③サイラ―ジュの守護龍
まるで黒い戦士を出迎えているようだった。
そこは周囲を石と水に囲まれた祭壇。
その祭壇に待ち構える役者のように、堂々と佇んでいた。
黒い戦士が姿を現すと同時にドラゴンは咆哮をあげる。
黒い戦士は空間に響くドラゴンの鳴き声の波を突き抜けて走り出した。
その神を祭る祭壇は闘技場と化す。
ドラゴンは突進した。
首に叩きこまれた斬撃の跡は不思議と塞がれている。
女にとってドラゴンの仕事はまだまだある。
邪魔な大司教と神殿騎士団の主力を潰し、汚職や重税のなくなった水の都の財政は潤いつつある。
審判も公平になった。
大戦が終わり、ガイゼリック皇帝の死、帝国の滅亡で世の中には腐敗した貴族と教団がのさばる。
税で握られる剣は民ために抜かれることはない。
ドラゴンが現れれば騎士たちは防衛を口実に籠城し、戦いは傭兵に任せる。
偽りの女神は腐敗した教団を粛正するべく、ドラゴンを作り上げた。
そのドラゴンは女神に指示に従い、邪魔者は全て殺した。
国王が推薦する最強の戦士は守護龍に敗れ、この大司教暗暗殺及び神殿騎士団壊滅事件は闇に葬られる。
ドラゴンは私の従僕となり、サイラージュを守る。
地母神フィーナが火竜王フレイムタイラントに至高神レイアの放つドラゴンから人々を守らせたように。
このSランクの戦士が討伐失敗で、ギルドに戻れば、このサイラージュで要職に就きたい貴族はおるまい。
サイラ―ジュは私が牛耳る。
サイラ―ジュの守護竜とともに。
「今、目の前の人々を救わず、何が英雄かッ!」
視線の先には、暗黒教団が造った魔人と女神の使徒が雌雄を決する。
女は胸に手を当てた。
「皇帝の死により、大陸には連合の上級貴族が興す公国が乱立し、凶悪なドラゴンやモンスターどもは跋扈したではないかッ!! 貴族が求めているのは平和ではない!どれだけ民を苦しめれば、知るのかっ!?」
黒い戦士は身をひるがえして迫りくる巨体を避ける。
ドラゴンスレイヤーを抜き放つと同時に閃光魔法弾を取り出した。
投じる。
放物線を描いてドラゴンの目に迫るが、ドラゴンは目を閉じたまま突進してきたのだ。
「ちぃ、やるっ」
小さな破裂音と共に閃光がまき散らされた。
黒い戦士は自分の目を灼かないように眼を閉じるしかなかった。
ほぼ背後で閃光が弾けたため、影響のないドラゴンが走り込んでくる。
黒い戦士も勘でドラゴンの巨躯を大剣を棒高跳びのように利用し、さらにヤツを蹴ることで巻き込まれることを避けた。
だが、着地に隙を作る。
その間、ドラゴンは大きく口を開いて水のブレスを吐き出した。
ドラゴンが自らの体内に神殿の水を蓄積していたのだろう。
水分を圧縮しながら、拡散する炎と違い一点集中する高圧の放射であった。
「――ッ!?」
ドラゴンスレイヤーを構えたまま黒い戦士は壁まではね飛ばされ、強烈に激突する。
「うぐぐ」
頭を振りながらなんとか上体を起こした。
間髪入れずに、ドラゴンは黒い戦士を押しつぶそうと跳びかかってきた。
「剣士様ッ!!」
黒い戦士がドラゴンスレイヤーで迎え撃たんと咄嗟に構えるが――――
「光の盾ッ!!」
高司祭が黒い戦士の目の前に飛び込んだ。
その上で光の盾を発動させ、ドラゴンの一撃を弾いた。
助かった!と思い、隙ができたドラゴンの顔面にドラゴンスレイヤーが食い込む。
「グオォォォォッ!!」
ドラゴンの咆哮には苦痛が伴っていた。
それでも、怯まずにドラゴンは血を噴き出しながら、身体を捻り体重の乗った尻尾で黒い戦士の脇腹をえぐった。
「ぐおぉぉぉっ」
呆気なく空中を舞い、鈍い音を立てて背中から落ちる。
背中からまともに地面にたたきつけられ息が詰まる。
―――顔面の一撃を被弾覚悟で受けやがったな!
体の節々が痛んで起き上がれない。
顔だけをドラゴンに向けてその姿を確認する。
「……やはりな」
光の盾でガードする高司祭を照準しない。
顔面に叩きこんだ一撃がみるみる修復していくのだ。
たった1ターンで無限の体力のあるドラゴンが完全に治癒されてしまう。
次にドラゴンは黒い戦士に向かって長い舌を鞭のように伸ばす。
その舌はドラゴンスレイヤーに絡みつき、黒い戦士から剣を取り上げ放り投げてしまう。
そして、体勢の悪い黒い戦士に向かって再度跳びかかろうとしたとき――――
「呼び戻せっ!」
黒い戦士の体は瞬時に高司祭の元に瞬間移動する。
高度な聖魔法の連続なのか高司祭は、尻餅をするような形で崩れ、肩で息をしていた。
「はぁはぁはぁ……剣士様。ここは引きましょう」
女は黒い戦士に治癒の呪文を施しながら言い放った。
「残念ながら、あのドラゴンを倒す方法はありません。ワープします」
―――シュンッ!!
