第10話 第四層のボスとの死闘
「上がるって何のことだ?」
意味がわからず、俺はサンドに問い返した。
「ああ、ツバキはダンジョンに始めて来たんでしたっけ? だったら、知りませんか」
「そうか。ここまで結構な数のモンスターを倒してきたもんね。そろそろ来てもおかしくないか」
サンドの言葉にハクも賛同した。やっぱり俺には何のことかわからない。
「ツバキ、二人が話しているのはレベルアップのことだ」
レベルアップか。俺も聞いたことだけはある。
冒険者は魔境やダンジョンで<魔獣>を倒すと、「経験値」というものがたまっていく。それがあるところまで達すると、能力が進化するのだという。
それをレベルアップと呼ぶのだ。
「ツバキはこれまで<魔獣>を倒したことがないんだろう? だったら、そろそろ最初のレベルアップが起きてもいい頃だ」
レベルは最初のうち上がりやすく、レベルアップを重ねるうちにだんだん上がりにくくなっていくものらしい。
「レベルが上がれば基礎能力が向上し、スキルや魔術のランクも上がる。パーティーとしてはメンバーのレベルアップは歓迎すべき出来事だ」
クラウドとしては俺のレベルアップに大いに期待しているということだった。
パーティーとして行動している限り、<魔獣>を倒して得られる経験値は均等に分配される。したがって、俺が直接参加していない戦闘であっても、得られた経験値の配分を受けるのだそうだ。
「そうか。それらしい感覚があったら申告するよ。そういえばルークはどうなんだ? お前も俺と同じじゃないのか」
「あー、オイラの場合はちょっと違うかなぁ。うちの村は魔境に近いから、弱い<魔獣>をちょこちょこ狩ってたんだ。レベルはそこそこ上がってるぜ」
ルークに水を向けてみると、あいつはあの若さで既にレベルアップ経験済みだそうだ。もうある程度上昇済みなので、簡単には上がらないらしい。
「それで動きがいいんだな。<魔獣>との戦いに慣れているってわけだ」
ルークと共闘していたガンダルが納得したように言った。なるほど、レベルアップと戦い慣れの両方が作用するんだな。
そうであれば、俺としてもレベルアップによる戦力向上を期待してもよさそうだ。
生き残る確率が上がるのであれば、結構なことだった。
俺たちは第四層の攻略を再開し、第五層への入り口を求めて進み続けた。
何度かの戦闘の後、俺たちはドアで仕切られた部屋にたどりついた。
「こりゃ<階層主>の部屋かね?」
「その可能性が高いな。みんな体調は大丈夫か? ドアを開ける前に各自装備を確かめろ」
クラウドの命令で防具や武器の具合を確かめ、装備品、消耗品の収納場所をチェックしながら、俺は世間話のように質問した。
「ところで、<階層主>って何?」
「知らねぇのか? その名の通り、その階層の最後を守る強力な<魔獣>さ。そいつを倒さない限り、次の層への階段が現れねぇ」
「ふうん。門番みたいなもんか」
「早い話がそういうこと。宝箱を落とす確率が高いんで、倒せる実力さえ備わっていれば、いい獲物だ。経験値も多めだしな」
何も知らない俺をバカにすることなく、ハクは丁寧に教えてくれた。
口調はきついが、こいつは案外面倒見のいい奴だ。
「よし。準備はいいな? ミレイとハクは毒の用意。相手によってはルークとツバキもけん制に参加させる。それじゃ行くぞ!」
罠の有無をチェックしたハクが扉を押し開け、俺たちは第四層のボス部屋に侵入した。
◆
初めは黒い、大きな塊が地面から盛り上がっているように見えた。部屋が広すぎてミレイの<ライト>が届かないらしい。
「ミレイ」
「<ライト>!」
クラウドの意思を敏感に感じ取って、ミレイは二つ目の<ライト>を打ち上げた。黒々と盛り上がる塊の上空に。
昔サーカスが町に来た時に見たゾウという動物がいた。あまりの大きさに驚いたものだが、目の前の塊はその二倍はありそうだった。
