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俺は仕立屋。身長は二メートル――ゴリマッチョは不器用だと誰が決めた? 副業は用心棒だ。文句があるか?  作者: 藍染 迅


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第1話 仕方なく用心棒の仕事を受ける

「おい、アンタ」

「ああン? ……な、なんだよ?」


 俺が声をかけた男は、不機嫌そうな声で振り返った。しかし、俺の姿が目に入ると、急に態度がおかしくなる。

 どうやら俺の「大きさ」に圧倒されたらしい。

 そいつの視線は俺の胸板までしか届いていない。あわてて顔を上げて、ようやく俺と目が合った。


「で、でけぇ……」


 いつもの反応だ。俺の身長は二メートルある。

 この国で一番の大男というわけじゃないだろうが、どこにでもいる大きさではない。調べたわけじゃないが、このバルマの町に俺より大きい人間はいないだろう。


 ビビらせるつもりじゃない俺は、ぽりぽりと頬をかきながら男の手首を指さした。


「な、何だ? 俺の手がどうかしたか?」


 男は動揺して自分の手に目を落とした。


「袖がな。ほつれてるぜ」

「え?」


 それは男の右手首、着ている上着の袖口だった。生地を縫い合わせた部分の糸がほつれていた。


「これのこと?」


 手首を持ち上げて、男は俺に尋ねてきた。


「ああ。そのままにしておくと、どこかに引っかかって生地を傷めるかもしれん」

「そうか。気をつけるよ」

「いや、ちょっと待て」


 男はそれだけ言って立ち去ろうとした。俺は人よりだいぶデカい手で男の進路をさえぎり、その足を止めさせた。


「縫ってやる」

「はあ?」


 あんぐり口を開けた男の前で、俺は腰のベルトから針と糸を取り出した。


「な、な、何をする?」

「手首を出してみろ。(つくろ)ってやる」

「えぇっ⁈」


 そこまで言ってやっても男は俺のことを疑いの目で見ていた。

 まあ、わからんでもない。二メートルの大男に繕い物をさせろと言われたら、戸惑うのは普通だ。


 俺にとっては面倒な反応なのだが。


 本当は上着を脱いでもらった方がやりやすいのだが、そうもいかない。俺は男の手首を持ち上げて、そのまま上着の袖口を繕い始めた。

 糸の色は服地に合わせて選んだ。針を進めるにつれて、バラバラになっていた布地が吸い寄せられるように一つになる。


 思わず俺の口角が上がる。路上でなければ鼻歌を漏らしていたかもしれない。

 この感覚は縫物好きでなければわからないだろう。


 バラバラだった布が俺の指先で一つになり、「服」になる。布に命を吹き込むような全能感。

 

 たちまち繕い終えた俺は、玉止めした糸を裁縫ばさみできっちりと切った。


「これでいい。しっかり返し縫いも入れておいた。簡単にほつれることはない」

「あ、ああ……」

「じゃあな」


「あ、あの!」


 歩き始めた俺の背中に、男の声が飛んできた。

 足を止めた俺は、首から上だけで振り返る。


「ありがとうございました」


 そういって頭を下げる男に、俺は片手を上げて応えた。


「いい上着だ。大事にしな」


 ああ、仕立屋はいい仕事だ。思わず顔がほころんじまうぜ。

 俺は針をベルトに戻しながら、ゆったりと歩き出した。


 ◆


 俺の名はツバキ。女のような名前だとよく言われる。だが、親にもらった大事な名前だ。

 珍しい名前なので、憶えやすいしな。


 仕事は仕立屋をしている。そうだ。針と糸を使う、あの仕立屋稼業だ。


 似合わない? 放っといてくれ。死んだ母親が仕込んでくれた仕事なんだ。

 俺にとっては仕事が生きがいさ。


 おっ(かあ)も縫子をしていたからな。おっ母の仕事を見ながら、端切れをもらっちゃあ、縫物の真似事をして育った。

 いつのまにか仕立の仕事を手伝うようになり、気がついたら一端の仕立屋になっていたよ。


 読み書きを教えてくれたのもおっ母だ。

 客の細かい注文を聞くには字が書けねえと不便だからな。まともな職人は読み書きを覚えるもんだ。


 そんなにデカい手で縫物ができるかだと? 体がデカい奴は不器用だなんて、誰が決めた?

 デカい手が便利なことだってあるんだぜ。こう見えて細かい仕事は得意なのさ。


 と、偉そうなことを言ったが、俺の稼ぎは少ない。庶民相手の「直し」や「(つくろ)い」が主な仕事だからな。

 大した金にはならない。


 だから、店も構えずに「渡りの仕立屋」をやっている。


 下請仕事をしたり、ご用聞きをして仕事をもらったり。仕事が入らないときは、往来にむしろを広げて通行人に呼び掛けたりしてな。


 おかげさまで食うや食わずだ。貧乏には慣れているんでさほど苦にならん。

 よくそのデカい図体を維持できるなだと? うるせえよ。


 町の外には「森」があるからな。腹が減ったら森に行く。

 森には食い物がある。金がなくても腹を膨らますことができる。


 木の実、山菜、鳥や獣。川や沼には魚もいる。

 ガキの頃、猟師のジジイに教わったのさ。俺の爺さんじゃない。森にいるジジイさ。クマと間違えて、矢を射かけられて知り合ったんだ。


 バカ野郎! <魔獣(モンスター)>なんて狩るわけないだろう。あんなものに手を出すのは冒険者だけだ。

 普通の人間がかなうわけない。


 師匠(ジジイ)()()もそう言ってたぜ。


 違うよ。仕立屋の師匠じゃない。剣術とか柔術の師匠さ。

 え? 何で武術なんか習ったのかって?