黒い戦士と司祭はワープの術で隣の小部屋に瞬間移動する。
「最後の魔力で地上にワープします。ギルドに報告してください。これ以上の戦いは危険です」
「それはできん相談だな」
短と黒い戦士は答えた。
「ドラゴンスレイヤーは、取りに行くにも距離があります。だからっ」
この状況で余裕があるの?
ダメージを負わないドラゴンを目の前にしているのに……。
「俺を移動できないか?」
「ワープはレスキューよりも魔力を消費します。これ以上は私のMPが尽きて、地上に戻れなくなります!」
「あのドラゴンは毎ターンHPを回復している。あれは能力ではない……人為的なものだ。古の神聖魔法リジェネレイト。S級の聖魔法がドラゴンに治癒加護を与えている」
黒い戦士は扉の前で鋼鉄の籠手に装着式小型連弩を装着する。
扉の前に立ち、タイミングを計って、再度ドラゴンと戦う姿勢だ。
「……知っていたのね……最初から……」
―――ガチャッ
扉を開け、距離のあるドラゴンにガトリングをどんどん息つく暇なく放ってゆく。
―――ドドドドドドドドッ
「ギギャアアァァァァァァァッ!!」
このドラゴンの皮膚は通常のドラゴンほど硬質ではない。
矢が次々と突き刺さる中、黒い戦士に突進してゆく。
やはり、捨て身で向かってくる。
「うごぉぉっ」
弓矢を放つ黒い戦士に今度は前脚を叩き落した。
黒い戦士はドラゴンの右前脚の下敷きになってしまう。
「ごふわぁぁぁっ!!」
潰されて、吐血し、もはや虫の息になるドラゴンスレイヤー。
「け、剣士様!」
ドラゴンと剣士の喧騒を聞き、フラーマも小部屋を出て戦いを見守る。
このままでは依頼したスレイヤーまで死んでしまう。
サイラ―ジュに守護竜がいる。
この最強の戦士でも倒せないほどのドラゴンがいることをギルドを通して大陸全土に広めなくてはならない。
この黒い戦士は最高ランクのスレイヤーなのだから。
サイラージュはこのドラゴンが守る。だから治める貴族も神殿騎士団も不要なのよ。
そう、守護竜による脅威で戦争はなくなる!
私が真の法治国家を――――――ッ
法で裁けない者は守護龍で――――――ッ
意識が朦朧とする中、黒い戦士は自身を喰いちぎらんとするドラゴンの口へ左腕を掲げた。
――ドオオォォォォォンッ!!
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
爆発と女の悲鳴が神殿内に木霊した。
鋼鉄の籠手には既に装着式小型連弩ではなく、小型の大砲のような物が取り付けられていた。
その大砲をゼロ距離で撃たれ、ドラゴンの頭部の右側が半壊したのだ。
「ギギョオオォォォォォォォォッ!!」
ドラゴンは仰け反ると這いつくばりながら、女の元へ寄っていく。
その後には左腕から煙を発し、血を滴らせる黒い影がドラゴンスレイヤーを手に取る。
まさにその姿は地下迷宮の魔人。
「う、う、うわあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
女はドラゴンを抱きしめた。
だが、ドラゴンの驚異的な生命力でも頭部を撃ち抜かれては、死は時間の問題だった。
女は既に切れた魔力で回復の奇跡を必死でドラゴンの頭部に施すが、溢れ出る血は止まるはずもない。
「ヴァルキリーでも蘇生できない! わ、私のドラゴンがぁぁぁ」
「お前は英雄のように多くの犠牲を払いながら多くの人々を助けたかも知れない。だが、目の前の命を助けることはできなかったようだな」
「偉大なる至高神レイアよ! 私に力を!」
だが、高司祭の祈りは虚しく、神殿の女神像には何の反応もない。
このままでは守護龍が殺されてしまう。
「待って剣士様! 守りたい世界があるのよ!このドラゴンはたくさんの人たちを救う。そうこれからも!」
その泣いてドラゴンの命を乞う姿は―――――
「……ベス……。神なんてペテン師さ……神がいるのになんで戦争が起こる?何で子供が飢えるんだ?何で助けない?」
黒い戦士は崩れ落ちる。
「フッ……どうやら、俺の負けのようだな。君と一晩過ごすために頑張ったが……もぅ身体が動かねぇ……」
黒い戦士はポーチに手を入れて何かをまさぐった。小さな小瓶を取り出す。
ポーションよりもその小瓶は装飾されていた。
「これを使え」
女に見せたそれは全てを全回復する希少なアイテムだ。
「手遅れになる前にドラゴンを回復してやれ……人々を人から守る大切なサイラ―ジュの守護龍……俺が勝てるドラゴンではなかった……」
ドラゴンの命は僅かにまだ鼓動している。
「こ、これは秘薬……エ、エリクサー? 剣士様は?」
黒い戦士は無造作に顔の血を拭う。
「これか?……心配す―――…………っ
そう言って、黒い戦士はその場に斃れる。
すぐにフラーマが泣きながら駆け寄り、応急処置として回復魔法を施すものの、黒い戦士は倒れたままであった。
ドラゴンスレイヤーと呼ばれる黒い戦士がドラゴンを助けるの?
あぁ……そうか。
このドラゴンが善良な民を襲わないことをこの英雄は知っている。
私の使徒はサイラ―ジュの人々を守る大切な守護竜。