姿もゾウに似ている。ゾウの牙は二本だったが、こいつには四本生えているが。
「<ギリメカラ>だ……」
クラウドがギリっと歯をかみしめた。
「階層ボスといってもまだ第四層だぜ。こんな場所で現れるにしては強すぎる敵だ……。ルーク、ツバキ! 総がかりだ!」
俺たちはガンダルを中心として左右に広がった。とてもガンダル一人で抑えられる相手じゃない。
全員がけん制しながら攻撃参加しなければ、戦いにならなかった。
「武器には毒薬を塗ってあるな? <ギリメカラ>の皮膚は硬い。大技を狙わず、小さくてもいいからとにかく奴を傷つけろ。足のつけ根、膝の裏がねらい目だ。それから奴の鼻に気をつけろ!」
サーカスのゾウは器用に鼻を使ってバナナをつかんだりしていた。アレにつかまれたら厄介だ。
「さあ、長期戦覚悟で行くぜ。おっと、忘れてた。<ギリメカラ>は雷を使うからな。火花が散ったら、とにかく奴から離れろ」
一軒家のような巨体、刃物をはじき返す皮膚、岩を砕きそうな怪力、おまけに<雷撃>だと?
俺のようなにわか冒険者が立ち向かえるような敵ではないだろう。俺は天秤棒をきつく握りしめた。
とにかく持てる力をすべてつぎ込んで、逃げ回るしかない。
(ジジイたちよぅ、ゾウの弱点て何だっけ……)
「行こう」
ガンダルの左にミレイ、右側にクラウドが立ち、攻撃力のないサンドはガンダルの後ろに続く。
ミレイの左がルーク、クラウドの右にハク。俺はさらにその右、つまり一番右端に立っていた。
真正面からでは剣の届く場所がない。自然とガンダルが<ギリメカラ>の左前、クラウドが右前へと挟むように分かれた。
身じろぎもせず俺たちに接近を許していた<ギリメカラ>だったが、あと一歩で大剣の間合いに入るという所で前足を持ち上げて、後ろ足で立ち上がった。
「うわっ!」
信じられない大きさに、思わず俺の口から叫び声が漏れた。
「<踏みつけ>が来るぞ!」
崖の上から大岩が転げ落ちるように、<ギリメカラ>の巨体が降ってきた。決してスピードは速くない。
俺たちはそれぞれに安全な距離へと退避した。
俺とルークは両翼から<ギリメカラ>の側面を囲むように回り込む。
ガンダルとクラウドが前面で暴れてくれれば、敵の側面と後方は比較的安全な場所になってくれるはずだ。
ドドンッ!
<ギリメカラ>の両前足が誰もいない地面を踏みつけた。岩盤でできた地面に亀裂が入り、小石が飛び散る。
離れて立つ俺の足元にまで振動が伝わってきた。あんなものに巻き込まれたら、一発でつぶされる。
「<雪嵐>!」
「サンド、目つぶしだ!」
「はいっ!」
弓矢は効かないと判断したミレイが左翼から<冷気系魔術>を飛ばした。狙いは<ギリメカラ>の頭部だ。
冷気は動物の動きを阻害し、細かい氷塊は<ギリメカラ>の視界をふさぐ。
「くらえっ!」
「やあっ!」
ハクとサンドが投げつけた目つぶしの礫が、<ギリメカラ>の頭部を襲う。ミレイの<雪嵐>と一緒になって、<ギリメカラ>の顔面に砕け散った。
「ヴォオオオ!」
目を攻められて<ギリメカラ>が怒りの声を上げた。
目つぶしの中には毒の粉も含まれている。目に入った毒は徐々に<ギリメカラ>の視力を奪っていくはずだ。
<雪嵐>を放ったミレイに<ギリメカラ>のヘイトが集まるのを見て、ガンダルとクラウドは同時に前へと飛び出した。声を掛け合う必要さえない、練り上げられたコンビネーションだ。
<ギリメカラ>は鼻を頭の上に掲げているので、大剣が届く目標は前足しかない。二人の男はそれぞれ左右の前足に向かって突っ込んでいった。
しかし、ガンダルが目指す右足側にはヘイトを集めたミレイがいる。大男のガンダルが走る姿が<ギリメカラ>の視界に入った。
「ブアッ!」
<ギリメカラ>は持ち上げていた長大な鼻を、走り寄るガンダルに叩きつけようと頭の向きを変えた。
バリッ!