 うーん。習いに行ったわけじゃないんだけどなあ。

 

 ほら、借金して金に困るだろう? そんなときは森に行っても役に立たねえ。腹は膨らむが、金にはならないからな。

 

 しょうがないから日雇仕事を受けるんだよ。金を稼ぐために。

 荷下ろしとか力仕事とかさ? おかげさまでこの体が役に立つってわけだ。


 中でも実入りがいいのは用心棒さ。羽振りのいい商人のところに行って、不寝番とかをするんだ。

 体がデカいってだけで、泥棒除けになるんだとさ。よく門番をさせられたぜ。


 その顔も役に立っただろう、だと? 人が気にしてることを言いやがって。

 そんなにごつい面かねぇ? クマみたいだ? やめてくれよ。


 でさ。用心棒の仕事をしてると、いるんだよ。騎士崩れとか、冒険者崩れのジジイが。

 これが強ぇんだ。たいがい流儀持ちだし、スキルも持ってる。


 そう。スキルってのは「武技」さ。すんげえ速さの斬撃だとか、連続技とかな。


 そのジジイたちが面白がって、仕事の合間に俺をしごきたがるのさ。

 こんなデカい奴(素材)は珍しいつってな。


 だからそのジジイたちが俺の師匠ってわけ。


 剣術だろ? 杖術、柔術も教えられたな。ポンポン、ポンポン、人のことを殴りやがってあのジジイたち。


 じゃあ、お前は強いのかって? いやあ、全然。今でもジジイたちがいたらかなうわけないもん。

 レベルが違いすぎるよ。


 ジジイたち? もう二十年以上も昔のことだからねぇ。みんな死んじまったよ。

 俺一人になっちまったが、今でも稽古は続けてる。ジジイたちが生きていたら、少しは上達したかどうか見てもらえるんだけどね。


 最近はああいう癖の強いジジイがいなくなっちまってさあ。時代が変わったのかねぇ……。


 ◆


『にいちゃん! にいちゃん!』

『やめろ! ヒイラギを連れていくな! 手を放せ!』

『うるせえっ! 邪魔だ!』


 俺の頬に岩のようなゲンコツが降ってくる。八歳の俺はふっ飛ばされて地面に転がった。

 動けない俺の横っ腹を、()()()は思いっきり蹴り上げる。


 胃袋が破裂したかと思った。途端にぐっと吐き気が込み上げる。

 くの字になった俺は芋虫のように地面でのたくった。


『ぁ、ああ……。ヒイラギ――』

『にいちゃーん!』


 頭の上を(ヒイラギ)の声が遠ざかっていく。俺を殴り倒したあいつに抱えられて、どこかへ連れ去られていく。

 俺は激痛の中、涙と鼻水を垂れ流して身をよじる。


『ヒイラギを、返せ――』


 ◆


 びっしょりと寝汗をかいて、俺は寝床で目を開けた。

 既に日は高く、部屋には熱気が籠っている。ぬるぬると肌にまとわりつく汗が気持ち悪い。

 

