベルアップを祝ってくれた。
「まずはドロップ品だな。サンド、鑑定してみてくれ」
<回復役>のサンドは<鑑定魔術>の使い手でもあった。
「どれどれ。<鑑定>。ほう、レア・アイテムですよ。『剛力の腕輪』と出ました」
「苦労して<ギリメカラ>を倒した甲斐があったな。ガンダル、そいつはお前が装備しろ」
サンドが頷いたところを見ると、呪われてはいないようだ。<盾役>のガンダルが装備すればパーティーの守備力が上がる。
「さて、いよいよ宝箱だ。サンド」
「<鑑定>……罠はありません。ハク、いいですよ」
宝箱を開けるのは<斥候>であるハクの役割だ。苦も無く宝箱を解錠し、蓋に手をかけた。
「開けるぜ」
全員が注目する中、ハクはためらいもなく宝箱の蓋を持ち上げた。箱の底にあったのは金塊と<宝珠>、そして<回復薬>の瓶十本だった。
「こいつはアタリだな。<回復薬>はここでだいぶ消費したからな。補充できるのは助かる。サンド、この<宝珠>の正体がわかるか?」
「待ってください。<鑑定>」
<宝珠>を渡されたサンドは、呼吸を整えてから鑑定魔術を使った。必要な魔力は少量だが、回復しかけの状態で連続使用はきついのだろう。
「これは『スキル<剛体>』の<宝珠>ですね」
「そうか。ここで使うか、売りに出すか。皆はどう思う?」
肉体を硬質化し防御力を上げる<剛体>のスキルは、冒険者にとって有用だ。一方で、<宝珠>はスキルを手に入れる手段として貴族や金持ちに人気がある。オークションに出せば高値で売れるのだ。
「アタシにゃ使いどころがないからね。金に換えた方がうれしいよ。ハク、サンド、アンタたちも同じだろ?」
「こっちはスピードが命だからな」
「<魔術師>には無用のスキルですね」
ミレイたち三人は売却に賛成だった。
ちなみに、ルークと俺には意見を言う資格がない。あくまでも<サポーター>としての参加だからな。獲得品の分け前をもらう立場ではなかった。
せいぜい追加報酬に色をつけてもらうさ。
「『山嵐』では多数決がルールだ。<宝珠>は売却ということでいいな?」
クラウドの念押しに、メンバー全員が頷いた。
金塊、<宝珠>、<回復薬>、そして黒々と輝く大きめの魔石を拾い上げた俺は、丁寧に梱包して荷物に加えた。
「よし。改めて全員ご苦労。第五層に下りる前にここで休んでいくぞ。野営の準備だ」
ボス部屋には<魔獣>が湧かない。体力回復のために野営するには最適の場所だった。ここなら体を伸ばしてゆっくり眠れる。
それぞれ寝床を確保したところで保存食を配り、輪になって食事の時間となった。
「今回の功労者はツバキで間違いないな」
食事しながらの会話は、<ギリメカラ>との戦いのことに及んだ。
「異論はない。ワシがあの鼻でつぶされそうになった時、<ギリメカラ>の向きを変えてくれたのはツバキだろう?」
「そうだぜ。俺は隣で見てたからな。ツバキが尻尾をつかまえて引っ張ったんだ」
ガンダルの回想に、ハクが興奮交じりに答えた。
「あのバカ力はガンダル以上じゃねぇか?」
「<ギリメカラ>の動きにタイミングを合わせただけさ」
確かに俺は人より力持ちだが、それが決め手ではない。相手は巨大な<魔獣>だからな。使ったのは合気の技だ。
(合気ジジイなら、あのくらい片手でやってのけただろうよ)
「ツバキってさ、<魔獣>と戦うのは初めてっていう割にえげつないよね。ぷぷ。<ギリメカラ>のケツに短剣ぶっ刺すとかさ」
ハクは面白がるが、俺としては必死に戦った結果がああなっただけだ。
俺の武器では歯が立つ場所があそこしかなかったからな。尻はどんな生き物にとっても急所の一つだ。「すべての穴は勝利に通じている」って、下品な空手ジジイがよく言ってたぜ。
「あの<ギリメカラ>を一撃で横倒しにした技――。ツバキ、あれは魔術か?」
「……」
クラウドの目は俺に言い逃れを許さない鋭さだった。さすがに隠しきれないか。
俺は素直に認めることにした。
「その通りだ。用心棒稼業の合間に魔術をかじったことがあってな。近接限定で攻撃魔術が使える」
「大男が<魔術師>になっちゃいかんという決まりはないが、見かけによらず器用な奴だ。」
クラウドの声には驚きが含まれていた。俺の本業は<仕立屋>だからな。魔術は本来畑違いだ。