天に掲げた<ギリメカラ>の鼻先が雷気を帯びて光り、細かい放電が火花を散らした。
「<ストーンバレット>!」
ミレイが<ギリメカラ>の注意をそらそうと土魔術で石を飛ばす。しかし、効き目は薄く、<ギリメカラ>の注意は依然としてガンダルに向いていた。
「いかんっ!」
あのままでは雷気をまとった<ギリメカラ>の鼻が、ガンダルをまともに襲うだろう。
俺は天秤棒を捨て、一気に<ギリメカラ>の尻に飛びついた。垂れ下がった尻尾を両手でつかみ、力いっぱい引き寄せる。
「バオオッ!」
<ギリメカラ>が振り下ろした鼻はガンダルの大盾をわずかにかすめて、右側にそれた。俺が<ギリメカラ>の動きに合わせて尻尾を引っ張ったので、鼻の狙いがガンダルを通り越してしまったのだ。
「いやあっ!」
深く踏み込んだクラウドが、右下から左上へと大剣を振り上げた。大剣は皮がたるんだ膝の裏に食い込んだ。
バツッ!
大斧を大木に打ち込むような音が響いて、<ギリメカラ>の皮膚に浅く赤い線が入った。
クラウドほどの<剣士>が全力で打ち込んで、ようやく切った皮一枚。
「ォオンッ⁈」
思いがけない痛みに、<ギリメカラ>は戸惑ったような声を上げた。
「だあっ!」
盾を跳ね上げたガンダルが、体をひねって<ギリメカラ>の鼻に斬りつけた。とっさに攻撃目標を切り替えたのだ。
片手斬りの威力はクラウドの一撃に劣る。しかし、脚よりもやわらかい鼻に傷をつけるには十分だった。
「バァアアアッ!」
敏感な鼻を傷つけられて<ギリメカラ>のヘイトはガンダルに向かった。体ごとガンダルに向かい、踏みつぶそうと足を動かす。
尻尾にとりついていた俺は、なすすべもなく引きずられた。体重と体力に差がありすぎる。
俺は足を動かして、<ギリメカラ>の尻に追いつき、腰のベルトから短剣を引き抜いた。
「ヴォオオオッ!」
後退しようとするガンダルの頭上に、<ギリメカラ>が両前足を持ち上げる。そそり立つ絶壁を見上げ、ガンダルは全身を総毛立たせた。
「どりゃっ!」
ロープにつかまって崖を登る要領で、俺は<ギリメカラ>の尻尾を手繰って後ろ脚から尻へと駆け上がった。
「せいっ!」
逆手に握った短剣を、力の限りたたきつける。ただ一か所、歯が立ちそうな場所である<ギリメカラ>の肛門めがけて。
「ンヴォバァアッ!」
覚えたことのない苦痛を尻に受けて、<ギリメカラ>はひきつるように固まった。
ガンダルへの攻撃を中断し、頼りなく両足を地面に下ろす。
「助かった……」
「よくやった、ツバキ! すぐに離れろ!」
踏みつけを避けて後退したガンダルがほっと息をつく一方、クラウドは俺の動きを見て撤退の指示をくれた。
(いやいや、まだここからでしょう)
せっかく強敵の弱点にとりついたんだ。この機会を利用させてもらうぜ。
俺はこの場から精神を切り離し、内なる力に集中した。
(イメージは――鍛冶場の鋳造炉だ)
「くらえ、デカ尻。<熔鉄>」