 俺は部屋を出て共同井戸の水を浴びに外へ出た。


 上半身裸になって頭から井戸水をかぶる。冷えた地下水が汗と一緒に悪夢の残滓を押し流してくれた。

 毛穴が引き締まる冷たさに、頭の中が空っぽになる。


 井戸端で素っ裸になるわけにもいかない。下半身は部屋に戻ってから濡らした手ぬぐいで拭いてやろう。


 そう思って体を起こそうとしたとき、ぽんぽんと背中をたたかれた。


「随分ゆっくりだね」

「あ?」


 聞き覚えのある女の声。俺の顔はまだずぶ濡れのままで、ろくに目が開けられない。

 手ぬぐいでごしごし顔を拭きながら振り返ると、黒ずくめの婆さんが立っていた。


「アンタか」


 婆さんの名はエマ。総白髪を長く垂らし、顔には数えきれないほどのしわを刻んでいる。

 口の端が常に垂れ下がっており、不機嫌なんだか、年老いたせいなのか見分けがつかない。たぶん、両方なのだろう。


「おはようの一つも言えないか。ろくでもない!」

「おはようって時間でもなさそうなんでね」

「はっ! 口の減らないガキだ」


 四十近いオッサンをつかまえてガキ扱いとは恐れ入る。ババアから見れば四十でもガキかもしらんが。


「金ならねえぞ」


 エマが俺に用事があるとすればそれしかない。借金の取り立てだ。俺にとっては疫病神ってわけだ。

 裁縫道具や材料を買うために借りた資金が、利息で膨れ上がっちまった。返す当てはあったんだが、仕事の代金を踏み倒されて……。


「偉そうに言うな。ないなら稼げ!」


 業突く張りのババアだが、エマは別に悪人というわけじゃない。

 体の衰えた年寄りにできる仕事なんて、そういくつもありはしない。金貸しというのは小金をためた年寄りに打ってつけの商売だ。


 借りた金は返さなきゃならん。この場合、期限を過ぎても返せない俺の方が悪者だ。

 ここのところ実入りのいい仕事がなかったからなあ。


「割りの悪い仕事ばっかりで、まともに稼げてねぇんだ」

「ふんっ。そんなこったろうと思ったよ。ほれっ!」


 エマは枯れ枝のような手で紙きれを俺に突きつけてきた。何やら書かれているようだが。


「何だ、これは?」

「仕事だよ」

「おっ? 仕立か?」


 久しぶりにまともな仕事ができるかもしれない。そうなれば婆さんは、疫病神から福の神に昇格だ。

 そのまま仏になってくれればもっといいが。


「バカ野郎、よく見な!」

「うっ……」


 そこに書かれていたのは用心棒の仕事だった。


「繕いなんかより実入りのいい仕事を探してきてやったんだ。感謝しな」

「いや、俺はあんまり――」


 確かに用心棒の報酬は高いが、その分危険もある。昼と夜が逆転する仕事でもあり、昼仕事を大事にしたい俺にとってはあまりありがたい仕事ではない。


「偉そうにえり好みすんじゃないよ! 仕事を選べるのは借金を返してからだ!」


 唾を飛ばしてののしるエマの顔は嫌になるほど醜いが、言ってることは正しい。俺としてはぐうの音も出ない。

 情けないことこの上なかった。


「わ、わかった。デカい声を出すな」

「デカいのは地声だよ! わかったら、さっさと支度して先方に顔出しな!」


 エマは手に持った細い杖で俺のすねを叩いてきた。手癖の悪い婆さんだ。

 ババアの杖などいくらでも避けられるのだが、下手によけると婆あが転ぶ。俺はあえて動かず、叩かれるに任せた。


「いいか? 必ず夕方までに顔を出すんだよ!」


 俺の腹に杖の先を突きつけ、歯茎をむき出してすごむと、エマは鼻息荒く帰っていった。


「油屋の用心棒かぁ。仕方ねぇ。背に腹は代えられねぇか」


 気が進まないが、俺は用心棒の仕事を受けることにした。何しろ明日の飯代にも事欠いているのだ。


 ため息混じりに肩を落とし、とぼとぼと部屋に戻ろうとすると、隣の部屋から小さな人影が現れた。


「おっちゃん、おはよー」

「ああ、リルか。おはよー」


 隣の部屋に住む五歳の少女だった。俺と一緒で遅い寝起きかもしれない。


「何がおはようだよ。もう昼前じゃないか」


 リルの後から髪の乱れた女が出てきた。リルの母、アンナだ。酒場の給仕をして働くアンナは夜が遅い。

 それこそ今起きたところだろう。


「夢見が悪くて今起きたところだ。リルは寝起きじゃないのか?」

「ちがうよ。ちょっとおなかがへってるだけ」


 リルはにかっと笑うと、井戸の水をくみ上げて飲み始めた。


「……飯を食わせてないのか?」


 俺は声を抑えてアンナに尋ねた。


「明日にならないと給金がもらえないんだよ。今日は夜まで我慢させるさ」

「ロメロは?」

「ひと月も帰ってないよ。どこでくたばってるんだか」


 リルの父親ロメロは大工だ。まじめに働けばしっかり稼げる仕事なのだが、酒と博打に目がないときている。

 金が入っても家には入れず、遊び歩いて使い果たしてしまう。


 娘に食事をさせるため、アンナは酒場で働いているのだった。


「……ひもじいだろうな」


 俺はあわててポケットをまさぐった。しわくちゃの手ぬぐいを引っ張り出したその奥に、指先に触れる硬いものがあった。


「これでリルに何か食わせてやってくれ」


 薄汚れた銅貨一枚。買えるのは黒パン一つがやっと。それが俺の精一杯だった。


「あんた、これ……」

「少なくて悪い」


 俺の掌から銅貨をつまみ上げるアンナの手は、あかぎれだらけの骨ばった手だった。

 その手できつく銅貨を握り締め、アンナは拳を胸にぎゅっと押しつけた。


「ありがとうよ」


 ぽたりと、アンナの足元に涙が落ちる。俺はいたたまれなくなって、あわてて部屋に戻ることにした。


「おっと! 仕事が入ったんだった。支度して出かけなくちゃ!」

「おっちゃん、しごとー?」

「おおよ! 遊んでやれなくてごめんなぁ。また今度だな」


「うん。またこんどー!」


 用心棒の給金が入ったら、リルに甘いものでも買ってきてやろう。

 そう思うと、嫌いな仕事の支度にも少し張り合いが出るような気がした。

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