「器用どころの話じゃないよ。魔術職でもないのに魔術を使いこなすなんてさ。それにアンタ、多属性持ちだろ?」
「そうか。火属性だけじゃなかったか」
同じ側にいたクラウドでも、魔術の属性までは細かく見分けがつかなかったようだ。<ギリメカラ>の体内で発動してたしな。
さすがに本職のミレイには魔力の動きが見えていたってことか。
「<ギリメカラ>にとどめを刺したのは冷気系の氷魔術……だったね?」
「<氷鼠>と名づけている。ハリネズミのようにとげを持った氷塊が膨れ上がる術だ」
「魔力の量がとんでもなかったよ。悔しいけど、あの威力はバルマの冒険者ギルドでもトップクラスを張れるだろうさ」
おそらくミレイの言う通りだろう。魔力の総量は、すなわち生命力の総量。この体から絞り出す魔力は、そこらの<魔術師>に負けるものではない。
――魔術ジジイみたいな化け物は例外だがな。
あのジジイは魔力を圧縮して蓄えておけたらしい。何だそれ? 人間やめてやがる。
「残念ながら手の触れた範囲でしか術を発動できないんでね。<魔術師>としては欠陥品さ」
「それで尻の穴に腕を突っ込んだのか」
正確には「手に持った武器」が触れた範囲まで含むが、細かいことはいいだろう。
手の内をすべてさらすつもりはない。レベルアップの詳細についてもな。
「なぜ黙っていた?」
クラウドが圧を込めてにらんできた。
パーティーのリーダーはメンバーのすべてを知っておく必要があるからな。戦力を把握できなければ、いざというときに打つ手を誤ることになる。
「俺はメンバーじゃないからな。当てにされては困る」
「くっ」
本来、戦闘は俺の仕事じゃない。ルークについても同じだ。俺たちの仕事は<サポーター>なのだ。
「今回は生き残るためにやむを得ず戦った。なるべくなら本来のパーティーで戦ってほしい」
「何だって! 勝手なこと言いやがって――」
「やめろ、ハク! ツバキが言うのは道理だ。戦利品は正規メンバーの山分けという取り決めは、戦うのが俺たちの役割だからこそだ。<サポーター>に戦闘参加を強制するのは契約違反だ」
文句を言いかけたハクを、クラウドが抑えてくれた。俺の言うことが正しいからだ。
目つぶしを投げつけるくらいの援護なら進んでやるが、肉弾戦に駆り出されるのはご免被りたい。
「無理をしない範囲でなら手伝うぜ。<火虎>のときみたいにな。だが、<ギリメカラ>は厳しすぎる」
「お前の言う通りだな。そもそもこんな階層で、<ギリメカラ>みたいに強力な<魔獣>が出現したのがおかしい」
「ってことはさ、クラウド。あいつはイレギュラーってことかい?」
クラウドの疑問にミレイが食いついた。彼女自身、腑に落ちないと思っていたらしい。
「そう思っている。滅多にないことだがな。不意を突かれるので、有力パーティーでもやられることが多い」
俺もジジイたちから聞いたことがある。百戦錬磨のベテラン・パーティーが壊滅するのはそんなときだ。何も最下層のラスボスだけが命取りになるわけではない。
ダンジョンはときどきそういう罠を仕掛けるんだそうだ。
「今回、俺たちはツイていた」
「そりゃどういうことだい、クラウド?」
「こっちにもツバキというイレギュラーがいたおかげで、助かったということだ」
皆の目が俺に向けられた。デカい図体では隠れようもない。こういうのは慣れていないので、居心地が悪いぜ。
「滅多に起きないからイレギュラーというんだろう。次からは俺が必ず敵を押さえる。そうすれば、お前たちの攻撃が通る。そうだろう、ハク、ミレイ、クラウド?」
「もちろんだぜ、ガンダル!」
「任せてちょうだい」
「ああ、俺たちの仕事だな」
沈黙を破ったガンダルの言葉に、ハクが薄い胸をたたいて勢いよく答えた。
「ここからは俺も弓を持とう」
「ツバキ、お前弓を使えるのか?」
「少しかじったことがある。遠距離からのけん制程度ならできる」
弓術ジジイに仕込まれたものだ。さすがに<騎射>のスキルはないがな。何しろ馬がいなかったから。
弓は予備の武器を借りればよかろう。ミレイの膂力に合わせた武器なので、俺には少し物足りないが、贅沢は言わん。
「そうしてもらおう。それにしても、変わった<仕立屋>だな、ツバキは」
「生きるために何でもしてきた。それだけのことだ」
幸いそれ以上俺のスキルやレベルアップについて探られることはなく、俺たちは体を休めた。