<ギリメカラ>の尻に突っ込んだ短剣が、俺の手の中でどろりと溶けてゆく。俺は急いで手を放し、<ギリメカラ>の尻を蹴って宙に飛んだ。
「あちち……! 使いにくい術だぜ」
俺は地面でたたらを踏みながら、<ギリメカラ>との距離を広げた。
「ヴヴァオオオオッ!」
ケツの穴に溶けた鉄を突っ込まれたんだ。さぞかし熱いだろう。
<ギリメカラ>は後ろ足で立ち上がったかと思うと、尻もちをついて横倒しになった。
慌てて立ち上がろうと暴れるが、その体で急に立ち上がれるもんか。足が滑って宙を蹴る。
「ひゃはっ! チャンスじゃん? いただきっ!」
「おいっ、ルーク!」
横倒しで暴れる<ギリメカラ>を見て、ルークは両手に短剣を構えて突進した。俺の反対側から全身のばねを使って跳躍する。
(何ちゅうジャンプ力だ。家の屋根まで跳びあがれるんじゃないか?)
後ろ足のつけ根にとりついて、皮のやわらかい部分にルークは両手の短剣を交互に突き立てた。
(無鉄砲に見えて、位置取りがうまいな。どこからも攻撃が届かない場所だ)
「射線が通った!」
今度はミレイから声がした。素早く弓を構え、<ギリメカラ>の大きな腹に向かって毒矢を連射している。
深くは刺さらないが、浅く傷つけるだけで十分だ。数を当てれば毒が回る。
クラウドとガンダルはじたばた動き回る鼻に狙いを定めて、そばに寄るたび大剣で斬りつけていた。
全員で嵩にかかって攻めたてる。<ギリメカラ>がパニックに陥っている今だからこそ成り立つ攻撃法だ。
ハクとサンドは相変わらず目つぶし係だ。
俺も目つぶし隊に混ざりたかったが、もう一つできることがある。俺はさっき捨てた天秤棒を拾い上げた。
(あんまりやりたくねえ技だが……。生き残るためだ。やるしかねぇか)
「ルーク! 奥の手を使う。危ねぇから離れておけ!」
「何? わかった!」
不審な顔をしたものの、俺の表情を見て何かを悟ったのだろう。ルークは素直に<ギリメカラ>の上から飛び降りた。
「じっとしてろ、この野郎!」
俺は左手で取り出した毒薬の瓶を、思い切り飛び上がりながら<ギリメカラ>の尻にねじ込んだ。さっきの<火魔術>で溶かしてあるからな。左腕のひじまで肛門に入り込んだぜ。うえーっ。
「ヴァオッ……!」
<ギリメカラ>はさらに混乱して、後ろ足をばたつかせた。
俺は尻から引き抜いた左手で尻尾につかまり、今度は右手の杖をずぶりと肛門に挿し込む。握り分を残して見えなくなるほど深くだ。
俺は杖の先で毒薬の瓶を、<ギリメカラ>の体内深くぐいぐいと押し込んだ。
「やだなあ、この技。行くぞ、<氷鼠>!」
<ギリメカラ>の大腸内に、ハリネズミの形をした氷が出現した。
俺が一度に動かせる魔力のありったけを注いだ<氷鼠>は、毒薬を破裂させながら牛くらいの大きさに膨れ上がった。
「ヴモォオオオオオオオッ!」
どんなに皮膚が固かろうと、内臓は鍛えられない。とてつもない激痛に<ギリメカラ>の体が波打ち、驚いたことに宙に跳びあがりやがった。
俺の手は尻尾と杖から振りほどかれ、体は宙を舞った。




